【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
厄災の日が刻一刻と近づいてきたアトラスティアは、天使の猛攻がより激しさを増している。
今までは確認できなかった個体や権能を持った天使の顕現により、アトラスティア以外に存在していた人類の居住区は殆どが壊滅状態である。
そんな彼らを救出しアトラスティアに運ぶのもまた銀の黄昏の構成員の仕事であった。
今回はたまたま手が空いていた求道者がその任を受けたようだ。
「要するに天使を殺すよりも、民間人を救う事を優先しろと」
纏まらない会議と説教の時しか使われない多目的会議室に呼ばれた求道者は、椅子にちょこんと座っている。
大人用に作られた椅子は彼女に合っていないのか、足がぷらぷらと揺れていた。
テーブルを挟んで向こう側で、博愛のソルシエラが頷く。
「第一の天使が来る前に、出来るだけ多くの人類をアトラスティアに避難させたいんだ。雲零の戦士たちが優秀なおかげで、周辺地域の避難は完了した。後は遠方に点在するいくつかの小規模な都市だけだ」
「成程……長旅になりそうですね」
「君なら出来ると信じているよ。これくらいは涼しい顔でこなしてこそ、雲零の剣だろう?」
「当然です! 一人でできます!」
胸を張る求道者を見て、博愛のソルシエラは拍手を送る。
その姿は子供のお遊戯会に付き合っているようにしか見えない。
「それぞれの都市には既に話を付けてある。中にはずっと前から申請を出していたが、天使の多発区域である為移動が出来ない都市もあった。が、雲零の剣であれば問題ないだろう」
「はい、任せてください!」
「流石だ。これなら銘を刻んでも大丈夫だろうねぇ。期待しているよ」
「ふふん、その銘とやらも使いこなして見せますよ! その時は再戦ですよ博愛のソルシエラ!」
「……機会があれば、是非」
博愛のソルシエラはそう言うと、テーブルに一枚のカードを置く。
そして求道者へと器用に滑らせた。
求道者の目の前で、ポストカードサイズのそれが停止し、内容に目を通す。
「……私一人ではないのですか?」
「ああそうだ。君には講師と共に仕事をして貰う。彼は既にアトラスティアの外で待っているから、よろしく頼むよ」
「えぇ……」
「おや、不満かな?」
「はい」
求道者は素直に頷く。
「指揮者とか先生とか博士とか……あの辺と一緒でおかしな人じゃないんですか?」
それは今までの任務同行者との経験からくるものだった。
学者と教授はまだマシだが、とにかく他が酷い。
悪態をつく博士に、意味の分からない嘘をつく指揮者、そして揶揄ってくる先生。
「その講師という人は大丈夫なんですか? 私、前に任務で指揮者に同行した時地元のお茶だと言われて醤油飲まされましたよ」
「それは流石に飲む方にも問題があるのでは?」
「だって思い出の味だって言われたんですもん! 指揮者、頭がおかしいですって! アイツ首にしてください!」
「はっはっは、仲が良いんだねぇ」
「耳腐ってんですか?」
必死の言葉を笑い飛ばされ求道者は頬を膨らませる。
博愛のソルシエラはその顔が好きなようで、より上機嫌になったようだ。
「安心したまえ。講師はまともだよ。嘘もつかないし、悪態もつかない。それに学者と教授に信頼されている」
「学者と教授に!? それは信頼でき……いや、あの二人純粋だから割と誰でも信頼するじゃないですか!」
「大丈夫大丈夫。一度会ってみると良いよ。君ならきっと仲良くできるだろうから」
「うーん、信用できない」
「はっはっは」
「その笑う所が怪しいんですよっ!」
博愛のソルシエラは笑いながら立ち上がると、求道者の元へと向かう。
そして頭をポンポンと撫でると、そのまま部屋を出て行ってしまった。
「じゃ、よろしく頼んだよー」
「もうっ、子ども扱いしないでくださいっ!」
撫でられた頭を両手で押さえながら、求道者は顔をしかめる。
最近は雲零の剣ではなく、銀の黄昏のちびっ子として扱われることが多くなってきている。
それは彼女にとっては由々しき事態であった。
「馬鹿には私の偉大さがわからないみたいですね……。早く対策をしないと」
最も簡単な方法は、決闘でボコボコにすることなのだが舐めてくる輩は全員が無駄に強かった。
