【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
見慣れた基地が端から妙な肌色に変わっていく様は、有体にいって恐怖でしかない。
この光景を基地の責任者である学者が見れば、顔を青くして卒倒するだろう。
進むたびに張りの良い柔らかな地面が足裏に存在を主張し、その耳元では時折『ムチッ』という恐ろしい音が聞こえていた。
「早くしろ。このままだと基地の構造が変わって指揮者の認証システムにたどり着けない!」
「うぅ、もう足が動かないよぉ……」
「それは僕もだ! でも走らなきゃいけないだろ!」
トアと博士は今、恐怖の迷宮から抜け出すために必死に走っている。
しかし悲しい事に、それぞれ体力が無い食いしん坊と出不精の研究者。
額に汗を浮かべ、必死に走ってはいるがそれはミズヒやラッカの走行速度の半分にも満たない。
「ちょ、ちょっと休憩しよう……! このままだと私、ケイちゃんを落としちゃうよ」
「チッ……一分だけ休むぞ」
「えぇっ一分!?」
博士の命令で他のデータロイド達は停止する。
彼らは疲れなど知らない様子で、それぞれのメンバーを背負ったまま直立不動の姿勢を崩さなかった。
「黙って呼吸を整えるんだ。……こんな事なら、僕の体は体力無尽蔵筋骨隆々で作るんだった。つい精巧に元の体を作ってしまったが故に……!」
「うっかりさん?」
「は?」
「ひっ、ごめんなさい」
トアは博士に睨まれて一歩下がる。
そして、やたらと張りと艶のある肌色に変わった壁にうっかり背中を預けた。
「うわっ」
「気を付けろ。触れたら何が起きる、か……」
トアの背後、艶のある肌色がまるで映像でも映し出すようにとある世界を映し出す。
そこは大勢の人でごった返す大きなアリーナであった。
その中央の円形のステージには、トウラクとケイの姿がある。
「な、なにこれ!?」
「恐らく、この壁に触れたことで誰かの意識が投影されたんだ。……これはどっちだ」
「トウラク君かな……? ケイちゃんは意外とぽやぽやした事を考えるというか、さっきみたいに白ワンピできゃっきゃみたいな子だから」
「お前、それ絶対に他人に言っちゃ駄目だぞ。本人が必死にあんなイメージを作ってるのに」
「?」
「本当に無自覚なんだな……」
首を傾げるトアと博士の視線の先では今まさにトウラクとケイが得物を片手に戦いを始めたところであった。
湧き上がる歓声と、迸る汗。
『フッ! ハァッ! やるね、ケイ!』
『そういう貴方こそ。もっとよ。もっと楽しませて頂戴!』
『勿論!』
「僕達は何を見せられているんだ?」
「トウラク君、戦うのが大好きだから……」
「はぁ、もういい。さっさと行くぞ」
博士は妄想の青春大決闘なんぞに興味はなかった。
呆れた彼は映像から目を背け歩き出そうとする。
が、次の瞬間彼の目の前には肌色があり、ムチッと弾かれてしまった。
「ぶふぁっ!?」
「博士!?」
「くそっ、いつの間にこんな壁が出来たんだ!?」
先ほどまでは通路であった場所に肌色の壁が形成され、行く手を阻んでいる。
肌色の壁は、博士が触れたことにより今まさに別の映像を映し出す所であった。
『ふふ、ケイちゃんは可愛いですね』
『ミロク先輩……♥』
「あぁ(絶望)」
トアはその声だけで身内の恥を察し膝から崩れ落ちた。
膝が優しくむっちりと受け止められたことがなお悲しい。
『ほら、いつものように甘えていいんですよ?』
『で、でも』
『大丈夫です。今、生徒会室には私達しかいませんから』
『……はい♥』
夕暮れの生徒会室で隣り合って座るミロクとケイ。
その手はふれあい、互いの存在を求めるように絡められる。
『ケイちゃんは今、どうしたいんですか?』
『……いつもみたいに、したい……です』
『ふふ、よく言えました』
やがて、二人の顔が近づいていき――。
「うわあああああ!」
「おい収束砲撃はやめろ! バン! とにかくバン!」
ぐるぐるの目で収束砲撃を撃とうと重砲を構えたトアは、生存本能から過去催促での収束を完了し発射をするところだった。
