【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
求道者に敵はいない。
最強無敵天才、この世界のありとあらゆる称号をかき集めても彼女の強さを全て表すことはできないだろう。
荒野を満たすは死屍累々の猛者。
当然、それらを全て倒したのは求道者であった。
「あーっはっはっは! 気持ちが良いです! やはりこの私が最強ですね! 雲零の剣に相応しい圧倒的な力に誰も勝てる訳がありません!」
そう言って求道者は足元で泣いている少女へと目を向ける。
いつもは自分を見下ろし馬鹿にしている桜色の髪が今はめそめそと情けない泣き声と共に揺れている様は実に心地が良い。
「ふふふ、反省しましたか! これに懲りたら、私の事はお姉ちゃんと呼びなさい! それから、あそこの日当たりの良い窓際は私のお昼寝スポットとして譲るように。あとあと、私の勝手な武勇伝を指揮者と一緒に作って都市に流さないでください。それから――」
勝者の特権として、求道者はニコニコ笑顔でラッカに要求を重ねる。
その間もラッカは泣きながら正座をして「はい……はい……」と情けなく何度も頷いていた。
「ふふん! まあ気分が良いので今日はこれくらいにしてあげますよ!」
「ありがとうございます……心を入れ替えてお姉ちゃんに従います……」
「よぉし! 正義は勝ちました!」
求道者にとって今日は一生の記憶に残るに相応しい日になった事だろう。
後はアトラスティアに戻って、オレンジソルトティーを楽しむだけだ。
友人を呼んで軽くパーティーを開いても良いかもしれない。
それほどまでに気分が良かった求道者だったが、不意に体が宙に浮いた。
「っ!?」
同時に背後に誰かの気配。
わきの下に入れられた手から察するに、自分はまるで子供の様にたかいたかいをされているらしい。
「うっ、何をするんですかぁ! 貴女、誰ですか!」
背後の誰かは答えない。
しかし、ラッカや猛者たちが見ている前で、ずっとたかいたかいを繰り返す。
求道者は必死に足をばたつかせて抵抗しているが、解放される兆しはなかった。
「くっ、私は求道者ですよ!? 博愛のソルシエラも倒したんですから、私が一番偉いんですよ!? ……もう、やめてくださーい!」
しかしそんな求道者の命令も空しく響き渡るだけで、たかいたかいが続けられていた――。
■
「(妙に美しく品のある引き笑い)」
「えぇ……」
「求道者の夢が無残な事に……」
肌色の壁に映し出された映像は、求道者の夢だった。
少なくとも、少し前までは完璧な理想の筈だったのだ。
しかしそれは一人の絶世の美少女の悪ふざけにより変化を始めた。
壁に指揮者が手を振れた瞬間、求道者が映像の中でたかいたかいをされ始めたのだ。
ちなみにたかいたかいをしているのは顔が存在しないのっぺりとした人型のなにかである。
「っはははははは! 求道者はいっつもこうですね。本当に愛らしいです。蟻の行列を石で分断した時のように雅な気分になれて最高ですよ」
「見ろ月宮トア。これが僕と教授が復活を後回しにしたかった理由の全てだ」
指揮者は相変わらずクスクスと笑っている。
口に手を当て笑みをこぼすその姿は上品で、まるで俗世の穢れを知らない令嬢が花や蝶を見てほほ笑んでいるようだ。
尤も、指揮者自体が俗世の穢れそのものなのだが。
「これ、求道者の頭にうさ耳乗せても良いですか? 水色の光るやつ」
「駄目だ。これ以上やったらバンだぞお前」
「ふふふっ、冗談ではないですよ」
「冗談ですよ、みたいな口調で言うな。見ろ、求道者の映像を。たかいたかいが恥ずかしすぎてちょっと泣き始めたぞ。可哀そうに。あいつ、根が一番ガキなんだからやめてやれよ」
「でもこの子、博士の事を前に偏屈チビって言ってましたよ」
「もう少し泣かせてやれ。そいつだけは何をやっても許す。そもそも記憶を取り戻してすぐに教授に襲い掛かったのが気に入らなかったんだ」
指揮者は待っていましたと言わんばかりに肌色の壁に手を伸ばす。
すると映像の中で求道者の頭にうさ耳がすっと装着される。
それは安っぽく七色に点滅を始めた。
『な、何かが装着されたんですけど!? ……え、光ってる? これ、これなんですか!? ちょっと先生、私の頭に何がついているか教えてください!』
