【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない   作:不破ふわる

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第512話 完成された銘 1‐8

 ソルシエラ水族館は年中無休で営業している数少ない施設だ。

 気まぐれに休むモブシエラの店とは違い、館長である悲哀のソルシエラの方針により今日に至るまで無事営業を続けている。

 

「うおー!」

「開館まであと三十分だー!」

「お客さんに楽しんでもらうためにおそうじー!」

 

 幼い体躯にやや大きめの作業服と、使い古されたバケツやモップを片手にいそいそと動き回る彼女達はこの水族館で働くモブシエラ。

 そのサービス精神はこのソルシエランドでも一二を争う程であった。

 

「盲信のソルシエラさんこんにちは! 私は案内を頼まれた案内係です! 皆さんをお連れします!」

「ありがとうございます,案内係さん」

 

 水族館に着いた一同は、すぐさま案内係を名乗るモブシエラによって移動をすることとなった。

 

「目隠しが3?」

「また増えた……?」

「見たことない目隠し族だ」

「見ちゃ駄目だよ、皆! そういう趣味もあるって館長も言ってたじゃん!」

「はっ」

「そうだ、お魚さんにご飯をあげなきゃ!」

「いそげー!」

 

 声だけが聞こえてくる状況にネームレスはそっとactの使用を試みる。

 が、魔力の流れに敏いミズヒによりそれは、事前に防がれてしまった。

 

「……」

「……」

 

 無言の攻防戦をしつつ、全員で案内係へと追従する。

 その間もやはり通り過ぎるモブシエラ達にその姿をまじまじと観察されていた。

 

「ミズヒ、目隠しを取ってください。私はもう冷静です」

「本当か?」

「はい。幼馴染を信じてください」

「わ、私も! 私もだから!」

「うーむ」

 

 どう見ても冷静ではないが、それでも一考する余地はあった。

 その理由は一つ。

 

「どうするべきか……」

 

 ミズヒはやや後方を歩くケイへと視線を向ける。

 ラッカと共に遅れてソルシエラ水族館へとやって来たケイの様子がおかしい気がするのだ。

 元々、ミズヒは直感が鋭くそれを自覚している。

 故に理屈を抜きにして今、ケイの中に揺れ動く何かがあるのだという事は把握していた。

 であるならば、ここはミロクやネームレスなど自分よりもケイについて知っている者達の意見を聞く必要がある。

 

「絶対に冷静に動け。わかったか? 騒ぐな、迷惑を掛けるな」

「「はい」」

 

 二人はこれまでで一番の冷静な返事をした。

 

「ケイ、もうこの目隠しを解いてやっても良いだろうか。流石に幼馴染の目隠し連行をこうして見られるのは中々に悲しい」

「……はあ。ミズヒ先輩がそう言うなら良いですよ」

 

 ケイは意外にもすんなりと了承した。

 であるならば、とミズヒは仕方なく目隠しを外す。

 焔の幕が視界から取り払われた時、二人の前に広がっていたのは巨大な水槽の中を泳ぎ回る色とりどりの魚たち。

 そして、開館に向けてせわしなく動く小さなソルシエラ達の姿だった。

 

「んしょ、んしょ」

「おそうじ係さん、こっちもおねがい!」

「今日の餌やり係さんはどこー!?」

 

 自分達を一瞥はしてもすぐに自分の仕事に戻るその責任感の強さは本物譲りなのだろう。

 その光景を見て、思わずミロクとネームレスは手で口を覆った。

 

「きゃわわ……」

「私は冷静さを保つために必死です。ナナちゃん、契約時の痛みって再現できません?」

「気が狂ってます故」

 

 ミズヒとの約束を守って二人は騒ぎはしなかったものの、ちっちゃなソルシエラの働く姿に心を打たれたようだ。

 

「……お願いだから、騒ぎは起こさないでね」

「勿論だよケイ。……あ、当然ケイが一番可愛いからね☆」

「先輩として、生徒会長として模範となる行動を心がけますよ」

「ならいいんですけど……」

 

 今だけは二人の事を信じられない様子のケイだったが、そこは多くの窮地を乗り越えてきた二人。

 どれだけ可愛いモブシエラ達の行動にも奥歯を噛み締めてぐっとこらえ、無事に目的地まで辿り着くことが出来た。

 

「――ここでトウラク様と博士様がお待ちです」

 

 館内を進んだ先にある簡素な扉の前で、盲信のソルシエラはそう言って足を止めた。

 気が付けば、辺りにはモブシエラの姿は見えない。

 

「ありがとう、盲信のソルシエラ」

「いいえ、オリジナルの為ならば私達は喜んでこの身を差し出しますとも。……ああ、そうだ。恋慕のソルシエラ達も無事に復活しました。彼女は今、ソルシエランドを代表するアイドルになっているので、一度ライブに足を運んでみては?」

「どうしてそれを今言うの貴女は」

「ケイちゃん、わたっ、私は冷静ですよ……!」

「握手券って、CD買えばついてくるの?」

「知らないわよ。また目隠しされたくなかったら黙ってなさい」

 

 ケイはそう言って、話を逸らす様に目の前の扉を開けた。

 そこは館長と支配人だけが使う事を許された特別な部屋だ。

 四方を囲う巨大な水槽に、大きなぬいぐるみとふかふかのクジラ型ベッド、そして明らかに後から持ち込まれたゲーミングPCと三枚のモニター。

 

