【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
かつて荒廃と死を待つばかりだった学園は、今やその面影を残していない。
専属メカニック手製のダンジョンコアは贅沢に使用され、ただ見る者の心を豊かにするためだけに桜をいくつも生み出している。
胸の奥まで吹き抜けるような青空と桜吹雪は、これから始まるいくつもの青春を予感させた。
フェクトム総合学園――それは理事長により作られたエリート育成のための特殊な学園だ。
故にこの学園に入学した者はいずれも皆、腕に覚えがあり最強の頂を目指す者達である。
が、そんな彼女達でも今はまだ学生。
すれ違う上級生に思わず心を乱してしまうのは仕方が無い事だった。
「――ねえ、アレってクラム先輩じゃない!?」
「今日もビジュが良い……」
「あんなダウナー系で頭に蛙乗せてるのが最高過ぎる。早くファンクラブに入らなきゃ」
廊下をすれ違う度に後輩は例外なく、足を止める。
何を隠そう、クラムこそがこのフェクトム総合学園生徒会の一人だからだ。
それは即ち、彼女が最強の一角であることを意味する。
「おはよう、皆(ハスキーボイス)」
「「「~っ! おはようございます!」」」
「ははっ、朝から元気だね」
馴れたように手を振り、それに合わせて頭の上の人吞み蛙も手を振る。
新入生達はよほどそれが嬉しかったのか、朝の気だるさを忘れた軽快なステップで教室へと駆けて行った。この後、他生徒に自慢するであろうことは想像に難くない。
「……貴女、いつもあんな感じなの?」
「まあ、私ってば女子生徒からウケが良いからね。こうしてサービスしてあげているって訳」
「そう……」
「あ、嫉妬しちゃった? もしもケイも欲しいなら……そ、そにょ、あ、あいさつしてあげるけどぉ(震え声)」
「どうして私相手だとそうなるのよ貴女」
「だってぇ!」
不安から人吞み蛙の頬をもにもにしながらクラムは必死に取り繕う。
なお、そんな姿も新入生達からは非常に評判が良い事を彼女は知らない。
クラムに対する周りの評価は「ダウナーで頼れるクールな先輩」ではなく「ダウナーで刺さる人には尋常ではなく刺さるおもしれー先輩」である。
「はぁ……貴女といるとすぐに目が覚めて助かるわ」
「え……目覚めのキスしちゃった……?」
「は?」
冷たい視線が突き刺さり、クラムは目を逸らす。
その時体に言い表せぬ衝撃と快感があったが、それと向き合うと戻れなさそうなのでクラムは知らないふりをした。
「あ、あの先輩!」
二人へと勇気を振り絞って声を掛けてきたであろう女子生徒の後ろでは、何人もの生徒が同じように固唾をのんで見守っている。
「ん、どうしたの後輩ちゃん」
「その……隣の方は……?」
「ああ、この子? この子はねぇ、私のあいぼ「那滝ケイよ。二年生だから貴女達の先輩になるかしらね。ちょっと野暮用で数日間学園を空けていたの。これからよろしくね」……って感じです」
隙あらば都合の良い情報を差し込もうとしていたクラムを読んでケイが言葉を被せる。
理性的に言葉を連ねるその姿は、初対面ながら好印象であったようだ。
元々彼女の容姿が美しいというのもあるのだろう。
輝く蒼銀の髪は、まるで陽光を受けた雪原。異常なまでに整った顔立ちの中でもひときわ目立つ青い目は覗いていると吸い込まれてしまいそうになる。
口元に浮かんだ微笑も相まって、彼女は随分と妖艶に映っていた。
「那滝……ってまさか、あの御三家の!?」
「そうね。確かに私は那滝家の人間よ。でもだからと言って遠慮することはないわ。困ったことがあったら遠慮なく声を掛けてね」
「おぉ、もしかして戦領祭で噂になっていたあの那滝ケイ先輩ですか!」
「噂……?」
ソルシエラが目を細めた瞬間には既にクラムと人吞み蛙達は動き出していた。
今までは腰が引けていたクラムだったがしっかりとその手を掴みケイを引っ張りつつ、人吞み蛙達のウェーブダンスでお茶を濁す。完璧な連携である。
「あ、あー! そう言えば生徒会室でこれからミーティングだったぁ! ごめんね後輩たちぃ! また会おう!」
「ジャアネ」
「あ、はい! ありがとうございました!」
「なんで急に踊ったんだろう。可愛かったけど……」
「さあ……」
よくわからないけれど良いものを見たという感想だけが新入生達の心の中に残ったようだ。
■
小走りで生徒会室へと急ぐクラムだったが、当然誤魔化せるはずもない。
新入生達の姿が見えなくなってすぐに彼女はケイにより腕を掴み返され、足を止めていた。
「で、どういうことかしら」
「え、えぇっと私は別に何もしてないっていうか……」
「でも知っているのでしょう? 私、隠し事は嫌いよ」
「あはは……ケイは人のことは言えな――」
次の瞬間、クラムを襲ったのは妙な浮遊感と背中に感じる衝撃だった。
洗練された体術は、抵抗の間もなくクラムを壁へと押し付ける。
結果、クラムは両手を掴まれ壁に押し付けられていた。
「は、はわわ……」
「あらそんなに慌てちゃって。そんな姿を可愛い新入生達に見られたらどうなってしまうのかしら」
「い、言うからこれ以上はやめようよケイ! 朝からそういうのは流石に激しすぎるよぉ!」
「朝から何を想像しているのよ貴女(ドン引き)。いいからさっさと教えなさい」
