【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
「う、うーん」
唸りながらケイはゆっくりと目を開けた。
その瞬間に自分を覗き込んでいたトアの顔が視界前部に飛び込んできたことで、ケイは驚き思わず固まる。
「あ、起きた! ケイちゃん良かったよ~!」
「あれ、私いったい何をして……」
頭痛を訴えるようにケイは頭を押さえながら起き上がる。
周囲を見渡せば、辺りには自分と同じように眠っているルシエラ達がいた。
「これはどういう事」
「天使の仕業だ」
「天使、それって第二の天使かしら」
博士は頷く。
「ああ、そうだ。どうやら第一の天使はその鳴き声にこそ本当の権能があったようだ。そして僕達はその術中にまんまと嵌まったらしい」
「けどけどっ、指揮者さんが直してくれたんだよ!」
「指揮者……銀の黄昏の構成員ね」
見れば、そこには椅子に腰を下ろし優雅にカップを口につけている絶世の美少女がいた。恰好は露出狂でしかないが、彼女の美しさがそれすらも美に仕上げている。
ソルシエラは目覚めたばかりの覚醒しきっていない脳みそでその姿を捉えると、無意識の内に口から「綺麗……」という言葉が漏れ出す。
「みっともない姿を見せてしまったようね。彼女に礼をしないと」
「あっそのっ、指揮者は――」
トアがもっとも重要な事を伝える前にケイは指揮者の元へと歩いて行った。
指揮者もそれに気が付き指を鳴らす。すると、もう一つの椅子が出現した。
「良ければお掛けになってください。貴女とはお話がしたいと思っていたのです。異世界の英雄」
「あら、随分と気が利くのね。ありがとう」
座った瞬間にケイの前にカップが現れる。
どうやら教授によく似た性格の美少女であるようだ。
「私は指揮者。銀の黄昏の末席にしてあの教授の妹です」
「妹……? そう、彼女って妹が居たのね」
「えっ、いや――」
訂正しようとしたその瞬間、トアと博士の位置が遠ざかった。
「あっ、アイツ!」
「これも調和の銘!?」
予備動作すらなく、一キロ程距離が遠ざかる。
訂正の言葉はこれでは届くはずがない。
「トアちゃん!? 貴女、一体何をしているのかしら」
「誤解させてしまったのならごめんなさい。私、異世界の英雄様と誰にも邪魔されない状態でお話してみたかったんです。ほら、お姉さまが銀の黄昏の首領をやっているとどうしても英雄に憧れてしまうと言いますか……私ってそういうお話を聞くのが好きなんです。天使の夢から目覚めさせた礼として、少しだけお話してくれませんか?」
少しだけ身を乗り出して、見上げるようにしてつぶらな瞳をケイに向ける。
ケイはそれを見て、ため息をつきながら目を瞑って首肯した。
「しょうがないわね。助けてくれた礼よ」
「ありがとうございます。ふふっ、そちらのお茶もよろしければどうぞ」
「ありがとう。せっかくだし、いただくわ」
銀の黄昏にしては穏やかな指揮者の言動に、ケイは警戒を緩める。
どうやら銀の黄昏にもまともな人間はいたらしい。
そう思いながらカップを取り、ゆっくりと口を近づけて気が付いた。
「……ん?」
変わった香りがする。
鼻の奥に響くようなそれはアルコールだろうか。
同時に甘ったるい匂いも脳へと染み渡っていく。
「指揮者、これは何かしら」
「私と姉さまの故郷では有名なお茶です。このお茶、面白いんですよ。茶葉を発酵させる時間によって、お茶からお酒へと変わっていくんです。中でもこの琥珀色の状態は
「……アルコールが含まれているの?」
「いえ。この状態だとまだですね。私、この辺を見極める資格を持っているんです。アトラスティアでも一番の目利きなんですよ」
指揮者は期待した目でケイを見つめていた。
その目はお茶の感想を求めているようにも見える。
本当に本心から故郷のお茶を楽しんで欲しいのだろう。
「……ありがとう、いただくわ」
「ええ、是非。自分で言うのもなんですけれど、酒遷茶は中々飲めないんですよ。私も幼い頃は、よく酒遷茶を飲もうと蔵に忍び込んでうっかり酒になってしまったものを飲んだものです」
指揮者は絵画のような美しい笑顔で過去を懐かしむ。
「いつもは姉さまに素直になれないんですが、あれを飲んだ時だけ甘えてしまって。膝枕とかねだったんですよ」
「――げほっ!?」
