【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
アトラスティアに本拠地を構える銀の黄昏ではあるが、彼女達が全員揃う事はない。
それはそれぞれが多忙である為であった。
一人一人が世界を救う素質を持った戦士である為、暇を与える事など出来るわけがない。
いなくなれば人類が滅んでしまう程に彼女達は、この人類全体の生命線なのだ。
だからこそ求道者は久しぶりの休暇を堪能していた。
「朝から瞑想に組手……そしてお茶まで。なんて心が潤う休日でしょうか」
銀の黄昏のアジトで求道者はソファに横になって背伸びをする。
その傍では一年前に休暇と言う存在を剥奪された博士と、数日前に三か月ぶりの休暇を終えた学者が忙しそうにしていた。
求道者から見ればいっぱい文字の浮かんだ仮想ウィンドウを前に難しそうなコードを打ち込んでいる彼女達を見て、暇つぶしがてら声を掛ける。
「それなんですか?」
「話しかけるな、仕事中だ」
「これはねぇ、私の武装を作ってるんだよぉ」
博士とは対照的に学者は快くそう答えた。
そして彼女は仮想ウィンドウの文字列を指先でなぞる。
「ここはね、別の世界の言語で構築しているんだぁ。こことこっちもそうだよぉ」
「へぇ、道理で私が読めない訳ですね」
「これですっごく強くてカッコいい武装が完成するよぉ! そうすれば私も、皆みたいに前線で戦えるから、もっとたくさんの人を守れるんだぁ」
「良い心掛けです。肩を並べて私と共に戦う事を許してあげましょう」
「わぁい! ありがとぉ!」
学者は求道者に勢いよく抱き着く。
ベッドに寝そべっていた彼女は回避が遅れ、そのまま抱きしめられ続ける事となってしまった。
「は、博士助けてください!」
「僕達の仕事を邪魔したのはお前だ。自業自得だな」
「そんなぁ!」
「これから一緒にいっぱい天使を倒そうねぇ、求道者!」
「わかりました。わかりましたから、離れてください!」
暴れる彼女を無意識の内に完璧に抑え込む学者の顔には笑みが浮かんでいる。
これから自分が皆の為に活躍できる光景を想像すると、思わず笑みがこぼれてしまうのだ。
「もう先生や求道者だけに負担は掛けさせないよぉ」
「わかりましたから離してくださーい!」
結局、求道者は学者が満足するまで抱き枕になる事でその休日を終える事となる。
それも今となっては、過ぎ去った過去の日々の一つでしかない。
■
「――むにゃむにゃ……はなしてくらはーい……むにゃ」
「クソっ、一人だけいい顔で寝やがって。落書きしちゃおうかな!」
全てが停止したアトラスティアでは、異変の場所の特定など容易である。
耳をつんざくような酷い鳴き声は何度も繰り返され、それは近づくほどに反響を増していく。
その中でもラッカに背負われた求道者は依然として眠り続けているのだから、記憶の再構築の際の睡眠は強力なものであった。
「学者、この声に覚えはあるかな」
「無いよぉ。でも、天使はいつも予想を上回って来るからねぇ」
日常会話のように話しながら先陣を切り廊下を駆け抜ける銀の黄昏。
フェクトムのメンバーも続くが、その表情は反対に固い。
「この状況で現れる天使ですか……ナナちゃん、星蝕みの準備をしておいてくださいね」
『わかりました故』
既にシエルの姿は翡翠を掘り出したようなリボルバーに変化している。
後はミロクが引き金を引くだけで世界は思い通りに書き換わるだろう。
ミズヒやネームレスもいつでも動けるように準備を終えている。
ただ一人、担いで移動するには不向きな重砲を武装とするトアだけが何も持たずに走っているが、一番不安げであった。
「うぅ……怖い天使だったらどうしよう……」
「この泣き虫。もうちょっと根性見せてよ、私と同じ顔で泣かないで」
「う、でもぉ」
「大丈夫だよトア。先生がついてるから!」
不安を察したラッカは走りながら振り返りニッと笑う。
その笑みには過去の経験に基づく自信があった。
何度も不条理を乗り越え、人類の生存を勝ち取って来た彼女達は厄災の最終段階まで到達するほどの実力者である。
しかも、それが五人。
一人は留守番で一人は眠ってはいるが、十分すぎる戦力だ。
「教授と私が組んだらマジ負けねえから。何かあっても余裕だわ!」
「うん……!」
「それにやばい奴は対処の時間とか与えずに速攻で滅ぼしに来るからね。鳴いて居場所を知らせる様じゃ大したことはないよ。この鳴き声で即死って訳でもなさそうだし」
「即死……!?」
「即死って訳じゃないって先生が言ったばかりでしょ馬鹿。耳塞がなくていいんだよ」
青い顔で耳を塞ぐトアを見て、恥ずかしそうにネームレスは注意する。
トアは恐る恐る耳から手を外し、再び聞こえた鳴き声に体を震わせた。