「うぅ……怒らないでね。実は、戦領祭でインタビューを受けた優秀選手が全員口を揃えて言ったんだよ――」
それはソルシエラという最強が不在であることに不満を覚えた者達によるささやかな仕返し。戻ってきたソルシエラを少しだけ困らせてやろうという子供じみた悪戯であった。
以下、当時の戦領祭後優秀選手インタビュー。
『トウラクとの一騎打ちは最高だったなァ。惜しむらくは、あれが準決勝だったことと――フェクトムで一番強ェ奴と戦えなかった事か。……あ? ミズヒじゃねェよ。メカニックでもねェ。アイツの名は――』
『私がインタビューなんていいの? へへ……あ、人気投票のお願いは駄目? そっか……じゃあしょうがないから真面目にやるよ。と言っても、私は達成感とか後悔よりは安堵の方が強いけどね。だってあの子と戦わなくて済んだんだから。え、知らないの? 絶対聞いたことあるって。名前は――』
『準優勝だった僕から言うのは傲慢な話なんだけど、今度の戦領祭では彼女とも戦いたいな。僕が越えるべき壁であり、斬り伏せるべき憧れであり、良き友人。そう――』
『『『那滝ケイ』』』
例年以上に盛り上がりを見せた最強同士のぶつかり合い。
その熱の間に差し込まれるように、その名は何度も何度も人を変え、状況を変えて告げられる。
曰く、まだ一人足りない。
好敵手であり、恐怖の対象であり、かけがえのない友人。
抱く印象は様々ではあるが、全員が口を揃えて言っていたのだ。
――彼女は最強であると。
「って訳で……今は、那滝ケイの名前は都市伝説みたいになってます……。そりゃSランクが口を揃えて名前をあげるんだもん」
「……ふふ、そう。そんなに戦いたいならいつでも相手をしてあげるのに」
影に生きてきたケイにとって、表舞台で堂々と名を掲げられるのは挑発でしかない。
一名、たまたまその名を呼んでしまった哀れな人気生徒会長を除き、残りはそれを見越しての行動である。
当然それをわかっているからこそ、ケイはソルシエラとして笑みを浮かべた。
と、そんな彼女の目の前に人吞み蛙が一つのタブレット端末を差し出す。
「コイツモッス」
差し出された画面は、配信のアーカイブであるらしい。
再生ボタンが押されると同時に、映像の中のクラムはどこか自慢げにこう言った。
『あぁ、那滝ケイね。私の相棒だよ。あの六波羅執行官に勝利して、トウラク相手に無敗。あとリュウコをパシリにしてるしミズヒの実質的な師匠かな。まあ何よりも私の相棒なんだけどね。そこを皆は忘れているよね(笑)困っちゃうよなぁ。あの子は私のものなのに(笑)』
コメント欄は『敬語キャラ忘れてますよ』『またイキっておられる』『は?リーダーは負けてないが?』などまともに取り合っている様子はない。
ただの与太話として受け流されているのだろう。
が、その話題の本人は違った。
「……クラム」
「マーちゃんズ、裏切ったの!?」
「セイギ」
「タイギ」
「こいつらぁ……って、ケイ? どうして私を鎖で縛るの? 私、悪くないよ! あれは配信のパフォーマンスだよ!」
「貴女、配信で本人の許可も無しに名を出すのはリテラシーに欠けるでしょう(正論)」
「……っすね」
「おしおきね」
「……っすね」
哀れ、皆の憧れダウナー先輩は鎖につるされ、天井へと上げられていく。
その目に光はなく、全てを受け入れているようだった。
「痺れさせてあげるわ」
ケイの手には見慣れたナイフ。
その麻痺能力は既に何度も目にしている。
彼女はそれを見せつけるように目の前でひらひらとして、マーちゃんズの声援を背にゆっくりとクラムへと向けた。
と、その時である。
「騒がしいと思ったら……クラムでしたか。それと、ケイちゃん」
「あ、ミロク先輩」
丁度生徒会室に向かっていたであろうミロクが廊下の奥からやってくる。
彼女は吊るされたクラムとケイの手元のナイフを見て、何かをすぐに察した様子であった。
「おはようございます、ケイちゃん。制服姿、よく似合ってますよ」
「……ありがとうございます」
ナイフをしまい込み、ケイは俯きながら素直に礼を言う。
その後ろで鎖が消失し、クラムは地面へと落下した。
マーちゃんズが受け止めた為、怪我はないがその顔は不服そうである。
(なんか私の時と反応違くない? ミロクの時だけ可愛さが増すの何なんだよ。……いや、えっちさもだ! えっちさも増してる! た、大変だぁ!)
大変なのはクラムの脳みそなのだが、彼女に自覚はない。
「廊下で騒いでは、新入生達に悪い手本になってしまいますよ。ほら、早く生徒会室に行きましょう」
「はい、先輩」
「ちょっと待ってよ私を置いて行かないでよぉ!」
こうしてフェクトムの騒がしい朝は過ぎていく。
まるで戦いの事など全て忘れてしまったかのように、平和な時間であった。
『ほう……ミロク先輩達には素直なソルシエラ概念か。大したものだねぇ。美少女エネルギーの効率がきわめて高いと聞く』
『嘘雑学にもほどがありますよ』
『むむむっ! あのミロクという美少女の黒タイツ良いな。余は気に入った。それにクラムの不健康ゆえの細めの足も良い。先導者よ、足のコンテンツは他にないのか? 天上の意思シューズのフェクトム支店を開店しよう』
『こいつただの足フェチじゃないですかぁ!』