【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
天上決戦から数年、ケイはソルシエラではなく普通の女子大生になっていた。
国立ソルソル星詠大学の二年生である彼女は、3か月前に成人になったばかりである。
もはや少女と呼ぶのは失礼にあたるだろう。
彼女はもう、孤独な少女ではなく多くを経験した立派な大人なのだから。
「大学の方はどうなんですか?」
「楽しいよ。でも意外と新鮮味はないかな。自分でカリキュラムを組むって、それフェクトムと同じだったから」
「……ああ、確かにうちはあの時はまだそうでしたね」
「けど、時々大人になったんだなって実感する時があるんだ。なんて、まだまだ若輩者だけれど」
ケイは照れくさそうにしながら、テーブルに置かれたキッシュに視線を落とす。
カメがプリントされた可愛らしい皿には、ミロクが作ったキッシュが乗せられていた。
「ふふふっ、私達の前ではまだまだ甘えていいんですよ。さ、冷めないうちに食べましょうか」
「じゃあ、いただきます。……うん、美味しいよ! やっぱりミロクお姉ちゃんのキッシュは美味しい!」
「喜んでくれて何よりです。相変わらずケイちゃんはキッシュが好きですねぇ」
「ありがとうミロクお姉ちゃん!」
「いえいえ、喜んでくれたなら何よりです」
ミロクはケイに優しい笑顔を向け、頭を撫でる。
撫でられながらケイはくすぐったそうにしながらも、ミロクの優しい手つきを堪能しているようだった。
「――それで、ケイ」
ミズヒが機を窺って声を上げる。
その手には一本の瓶が握られていた。
「酒は、飲んだのか」
「お酒は……まだ、なんだ。一人じゃ怖くて……」
それはかつてソルシエラとして多くの危機を乗り越えた少女とは思えない程に情けない言葉だった。
「トアちゃんやネムトアちゃんとは飲まないんですか?」
「あの二人に合わせて飲んだら私、死んじゃうよ。あの二人、一升瓶をひょいひょい開けるの。それが怖くって……。それにお酒って苦いし独特な香りがするって聞いたし」
「トアとネームレスはもう飲み歩いていると聞いたぞ」
「私もそこまで得意ではない方ですが……、なら私達と一緒に飲んでみます?」
「……うん」
「そう言うと思って、これを持ってきた」
掲げられた瓶は表面が真っ赤な薔薇と龍を精巧に模られている。
素人目に見てもただの酒で無い事はわかった。
「こ、これは……?」
「六波羅とリュウコが造酒メーカーとコラボして作ったウイスキー……らしい。リュウコの仕事を前に手伝ったらすごく貰った。いっぱい貰った」
「そうなんですね……綺麗な瓶だなぁ」
「良ければ貰ってくれ。封を開けていない物を数本置いて行くからトアとネームレスにもやってくれ」
「ありがとう、ミズヒお姉ちゃん」
「ああ、じゃあ早速飲もう」
ミズヒはそう言って、コップにウイスキーを注いでいく。
琥珀を思わせる厳かな黄金色の液体がグラスを満たしていき、ケイはそれを恐る恐る手に取った。
そして、小さく「いただきます」と言うと、目をぎゅっと瞑って一気に飲み干した。
――そして。
「んにゃぁ……」
次の瞬間には顔がほんのりと赤くなったケイがミズヒに寄りかかっていた。
■
博士は椅子に座り、本を読んでいた。
もはや画面すら見ていない。
明らかに無駄な時間であるからだ。
「あっ、お酒飲んじゃった! 駄目だよケイちゃん、未成年飲酒は駄目だよぉ!」
「幸いにもここはアトラスティアです。アトラスティアではアルコールの類は薬扱いですので、セーフですよ。ここは貴女のいた世界ではないのですから」
「そうなんだ……ホッ……」
「ここも19までは酒は飲めないぞ」
「ええっ!?」
「正確には、戦士として戦場に出ないものは19までは飲めない、ですね」
「それも違うぞ」
「博士、この人どうなってるの?」
「あいつ頭がおかしいんだよ。会話できると思うな。それにしても……」
博士は肌色の壁に映された映像を一瞥する。
そこには、先ほど飲む前の映像から一転して皿からなくなったキッシュ、少々乱れた服装のケイ達など。
まるでその部分だけが切り取られたかのように、ケイが酒を飲むシーンが存在していなかった。
飲んだ後の光景だけを映されて博士は納得する。
「あいつ、本当に根はただの高校生なんだな」
「え?」
「酒に酔うという概念は知っていても、味や飲み方までは知らない。知らないから、再現が出来ないんだろう。だから突然、飲んだ後に映像が飛んだんだ」
「道理でミロクちゃんが何故かキッシュが得意料理になっていると思ったよ。これ、やっぱりケイちゃんの脳内から作られているんだね」
トアはどこか羨ましそうに言った。
それは三人の団らんに向けられたというよりは、酒と食事の組み合わせに興味があるように見える。
『んぁ……ミズヒお姉ちゃん頭撫でて……』
『ああ』
『ふふ、うれし……』
