【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない   作:不破ふわる

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第56話 役割と肯定

 それは、翡翠色の髪を持つ幼い少女の見た目をしている。

 細い手足に真っ白な肌。

 人というよりは、それを模して作られた芸術品と言ったほうが良いだろうか。

 

 幼さを感じさせる見た目からはおよそ想像できない無機質で機械的な動作も相まって、それが人でないことは一目でわかるだろう。

 

 デモンズギア成功体第二号――シエル。

 

 本来であればフェクトム総合学園の最奥で眠っていた筈のデモンズギアであった。

 

「今日もお話をします故」

 

 シエルは抑揚の無い声でそう言った。

 鍵盤の上で小鳥が跳ねるかのような可愛らしい声とかけ離れた話し方は、三日目にしてもミロクにとってはやや違和感がある。

 

 しかし、その容姿が幸いして自分よりも幼い少女として接することは出来ていた。

 

「よろしくお願いしますね、ナナちゃん」

「……私はシエルです。名を間違っています故」

「自分で言ったじゃないですか。バージョン7だって」

「はい。私は何度も更新されました。今ではどの姉妹よりも最新です故」

 

 ふんす、とシエルは胸を張る。

 表情こそ変わらないものの、それは確かに幼い少女の動作であった。

 

「それでは、手を」

「はい」

 

 ミロクはシエルの言葉通りに手を差し出す。

 

「……どうしましたか?」

「今までの対象者は少なくとも二日目には私に対して怯えや恐怖、暴力など、負の感情を示した故。貴女のように素直に手を差し出すのは初めてです」

「私はナナちゃんとお話したいだけですよ。その為には手を握らないと」

「恐怖はないのですか?」

 

 シエルの言葉に、ミロクは一度考えるように黙り込んでからニコリと笑って「ないですね」と言った。

 

「ここにいると暇なので、お話したいんですよ。それに、ここで役割りを果たせなかった時の方がずっと怖いですから」

「そうですか。では、触れます故」

 

 シエルはそう言ってミロクの手を握った。

 瞬間、ミロクの体をおぞましい程の不快感が支配する。

 

「っ、がぁっ……はぁっ」

 

 血の沸騰するような感覚と、体の奥からせり上がってくる寒気。

 ただ手を握られただけだというのに、想像の域を超えた苦しみが襲い掛かる。

 何よりも、思考が纏まらずいつまでも続くように思える鋭い頭の痛みがミロクの世界を支配した。

 

「……っ!」

 

 ミロクは、朦朧とする意識の中で空いた左手で注射器を取り出すと躊躇なく首へと打ち付ける。

 注射器の中身を全て体に注入し終える頃には体の不快感は、気を張れば我慢できる程度まで落ち着いた。

 

「これで、大丈夫です」

「そうですか。では、お話します故」

 

 手を握ったままシエルは隣にちょこんと座る。

 その姿を見れば、幾分か不快感はマシになった気がした。

 

「今日は何を話しましょうか。ナナちゃんは、何か話したい事はありますか?」

「初日は対象者の自己紹介。昨日は対象者の学園の話。であれば、ここは私自身の話をするのが道理です故」

「ナナちゃんの事ですか? 聞かせてください」

 

 ミロクが笑顔でそう言うと、シエルはこくりと頷いて口を開く。

 

「私はデモンズギア成功体第二号シエル。その役割は明星計画における演算。そして、役目を終えた星詠みの終了処分です故」

「へえ、凄いですね。……これで合ってますか??? 知らない単語がそこそこ出てきたのでどう反応すればいいのかわからないんですけど」

「合っています。私は、デモンズギアの中でも随一の演算能力です故」

 

 再びシエルは胸を張る。

 そして、辺りは静寂に包まれた。

 

 暫くして、ミロクは恐る恐る尋ねる。

 

「あの……それだけですか? もっと、好きな物とか、趣味とかは?」

「ないです故」

「あ、そうですか……もしかして、終わり?」

「はい」

「……そうですか」

 

 どうして自分の話をしようと言ったのだろうか、そう考えたがミロクは口にするのを止めた。

 

 こういった手合いの相手も、ミロクは過去にしていたからだ。

 

(まるで昔のミズヒを相手にしているみたいですね。あっちは警戒心からでしたけど)

 

「なにか、してみたい事とかはないんですか」

「ないです故」

 

 ハッキリとした言葉に、ミロクは顔を顰める。

 幼い少女の言葉としては、それは些か虚しいものがあった。

 

「私と違って、ナナちゃんはいつか外に出られるのですから、今からでもやりたい事を考えておくと良いですよ。きっと楽しいです」

 

 ミロクの言葉にシエルは静かに首を横に振った。

 

「私は役割を与えられた道具です故。道具は、道具として動くのみ」

「……そうですか」

 

