【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
全ての人類がアトラスティアに避難したとはいえ、外の世界で天使をのさばらせるわけにはいかない。
博士が主体となって結成された研究チームによると、天使の中には生殖機能を有する種も存在すると判明している。
ただ守っているだけでは、この星はやがて天使の楽園に変わってしまうだろう。
そうなる前に、天使の駆除を行わなければならない。
大陸奪還作戦もまた、天使の大規模な駆除が目的であった。
「――ふふん、私にかかればこの程度ですっ!」
「凄いねぇ、流石は求道者だねぇ!」
今回、この作戦に派遣されたのは後方支援魔法兵100名と、銀の黄昏の構成員2人だけ。
そして作戦終了の段階で、怪我人の一人すら出ていなかった。
「作戦は半年かける予定でしたが、一か月で何とかなりましたね」
「これでアトラスティアに帰れるねぇ。うぅ、皆無事かなぁ」
「あんな化け物みたいな要塞をぶち抜ける天使がいるならそれはもう人類の終焉ですよ」
何もない荒野を眺めながら求道者はそう言った。
天使の死骸が風にさらされ、その肉体は削り取られるように消えていく。
まるでこの星が怒りと共に天使を消し去っているような光景には、星を味方につけたような頼もしさがあった。
「求道者様、学者様、帰還準備が整いました。いつでも出発可能です」
「だそうですが、すぐに帰りますか?」
「ううん」
学者は首を横に振り、高位転写紙機を取り出すと数cm千切りとる。
それは見た事の無い言語に代わり、やがてこの世界の外にある理を召喚した。
「戦いの痕だけが残るのは嫌だからぁ、もう少しだけ私に頑張らせてねぇ」
現れたのは別の世界で『シマタヤ』と呼ばれる生物であった。
鹿のような角と大きな外骨格に覆われた雄々しい尾を持つ狐のような、全長10メートル程の生物である。
地域によっては信仰の対象になるこの生物は、地中に眠るエネルギーを操る事を可能とする特殊な器官を有していた。
「もふもふですね……!」
「後で撫でていいよぉ。というか、これに乗って帰る?」
「いいんですか!? わぁい! ……ハッ、別にはしゃいでいませんよ! 雲零の民として、騎乗の心がくすぐられただけです!」
「そうなんだぁ。流石は雲零の女王様だねぇ」
求道者の誤魔化しなんてそもそもどうでも良い様子で、学者はシマタヤを見守る。
やがて、シマタヤ角から放たれる
老人の腕のような枯れ木はみるみるうちに葉を茂らせ、ひび割れた大地は瑞々しさを取り戻していく。
戦闘で生まれた大きなクレーターは湖へと変わり、求道者が割った山は緑に包まれ、鉛色だった空はいつの間にか晴れていた。
「すっご……え、この生き物なんですか?」
「シマタヤ」
「しま……え、何ですかそれ……」
「この子のおかげで、あっちの世界は天使の選定を乗り越えたんだって。凄いよねぇ」
シマタヤの顎を撫でながら、学者は頬ずりをする。
稲穂のように黄金の輝きを持つ毛並みの中に埋もれる学者の姿を見て、求道者はそろそろ我慢の限界だった。
「あ、あの……私も撫でて良いですか……!」
「いいよぉ」
「わぁい!」
駆け寄って来た求道者は一気にシマタヤに抱き着き、その頭を撫でまわす。
シマタヤは目を細めるだけで特に動くことはなく、求道者のされるがままだ。
まるでペットにじゃれる子供のような姿に学者もまたご満悦である。
「うんうん、これで万事解決だねぇ。高位転写紙機もしっかり機能しているしぃ、これで私も名実ともに銀の黄昏だよぉ!」
「既にそうでしょう? 誰も貴女の実力を疑っている人なんていませんよ。そもそもアトラスティアを作った時点で、ある意味では誰よりも功績を上げているじゃないですか」
「足りないよ」
珍しく、学者はハッキリとそう告げた。
口元には笑みが浮かんでいるが、その目には強い決意と僅かな恐怖を感じた。
「シマタヤのいる人類は勝てた。でも負けた人類だっている。私は沢山夢に見てきたからねぇ。全部の世界が強くて、眩しくて……でも、生き乗ったのはほんの一握りだったぁ」
「特異体質、でしたか」
「うん。私は別の世界を夢で見る。そして一度見た世界のエネルギーは、高位転写紙機があれば使えるんだぁ。きっとこの力は、皆を守るためにあるんだよぉ」
握る拳はまだ柔らかさが残る少女の手であった。
戦う事を知らない白い手を見て、求道者は内心で己の弱さを恥じる。
(私が雲零の剣としてより強ければ……博愛のソルシエラよりも……!)
