【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない   作:不破ふわる

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第500話 嘘つき蛙は教えない

 辺りに響き渡る蛙の鳴き声がこの舞台で誰が主役であるかを示していた。

 床に、壁に、天井に、ありとあらゆる場所に張り付く機械仕掛けの蛙は、一体一体が強力な爆弾である。

 

「さて」

 

 クラムは首を軽く鳴らしながら一歩踏み出す。

 その瞬間彼女の足元に人吞み蛙が一匹生み出され瞬時に弾けた。

 

「一発ぶん殴らせろ松場ァ!」

 

 爆風を足裏に受けてクラムは砲弾のように弾きだされる。

 会話の余地も躊躇もなく、彼女はまず初めに気に入らない奴の顔を殴る事を優先した。

 

「ぶべぇっ!?」

「ははっ、ざまぁねえな! 私達フェクトムに喧嘩を売るからそうなんだよ!」

 

 殴り飛ばされ壁にぶつかった松場を指さしてケラケラと笑いながらクラムは宣言する。

 その光景はどちらかと言えば悪役なのだが、無垢シエラには自分を救いに来てくれたヒーローに見えているようだった。

 

「私達……」

「そうだよ。貴女ももうフェクトムの一員なんだ。だから、その」

 

 先ほどまで悪辣な笑みを浮かべていたクラムが次に振り返った時、彼女は情けない表情を浮かべていた。

 目線は常に泳ぎ、顔はほんのり赤く、額には汗がじっとりと浮かび上がっている。

 

「じ、実は、私の方で、お、贈り物的な? 物ではないんだけど、その、ね? せっかくならなぁ、と思って考えていたんだけど」

「贈り物?」

「その……名前を「セラノエルゥ! ソルシロイドォ! さっさと殺せェ!」――チッ、空気読めよ」

 

 会話を遮られたクラムは松場を睨みつける。

 そんな彼女の横にはいつの間にかセラノエルが立っていた。

 転移魔法により即座に移動したセラノエルは既に大顎を開いてかみ砕く姿勢である。

 無垢シエラと違って脳を生かす意味など無い。

 故にクラムへと向けられたのは、暴力と呼べる程の殺意だった。

 

「あ?」

 

 緊張感のない様子でクラムはゆっくりとセラノエルを見る。

 そして自分へと迫る大顎を見て呟いた。

 

「マーちゃんズ」

 

 途端に生み出された人吞み蛙達がセラノエルの口へと大量に飛び込んでいき、クラムを守る様に壁になる。

 が、そんな行動を読んだかのように背後にはソルシロイド達が迫っていた。

 

「スラッシュ」

「ショット」

 

 斬撃と砲撃が同時に迫る。

 対してクラムがやることは変わらない。

 彼女は一言呟けばよいのだ。

 

「マーちゃんズ」

 

 人吞み蛙が波となり砲撃と斬撃へ向かって跳ねていく。

 洪水のように生み出される人吞み蛙の中心でクラムは気だるげに手を叩いた。

 

「景気よくお願いね」

 

 その瞬間辺りを支配する爆音と爆風。

 セラノエルの体内へと入り込んだ人吞み蛙が一斉に爆発し、ソルシロイド達の攻撃を弾き飛ばし突き進むように螺旋状に爆破が形成された。

 果たしてそれを戦いと呼べる者はいるだろうか。

 一方的かつ派手な爆破は、今まで無垢シエラを囲んでいた存在全てを一斉に爆発の中に飲み込んで消えていった。

 

「あっははははは! いいねマーちゃんズ! この研究室も!」

「や、やめろ!」

「誰が止めるかバーカ!」

 

 中指を突き立てながらクラムは松場へと笑みを浮かべる。

 そんな彼女達の頭上では今まさに人吞み蛙達が降り注ぎ、爆発を起こしていた。

 

 業火と轟音の中、松場は顔を青くして叫ぶ。

 

「なんて恐ろしい事をするんだ! 貴様らは自分が何をしているのかわかってるのか!?」

「知らねえよてめえみたいなキモイおっさんの事なんか」

「貴様ッ、そんなふざけた考えで俺の崇高な研究を――」

 

 唐突に松場の顔から怒りが抜け落ちる。

 クラムへと突き付けられていた指もだらんと落ちて、彼はただここではないどこかを見つめている様子であった。

 

「あ、あぁ……」

「どうした、気でも狂った?」

「く、来る……」

「は?」

「あの方がここに降臨する!」

「おい何言って「遂に来てしまった! ああっ、我らが神よ! 彼方に幽閉されし旋風の王よ! どうかこの俺を助けてください……!」――こいつヤバ」

 

