【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない   作:不破ふわる

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第498話 無垢なる星は諦めない

 それはこれまでとは違う、倒すべき存在である。

 かつて彼女が戦ったのはネームレスを救う為。

 故にそこに悪意や敵意は介在せず、真正面から戦うことが出来た。

 しかし今回彼女が相手にするのは、利己的な理由で人々を混乱に陥れようとする悪である。

 

「俺を止めると言ったか、2001号。やはり思考回路に異常があるようだな。人格も俺の設計した物とは違う。……お前は何をラーニングした?」

「……答える気はありません。私がここにいるのは、貴方を止める為。それだけで十分です」

「ああ、そうか。では躾の時間だな」

 

 松場博士は白衣を揺らしゆっくりとセラノエルに近づく。

 そしてその巨体に触れた。

 彼の魔力と生体電気により生まれた特殊な認証がクリアされ、恐ろしいオブジェであったそれはその瞬間に命を吹き込まれる。

 

「――セラノエル自体は既に完成した」

 

 足先が台から離れ、重々しい音を響かせながら床に降り立つ。

 体を低くかがめ、尾をしならせる姿は野生の動物となんら変わりはない。

 欠けていた下あごは、補うように触手が生え絡み合ったことにより、まるで筋繊維をむき出しにしたように形を形成した。

 

「そ、そんな……間に合わなかった……!?」

「何故お前を待たなければならないんだ。ここにお前を誘い込んだのはあくまで全ての準備が整ったからだ。もはやお前の思考を洗浄する必要もない」

「準備……」

「器と我らが王を完全に融合させるのに必要な最後のピース。それが、ソルシエラが持つと言われている干渉の力だ。これによりこの世界に我らが王の存在を固定する」

「まさか、そんな事の為にソルシロイドを生み出したのですか!?」

「そうだが?」

 

 松場博士はセラノエルを撫でながら平然と答える。

 

「天上決戦以降、ソルシエラは姿を消した。今こそあの女の力が必要だというのに……! だから俺が作る事にしたんだ。天使の権能を再現し、試行錯誤を繰り返し――ようやくお前が生まれた」

「っ」

 

 無垢シエラは松場博士の笑顔に無意識の内に一歩下がってしまった。

 その顔に溢れているのは確かに慈愛の笑みだったからだ。

 しかし口の端から垂れ出る唾液や焦点の合っていない目が、彼が狂気に侵されていることを証明している。

 

 

「お前は他のソルシロイドとは違う。今はまだ自覚がないかもしれないが、間違いなく干渉を扱えているだろう」

「でも、私は貴方の思い通りにはなるつもりはありません!」

「無駄な足掻きを。お前はすぐにこのセラノエルの伴侶となるのだ」

 

 松場は壊れた優しい笑みと共に無垢シエラを指さす。

 そして告げた。

 

「殺さず生け捕りにしろ、セラノエル。まずはお前の性能を見せてやれ」

『――』

 

 ぐじゅる、と何かが粘液の中で泡立つような音に似た声で吠えたセラノエルは主の命令に忠実に従った。

 一歩踏み出す瞬間、全身に魔法陣が浮かび上がり巨体が姿を消す。

 

「っ、どこに――」

「ウシロ」

「!」

 

 人吞み蛙の声に直感的に従った無垢シエラは前方へと飛んだ。 

 背後で何かが空を切る音がする。

 

 大鎌を構えて振り返れば、そこには尾を振りぬいた姿勢のセラノエルが存在していた。

 

「速い……いや、違う。アレは転移魔法?」

「そうだ。セラノエルはソルシロイドの研究の集大成と言っても良いだろう。まさかソルシエラの技を複数再現するだけでこれ程の巨体になるとは思わなかったが」

 

 セラノエルが大口を開き、銀光を収束させる。

 何が放たれるかはすぐに分かった。

 

「っ、マズイ」

 

 無垢シエラは駆け出す。

 そして砲撃が放たれる瞬間に大鎌の触手を柱へと伸ばし、一気に自分の体を引き寄せた。

 先ほどまで自分がいた場所を染める銀の光に無垢シエラは思わず表情が固まる。

 

(殺すつもりはないと言っていたけど……まさか、干渉の力さえ使えればどんな状態でも構わないってこと!?)

