【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
講師を解放するために認証システムのある部屋へと向かっていた彼女達だったが、その空気は少しだけ弛緩していた。
学者と求道者が蘇ったという事もあり、戦力も整いつつある。
そこにケイやトウラクといった、別世界の裁定勝利者が付いてくるのだから無理もないだろう。
唯一、博士だけが難しい顔で仮想ウィンドウを眺めていた。
「脚部に異常に送られた魔力には一体なんの意味があるんだ……? 今までとは違う考えの元に作られた天使の気がするが……」
ぶつぶつと呟く彼の脳内では、分割された自分達による会議が開かれていた。
といっても、元が全て自分であるが故にいつもよりも効率は落ちている。
多重提唱空間は大勢に博士の銘を埋め込むことで多角的に物事への理解を深める力。
彼一人では、その本領は発揮できそうにない。
「うーん、情報が必要だ……!」
頭をガシガシと掻きながら独り言を大量に垂れ流す彼を邪魔しないようにルシエラ達は距離を取る。
彼女は今、移動時間を利用して求道者からの質問に答えている所であった。
銀の黄昏の思い出話が興味深いのか、トウラクとケイもその会話に耳を傾けている。
「銀の黄昏は全ての天使を倒したんですよね?」
「ああ、そうだね。誰一人と欠けることなく、勝利した。と言っても、全員で一緒に戦ったことは一度もないのだが。銘を持つ者を一か所に集めるなんて贅沢は出来ないからね」
「成程……」
「ちなみに求道者は唯一、全ての天使討伐作戦に参加した英雄だよ。おかげで、銀の黄昏の広告塔としても君は活躍してくれた。やはり勝利が一番、人々に活気を与える」
「そうでしょうとも! 私が一番強いですからね! ふふん!」
胸を張りながらテクテク進む求道者を後ろで眺めて、トウラクはそっとケイに耳打ちする。
「……この子、本当に君の中から出てきたのかい?」
「っ」
一瞬肩を震わせた彼女は、顔を少しだけ赤くして首を横に振った。
まるで耳元で囁かれたこと自体に反応したようだが、恐らくはその言葉の内容が気になったのだろう。
「勘違いしないで頂戴。私が利用していたのは銘の力と銀の黄昏の断片的な記憶だけ。あんな、お子様ランチに旗を立ててそうな性格は私とは微塵も関係ないわ」
「そうかな、君って意外とピュアな所がある気がするから……ほら、記憶が無い時の君とかまさに――」
言葉は鎖により遮られる。
が、次の瞬間には切断音と共に鎖が斬り砕かれトウラクの口は自由を取り戻した。
「無垢で良い子って感じだったから、ついそんな想像をしちゃうよね。君もあんな一面があるのかなって」
「瞬間的な星斬り・神羅の限定使用……!? 貴方、そんな技術を無駄に使って……」
縛られたことなど無かったように平然と話す彼を見て、ケイは表情を崩す。
妖艶な態度は一瞬にして友人へと変わった。
「君だって僕の口を塞ぐために鎖を使っただろう」
「当然よ。余計な事を言う口は塞いでしまわないと」
「ははは、無駄だよ。なんなら、僕と決闘して黙らせるかい?」
「貴方が戦いたいだけじゃない。もういいわ……ルトラ、後で異常に美味しい玉子焼きを量産してあげるから力を貸すのを止めなさい」
「わかった」
「ルトラ、クローマで食い倒れをしていいよ。全部、僕が奢るから好きに食べて言い。代わりに力を貸してね」
「わかった」
「……ルトラ、リュウコに頼んで神話の素材でお菓子を作ってあげるわ。極上のプリンアラモードよ。だからそこのお馬鹿さんから離れなさい」
「わかった」
「ははっ。ルトラ、前に六波羅さんが紹介してくれた滅茶苦茶に高い焼肉店があったでしょ。あそこで好きなだけ食べていいから力を貸してね」
「とりあえず、今二人が出した条件を全て飲んだ上で、もう一度再考する。だから、まずは玉子焼きからいこう。いつにする? 私はいつでも構わない」
