【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
天使を相手にするならば、決して油断をしてはならない。
それが厄災をもたらす天使ともなればなおさらだ。
第一の天使。
一見して奇妙な出で立ちの鳥型の天使は、確かに己の仕事を全うしていた。
「……やられたな」
部屋に寝かされたルシエラを眺めながら博士は憎々し気に呟いた。
彼の周囲には大量の仮想ウィンドウが展開されており、常に全ての人間のバイタルを監視している。
「どうしてこんな事に……うぅ……」
「第二の天使が仕掛けたんだろ。ただ面倒な準備は全て……第一の天使の仕業だな」
「えっ、で、でも学者さんがすぐに倒しましたよ?」
「倒せば終わりという訳ではない。厄災の天使はこれだから面倒なんだ。厄災の天使は独立した脅威じゃない。学習し、進化し、連鎖する。倒した結果、ふりまかれた血が次の天使によって毒に変わることだってあった」
博士はルシエラの体と数値を交互に見る。
その脳内では常に多重提唱空間による自身同士の議論が行われているが、答えが導き出されることはない。
銀の黄昏の頭脳の一つが、仮説すら満足に立てられない。
それほどまでに事態は切迫していた。
「どうする……どうすればいい……銘を無理矢理活性化させて覚醒を促すか? いや、デモンズギアを強制コマンドで目覚めさせる方が……だがそれ自体が天使の仕掛けた罠の可能性もある」
「あ、あの……私に何か出来る事ってありますか……」
「そうだな、無いから黙ってろ」
「ひえ」
「あと震えるのも泣くのも止めろ。鬱陶しい」
「ひ、ひえ」
トアはケイとネームレスの手を握って博士を見る。
泣かないように我慢して涙を目にいっぱいに溜めているが、やがて我慢の限界に達したのか震えが加速し始めていた。
「う、うぅ……ひっぐ……」
「ああもうっ、気が散る!」
博士はトアを睨む。
本人はそんなつもりはないのだが、口調と目つきのせいでトアのメンタルは大きく傷ついた。
「おい、好きな物を言え! 再現してやるから!」
「……ごはん」
「コード22:再現――バン」
博士が手を銃の形にしてトアに向けて撃つ仕草をする。
すると彼女の目の前におにぎりが二個転がった。
「食え。そして泣き止め」
「い、いいんですか?」
「僕が良いと言っている。それと敬語も止めろ」
「え」
「お前のような人間は遠慮しすぎてコミュニケーションが円滑に進まない。二人しかいないんだから、ここは協力をするべきだ」
「わ……わかったよ」
「それでいい。食え」
博士に言われてトアは涙目でおにぎりを頬張っていく。
そして、一口目で目をカッと見開いた。
「美味しい!」
「そうだろう。僕が食べた中で一番美味しいおにぎりを再現した」
「凄い……! シンプルだからこそ、どれだけこのおにぎりのクオリティが高いかがわかるよ。握る力加減にかなり気を使っているんだね。お米一粒一粒の食感を感じられるのに、食べやすくバラつきが少ない。それにお米の甘さを引き立てるような絶妙な塩加減も――」
「お前飯の事になると饒舌になるんだな」
「あっ……わ、忘れてください」
「また敬語になってる。とりあえず、気に入ってくれたなら良い」
博士は再び多重提唱空間に潜り込み、議論を続けようとする。
その時、彼の耳にトアのほんわかした声が飛び込んできた。
「はぁ、これならさっきの天使のお肉も合いそうだったな……やっぱり、ちょっと持って帰ってくればよかった」
「ちょっと待てお前」
「え?」
「……まさかとは思うが、天使を食べたのか?」
ルシエラが言っていた言葉を思い出し、博士は震える。
毒があるかどうかも調査せず、重要な任務の最中であるというのに、天使を食べるなどと言うメリットが一つもない大博打をかました人間が本当に実在したとしたら。
「すごく、美味しかった」
「こいつだったかぁ……!」
博士はその場に膝から崩れ落ちた。
彼の長い人生の中でもここまで飛び抜けた食いしん坊はいない。
「私は皆にも勧めたんだよ? でも、誰も食べなくて……」
「そりゃそうだろ。お前以外に食う奴なんて……いや、お前だけが食ったのか?」
数万人にまで分裂した博士が多重提唱空間で、再び議論を始める。
答えを導き出すまでに、さして時間は掛からなかった。
「……天使を食べる事で、耐性がついたのか」
「?」
「おい、お前の体を調べさせてくれ」