「ひぇ」
「もうあそこで博士と一緒に留守番してればよかったじゃん。出不精コンビで」
「私あの人の事良く知らないから気まずいよぉ」
「じゃあ黙ってついてこい! 先生が負けるわけないだろ。教授だって強いんだ。どっちとも戦ったからわかるよ。それに……ケイもいるでしょ」
「そうだよトアちゃん。大丈夫だから安心して」
ケイはすぐに答え、トアの手を握った。
そして先導するように手を引いたまま走る。
「ケイちゃん……!」
「私達皆でならどんな奴が相手でも勝てるよ」
「うん!」
「……あ、ああ私も怖くなってきたなぁ。おてて繋いでほしいなぁ!」
「黙って走りなさいネームレス」
ケイに手を引かれるという最高のシチュエーションを目撃したネームレスは自分の勇ましさに激しく後悔した。
余談だが、彼女は近い未来、これをきっかけにケイとお化け屋敷に行く計画を立てることとなる。
「声が近い。もうすぐだね、この先は……」
「中庭だねぇ。お日様が気持ち良いんだぁ。広いから、お休みの日はあそこでお弁当を食べるのが最高なの」
「うわ懐かしいな! 私もよく行ったわー」
相変わらずどこか緊張感の無い銀の黄昏の面々は、遂に中庭へと到達した。
世界が硬化し、降り注ぐ陽の光すらもそのままの形で残った中庭は、草木一つ動かないジオラマのようだ。
そんな中庭の中心に、それはいた。
銀の黄昏に引き続き、フェクトムも到着し中庭にいたそれを目にする。
やがて全員の感想をラッカが代弁する形で叫んだ。
「キッッッッモ!」
それはシルエットだけなら鶏が近いだろう。
つまりは鳥類を模した天使である可能性が非常に高い。
人の手を重ねたような羽根に、白く滑らかなトサカと曇りの無い目。
しかし何よりも目立つのは、明らかに異常に発達した二本の脚だ。
よく観察していくと、女性の肉体のようなものが鶏と融合していることが分かった。
その胴体は鶏の胸筋に貼り付けられるような形で顔や腕は鶏の内部に消えており、胸や臍などが外部に晒された状態だ。
まるで人間の体が鶏の中に半分埋め込まれているような姿は、やはり妙に美しい太ももの主張が強く、それが気持ち悪さを加速させた。
しゃがむ姿勢なのもなおの事気持ち悪い。
「あいつキモいよ! 鳥と人間のハーフだよあれ! すぐ殺そう!」
「待ってくれ先生。そうして殺した結果、災いが拡散するタイプの天使もいただろう。あの奇妙な姿は私達に殺されることを目的としている可能性もある」
「トアちゃん、あんまりアレ見ないでね。気持ち悪かったらこの袋に吐いていいから」
「う、うん」
あまりの気持ち悪さに戸惑っていると、再び天使が空へと咆哮する。
その声は天高く響き、何度も鼓膜を揺らした。
それからラッカ達を見て、すっと直立する。
「うわっそんなスムーズに立つなよぉ!」
先ほどの教授の警告を忘れたラッカがすぐに天使を殺そうと槍を構えるが、それは学者により止められた。
「待ってよぉ。アトラスティア内部に侵入した天使は、私が責任をもって殺さないとぉ」
「大丈夫? めっちゃキモいけど」
「大丈夫だよぉ。高位転写紙機もあるからぁ」
そう言うと学者は高位転写紙機を取り出し天使の前に立つ。
数十センチ引き出した彼女は、それを破り捨てた。
「久しぶりに着替えるよぉ」
破り捨てた紙から複数の言語が飛び出し、実体を形成する。
学者が設定した形で作り出されるそれは、今回は彼女の戦闘衣装であった。
タイトなスーツが分解され、光と共に学者の服が戦うためのものに代わる。
より動きやすく、高位転写紙機との適性を上昇させることを目的としたそれは、全身を覆う奇妙なラバースーツであった。
薄い紫のラバースーツは彼女のボディラインを浮き彫りにし、ある種の水着のようにも見える。
「ケイ……! アレ着て……!」
「黙りなさいネームレス」
目をキラキラさせるネームレスを銀の鎖で無理やり黙らせるケイの前で、学者は自分に向けられた感情に気が付くことなく自信満々に胸を張った。
「いつでもこーい! この姿の私は強いよぉ!」
装いが変わった学者を警戒して天使は再び鳴く。
この世界で数万年ぶりとなる天使との初戦は、こうして始まった。
『天上君流石にあれはびっくりだよ。一歩間違えればあれギャグキャラじゃん。……それよりもなんだあの学者のエチエチラバースーツは! 』
『銀の黄昏はもしかしてどスケベ集団なのかい!? ウチの無自覚総受けどスケベにも着せてくれ!』
『酷い言いがかりですよ!』
『あちらも中々に良い太ももだ! ではこれより、余と学者の太ももバトルといこう。蹂躙しろ! ブレイブモモトリス! 3、2、1フトモモ……GO!』
『貴女のせいで天上の意思まで変なホビー作っちゃったじゃないですかぁ!』