【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
いくつもの歪んだ理想が映し出される肉の回廊を二人は駆け抜けていく。
例え、目を引く夢の光景があったとしても足を止める事は許されない。
『よし、今日は焼肉パーティーだ!』
「焼肉!?!?!?」
「夢の話だ馬鹿! 足を止めるな!」
肌色の向こう側では、ミズヒがフェクトムの面々と一緒に焼肉を楽しんでいる。
先程のミロクやルシエラと比べれば随分と健全な夢ではあるが、トアにとっては大ダメージだった。
「うぅっ」
「全部終わったら好きなだけ僕達がもてなしてやるから、今は気張れ!」
「わかったよ、ごめんね!」
「それにしても道が変わり始めているな。早く到着しないと――」
その攻撃に博士だけがいち早く気が付いた。
肌色の壁の向こう側から放たれた透明な槍がトアに当たる寸前で、彼は自身の指先を向ける。
「コード999:崩壊――バン」
指先から放たれた改竄式が、槍を先端から崩壊させていく。
そして放たれた追撃の槍も全て破壊した。
「だ、大丈夫!?」
「この程度なら僕でも大丈夫だ。それにしても……どうやらこのクソみたいな迷宮は第二フェーズに入ったみたいだな」
「え?」
「天使は効率の生き物だ。理想の中に閉じ込めてそのまま昏睡させるだけ……そんなの勿体ないとは思わないか」
博士はそう言って再び走り出す。
今度は彼がしんがりを務める形でトアが先を走る。
「今の、先生の攻撃だったよね?」
「そうだな。だが、それだけじゃない。きっとこれからは……来た」
再び攻撃が壁の向こう側から放たれる。
その攻撃は目には見えず、ただ「斬る」という現象に特化したものだった。
「コード111:停滞――バン」
博士はその空間全体を一時的に停止させる。
彼らが駆け抜けた数秒後、その停止は解かれ辺りの壁は切り刻まれていった。
「今のはトウラク君!?」
「これではっきりしたな」
「な、なにが?」
「これから意識の無い奴全員がこうして僕達に攻撃を仕掛けてくるだろう」
「ええっ!?」
「世界を守るために、仲間と共に力を合わせて敵を討つ……これも一つの理想だ。つまり僕達は世界を壊す悪の立ち位置と言う訳だな。くだらないヒーローショーに付き合わされているんだよ」
そう話していた博士へと銀の閃光が迫る。
しかし彼はそれが見えているかのように走ったまま、再びその砲撃を崩壊させた。
「今のは教授か」
「ま、マズいよ! 私達だけで皆の攻撃を耐え抜かなきゃいけないなんて!」
「もうすぐ着くはずだから、騒がず走れ……っと、この壁の向こうだな」
二人の前を巨大な肌色の壁が阻む。
足を止めている間にも周囲の壁には、それぞれのメンバーが映し出され博士達を睨みつけていた。
「ど、どうしよう!」
「その壁を壊せ。僕が時間を稼ぐ!」
トアに背中を預けて、博士は次々と迫りくる攻撃に対処を始めた。
非戦闘員であるとはいえ、彼の動きは効率的であり、理性を失った状態のルシエラ達の攻撃にそう簡単に負けるわけがない。
と言っても時間の問題ではあった。
「早くしろ! その馬鹿みたいに大きい重砲は飾りか!?」
「う、やるよ!」
トアは重砲を構える。
幸いにも、辺りは大量の魔力で満ちていた。
いや、満ち過ぎていた。
「――第一術式、解放。定格出力『アルテミス』への移行を開始……開始……うぅ、焦って収束できないぃ!」
「お前よく今までの剪定を生き残れてきたな」
「そ、それは私じゃなくて皆が強かったからだよぉ!」
トアは情けなく泣き叫びながら、必死に収束を繰り返す。
雑多に混ざり合ったいくつもの魔力は、それぞれが明確な特長を持った力だ。
故に通常の収束砲撃の魔法式では魔力の収束は難しい。
先程のような瞬間的な覚醒でもない限り、普通の収束砲撃の撃ち手である彼女にはこの魔力を扱いきれそうにはなかった。
「う、うぅ……」
「…………ああ、もう! 泣くな!」
博士は空いた左手で仮想コンソールを操作する。
「今からお前の為に収束砲撃の魔法式を組み直してやる! 30秒だけ待っているんだ! これを使えば銘の力が混じった魔力だろうが扱える! 完成したら、さっさと撃てよ泣き虫!」
「あ、ありがと!」
トアは再び重砲を構える。
背後では博士がトア専用の収束砲撃の魔法式を組み上げ始めていた。