『私のような卑しい身分の人間が貴女様を見る事など出来ません』
『そこまで卑屈になれって言いましたっけ私!?』
頭に輝くうさ耳を揺らしながら、求道者はたかいたかいを続行中である。
それを見て、指揮者は声にならない笑いと共にその場に崩れ落ちた。
「(小鳥のさえずりのような笑い声)」
「……こ、この人が本当に助けられるの?」
「疑うな。実力はあるんだ」
博士は映像を記録しながら答える。
満足げだ。
「さて、指揮者。もうそろそろ悪ふざけは良いだろう。こちらは求道者という銀の黄昏でもっとも面白い玩具を用意した。これは対等な交渉だ」
「求道者さんの意志は……?」
二人は答えない。
当然、トアの言葉は無かった事にされた。
「ふふ、そう焦らないでください。私も銀の黄昏の端くれ。あの日、貴方達に命を救われた恩をここで返させてください」
「僕達は救ってないぞ。というか、こいつに嘘を教えるな」
「えっ今のも嘘……?」
「こいつは虚言癖を通り越した嘘の怪物だからな」
トアは驚愕して指揮者を見る。
彼女はトアの視線に気が付いたのか、優しく微笑みを返す。
その顔には、温かな慈愛が満ちているように見えた。
「そんなにピュアな反応、妹を思い出してしまいます」
「妹……そ、それも嘘ですか?」
「まさか。流石にこれは本当ですよ」
「あ、そうなんですね」
「嘘だぞ」
「えぇ……」
「ふふ、本当はお姉さんがいたんです」
「姉もいないぞ」
「この人、怖いよぉ……」
仮に博士がこの場におらず、一対一で話すことになったらトアは大量の嘘で圧死させられる事だろう。
呼吸よりも嘘の頻度が多い事は間違いない。
「茶番はもういい。さっさと天使を殺せ」
「今、やっている所ですよ」
指揮者はそう言って壁に指先を当て、緩慢な動作でなぞる。
その度に、求道者の夢が滅茶苦茶になっていた。
今の求道者は、オープンカーに乗せられた状態でたかいたかいをされ、光るうさ耳とギリギリを攻めたバニースーツを着用し、夕日の海岸を爆走中である。
『何ですかこれぇ!』
その問いに指揮者は再びお淑やかに噴き出した。
「僕はいつものように遊んでいるだけだと思うが?」
「この迷宮は、皆さんの夢によって構成されています。実体を持たない天使と言えば良いでしょうか。これに本来の姿はありません。夢から力を得て、現実世界を侵食していくのでしょう」
目覚めたばかりだというのに指揮者はこの迷宮について完全に理解していた。
それは調和の銘が持つ世界の正しい在り方への認識能力があるが故。
彼女はこの世界の歪みに対する特攻とも呼べる存在であった。
「なので、一人一人を夢から覚ましてしまえばそれでおしまいです。私が調和の力で夢の中に不協和音を送り込み、夢を本人に拒否させれば良い」
「その結果がこれか?」
『うわあああああん!』
「これです。いいですねぇ。求道者の泣き声はスターシャイニー教のシチュエーションボイスシリーズでも評価が高いんですよ」
「邪教め。全てが終わったら講師と一緒に滅ぼしてやる」
指揮者は笑顔で「お待ちしております」と答える。
余裕に満ちたその姿は妙に母性を感じさせた。
「と言う訳で、これから片っ端から私が調和の銘で夢に手を加えていきます。きっと天使は妨害してくるでしょうから、貴方達には私の護衛をお願いできますでしょうか」
「チッ、実際にお前しか手立てがないのが腹立つんだよ」
「が、頑張ります」
「ふふ、ありがとうございます。それにしても月宮トアさんですか……」
「な、なんですか?」
トアの顔を見ながら、指揮者は興味深そうに頷いた。
「貴女、アトラスティアの人気アイドルによく似てますね」
「嘘ですよね?」
「これは本当ですよ」
「嘘だぞ」
「この人、滅茶苦茶だよぉ!」
『あー! 求道者がぁ! 今すぐ止めてあげてください! 哀れです!』
『だがあのバニーの太ももは見事だ。夕日に照らされて美しい光沢を見せているぞ。ほぉ……』
『嘘つきすぎて輝き曇ってる人初めて見た……だが、これはソルシエラに合法的にそんな訳が無い状況を作れるチャンスなのでは?』
『来たねぇ……! ソルシエラえちえちコンテンツアソートパック!』
『そんな訳ないだろ』