 既にクラムの事など眼中にないのか、松場は何かを歓迎するように天を仰ぎ叫び続ける。

 もはや研究者とは呼べない程に品性の欠片もないその姿は、狂信者と呼ぶのが相応しいだろう。

 

「来る……ようやく来る。来てしまう……!」

 

 爆発の中で松場はそう告げて両手を広げる。

 その次の瞬間、彼の胸を触手が貫いた。

 

「……ぁ?」

「っ、野郎あの爆破で生きてたのかよ!」

 

 そこには爆破により散らばった細かいセラノエルの肉片がある。

 その一つから伸びた触手が松場を貫いていたのだ。

 

「あ、あぁ……!?」

「マーちゃんズ!」

 

 激しい爆発と共に触手が弾き飛ばされる。

 しかし、既に遅かった。

 降臨の儀式はもう、完了している。

 

「――はは、そうか。俺が器になれば良いのか」

 

 松場は爆発の中で佇みそう告げる。

 その体はゆっくりと触手に包まれ始めていた。

 そうして増殖を繰り返し、彼は異形へと墜ちていく。

 トカゲの様な頭部に、触手が絡み合い生まれた尾。

 手足は既に人間のそれとはかけ離れ、鋭利な爪が生えそろっている。

 

「たった今、我らが王は俺の中に宿った。俺と王は共に生きる存在となったのだ!」

 

 人型を保ったまま、松場はまるでトカゲのような姿へと変貌を遂げていた。

 

「トカゲ人間かよ」

「そう邪険にするな、下等生物」

「ッ!?」

 

 次の瞬間、松場博士の姿が消える。

 転移により彼はクラムの頭上へと移動しており、今まさに爪が振り下ろされようとした。

 が、それを察知したのはクラムの頭にしがみついていたエースと呼ばれる個体である。

 エースは松場博士を見ながら、一度鳴いた。

 その瞬間、それに応えるように人吞み蛙達が虚空より生み出され爆発し、熱波と衝撃が盾となりクラムを守る。

 クラムはそれを予想していたのか、まるで気の抜けた反応を示しただけだった。

 

「うおっ、びっくりした。こいつら転移ばっかりだな。ワンパかよ」

「貴様だって爆破だけしか能がない癖に」

 

 松場博士の嘲り笑うような声が聞こえる。

 爆炎の中から無傷で飛び出した松場博士は、そのままソルシロイドの一体の傍に降り立つと、その鋭い爪で彼女を貫いた。

 次の瞬間、彼の体から大量の触手が伸び、今もなお戦っていた残りのソルシロイド全てを貫いた。

 

「我らが王に捧げろ、その命を」

 

 言葉の通り、次に行われたのはソルシロイド達の吸収であった。

 彼女達を構成するものが全て松場博士の中へと格納されていく。

 

「ソルシロイド達を吸収している……!?」

 

 そのおぞましい光景に無垢シエラは小さく悲鳴を上げた。

 対して松場博士は心地よさそうに天を仰いでいる。

 

「造物ではこの程度か。やはりあれらは兵士としての運用が正しい」

「…………お前、余程悲惨な死に方をしたいらしいな」

「まだ正義の味方を気取るのか、下等生物」

 

 いつの間にか爆発は止み、辺りには様子を伺う人吞み蛙達と無垢シエラを庇うように立つクラム、そして松場博士だけが残された。

 爆発により辺りは炎に包まれており、黒煙が視界を覆い始めている。

 もうじきこの場所は人間の活動できる限界を超えるだろう。

 

「俺は既にお前らとは生物としての格が違う。そもそも――」

 

 言葉が揺れ、次の瞬間にはクラムの体を衝撃が襲っていた。

 

「貴様程度はいつでも我らが王であれば処理が出来るから捨て置いたんだ。驕るなよ、たかがA相当の異能を使えるだけで」

「っ、ぁ」

「クラムちゃん!」

 

 地面を転がったクラムを人吞み蛙達が受け止める。

 主が攻撃され、人吞み蛙達は次々と松場博士へと飛び込んでいく。

 が、爆発するよりも早くその体は次々と両断されていった。

 

「我らが王のもつ次元移動の力は、このように対象を切断できる刃を飛ばせる。どれだけ強固な盾も意味をなさない。わかったか?」

「くっ……お前それトウラクの二番煎じじゃん……というか下位互換……」

 

 クラムはゆっくりと立ち上がり、あくまで松場博士を睨みつける。

 少しふらついた彼女を支えるように無垢シエラが駆け寄ろうとするが、クラムと彼女の前に人吞み蛙達が壁となり立ちはだかった。

 

「どうして!? マーちゃんズどいて!」

「いいね、マーちゃんズ、わかってんじゃん。……おいリンカ、この子を頼む。プランBでいく」

「はーい」

 