「よし……! やるぞ!」
「気負うな。リラックスしてろ。収束砲撃には使用者の精神状態も大きく作用する」
「わ、わかった……ん?」
銃口の先にある肉壁に、まるで彼女の行動を阻害するように映像が映し出された。
その中では自分と幼馴染が涙を流しながら抱き合っている。
深く考えずとも、それが誰の理想であるのかはすぐにわかった。
『皆、生きてたんだぁー!』
『私が死ぬわけがないだろう。少し眠っていただけだ』
『私もですよトアちゃん。貴女を残して自ら命を絶つはずないでしょう?』
ミズヒとミロクに抱きしめられるトアは、後ろからクラムに雑に頭を撫でられた後、ヒカリに抱き着かれる。
『ま、頑張ったんじゃない? 一人で天使を足止めした私ほどじゃないけど』
『もー、クラムは素直じゃないですねー! トアちゃん、貴女はヒーローです! 貴女のおかげで、全員が生き残ることが出来ました!』
『良かったよぉ!』
全員に囲まれ抱きしめられるトアの前に、最後の一人が姿を現わす。
蒼銀の髪を揺らす彼女は、トアを見ていつものように優しく微笑むと両手を広げた。
『今まで頑張ったね。お疲れ様』
『う、うぅぅ……!』
トアは涙を目いっぱいに溜めながら、全員に送り出されて駆け出す。
そして万感の思いと共にその名を呼んだ。
『ケイちゃん!』
それは決して手が届かない理想だった。
全ての悲劇が無かった事になった世界。
たった一人の為に作られた偽りの世界。
確かに理想ではあるのだろう。
しかし、それは一人の少女の長い旅と覚悟を否定していた。
そんなものを、トアが許すはずがない。
ずっと傍で彼女の苦悩を見続けてきたのだから。
「……ふざけないで」
理論など関係なく、力づくで収束が始まる。
初めは彼女の体内にある銘の欠片が共鳴し、ミロクとミズヒ、そしてネームレスの魔力が強引に体にねじ込まれた。
本来であれば体が引きちぎれてしまう力の渦を、彼女は自分の中に出来上がっていた人一人分の空白に押し込める。
そして一つ、また一つと強引に魔力を収束していった。
「あの子の頑張りを、否定しないで!」
魔力が黄金の輝きを帯び、辺りに閃光を迸らせる。
それと同時に、彼女のダイブギアが魔法式の完成を知らせた。
「ぶっつけ本番だがやれるな? 僕の理論とその怒りがあるなら完璧だろ!」
「勿論!」
重砲が肉壁へと向く。
足元に展開された魔法式は今までよりも緻密に、そして巨大に進化を遂げている。
「――第一術式、解放。定格出力『アルテミス』への移行を開始。第二術式、連結。第三から第五までを限定解除」
過程に変化はない。
博士は完璧に己の仕事を果たした。
故に変化が現れるのは最後。
重砲に迸った黄金の光が放たれる瞬間である。
「発射シーケンスへ移行」
引き金に指を掛け、彼女は自分よりも強い自分を思い浮かべて真似るようにこう言った。
「星に祈りを――アルテミス・ウルティマ」
引かれた瞬間、トアの体は勢いで後方へと吹き飛ばされた。
瞬間に視界を閃光が染める。
「うわっ!?」
「コード111:停滞――バン」
発射の反動で飛ばされたトアの体が停滞し受け止められる。
変わらず重砲から放たれる光の奔流は、激しい嵐のようにありとあらゆるものを巻き込み、全てを破壊していった。
やがて残されたのは、焦げて地面に残った僅かな肉片のみ。
そして十メートル程先には彼女達の目的地であった認証システムの管理部屋があった。
「一時的な除去だろうが良くやった。さ、肉片が戻らない内に早く――」
博士が進もうとしたその時、トアが倒れる。
彼は青い顔で掛け寄ろうとしたが、すぐにお腹の音が無事を知らせていた。
「お、お腹減った」
「お前凄いな、色々と……」
それはこの期に及んで空腹を訴えかけているという事もそうだが、何よりもそれで済んでいるのが異常だった。
「僕のお手製とは言え、負荷も無しに空腹だけで済んでいる……? 先生の埋め込んだ銘の欠片が既に新たな銘になりかけているのか……? おい、お前後で隅々まで体を調べさせろ」
「ええ……」
「お菓子を食べていいぞ」
「やるよ!」
トアの真っ直ぐな返事は、腹の音にかき消されることはなかった。
『ムチリンスの壁が力づくで!? そんなの余のデータに……あぁ、あったな。確か
『絶対にパンクしちゃうから止めてね』