あと一秒でも博士の魔法式介入が遅ければ、辺り一帯が黄金の光で満たされていただろう。
「お前、収束やたら速いな……」
「う、うわぁぁぁ! な、なんか嫌だよぅ! 二人が仲良くするのは良いけど、それはそれとしてこうして実際に恋人感マシマシで見るのは違うよぉ! なんかじっとりしてるし!」
「……二人はその……そういう関係なのか?」
博士なりに気を使って問いかける。
するとトアは真顔で首を振った。
「違うよ。そしてどっちの意識かも黙秘させてもらうね」
「そ、そうだな。聞いた僕がバカだった。……にしても、これで一つわかったな」
「何が? フェクトム総合学園の異常性とかだったら、私に弁明をさせてね……?」
「天使喰った奴に弁明出来るわけないだろ。そうじゃなくて、どうやら今こいつらは自分に都合の良い夢を見ているようだ。嫌な夢なら覚めるだろうが、心地の良い夢なら……」
徹底した天使の悪辣さは、あまりにも効果的すぎた。
そしてその分析はトアにも効果的すぎた。
「都合の良い夢……これが、ミロクちゃんの……夢……」
「やっぱりあの真面目そうな生徒会長の意識か」
二人の目の前では、ミロクとケイが舌を絡める程の激しいキスを続けている。
あまりにも気まずいその光景に二人はソワソワとしながら、脱出を急ぎ始めた。
「おい、端はまだ壁が満ちてないから通り抜けられそうだ。僕は右から、お前は左から抜け出せ!」
「わかったよ!」
ミロクの夢から目を逸らし、博士は隅のまだ肉が満ちていない場所を潜り抜ける。
トアも頷き、左の隙間から抜け出そうとした。
――ミチッ。
「…………おい」
「ち、違うよぉ! 太ってないよぉ!」
「ならなんでその隙間を通り抜けられないんだ! データロイドは全員、通り抜けたぞ。眠ってる奴らもすんなり行けた! 学者でも行けたんだぞ!」
「左のほうが隙間が狭かったんだよぉ! 早く引っ張ってよぉ!」
「このミス食いしん坊が……! 後でお前の保護者にダイエットプログラムを渡してやる!」
「そんな殺生な!」
ぽんっとトアが抜け出し、その場を転がる。
危うく巻き込まれるところだった博士は、やや引いた目でトアを見ていた。
「フェクトムも大概だな……銀の黄昏と変わらない。にしても、僕のような常識人はいないのか? そいつと組みたかった……。はぁ、せめて教授がいてくれれば……」
これからトアと一緒に行動する事を考えて眩暈がした博士は壁に手をつく。
その瞬間、どこか図書室のような場所が映し出された。
「ん?」
映像を見た博士はサッと顔を青くする。
そこでは眼鏡を掛けて何故か学生服のルシエラが、本を片手に極彩色の髪の美女に背後から抱きしめられていたのだ。
『君の解説を間近で聞きたくてねぇ。よければ、このまま収束魔法の理論について語ってくれないかい?』
『あ、貴女がそう言うなら……』
『それだけじゃない。君に、ありとあらゆるものを解説して欲しい。私と君の関係についても……』
『……それが望みなら、喜んで』
「ッ(絶句)」
「ウワ(動揺)」
博士とトアはその映像に固まる。
映像の中のルシエラも、ミロクに負けず劣らずであった。
「…………先を急ごう!」
「うん!」
「僕達は何も見なかった! そうだな!?」
「うん!」
二人は休憩する前よりも健脚であった。
疲れを知らず、ぐんぐんと走る速度が上がっていく。
本能がそうさせたのだろう。
『それじゃあ……貴女の為の大解説を始めます……』
『ああ、頼むよ』
「気が狂いそうだ」
「私も」
少なくとも、気の狂った願望が聞こえなくなるまではこの足は止まらないだろう。
『あれ……思ったより皆の夢のレベルが高いな……?』
『お願いですから求道者の夢はまともでありますように……!』
『これだけいて、夢に太ももがないのはおかしいな……? 人類の夢とは太ももではないのか? キスするなら太ももにするべきだろう。なぜ口と口でキスなんだ(困惑)』
『君、キマってるねぇ^^』