 無垢シエラの背後、何もない虚空からリンカが姿を現す。

 驚愕する無垢シエラにしてやったりの笑みを浮かべながら、リンカは一つのペンダントを見せた。

 

「これがあると、位相世界を移動できるんだ。びっくりした? 私、戦力にならないから隙あらば君を回収してさっさと逃げようと思ってたんだけど……プランBだからねぇ」

「プランBって……?」

 

 無垢シエラの問いに二人はほぼ同時に答える。

 

「「ボコボコのB。そしてぶっ殺すのB」」

「舐めた口をきくなよ下等生物共が」

「それはこっちのセリフだっての」

 

 クラムは拡張領域に無造作に手を入れると、何かを掴んで放り投げた。

 松場博士が切り裂くよりも早く展開したそれは、ダンジョン空間を展開する小さなキューブである。

 

「なっ――」

 

 次の瞬間、今までの炎や黒煙が嘘のように辺りには無人の都市が広がっていた。

 四方をビルに囲まれた十字路の真ん中で、松場博士は立ち尽くしている。

 

「決闘用のダンジョン空間か!」

「正解でーす」

 

 パチパチと拍手をしながらクラムは意地の悪い笑みを浮かべている。

 

「2001号を守るために、わざわざ場所を変えたのか。愚かな。貴様が死ねばすぐに出られるというのに」

「あー、それもあるけどやっぱり一番は見られたくないって事かな」

 

 クラムはそう言うと人差し指を松場博士へと向け、クイクイと動かす。明らかに挑発しているジェスチャーだ。

 

「フェクトムのSランクは知っている。だからこそ警戒をして情報もある程度集めていたんだ。そしてお前は――そのSランクではない!」

 

 松場博士は自身の障害となり得る存在のデータを完璧に収集し終えていた。

 クラムというただの探索者のデータなど当然ありはしないが、それは裏を返せばデータなど必要ない程に程度の知れた存在であるという事だ。

 そこにプラスして今の松場博士は恐ろしい程の全能感と神の力を得ている。

 

 確実に殺せるという自信と従来の慎重さが合わさり、彼は初手にして既にクラムを仕留めにかかっていた。

 

「死ね、下等生物」

 

 空間を切り裂く刃を放ち、触手を伸ばし、そして砲撃を撃つ。

 慎重に、そして捻り潰すように松場博士は大量の攻撃を同時にかつ迅速に放った。

 

「――やっぱ慣れないなぁ、転移って」

 

 しかし予想に反して返ってきたのは彼女の気だるげな言葉だった。

 それも、背後から。

 

「っ!?」

「やあ、ぶん殴らせろ」

「ぶぁっ!?」

 

 いつの間にか背後にいたクラムは既に振りかぶっており、迎撃の間もなく松場博士は殴り飛ばされた。

 地面を数度転がりながら体勢を整えた松場博士が起き上がった直後、既にクラムの姿はそこにはない。

 

「なっ、まさか」

 

 松場博士は振り返るがそこにクラムの姿は無い。

 あちこち視線を彷徨わせている彼の頬を再び衝撃が襲い掛かった。

 

「ぶぇっ!?」

「はいここでしたー」

 

 吹き飛ばされる視界の中で、ゆっくりと色を取り戻して姿を現すクラムの姿が見える。

 

「透明化……!?」

「あ、流石にこれはすぐにわかるか」

 

 クラムは松場博士へと向かって歩き出す。

 それに追従するように、一匹また一匹と人吞み蛙達が姿を現した。

 

「いやぁ、それにしてもSランクって凄いよね。どんな学園一つを単騎で制圧ってさ。そりゃ私じゃ模擬戦であんまり勝てない訳だよ。せっかくの異能も一芸特化にはあんまり通用しなくて嫌になるね」

「な、なんだお前……!?」

「でも一応は戦領祭の切り札その1だし、他所の学園の奴にはあんまり見られたくない訳よ――私の異能をさ」

 

 青空とビルの下、風にフードを揺らしながらクラムは涼しい顔をしている。

 そこで松場博士は気が付いた。

 

「何故俺の攻撃の痕がない……!?」

 

 殴り飛ばしたはずのクラムの体には傷一つ見当たらない。

 制服こそ汚れているが、彼女は完全な無傷であったのだ。

 

「ああ、治したよ」

「治しただと? 魔法を行使した様子はなかったが」

「ごちゃごちゃうるせえなぁ。理屈なら今からその体に味わわせてやっからよぉ」

 

 まるで狙いを定めるように、あるいは敵が誰かを人吞み蛙達に示すようにクラムは指をさし立ち止まる。

 そしてこの場の誰よりも傲慢に笑った。

 

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