 これ以上は何を言っても無駄だろうとミロクは察する。

 いや、それ以前にこれから死にゆく者の言葉では響かないのかもしれない。

 

「……何か、気に障ることを言ってしまったでしょうか。私は、人の心までは演算できません故」

「いえ、大丈夫ですよ」

 

 努めて笑顔を作り、ミロクはシエルを見る。

 

「こう言ってはなんですけど、話したデモンズギアが貴女で良かった」

 

 言葉の意味がわからないのか、シエルは首をかしげる。

 

「私も、ナナちゃんと同じ考えです。役割は絶対に果たさなければならない」

 

 人には役割りがある。

 これはミロクが生きてきた中で理解した世界の理の一つだった。

 役割のない人間など存在しない。

 

 であれば、蒼星ミロクという少女の役割りとは何か。

 

「対象者にも、役割があるのですか」

「はい。私には、この身を犠牲にして学園を救う役割があります。私にしか出来ない凄い事なんですよ」

 

 献身を超えた自己犠牲。

 それによって、ミロクの役割りは完結する。

 

 ミロクは、自分という存在にそのような役割を与えた。

 

(力のない私に出来る事は、これくらいですから)

 

 力が世界の大部分を占めるこの学園都市で、ミロクが自分を認められる唯一の方法と言ってもよいだろう。

 

「だから、最後まで付き合って下さいねナナちゃん」

「当然。それが役割です故」

 

 シエルは無機質に頷く。

 今は、その冷たさが心地よい。

 

「では、次は私の先生の話でも――ぁっが、あ……ぃっ!?」

 

 ぐらりと視界が反転する。

 それが自分が倒れたのだと理解した時には既に、ミロクは床に伏せていた。

 

 薬の効果が切れたのだ。

 

「ぁっ、ああっ……がぁっ」

 

 震える手で必死にアタッシュケースのあった辺りを探る。

 しかし、まともに思考ができるわけでもなければ自分の手の一つを自由に動かすことも出来なかった。

 

「っ、ああ」

 

 呼吸をするのがやっとな状態のまま、ミロクがそれでも手を伸ばしていると不意に首に鋭い痛みが走った。

 

 それから間もなく、徐々に体を覆っていた異常が薄れていく。

 

 まず先に呼吸を整え、そして自分を見下ろすように立った小さな足を見た。

 

「大丈夫でしょうか」

「――は、い。ありがと、うござい……ます」

「礼は不要です。これも私の役割です故」

 

 空になった注射器を廃棄しながらシエルは再びミロクの手を握った。

 そして、その体躯からは考えられない力でミロクを起こすと再び椅子に座らせる。

 

「気分はいかがでしょう。優れないようであれば、プロフェッサーに言って少し休憩を貰います故」

「いえ、続けましょう」

 

 自分の有用性を示さなければフェクトム総合学園に残った他の生徒がターゲットになるだろう。

 だからこそ、ミロクは自分を徹底的に使い潰すことを決めていた。

 

「はい。では、続けましょう」

 

 シエルがそう頷いたその時だった。

 

『悪いが、一時中断だ。アクシデントだよ』

 

 部屋の四隅のスピーカーからプロフェッサーの声が聞こえた。

 

 ガラスの向こうではプロフェッサーが渋い顔をしている。

 

『どうやら、このビルに誰かが入り込んだらしい。デモンズギアを盗みに来た他学園の刺客か、それとも君を取り戻しにきた愚か者か。いずれにせよ、奴らを処分するまで少し待ってくれ』

 

「……そうですか」

 

 自分を助けに来た、と言われてミロクはすぐに否定する。

 フェクトム総合学園には一切その類の情報を残さなかったのだ。

 

 例え探そうとも、三日で見つかるわけがない。

 そうなると、シエルを奪いに来た他の学園の生徒である可能性が高いだろう。

 

「私たちはどうすれば良いですか」

 

『シエルはカプセルに戻りたまえ。必要であればオルトロスを起動するから、そのエネルギー源になって欲しい』

「わかりました故」

 

 シエルは頷くと今まで自分が入っていたカプセルに戻る。

 それから間もなく、壁面より突き出たコネクタとシエルのカプセル台座が繋がれた。

 中が液体で満たされた事で、シエルは言葉を発することを止め、再び眠るように丸まった。

 

「私はどうすればいいんですか」

「相手の目的が分からない以上、オルトロスとシエルの傍にいるのが一番安全だ。私もここから警備兵に指示を出すからね、その場で待機したまえ。なに、待つのはこの三日で散々やったから慣れただろう?」

「……わかりました」

 

 ミロクは椅子に座り直す。

 そして手持ち無沙汰なのか、その手の中で注射器を弄んだ。

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