それがあり得ない事だとわかっていてもそう思わずにはいらない。
本来は穏やかな性格の少女であった学者を戦わせることは、戦いの民にとっては何よりも耐えがたい事なのだから。
「第一の天使はぁ後少しで降臨するって博士が言ってたぁ。その時までに、最終調整は終えないとねぇ」
「貴女は最終防衛ラインですから、前線に出る必要はありませんよ」
求道者は背伸びをして手を上げる。
その行動に首を傾げた学者にムッとした求道者はシマタヤの頭によじ登り、学者よりも高い位置から頭に手を伸ばした。
「私や先生が第一の天使だろうがなんだろうが殺します。だからそんな怯えた目をしないでください。貴女は能天気に笑っていた方が魅力的ですよ」
「うぅ~! 求道者ぁ~!」
「ちょっと放してください! 皆さんが見ている前でそんな高い高いしないで! 雲零の剣としての尊厳がぁ!」
「ありがとうねぇ! 求道者! 私ももっと頑張ってアトラスティアを頑丈にするからねぇ! そうだ、私と博士が武器を作ってあげるよぉ! 何か欲しいものはあるぅ?」
求道者の言葉が余程響いたのだろう。
学者はニコニコしながら提案してきた。
が、徒手空拳で戦う彼女からすれば武器など最初から選択肢にはない。
一応、雲零の剣として全ての武器は扱えるが、やはり最後に頼れるのは自身の拳と脚のみであると思っていたのだ。
――二度も敗北を味わうまでは。
「……魔法を覚えようと思うんです。演算を補助する役割を持ったものが望ましいですね。打撃以外の攻撃手段が欲しい所ですが、生半可な攻撃では恐らく先生や博愛のソルシエラには勝てない……」
「どうして二人に勝つ想定なのぉ?」
「負けたままが悔しいので」
自身の敗北の経験から、何が足りていないのかを導き出していく。
その過程で求道者は何かを思いついたように、意地の悪い笑みを浮かべた。
「思いつきました! 杖を二本作ってください!」
「杖……?」
「はい」
自分を遥かに超える最強の存在が扱っていた砲撃用の杖。
あの砲撃と近接攻撃の組み合わせは求道者が戦った中で最も恐ろしい物であった。
ならばそれを取り込み、より自分が恐ろしい強さを手に入れればよい。
雲零の民が天使の跋扈する世界で生き残って来た理由は、強さへの貪欲さである。
負ければ相手の強さを模倣し、自身の弱点を補い、必要であればこだわりすらも捨て去る。
全ては理想の強さの為に。
「私の方が巧く使えると博愛のソルシエラに思い知らせてやるんです!」
子供じみた理由だが、雲零の民としては十分にロジカルであった。
学者はそれを聞いて目をぱちくりしていたが、すぐにパッと笑う。
「わかったよぉ! じゃあすんごく強い魔法補助の杖を作ってあげるねぇ」
「殴って良し、撃って良しでお願いします」
「任せてぇ!」
「ふふふ……これで私が一番強くなって皆に尊敬されて……ふふふ……」
ご満悦の求道者と共にシマタヤの背中に乗る。
そして、傍で何も言わず微笑と共に待っていた部下に向けて言った。
「帰ろうかぁ。皆、帰るまでが作戦だからねぇ」
「はい!」
「ふふふ、これで先生をボコボコに……」
作戦開始前の張り詰めた空気から一転し、帰りは兵士も含め、非常に和やかであった。
それもきっと、学者という少女が居たおかげなのだろう。
■
「――ふへへ、せんせぇ、ぼこ、ぼこむにゃ……」
「なんて夢見てんだこいつ」
「――ムニャ……ハッ! 私はまた同じ醜態を!?」
心地の良い目覚めた求道者が飛び起きたとき、そこは中庭だった。
よくここで紅茶を楽しんだものだと頭の片隅で考えながら、求道者はゆっくりと起き上がる。
どうやら自分は草の上で寝ていたらしい。
「ふぁ、良く寝まし……なんですかこの大きな焼き鳥は!?」
「食べ物じゃないからね。……いや、トアも駄目だよ? 先生、流石にそれは許可できないからね?」
黒焦げでやけに良い匂いのする天使を見て求道者は驚きの声を上げる。
そのすぐ傍では、教え子が拡張領域から秘伝のたれを取り出そうとしている所であった。