「久しぶりですね、オリジナル」

 

 そんなどこかちぐはぐな部屋で、ベッドに腰かけて一人のソルシエラが待っていた。

 細かな刺繍がなされた黒い目隠しをした彼女は、今までのモブシエラとは違い背がケイよりも大きい。

 それにその姿も座っているだけにもかかわらず凛としていた。

 まるで水を衣服に仕立てたかのように青く美しいフィッシュテールのドレスは、見ているだけで水の中に揺蕩っている錯覚を覚える。

 

 今ままでのモブシエラとは何もかもが違うそのソルシエラを前に、初めて見る者は動きを止めていた。

 

「そして皆様は初めまして、私は悲哀のソルシエラ。生の終わりに訪れる哀しみを慈悲と共に抱く者。どうか遠慮なく入ってください。ここは私と支配人のVIPルーム。他に邪魔は入りませんから」

 

 悲哀のソルシエラは優雅にほほ笑み、入室を促す。

 その余裕のある振る舞いは、少女たちが知るソルシエラとはまた違ったものだった。

 

「……盲信ちゃん、悲シエラの本当の姿を言ってあげていい?」

「お客様を出迎えるためにせっかく背伸びをしているのです。ラッカ様、どうかそっとしておいてあげてください」

 

 ラッカ達は知っている。

 それが彼女の精一杯の背伸びであることを。

 が、それを口にする前に盲信によりくぎを刺されたことで、真実がひけらかされることは無くなった。

 

「ここに滞在する時間は長くはないでしょうが、どうかおくつろぎください。博士さんもそうしています」

 

 悲哀が指をさす方向には、巨大なクラゲ型クッションに身を投げ出し、自前のVR装置で何かを見ている博士の姿があった。

 ルシエラはその姿を見て内心でホッとした様子で近づいていく。

 

「博士、待たせてしまったかな」

「別に。むしろ、早いと思うね。先生がいるならひと悶着はあると思っていたから」

「おう私に喧嘩売ってんなら買ってやるよ」

「わ、私のお部屋で暴れないでくださいね」

 

 銀の黄昏同士のじゃれ合いに早速仮面が剥がれかけた悲哀のソルシエラだったが、すぐに持ち直してミロク達へと笑顔を向ける。

 予想外のソルシエラをお出しされたことにより、二人はソワソワとしながら部屋の端に並んで座る事しか出来なかった。

 

「このPC、明らかにハイスペックです故。これは貴女のPCですか?」

「ふふふ、それは支配人である堕落のソルシエラのものです。彼女は今、ガーデナーと別位相世界に行っているので暫くは帰ってこないでしょう」

「そうですか。是非とも話してみたかったですが、それでは仕方がありません故」

「……私も彼女の影響を受けて多少はゲームを嗜むので、私で良ければ」

「おぉ、是非とも。このソシャゲはやっていますか? もしもしているのなら、フレンドになって欲しいです故――」

 

 興奮気味にスマホを見せるシエルと、その言葉を静かに聞く悲哀のソルシエラの姿はまるで姉妹のようだ。

 

「良いですね」

「良い……」

 

 少なくともソルシエラ評論家には好評であるようだ。

 

「わあ、お魚が沢山泳いでいるよ。すっごく綺麗だねミズヒちゃん」

「ああそうだな。こうして見ると壮観だ」

「じゅる……本当に壮観だよ」

「…………食べるなよ。代わりに私の携帯食をやろう」

 

 仕事仲間に同じく食いしん坊のSランクがいる為、ミズヒはいつの間にか食べ物を持ち歩くようになっていた。

 栄養補給の目的で作られたチョコレートバーを差し出すと、トアは礼を言ってむしゃむしゃと食べ始める。

 その間も、目線は食べられそうな魚を追っていた。

 

「……自由ね、皆。下手に緊張されるのも困るけれど」

 

 ケイは複雑な気持ちで周囲を見渡す。

 そして首を傾げた。

 

「……トウラクはどこかしら」

 

 彼女の好敵手であり、生涯をかけて研鑽し合うであろう友。

 その名を聞いただけで彼女の心は恋とはまた違う弾み方をするのだ。

 

「トウラクさんは、この館内を見て回ると言っていましたよ」

「そう。丁度いいわね」

 

 ケイはラッカへと視線を送る。

 彼女がそれに気が付くと同時に、小さく手招きをして言った。

 

「少し付き合いなさい。トウラクを探すわ」

「……ん、わかった。じゃあ悲シエラ、後はよろしく!」

「はい、わかりました。お気を付けて」

 

 久しぶりにお姉さんとして振る舞えたのだろう。

 悲哀のソルシエラは嬉しさをにじませた笑顔で了承した。

 

「じゃ、行こっか」

「ええ」

 

 二人はVIPルームを後にする。

 薄暗く、青白い光だけが照らす廊下をゆっくりと進みながら、ケイは言う。

 

「さっきの話、もう少し詳しく聞かせて頂戴」

 

 それはトウラクというゴールにたどり着くまでの二人だけの会話の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『久しぶりに来たけど、やっぱり素敵な場所ソルねぇ……』

『カメがいなくて良かったねぇ。いたらどうなっていたか』

『私の見間違いでなければ、カメさんクッキーのお土産案内ありましたよ。間違いなく運営に関わってます』

『あの悲哀のソルシエラの太ももは偽物だ。余が本物を教えてあげなければならないだろうか』

『そんな事は無いので座っててください』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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