【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない   作:不破ふわる

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第502話 無垢なる星は名前がない

 クラムと松場博士が決闘用のダンジョン空間へと消えて3分が経過していた。

 研究所だったものは既に焔に飲まれてその原型を留めていない。

 あれだけいたソルシロイド達は全て灰となるか、あるいは既に松場博士により吸収された。

 

「無垢シエラちゃん大丈夫?」

「うん。私は大丈夫……でもクラムちゃんが……」

「あいつは大丈夫だよ。現に、こうしてマーちゃんズが存在して、消火活動出来てるし」

 

 無垢シエラとリンカは今、一つ位相をずらした世界から研究所を観測していた。

 今は黒煙と炎に包まれたあの部屋は、人を待つには過酷な環境過ぎる。

 それを解決するために、人吞み蛙達はせっせと火を消しに回っていた。

 

 おそらくは主人の拡張領域であろう場所からバケツを取り出し、どこからか汲んできた水を炎へと掛ける。

 またある個体達は、自分の身の丈よりも大きな消火器を器用に扱い、消火活動に勤しんでいた。

 人吞み蛙達は統率のとれた動きで見る見るうちに炎を消していく。

 それだけでも恐ろしい程に優秀なのだが、それだけではなかった。

 

「ドウゾ」

「ありがと」

「いいの?」

 

 数体が盆にのせた飲み物を差し出す。

 それはフェクトムではよく愛飲されている市販の紅茶だった。

 

「美味っ。これもマーちゃんズが淹れたの?」

「ウス」

「ありがとう、マーちゃんズ!」

「イイッテコトヨ」

 

 無垢シエラに礼を言われた人吞み蛙達は嬉しそうに飛び跳ねると、そのまま虚空へと消えて行った。

 その姿を見ながら、リンカは人知れずため息をつく。

 

(はい、たった今御景学園側の戦略が一つ潰されましたー)

 

 位相のズレた世界へと移動できる聖遺物は本来、戦領祭で使用される予定だったものだ。

 今回はやむを得ない使用だったがそれでも、別次元からの強襲はSランクにも有効だっただろう。

 少し前までは。

 

(こっち側に平然とお茶を運んでくる大量の爆弾とか、私じゃ対応できないな。やっぱり生徒会長とトウラクを主軸に真正面から戦った方がいいかもなぁ。ケイがいないなら、トウラクの星斬・神羅で何とかなるかもしれないし)

 

 大量の爆弾というだけも驚異なのに、人吞み蛙達は既にそれ以上の働きが出来るまでに進化していた。

 現時点では喜ばしい事だが、遠くない未来では障害となることは間違いないだろう。

 

(うーん、六波羅執行官に聖域も使えるリュウコ、ああ後はジルニアスに空無カノンも復帰したんだっけ? うーん、フェクトム以外も面倒だなぁ。こりゃ荒れるぞ)

 

 既にこの事件の解決を確信したリンカは、その先の事を考えていた。

 しかし、そんな彼女の思考を止めるように無垢シエラが声を上げる。

 

「あ、出てきたよ!」

「早かったな」

 

 ダンジョン空間からクラムが姿を現す。

 それに続いて、縄で縛り上げられ人吞み蛙達に担がれた松場博士も現れた。

 示し合わせたかのように消火活動も完了しており、辺りは少々焦げ臭いが十分に人間か活動できる空間へと戻っている。

 

「よし、戻ろうか」

「うん」

 

 二人が位相から現実空間へと戻った時、クラムはそれをすぐに視認した。

 が、敢えて気が付いていないふりをしながら、敢えて聞こえるように呟く。

 

「ふぅ――余裕だったな」

「すぐにイキるのは悪い癖だな」

「は? イキってねえし。余裕だったし」

「はいはい、お疲れ様です」

 

 リンカはクラムの肩をポンポンと叩いて、研究室のモニターへと歩き出す。

 非戦闘員の彼女の仕事はここからだった。

 

「じゃ、私はデータと証拠集めするから。時間経過で自動削除される仕組みかもしれないし、急がないと」

「マーちゃんズ貸す?」

「いいよいいよ、クラムはその子と休んでなって」

 

 彼女はボロボロで焼け焦げたモニターを前に仮想コンソールを展開して仕事を始める。

 

「燃やしたくらいで私が情報収集出来なくなると思うなよー」

 

 銀の黄昏で培った技術と知識の前ではこの程度障害にもならない。

 リンカは自分の出番が来たとばかりにせっせと手を動かす。

 が、その意識は目の前のモニターではなく後ろの二人だった。

 

(私がお膳立てしてやったんだから、気張れよクラム……! ヘタレメンヘラ炎上系配信者!)