赤い顔のケイが、頭をミズヒにすりすりと寄せる。
それからミズヒの手を持ち上げ、自らの頭に乗せた。
ミズヒは優しい眼差しでケイの頭を撫でる。
何を見せられているのか、トアにはわからなかった。
「成程。飲酒をすれば、酔って本心を曝け出せる。つまり、この夢の本質は自分の中に在る理性を破壊して、存分に甘えたいという事なのでしょう。それを叶えるだけなのに、ここまで理由づけをするとは。夢とは言え、彼女の真面目さが窺えますね」
『ミロクお姉ちゃん、だっこー』
『もう、こんなに酔っちゃって……まるで大きな赤ちゃんですね』
『んふー、ミロクお姉ちゃんも頭を撫でて……』
『はいはい』
『二人で偉いって言って』
『『えらいえらい』』
『ふふ』
「この映像、とりあえず貰っておきますね」
「駄目だよぉ!」
「ですが、こんなの絶対に弱みではないですか。私、人の弱みを野ざらしにしておくような品の無い女ではありませんよ。ここは丁寧に保管して、然るべきときにアトラスティアの外壁で上映会を行うべきです。……ふふ、花火も用意して、先生にも声を掛けて。ああ、とっても素敵ですね」
嫋やかに彼女は笑う。
その笑顔が何故か慈悲に満ちているのも意味が分からなかった。
「うぅ、博士からも何か言って」
「マジギレ講師と遠征に行け」
「今回は止めておきましょう。この弱みはこの子のものですから」
変わらず素敵な笑顔のまま、指揮者は正反対の言葉を吐き出す。
この時点で、トアは既に指揮者からはそっと離れて博士の近くに移動していた。
「なんでこの人銀の黄昏にいるの?」
「知らん。博愛のソルシエラが拾ってきた」
「あの人は、私の嘘が好きだったんですよ。だから私もあの人が好きなんです」
微笑み指揮者はそう告げる。
が、次の瞬間に彼女へと周囲の壁からそれぞれ攻撃が放たれた。
トアが居なくなって守りが崩れた事を知ったのだろう。
「あっ!」
「大丈夫ですよ」
指揮者が虚空に右手をかざすと手の中にタクトが現れる。
それを一振りしたその瞬間に全ての攻撃が消滅した。
代わりに彼女の周りを美しい光の粒子が舞い、華やかに演出する。
「す、すごい」
「アレが調和の銘だ。世界をあるべき姿に戻す」
博愛から権能を分割された銘はそれぞれが役割を持つ。
中でも調和の役割は唯一無二であり、戦いの後にこそ真価を発揮する。
壊れた物は壊れる前に、崩れた物は崩れる前に、全てが正しい形へと戻っていく。
それは時間を巻き戻すような神の所業に等しい。
多くの制限はあるものの、それは銀の黄昏にとっては必要不可欠な銘であった。
「と言っても、正しい姿はあいつの一存だ。何が正しいか、調和とはどういう基準なのかは銘の持ち主であるあいつが決める。それが本当に……もう(疲弊)」
何かを思い出しているのだろう。
指揮者の銘を説明する博士の目は死んでいた。
「ではそろそろこの映像もフィナーレといきましょう。本当は一時間ほど楽しみたいのですが、流石に天使に負けるわけにはいきませんから」
次の瞬間、映像に一瞬ノイズが走る。
映像が正しい在り方に書き換えられたのだ。
『ミロクお姉ちゃんひざまくらぁ。ミズヒお姉ちゃんはてをぎゅってしてぇ』
『少し飲ませ過ぎたか?』
『ふふ、でもたまにはいいんじゃないですか。ほら、こっちですよー』
『ん……』
相変わらず、クラムを筆頭とした連中が見ればどうにかなってしまう映像に変化が起きる。
鍵が掛っていた筈の扉は、鍵が掛っていないことになった。
これ以上の登場人物が存在しない筈の夢は、もう一人いる事になった。
それが正しいのだ。
『け、ケイちゃん……』
『へぁっ!?』
「あっ、私だ……」
この甘々理想世界に投入されたのは、ジャージ姿のトア。
彼女こそが、ケイを連れ戻すカギだった。
「(清流のせせらぎのような笑い声)」
『さらに俺はここから赤面ソルシエラによりコンテンツエクトラターンを獲得する! これが女王のデュエルだ! 女王のデュエルは常にコンテンツでなければならない!』
『は? 酔うなら直球エッチするべきだろ。ジャッジを呼んで判断してもらう必要があるねぇ!』
『それは安易というものですよ星詠みの杖。そもそもソシャゲにおいてそう言った直接的な描写をしてしまうのは一時的なトレンドの獲得以外にはメリットがありません。好意の匂わせはありつつも、そこから先はプレイヤーの想像にゆだねた方が二次創作が活発になります。カップリングやキャラクター性はソシャゲにおいて命です。ソルシエラは全年齢対象ですので、そもそもエッチシーンがあり得ないという問題もありますが、私なら絶対にそのような直接的な表現は許可しませんね。火照った体のソルシエラに押し倒される一枚絵だけでいい。後は風が背中を押してくれます。プレイヤーの創作意欲という風が』
『こいつのソシャゲの熱量にだけは負けそうで毎回怖いよ』
『(膝枕を黙って凝視している)』