【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない   作:不破ふわる

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第533話 アトラスティアの女王1‐8

 中庭に漂う匂いは、その場にいる全ての人間の本能に訴えかけるような凄まじい威力を持っていた。

 トアの収束砲撃で適切な温度に焼かれた天使の姿はもはや厄災とは関係ないようにすら思える。

 これが先ほどまで自分達が警戒していた敵だと言って果たして誰が信じるだろうか。

 

「もぐもぐもぐもぐ」

「トア、先生は悲しいよ……私の忠告も無視して食べるなんて……いや、私はいらないから」

「て、天使を喰ってる……!? 理解できません……!」

 

 先生と求道者ですら、それは流石に実行に移さなかった奇行だった。

 都市の民を養えるほどの食料を得るために、天使を食用に用いようとしたことはある。

 が、そのどれも失敗に終わっていた。

 

「もぐもぐもぐもぐ!」

 

 しかし、目の前の少女はそんな銀の黄昏の失敗をあざ笑うかのように満足そうに食べ続けていた。

 

 焼ける皮にたれの焦げた匂いが混じり、想像の中ですらそれは極上の味となる。

 ただの人間であればこの場で欲に負け、即座にその手にナイフとフォークを握り締め駆け寄っていただろう。

 しかしこの場にいるのは多くの戦場を駆け抜け、幾多の危機を乗り越えた者達である。

 故にその程度の欲に負ける事はない。

 彼女達にとってはこれは試練とすら呼べない程に乗り越えられるものであった。

 

 ただ一人を除いて。

 

「もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ――美味しいよぉ!」

 

 月宮トア16歳。好きなものはフェクトムのメンバーと食べ物。

 最近の趣味は食べる事。

 特技は沢山食べる事。

 

 つまり、乗り越えられるわけがなかった。

 

「ミズヒちゃん、ミロクちゃん! これ、すっごく美味しいよぉ!」

「……いえ、私達は食べませんよ」

 

 差し出された肉をミロクは一歩引いて青い顔で拒否する。

 トアはその様子に「お腹減ってないの?」と勘違いをしながらその肉を頬張った。

 果たして誰が人体パーツで構成された鶏を嬉々として食べるだろうか。

 ミロクは顔を青くし、流石のケイも肉を受け取らず、ルシエラに至っては天使を喜んで食べるという前代未聞の光景に動揺し、この場で精神安定のティータイムを始めようとしていた。

 

「おい食いしん坊! 私の顔でそんなにもぐもぐするなよ! 皆の顔、見て見な? ドン引きだよ?」

「でも美味しいし。それに()()()()()()()()()()()()()()()()気がするんだ!」

「幻聴だろ」

 

 ネームレスはトアを止めようとする。

 そもそも既に一人で片足を丸々食べ終えた彼女をそろそろ止めなければならない。

 このままだとこの食いしん坊は鶏を丸ごと食べ終えるだろうという確信があった。

 

「ほら、もう行くよ!」

「ええでもお肉がぁ」

「……ミズヒちゃん、その肉、全部焼き尽くして消し炭に変えて」

「い、いいのか?」

「駄目!」

「いいよ!」

「う、私はどうすれば……」

 

 トアとネームレスに迫られミズヒはオロオロとする。

 彼女としてはトアが嬉しそうならそれで良いのだ。

 

「もうっ、皆が甘やかすからこの食いしん坊、最近ずっと食ってばっかりじゃん! ここは心を鬼にして先輩らしく行動してよミズヒちゃん!」

「ひ、酷いよ私! まだ食べられるのに。じゃあ、小分けにして持って帰ろう? そしてミユメちゃん達へのお土産にしようよ!」

「それで喜ぶのお前だけ……いや、ミユメは喜ぶかもしれないけど。でも駄目だよ! ケイ! 貴女からも何か言って!」

「えっ」

 

 ちゃっかりルシエラの所に避難していたケイは白羽の矢が立ったことで体を硬直させると、ゆっくり振り返った。

 いつもの妖艶な笑みを浮かべているが、それが張り付けである事をネームレスは知っている。

 