 

 無垢シエラの捕獲は、彼女の無事を保証するものではない。

 その体に管を繋いで無理矢理生かし、干渉の力を使う装置として問題なく稼働すればそれで良いのだ。

 

 無垢シエラはそれを理解した瞬間、自分の数秒先にあったであろう最悪な未来を想像して思わず震える。

 

「ま、負けません……!」

「そもそもこれは勝負じゃない。性能テストだ」

 

 足元から銀の鎖が伸び、無垢シエラの回避の間もなく縛り上げる。

 

「しまっ――」

「俺を止めるだったか? 作られた存在が?」

 

 縛り上げられた無垢シエラへ、セラノエルが顔を向ける。

 そして見せつけるようにゆっくりと口を開いた。

 再び光の収束が始まり、辺りを無慈悲な銀光が照らし出す。

 

「っ……」

「お前はこのために作られたんだ2001号。何か勘違いをしているようだが、結局ソルシエラによく似た道具でしかないんだよ」

「違う……私は……」

「お前を作ったのは俺だ。なら、その存在価値は俺にゆだねられるべきだろう。安心しろ、丈夫な箱の中で生かし続けてやるから」

 

 体は鎖に完全に縛り上げられ、大鎌も鎖につるされて宙吊り状態。

 ここから無垢シエラが自身の力で逆転することは不可能だろう。

 それを理解したからこそ、彼女は最後に絶望に顔を歪め、俯くしかなかった。

 

「……ごめんなさい、皆」

「くだらない謝罪だな。ここは俺に感謝をすべきだった」

 

 冷たく言い放たれる言葉に無垢シエラは何も返さない。

 僅かな戦いの中で彼女は実力差を見せつけられ、その上で存在価値を否定された。

 彼女はただ茫然と、今まさに自分に向けて放たれた銀光を見つめることしか出来なかった。

 自分を飲み込むように視界に銀光が広がる。

 と、その時彼女の視界の端を何かが横切った。

 

「マダマダ!」

 

 それは淡い光を放つ人吞み蛙だった。

 今となっては銀光に塗りつぶされるほどに小さな輝きでしかないが、それは確かに無垢シエラに己を見せつけるように輝きながら銀光へと飛び込み――爆ぜた。

 

「あぁっ!」

 

 人吞み蛙が指向性を持たせた爆風が盾となり、銀光を完全に防ぐ。

 それは防御だけにとどまらず、大鎌を拘束していた銀の鎖を破壊してみせた。

 大鎌は待っていたと言わんばかりに触手を伸ばし、無垢シエラの拘束を破壊する。

 そして、自分を握るように触手で巻き付き手の中に収まった。

 

「マーちゃんズ、どうしてっ……!」

 

 狼狽しながら、無垢シエラは立ち上がる。

 爆発と砲撃が終わった後、その黒煙の中にはもう何もいなかった。

 小さな輝きはどこかに消えさり、残されたのは無垢シエラと大鎌だけである。

 

「私なんかを助けてっ……ごめんなさい……」

 

 この戦いに勝利の可能性は無い。

 無垢シエラの敗北により油断した松場博士を妨害するために潜伏していた方が良かっただろう。

 それでも人吞み蛙は、無垢シエラを守る事を、何かを伝える事を選んだのだ。

 そして伝えたい事があるのは、人吞み蛙だけではない。

 

「まだ、戦うの?」

 

 大鎌は触手を伸ばし、ゆらゆらと揺れている。

 それはまるで主の命令を待っているようだった。

 

「……わかった」

 

 まだ恐怖と絶望に支配されながらも、無垢シエラは仮初の勇気を奮い立たせ大鎌を構える。

 そして、震える声で叫んだ。

 

「私だってフェクトムの一員なんだって、胸を張ってそう言いたい! だから最後まで戦うっ!」

「結果は変わらないだろう。お前は馬鹿なのか?」

 

 松場博士は呆れた様子でセラノエルに追撃を命じる。

 再び銀の鎖が射出されるが、無垢シエラはそれをギリギリで回避して大鎌の先をセラノエルへと向けた。

 

(少しでも私が時間を稼ぐ! そうすれば、きっとクラムちゃん達が解決してくれるはず!)

