【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
地すべりのように腹の底に響く轟音と共に雲零の地形は大きく形を変えた。
天へと伸びる剣のように連なる山々は戦いの邪魔になるからという理由で蹴り飛ばされ、あるいは魔力砲で消し飛ばされる。
熾天使を相手にしたとしてもこれ程の有様にはならないだろう。
まるで神が天より手を伸ばし、気まぐれに辺りを根こそぎ掴んでいったような荒々しく壮大な戦いの痕は、戦いの民である筈の雲零の人間達にすら現場に行くことを躊躇わせた。
「……認めましょう」
数㎞はある巨大なクレーターの中心で少女は絞り出すように告げた。
その姿は随分と傷ついており、戦いの神とすら称される者としての威圧感は消え去れっている。
激しい戦いでも壊れない筈の戦闘服は、この戦いの中で殆どぼろ布を纏っているに等しかった。
「今回は貴女が勝ちました」
見る者全てが彼女の敗北を理解するだろう。
しかし、ボロボロになるまで戦えるという事実こそがこの世界の一握りの最強の証明でもあった。
「そうかそうか、それは良かった。私もついうっかり本気を出してしまいそうになったよ」
「……これでまだ手加減をしていると?」
「本当は君の綺麗な顔を汚すつもりはなかったんだ。もっと一方的に圧倒的に情熱的に勝利するつもりだった。いやぁ、流石は雲零の王だねぇ」
余裕そうに博愛のソルシエラは拍手と称賛を送る。
彼女は傷は愚か、激しい戦いの中でも汚れ一つついていない。
この場で出会った時と変わらず完成された美しさのままで少女を見下ろしていた。
「さて、それじゃあわかってるね?」
「くっ、負けたのは事実ですから殺しなさい」
「戦うと前の会話を忘れる子なのかい?」
博愛のソルシエラはやや困惑気味に眉を顰める。
少女は首を大人しく差し出していたが、博愛のソルシエラは片膝をつき少女と目線を合わせると頬の土埃を手で優しく拭い去った。
「私は君に協力して欲しいと言ったんだ。そして雲零の民もアトラスティアに合流して欲しい。戦士が少しでも多く必要だ」
「……それは、今まで生きたこの場所を捨てるという事です。民がどれだけ納得してくれるかどうか」
「だから君が必要なんだ。君の言葉なら雲零の民はきっと信じてくれる。それに、少しだけ留守にするだけさ」
博愛のソルシエラはウインクをする。
彼女からしてみれば茶目っ気の一部分でしかないのだろうが、少女は思わず見とれてしまった。
荒野に咲いた最後の一輪の花のように、尊く儚いように思えたのだ。
自分よりもはるかに強い筈の博愛のソルシエラが、まるで空を流れる雲のようにやがて消えてしまう。
そんな予感がした。
「厄災を乗り越えれば、またここに帰ってこられる。だから私と来るんだ」
「はぁ……負けたのだから私に決定権なんてありませんよ。大人しく従います。それが雲零に生きる人間のルールですから」
「……そうか、ありがとう」
博愛のソルシエラは立ち上がり少女へと手を伸ばす。
「これからよろしく頼むよ、求道者」
「……その名前も意味が分かりません」
「コードネームだよコードネーム。そういうのがあった方が、カッコいいだろう」
本気の顔でそう答える博愛のソルシエラに求道者は思わずこぶしを握る。
「わ、私はこんな人に負けたのですか……!」
「っふふふふ、悔しいかい? 安心したまえよ、私はいつでも君の挑戦を受けて立つ。もしも私に勝てたなら……まあその時は、求道者から名前を変えてあげても良いな。キューちゃんとか?」
「っ、なら今再戦です! というか、そもそも見たことない魔法ばかり使って、ズルじゃないですか! 正々堂々戦ってください!」
「はっはっは、元気だねぇ。でも流石にまた戦うのは君が死にそうだからなぁ」
今にも飛び掛かろうとする求道者の両脇に手を入れた博愛のソルシエラは、ひょいと肩に担ぐ。
予想外の行動に一瞬あっけにとられた求道者だったが、すぐに自分がみっともない恰好をしている事に気が付いた。
「離してください! さっきの戦いはやっぱり無しです! ズルですよ!」
「はいはい」
「こんなに暴れているのにどうして抜け出せないんですかぁ!」
「愛があるからねぇ」
「理由になってないです!」
「はっはっは」
「誤魔化さないでください!」
まるでただの子供の様に扱われるという新体験に求道者は顔を真っ赤にしたまま必死に叫ぶ。
「私は認めませんよ! こんな辱しめを受けて求道者とかいう変な奴になるなんて!」
「……だが、君と同じくらいに強い者達が集まると言われたらどうする?」
バタバタと暴れる手足が大人しくなる。
「対終末部隊の総隊長や、私が使った魔法の開発者、他にも君に勝るとも劣らない者達が集まる組織だ」
「ふ、ふーん」
そっけない返事を心がけつつも、求道者の心は既に揺れ動いていた。
(強い人たちともっと戦える……? それに対終末部隊は世界最強と名高いあのサクラバがいる所じゃないですか)
雲零の者達の中で、酒盛りの時にお約束となっている話題がある。
それは世界最強は誰かという事であった。
博愛のソルシエラを例外として、自国の王を挙げる声が大きいがそれ以外にも海の向こうから伝わった最強の戦士の名を挙げる者もいる。
中でも有名なのがサクラバと呼ばれる少女だった。