 

 何よりも気になっているのは、クラムというこの場のヒーローの事。

 彼女は松場博士を倒すことにより世界を救っただけでなく、今から一人の少女の事も救おうとしているのだ。

 

 

 

 

 

 

 クラムは手汗がびっしょりだった。

 というか、全身が汗まみれだった。

 理由は先ほどの戦いではない。

 

「い、いやぁ……それにしても天気いいねぇ」

「うん? 今は夜だよクラムちゃん」

「っすねぇ」

 

 無垢シエラという存在と、今から自分が贈ろうとしているプレゼントが驚異的な緊張と発汗を促しているのだ。

 フードを深くかぶり直し、クラムは息を吸う。

 そして。

 

「い、一度一緒にフェクトムに戻ろうかぁ! ここじゃあ危ないし――へぶっ」

「マーちゃんズ!? クラムちゃん大丈夫!?」

 

 無垢シエラから逃げるように踵を返した瞬間に人吞み蛙が顔に張り付く。

 そして数十匹掛かりで再び無垢シエラと対面させた。

 

「わ、わかったよ。やるって……。エースもわかったから、頭をぺしぺしするなって。フードも外すから!」

 

 フードを取り、クラムは無垢シエラと向き合う。

 そして彼女をまっすぐに見つめた。

 

「……たくさん頑張ったね、まずはお疲れ様」

「私は何も。クラムちゃんとリンカちゃんがいたからだよ」

「それだけじゃないでしょ。間違いなく、貴女のおかげで世界が救われたんだ。だから誇っていい。……だから、その……ご褒美とかあっても良いと思うんだ」

 

 手で人吞み蛙をもちもちいじりながらもクラムはなんとか無垢シエラから目を離さない。逃げ腰ではあるが、覚悟は決まったようだ。

 

「ご褒美? 別にそんなのいいよ! 私は私に出来る事をしただけなんだから」

「そう、これは君にしか出来ない事だった!」

 

 クラムは大きな声で肯定する。誰よりも彼女を認めてあげたいと思ったから。

 

「ソルシエラやケイじゃない、君じゃないと、君だからこそ出来た事なんだ。だから、これからも君が自分のやりたい事を、出来る事を広げていけるように贈りたいんだ。名前を……!」

「……っ」

 

 その言葉を予想していなかったのだろう。

 無垢シエラは息を呑んだまま、固まる。

 

「君は君のままで生きて良い。だから――ステラ」

 

 世界に新たな存在を刻むように、少女に祝福を送る様にクラムはその名を口にした。

 名は穏やかな風に乗り、目の前の少女へと届く。

 

「新たに輝く星、私からはこの名を贈ろうと思う。……その、受け取ってくれるかな」

「……」

「あ、ごめん。嫌だった!? その、私ってこういうのセンスある方じゃ――」

 

 ふわりと蒼銀の髪が舞い視界いっぱいに広がる。

 汗ばんだ自分の手を取り、胸元へと飛び込んできた彼女をクラムは咄嗟に受け止めた。

 

「だ、大丈夫? やっぱり無しにする? 全部爆発して有耶無耶にしてもいいよ?」

 

 クラムの腕の中で少女は首を横に振る。

 

「……嫌じゃないよ。すごく嬉しい」

「そっか、なら……良かった」

「嬉しいんだけど、本当なら笑ってお礼を言わなきゃいけないんだけど……どうしてか涙が止まらないよぉ……」

 

 それはクラムからの祝福であると同時に赦しでもあった。

 世界に存在しても良いという赦し。

 自分という存在がこの世界に受け入れられたという証。

 

「う、うあぁぁっ。くら、むちゃ、ん……ありがとぅ……!」

「……うん。いっぱい泣くと良いよ」

 

 クラムは空を見上げる。

 天井に開いた穴の向こうには、暗い夜空が広がっていた。

 

「落ち着いたら、フェクトムに一緒に帰ろうよ、ステラ」

「……うん」

 

 しかしそれでも、クラムには確かに星が見えたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『うんうん、解決じゃ!』

『後はこれを映像にまとめてBGMとか諸々の音響も設定してあの人に送ればお仕事完了ですね。……この光景見せたらまたエネルギー馬鹿みたいに生み出すんじゃないですか?』

『良い事じゃのぉ』

『汚染するタイプのエネルギーですけどね、アレ』

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