 

 大鎌の柄から砲撃が放たれ、セラノエルへと直撃する。

 しかし黒煙から飛び出してきたセラノエルは全くの無傷であった。

 

「その程度の威力でセラノエルに傷がつくと思ったのか?」

「っ」

 

 無垢シエラは足を止めない。

 変わらず動き続け、砲撃を放っていく。

 たちまち辺りは黒煙で満たされ、まともに戦えるような状況ではなくなった。

 

「鬱陶しい戦い方だな。やはりお前はソルシエラではないよ、2001号」

「それでもここで私は戦わなくちゃいけないんです!」

 

 半ば命を投げ出す覚悟で自暴自棄の中で無垢シエラは叫ぶ。

 今彼女を動かしているのは、人吞み蛙を死なせた罪悪感と、ソルシロイドではない自分をこの世界に最後に刻み込むためであった。

 後ろ向きで痛々しい戦う理由。

 しかし今の彼女にはそれが必要だった。

 

「チッ……セラノエル、砲撃で辺りの黒煙を吹き飛ばせ」

「っ!」 

 

 松場博士がそう命じると、セラノエルは再び口を開く。

 そして地面に向けて砲撃を放った。

 凄まじい衝撃が風を伴い、辺りの黒煙を吹き飛ばす。

 

 そうして晴れた視界の中に広がっていたのは、射出寸前の大量の銀の鎖であった。

 

「駆け回って準備をしていたのか」

「これでセラノエルの動きを止めれば……!」

 

 大量の銀の鎖がセラノエルへと巻き付き、その動きを制限していく。

 開こうとした口をがんじがらめにし、尾や足に何本も鎖が巻き付き、胴体を幾重にも縛り上げその場に縫い付けるように拘束する。

 

 無垢シエラはセラノエルへと前へと降り立つ。

 そして足元に小さな魔法陣を展開した。

 松場博士はその魔法陣を見て、何かに気が付いたように嘲笑する。

 

「ハッ、何かと思えば収束か」

 

 辺りに散らばった魔力が次第に無垢シエラの元へと集まっていく。

 銀の鎖は歪な音を鳴らしてはいるが、まだ拘束を続けていた。

 

「私だけでは足りなかった。だからセラノエルの砲撃の魔力が必要だったんです」

「収束砲撃でセラノエルを殺せると? お前の最大出力など知っている。断言するぞ、お前ではセラノエルに勝てない」

「……そんな事はわかっています」

「は? だったら何故」

 

 魔力は今もなお無垢シエラへと収束を続けている。

 しかし彼女は一向に砲撃体勢へと移行する様子を見せない。

 それどころか、自分の中により魔力をため込んでいるように見えた。

 

「馬鹿か! そんな事をすればお前の体が耐えきれなくなって爆発四散するぞ! 魔力を全て体に吸収するなど自殺行為だ!」

「ため込むつもりはありません。私はただ魔力を干渉によって変換しているだけです」

「変換……だと?」

 

 深紅の大鎌が、答えを示すように脈動する。

 無垢シエラの体へと流れ込んだ魔力は、今それにとって都合の良い形へと変換され続けていた。

 

「少しの間だったけど、一緒にいてわかったんです」

 

 大鎌を撫で、無垢シエラは笑みを浮かべる。

 

「この子は加減をしている。私を殺さないように、自分の力を制御しているんです。……ありがとう私を気遣ってくれて。でも、もういいんだよ?」

 

 それは松場博士にとって想定外の奇跡だった。

 ソルシエラを模して造られた存在と、古代の王を模して造られた兵器。

 その両者の間に繋がりがあった事を松場博士は知らない。

 ソルシエラがそれを使役し、主従関係を結んでいる事など誰が想定できただろうか。

 

 故に無垢シエラに求められたのは一つだけ。

 自身が本物の主であると示せるだけの魔力量だった。

 

「お願い、力を貸して……!」

 

 セラノエルの砲撃と人吞み蛙の爆発を全て吸収し、無垢シエラの魔力の総量がほんの一瞬だが本物へと届く。

 その瞬間、必然とも言える奇跡は起きた。

 