「あら、大丈夫ですか? 香りが独特ですからね、最初は少しずつ口に含んで空気と一緒に遊ばせてやるのが良いかもしれません」
「そ、そう……ありがとう」
何か別のものに反応したようにも見えたが、ケイは再び酒遷茶を口に含む。
そして口の中で転がせば、確かに芳醇な香りが鼻を突き抜けて行き中々に趣深い。
「それで、先ほどの話の続きなんですけれど、私ったら姉さまに頭を撫でて欲しいなんて言ったりもしたらしいのです。ふふ、その時はもうだいぶ大きかったのですが、それでも根底にはまだ姉さまへの甘えたい感情があったのかもしれませんね」
「けほっ……そ、そう」
少しだけむせたケイだったが、すぐに取り繕った。
その姿を見る指揮者の顔は随分と笑顔である。
「その姿を親しい友人に見られたときなんて、どうしようかと思いました。だって恥ずかしいじゃないですか、あの英雄の妹がまさかいい歳をして誰かに甘えたいだなんて」
「……」
「あら、顔色が優れないようですが、どうかしましたか?」
「別に何でもないわ。それよりもそろそろ先を急ぎましょうか。お茶はありがとう美味しかったわこの話の続きはまた今度ゆっくりしましょうトアが待っているもの(早口)」
突然急ぎ出したケイとは対照的に、指揮者は冷静に酒遷茶を一口飲む。
そしてその香りを存分に堪能してからこう言った。
「確かに、このまま飲み続けて甘々妹にゃんにゃんを現実でされても困りま「星詠みはここに覚醒する」――おっと」
大鎌が指揮者の首へと迫る。
しかし次の瞬間には指揮者は鎌一つ分向こう側へと移動していた。
「どうしたのですか、顔が怖いですよ」
「……貴女、まさか」
「どうしたんですかケイさん。まあ、これでも見て落ち着いて下さい。これすっごく面白いですよ」
そう言って指揮者は虚空からタブレット端末を取り出すとケイへと見せつけた。
『ミロクお姉ちゃんひざまくらぁ。ミズヒお姉ちゃんはてをぎゅってしてぇ』
「(世界に絶望した顔)」
「(夜明けを予感させる煌々とした笑顔)」
ケイはゆっくりと指揮者を見る。
その顔はかつて天上の意思と相対した時の様に険しくなっていた。
「殺すわ」
「無駄ですよ。それに貴女の大事な友人も見ましたから。見たおかげで救えたのですから、もう少し感謝して欲しいですね。それとも、まだ甘えたりなかったかな(笑)」
「……ふふ、ふふふふふふ。そう、貴女って死にたがりなのね! まさか銀の黄昏にこんな自殺志願者がいるなんて思わなかったわ!」
ケイの目はグルグルと回っていた。
「とりあえずここで貴女を殺してトアちゃんの記憶を消して、それから私も死ぬ事にしましょう。そうしましょう」
「あらあら困りましたねえ。私は可愛い妹ちゃんと仲良くなりた「コード999:崩壊――バン」むべっ」
先程まで楽しげに笑っていた指揮者だったが、次の瞬間にはケイの視界から消え去っていた。
見れば、壁にティーカップを片手にしたまま綺麗にめり込んでいる。その姿すら、妙に美しい。
「本当に申し訳ない、ケイ」
「……博士、これはどういう事かしら」
「お前が想像している通りだ」
「……成程」
ケイは大鎌を握りしめたまま天井を仰ぐ。
そして否定して欲しそうに、言葉を絞り出した。
「私の夢を、皆で、見たのね……」
「そうだ」
「トアちゃんも……?」
「見た」
「記憶を消す発明品はあるかしら」
「目下制作中だ。そして指揮者に関してはこちらで責任をもって口を封じておくことを約束しよう。講師が目覚めればアレは幾分か大人しくなる」
「そう……」
「ああ」
二人の間に沈黙が訪れる。
その間に息を切らしたトアが合流した。
「け、ケイちゃん大丈夫!?」
「……トアちゃん」
名を呼ぶケイの姿は、いつもより弱弱しく見えた。
そんな彼女の姿を見たトアは驚き固まる。
「ど、どうしたの?」
「何も言わず、今まで見たことを忘れて」
「あっ……」
学園都市の影を暗躍するミステリアスなSランク。
そんな普段の彼女から考えられないお願いだった。
『はいよっ、羞恥プルプルソルシエラおまちぃっ! 器が熱くなってるから気を付けてくれぃ!』
『来たねぇ。これだよこれ!』
『貴女の方が嘘つきですよね? こんな事をして何になるんですか……』
『余の注文したむっちむちソルシエラ丼はまだか?』
『それ売り切れだわ』
『悲しいぞ……』