「食べたいだけでしょ貴女……」
ケイは呆れた様子でルトラを眺める。
そして、ため息と共にどこからともなくルトラへと玉子焼きを差し出した。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
「ルトラ、それを食べたら次はあっちのお店に行こう」
トウラクが指さす方向にはルトラが雑誌で見つけたクローマの焼き菓子専門店がある。
その隣には何故か高級焼肉店も並んでいた。
「どっちも食べていいの?」
「いいわよ。おかわりもあるわ」
「ミハヤも今日は怒らないって」
「私は世界一幸せなデモンズギア……!」
ルトラは二人に連れられて店の中へと入っていく。
その背後の空間が歪みを見せている事に三人は気が付いていなかった。
■
異常事態は既に発生していた。
「おい教授! しっかりしろ!」
「ケイちゃん! ミズヒちゃん! ……うぅ、ミロクちゃん! 先生も起きてよぉ!」
初め、全員は確かに雑談をしながら目的地へと向かっていた。
ルシエラは求道者に確かに質疑応答形式で昔話を聞かせていたし、トウラクとケイも他愛のないやり取りをしていた。
その後ろでは学者と先生が、フェクトムのメンバーと楽し気に話をしていたのだ。
そこには前兆も異変も一切なく、だからこそ誰も気が付くことはない。
「……第二の天使か」
故に、博士とトアを残して他全員が一斉に廊下に崩れ落ちたのは必然とも言えた。
異変はひとたび姿を現わせば、世界そのものを飲み込む裁定へと変化する。
――ムチッ。
世界が天使で満ちる音が響く。
それはケイの世界では観測されなかった、現象型の裁定。
第二の天使は今まさに、この世界に降臨したのだ。
「っ、とりあえず全員を連れてどこかの部屋に避難するぞ。手伝え」
「う、うぅ、皆ぁ……!」
「泣き言は後で聞く、今は動け!」
「は、はいっ!」
博士に一喝され立ち上がったトアはフェクトムのメンバーをまとめて背負いあげる。
その顔は涙でぐしょぐしょであり、足元はふらついていた。
「流石にちょっと歩きづらいよぉ……ぐすっ」
「データロイドに運ばせるから無理するな。一人背負うだけでいい」
博士はそう言って、自分の背丈に近い求道者を背負って駆け出す。
その表情は鬼気迫っていた。
「クソっ、これだから裁定ってのは嫌なんだ!」
「うぅ……ケイちゃん……!」
目覚めないケイを背負って、彼女は博士の後を追う。
通り過ぎる際に、柱が太ももに代わっていようとも、床がやけに張りのある柔らかにものに代わっていようとも今は気にしている場合ではない。
彼らは今まさに、敗北の危機にあるのだから。
■
ドン引きするくらいに鮮やかな手つきだったね天上君(美少女の涙スリップダメージ999)。
俺、思わずびっくりしたよ。(美少女の涙スリップダメージ9999)。
天使って本気を出すと、あんなに無抵抗に人を倒せるんだね(美少女の涙スリップダメージ999)。
流石はラスボスといった所か(美少女の涙スリップダメージ99999)。
『君、ずっとダメージ受けてないかい?』
トアちゃんの泣き顔で罪悪感がちょっとね(美少女の涙スリップダメージ999999)。
『スリップダメージとは思えない傷を負っているんだが。しかも増え続けているし。まあ、美少女エネルギーの生成速度が傷を上回っているから死ぬことはないと思うけどね』
『ふふふ、先導者も驚いたようだな。そうだ。これこそ、魅惑と張りのラビリンス……その名もムチリンスだ!』
『本当に馬鹿みてえな名前』
さて、それじゃあこれからどれだけのコンテンツが生成されるかお手並み拝見といこう(美少女の涙スリップダメージCritical!)。
ウッ。
『その前に、その意味の無い自傷を止める事にしようねぇ』