「星詠みは――ここに捧げる」

 

 覚悟の元に、名を告げる。

 自分自身が星詠みであると、彼女は大鎌へと宣言をして見せた。

 

 地面に浮かぶのは、巨大な赤い幾何学模様。

 魔法陣が生まれる前より存在した、力そのものを刻んだ方程式である。

 

 それらは無垢シエラをゆっくりと包み込み、その体を瞬く間に作り替えていった。

 

「っ、ぐぁっ……」

「まさか……赫夜牟の力を無理矢理引き出し纏おうとしているのか? 無茶で傲慢な事を! セラノエル、さっさとこいつを焼いてしまえ!」

 

 主の命によりセラノエルがより強く暴れ出す。

 鎖は徐々に破壊されていき、一本、また一本と光の粒子となっていく。

 その粒子ですら今は無垢シエラへと集っていった。

 

「セラノエル!」

 

 叫びに呼応しセラノエルが残った鎖をまとめて振り砕く。

 そしてすぐにその口に光を収束して放った。

 

(想定より早い! でも、こっちも間に合わせて――)

 

 体を刺すような痛みの中、無垢シエラは銀光を睨みつける。

 このままだと僅かに銀光の到着が早いだろう。

 

 そう無垢シエラが判断を下し、砲撃を耐え忍ぶ覚悟をしたその時だった。

 

『――そう、それでいいわ。星は決して逃げ出さない』

 

 赤い幾何学模様を覆うように、更に巨大な魔法陣が展開される。

 夜明けのように淡い紫色の魔法陣が更に効率的に無垢シエラの体を変化させていく。

 同時に彼女を襲っていた筈の痛みはどこかへと消え去った。

 

(――っ、ここは)

 

 代わりに現れたのは、ここではないどこかの景色。

 

 色すら存在しない無と有の狭間の世界で、誰かの後ろ姿が見えた。

 蒼銀の髪に白と黒のゴシック調のドレスと漆黒の大鎌。

 振り返る事はなく、無垢シエラに何かを言う事もない。

 

(あぁ、貴女は今そこにいるんだね)

 

 時間にしてみればコンマ数秒程度だろう。

 しかしそれでも無垢シエラには十分に理解できた。

 

(そっか……だから私が目覚めたんだ。この世界の為に……!)

 

 遠い次元の向こうにいる星の僅かな瞬きが、今導きとなる。

 星の輝きを受け継ぐように、新たな星がここに輝きを放った。

 

「一緒に頑張ろう、相棒」

 

 砲撃の直撃による激しい爆発の中から聞こえてきたのは、優しい声色だった。

 しかし吹き荒れる魔力の風は暴力的で、災いとすら呼べるだろう。

 

「……な、なんだその姿は!」

 

 やがて黒煙が晴れたとき、その場には赤く輝く星があった。

 鎧にドレスと、その姿だけを見れば、かの星が纏う銀星冠装形態に近い。

 しかしあまりにも全てが生物的であった。

 

「これが私からあの人へと贈る答えです」

 

 決して手放さないようにと腕に巻き付いた赤い触手がそのまま装甲のように体へと伸びている。

 服というよりは、生物を纏うと言った方が相応しいだろう。

 

 甲殻類を思わせる真紅の胸部装甲に、怪物の舌を幾重にも繋ぎ縫い合わせたような赤いスカート。

 纏う全てが脈打ち、呼吸し、生きている。

 

 古代の王を纏う異色の姿、名を赫星(かくせい)形態。

 

「今度こそ、貴方を止めます!」

 

 大鎌をセラノエルへと向けて無垢シエラはそう宣言する。

 もう、身体の震えは止まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『よしっ! 見ましたか! 触手服ですよ先輩! 私、ソルシエラに触手服を着せてみたかったんですよね! やっぱりソルシエラバトルにもこうして出すべきでしたかね?』

『お、おう(やや引き)』

『どうかしましたか?』

『い、いや……テム子も主殿のようにコンテンツ作りを楽しむようになってきて良いと思ったのじゃ! 今のテム子は主殿そっくりじゃぞ! (最大の賛辞)』

『えっ(絶望)』

 

 

 

 

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