東の国の人間の証である淡いピンク色の髪をした快活な少女であると、噂には聞いたことがある。
そして雲零の王よりもずっと強い、と。
(……良い機会ですね。叶うことなら手合せをしてみたかったんですよ)
あり得ない筈のタイトルマッチを果たす為、そして最強は自分であると証明するために求道者の中で火が灯る。
それは博愛のソルシエラの提案を素直に受け入れた訳でも、アトラスティアに手を貸すわけでもない。
(どう考えても私の方が強いのですから、一度わからせてあげないと。身勝手に周囲から最強を押し付けられてはサクラバも大変でしょう)
傲慢に、そして当然のように。
彼女は自分の為だけにアトラスティアに向かう事を決めた。
「いいでしょう。その求道者とやらになってあげますよ」
「はっはっは感謝するよ」
「それで、その組織の名前は何というのですか?」
「銀の黄昏さ」
「銀の黄昏……」
博愛のソルシエラの告げた名前を反芻するように、求道者はもう一度その名を呼ぶ。
それから安堵のため息をついた。
「変な名前じゃなくて良かったです」
「私の教え子が本気で怒りそうだから流石に自重した」
おそらく笑っているであろうことは声色ですぐに分かった。
教え子は彼女にとって余程大切な存在なのだろう。
(銀の黄昏……一体、どんなところなのでしょうか)
胸の中で僅かに膨らんだそれは期待だろうか。
これではまるで子供のようだ、と求道者は自嘲気味に静かに笑った。
雲零がアトラスティアに迎え入れられる100日前の出来事である。
■
「……ん」
長い夢を見ていたような気だるさと微睡の中で、求道者はゆっくりと目を覚ました。
鈍く思考を始めた脳で、認証システム破壊後に自分が倒れたのだという事を理解する。
背中に伝わる感覚は無機質で少々固いが、頭部に伝わる張りのある弾力のおかげで不快な眠りではなかったようだ。
「あら、目が覚めたのかしら」
まだ霞む視界の向こうには、自分を見下ろすケイの姿がある。
それからしばらくして、彼女の膝の上で眠っていた事に気が付いた。
場所は気を失う前と変わっていない。
どうやら自分の為に足を止めてくれたようだ。
「っ!」
「急に起き上がって大丈夫?」
今までの無垢な求道者であればそのまま受け入れ、しばらく体を預けていただろう。
しかし、一部とはいえ記憶を取り戻した彼女は違う。
「すみません。みっともない所をお見せしました」
強き者としての心構えを取り戻した彼女は、弾かれるように立ち上がりそのままケイに振り返りざまにお辞儀をする。
「そしてこれまでの全てに感謝します、ケイ」
「さっきまであんなに可愛かったのに、今が本来の貴女?」
「はい。前までの私は、できれば忘れてください」
求道者は改めて辺りを見る。
そして桜色の髪を見つけて、とりあえず指をさした。
「それとサクラバ、お前は殺す」
「えっ」
「さて、まだ一部とはいえ記憶は戻りました。先ほどのような不覚はとりません。雲零の王としての実力を見せましょう」
「う、うんれい……? 食べ物……?」
「トア、たぶん違うぞ」
トアとミズヒが求道者を見てひそひそと話している。
その隣ではネームレスがずっとケイの脚を凝視していた。
「膝枕……わ、私だってして貰ったし」
「声、震えてます故」
半ば洗脳の方法で行った膝枕と今回の膝枕とでは価値が違う事はネームレスが誰よりも知っている。
が、認めるわけにはいかなかった。
「改めて、雲零の王にして天を貫く剣。名を求道者といいます。どうかよろしくお願いしますね」
求道者は丁寧に一人一人に向けて礼をする。
それからルシエラの前に来た時だった。
「貴女も、先ほどは大変お世話に――っ」
脳の奥に突如として鈍い衝撃と痛みが走る。
それから彼女の脳裏を駆け抜けたのは、いくつかの光景の断片だった。
殺される仲間と裏切りの連鎖、そして民を捨て、師に背き邪道へと身を堕とすルシエラ達。
崩れる体と自分へと手を伸ばすラッカの姿は妙に生々しく一秒前の現実であったと勘違いしてしまう程だ。
後に終末決戦と呼ばれる身内同士の最後の凄惨な殺し合いを、求道者はルシエラの顔をトリガーとして思い出したのだ。
「貴様ッ!」
「っ!?」
今までの礼儀の正しさから一転し、求道者はルシエラへとハイキックを放つ。
驚きつつも蒼銀の剣を召喚し受け止めた彼女は、その姿から何が起きたのかを察したようだ。
「……戻る記憶の順番によってはこうなるだろうとは思っていたよ」
「今度こそ」
求道者は腰に吊り下げられた二本の杖を手に、ルシエラを睨みつける。
「今度こそお前を殺します」
その宣言は憎悪に満ち溢れていた。
『このように、最後のバッドエンドだけ先に植え付けることで容易に今まで築いたルシエラとの関係を崩すことが出来ます。その後、理解し修復すればより強固なコンテンツとなるでしょう。いかがですか』
『うお、すっご。やっぱり君はこっち側だよ』
『えっ』
『いやなんで心外そうなんだ君。無自覚なのが凄いねぇ。その辺、相棒よりよっぽどやばいよ^^』
『そ、そんな……私はただコンテンツが欲しいって言われたからお出ししたのに。天上の意思、貴女はどう思います!』
『先導者の膝枕、羨ましいぞ! 余 も し て 欲 し い!(クソデカ声)』
『駄目だっ、今回の後輩はちょっと頭が太ももコンテンツすぎます!!』