「あ、うん」
トアが頷くと同時に彼女の体をドローンが複数機スキャンを開始する。
どこか恥ずかしそうにしながら動かないトアとは別に、博士は何かを理解した様子で満足げに頷いた。
「成程! 第一の天使の肉は音への耐性を付与するのか!」
「音……?」
「ああそうだ。これを見てくれ。お前の体は今、とある魔法式が刻み込まれている状態だ。それが、音を起点とした魔法への耐性。ここから考えるに、他の奴らは音でやられたんだ。まあ十中八九、あの鳴き声だろう。それが種となりやがて」
――ムチッ。
破滅の音が部屋に満ちる。
気が付けば安全だったはずの部屋は、肌色の牢獄に変わりつつあった。
「このふざけた音をトリガーに発動するんだ。第二の天使は第一の天使の鳴き声を聞いた者の意識を奪う。普通の厄災ならあまりにも効率が悪い力だが、僕達だけを狙い撃つならどうしようもない程に効果的だ」
「あ、あわわわわわ……! 早く逃げなきゃ」
壁が変わった事でこの場所は安全地帯ではなくなった。
部屋から脱出しようとトアがケイを抱えようとしたその時だ。
『――ふふっ』
今まさに自分が抱えている筈のケイが、目の前を軽い足取りで通り過ぎる。
柔らかな白いワンピースに麦わら帽子をかぶった彼女は、あまりにも無邪気な笑顔を浮かべていた。
「えっ、ケイちゃん……!? で、でもここにいるのに……!」
「……厄災の天使の権能が、意識を奪うだけな筈がない。もしかして……気を失った奴らの意識と現実世界の境界を曖昧にしているのか……?」
「そ、そんなことできるの!?」
「出来なきゃ、あそこでティータイムを始めようとしている教授の説明がつかないだろ。観測結果から、幻覚でない事はわかっている。しかし触れるほどに実体がある訳でもない……まずいな。このままだと、より意識が世界に侵食するかもしれない」
「そ、そうするとどうなるの……!?」
「ゆっくりと推察したいところだが、そうなったら終いだろうな。だから急ぐぞ」
博士はデータロイドを召喚し、ルシエラ達を担ぎ上げる。
その間も、彼女達の間を何人もの楽し気な本人たちが通り抜けて行った。
「まったく、僕達の苦労も知らないで楽しそうにしやがって。おい金髪、走るぞ!」
「う、うん。でもどこに……? このままじゃ、どこに行っても同じだよぉ!」
「策はある」
博士は端的にそう答えた。
しかしその顔には何とも言えない苦渋の色が浮かんでいた。
「ど、どうしたの? もしかして策って、どっちかが自爆するとか……?」
「そんな訳ないだろ。なんだその恐ろしく無駄で馬鹿な策は」
トアの言葉を一蹴し、博士は絞り出すように告げた。
「講師を目覚めさせる予定だったが、変更だ」
「え、それじゃあもしかして」
「ああ――大変不本意だが、指揮者を復活させる」
それは博士個人の疲労度的に一番選びたくなかった選択肢であった。
が、どれだけ多重提唱空間で自分を増やそうとも最後には渋々と同じ答えを出す。
「こういう事態において、奴はスペシャリストと言っても良い。銀の黄昏はどのような天使が降臨しようとも対応できるようにメンバーを構成していた」
説明自体はこれからの事態の好転を示している筈なのに、その眉間にはずっと皺が寄っている。
それもその筈。
指揮者とは、銀の黄昏の中で最も問題児である。
特にラッカとの組み合わせはあまりにも二人の相性が良すぎるので、基本的に任務で一緒にならないようにとルシエラに調節されていたほどだ。
「断言しよう。奴が目覚めるなら解決する」
当然彼女にもその偉業に応じて様々な肩書が与えられているが、当の本人がそれらを全て拒否し、自ら名乗っていた二つ名があった。
自称――この世で最も華麗な魔法使い。
「しかし目覚めたが最後、教授と僕のストレスがすごい(投げやり)」
博士の意志とは関係なく、もはや選択肢は無慈悲にも一つだけだった。
『へえ、指揮者ちゃんかぁ。どんな子なんだろう……あ、星詠みの杖君、次の衣装はふわふわドレスでよろしく。ケイの普通の女の子願望を見せつける事で、俺達は俺達に出来ることでサポーターしないと!』
『意識を失っても仲間の事を想う。君は本当に優れた人格者だねぇ^^』
『どこがですか。これ見よがしにコンテンツを押し付けているだけじゃないですか』
『ちなみにムチリンスは食べても良いが美味しくないし、特に効能があったりはしないので、食べるのはお勧めしないぞ。今回は見て楽しむ太ももだ』