「貴女も時々お菓子あげるでしょ。自分の分のお肉を譲ったり」

「そ、それはトアちゃんが……」

「甘いよ! そういう行動の積み重ねがこの子を太らせるんだよ!」

「ふっ、太くないもん! 私、食べた物は魔力に変わるし!」

「……お前、私と同じ体なのに体重5キロも違うじゃん」

「わあぁぁぁっ!? どうして知ってるの!?」

「ミユメに魔眼を使って計測して貰ったんだよ。なんか……ほっぺとかむっちりしてきた気がするし」

「えっ」

 

 衝撃の告白にトアはショックでその場にへたり込む。

 すると傍らのお肉から良い匂いがしてきて、トアは無意識の内にそっと手を伸ばした。

 

「act1」

「わあああああああ!」

 

 トアの目の前で肉が真っ黒な焔に包まれ、消し炭に代わる。

 その光景をトアはこの世の絶望のように叫びながら見守ることしか出来なかった。

 

「皮がパリッと、中は肉汁が溢れる極上のお肉だったのに……!」

「私達は銀の黄昏を助けに来たのであって、グルメツアーをしに来たわけじゃない」

 

 至極真面目な言葉にトアは反論できずに涙目になってネームレスを睨みつける。

 そこから少し離れた場所では、ようやくトウラクの拘束から抜け出したルトラが意気揚々とフォークを片手に参戦しようとしており、今まさに絶望していた。

 

「トウラク、私は世界と人類に絶望した」

「後で焼肉食べ放題でどうかな。ミハヤに内緒で上限無し」

「世界と人類、まだまだ捨てたものじゃない」

 

 一人の食いしん坊は即座に収めることが出来た。

 残るもう一人の食いしん坊も、現実を受け入れフラフラと立ち上がる。

 そして、最後にもう一度天使だったモノを見た。

 

「……ごめんね、さようなら」

「そこまでの事か……?」

 

 ネームレスはややドン引きであった。

 どうして自分と同じ体なのにここまで違うのだろうか。

 

「あー、全てが解決した時にはその、アトラスティアの御馳走を堪能して貰いたいと思っている。だからどうか今は私達に力を貸してくれないかな」

「アトラスティアの御馳走……!」

 

 ルシエラは穏やかな口調でトアにそう告げる。

 当然、彼女は目を輝かせて頷いた。

 

「わかりました! 教授さん、ありがとうございます!」

「はははは、君が満足できる事を願っているよ」

 

 表面上は穏やかに笑いつつも、ルシエラは脳内で食料と調理方法についてピックアップを始めていた。

 選ぶべきは、量が多く、手早く作れて、味が濃いものである。

 

「……私達はあの子の胃袋を満足させられると信じているよ」

 

 それは銀の黄昏の首領としての矜持でもある。

 この都市とそこに生きる人類がどれだけ素晴らしい存在なのかを実感してもらえるのならば、至上の喜びだ。

 故にルシエラは後にトアを食事で盛大にもてなすことになる。

 

 それが、トアの地獄のダイエット(ほしよみっ! あんそろじぃ3話参照)に繋がるとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

「ああ、帰って来たか。意外と遅かったな」

 

 一冊の本を読み終えた頃だった。

 博士が本を閉じると同時に、部屋の中に複数の足音が入り込んでくる。

 彼は即座に人数を数え、それから傷が見当たらない事で無事に勝利したのだと理解した。

 

「天使だったか?」

「ああ、私達の予想通り天使だった。この空間に天使が現れたという事は、天上の意思が介入を始めたのだろうね」

「そうだな、急ぐか」

 

 彼女らは妥協も油断もしない。

 この全てが停止した空間に天使が出現したとしても、それは驚くべき事ではないのだ。

 

「天使が現れるなら、講師を先に目覚めさせるか」

「そうだね。それが良いだろう。彼がいれば、百人力だ」

 

 二人は自然に次に目覚めさせる構成員を決定していた。

 天使と争うならば彼ほどの適任はいない。

 

「講師ですか。私の中にはまだ記憶が無いですね……」

「彼は頼もしい戦士だよ。そして何より、先生と指揮者のブレーキでもある。見てみるんだ、先生の顔を」

 

 言われて見てみれば、ラッカは複雑そうな顔を浮かべて何も言わなかった。

 あれだけ多弁だった彼女が、まるで親に言いつけると言われた子供のような顔をしている。

 

「おぉ、なら是非目覚めさせましょう。先生を説教できる人を!」

「天使よりも私を優先している……?」

 

 その方針に逆らう者がいないことが、何よりの答えだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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