特に博愛のソルシエラとラッカに関しては一度決闘に敗北している。
なので、こっそり鍛えてやり返す予定なのだ。
「はぁ、取り敢えず今は講師と合流しますか」
求道者はため息をつきながら、やれやれと首を振り部屋を後にする。
自称、銀の黄昏で一番の苦労人は今日も忙しそうだ。
「それにしても講師ってどんな人なんでしょうか……。猛々しく凄まじい戦士だって事は知っていますが……それ以外の情報が嘘まみれなんですよねぇ」
どうやら、一人で山を引っ張ったらしい。
どうやら、湖を作ったらしい。
どうやら、海を割ったらしい。
どれも指揮者から聞いた事なので信憑性はゼロに近い。
が、他にも似たような事を言う者が何人かいたせいで、完全に嘘であると
断定できないのがもどかしかった。
「ま、もしも変な奴だったら殴って上下関係を叩きこんでやればいいですね! わはは!」
求道者は架空の講師を想像し、更にその上に立つ自分にご満悦である。
きっと今日も良い日になる。
根拠のない自信だけは、相変わらず銀の黄昏1であった。
■
すやすや眠る求道者と、お互いに気まずそうに視線をずらし「はは……」「……ん」と所在なさげなケイとトウラクを他所に講師の構築は順調であった。
しかしそれでもまだ構築が完了していないのは、彼のその体躯と体の情報が通常の人間のそれを遥かに凌駕しているからである。
「博士、まだ終わらないのかしら」
気まずくなったケイは話を逸らす様に問いかける。
彼は構築式自体は起動を終えたようで、今は拡張領域から取り出したフルフェイスのヘルメットのようなものをいじっている。
「まだだ。講師は体の構造が特殊だから、二つ分の再現がいる」
「二つ分?」
「教授、説明してやってくれ。僕はこっちの準備で忙しい」
ヘルメットを指さして博士はそう言った。
説明を任されてぱぁっと表情が明るくなったルシエラは、咳払いをして自分へと注目を集めると説明を始める。
「では、私から説明をしようか。講師は銀の黄昏でも最も特殊な体の持ち主だ。最後の最後まで魔法を使わなかった戦士でもある」
「魔法を使っていないという事は……ラッカのような感じかしら」
「それよりももっと簡単だ。彼は、とにかく全てを持ち前のフィジカルで解決する。それから、口からビームを出す」
「え?」
「ビームを出す。これが子供に大人気で、銀の黄昏のイメージアップを図った交流会の時には大盛り上がりだったんだ」
当時を思い出しているのか、ルシエラは目を瞑りうんうんと頷く。
「どういう事かな? その……ビームを出すマッチョって事?」
「その認識は近いよ、牙塔トウラク。だが、それを可能とする特異体質こそが彼最大の特徴だ」
そう言って、ルシエラは自分の口を指さす。
「彼は、天使を食べる事が出来る」
「…………トアちゃん?」
「トアちゃんの事?」
「あの子のせいで、講師が同じ食いしん坊になってしまった……。違う、そうじゃない。正確には天使を吸収できるんだ」
「経口摂取でなくとも天使を吸収できる。だが、その様を見てアトラスティアの人間は天使を喰ったと表現していたんだ。決して、こんがり焼いて美味しくいただくお前の所の食いしん坊馬鹿と同じじゃない。アレは異常だ。僕ですら初めて見たんだ」
博士の補足にケイが目を細める。
「今、トアちゃんを馬鹿って言ったかしら。あの子は美味しく食べる才能があるだけよ」
「……お前、アイツが太る原因の一つだって自覚しておけよ? 僕は忠告したからな?」
「?」
甘やかしている自覚が無いのか、ケイは困惑したように首をかしげる。
そんな彼女達の前では、今まさに講師の構築の第一段階が終了したところだった。
その全体像は今まででずっと大きく、学者を軽くしのいでいる。
全長4メートルはあるだろう。
筋骨隆々なシルエットは、まるで古代の巨人を模した石造のようだ。
「大きいだろう? 彼は天使を吸収するうちに、これだけの体を手に入れた。見た目も中々に威圧感があるのだけれど、どうか安心して欲しい。彼は、銀の黄昏では生粋の常識人だ」
「「……」」
ケイとトウラクは何も言わない。
それは今までの、奇人変人大集合っぷりを見せつけられていたからだ。
そもそも、紅茶解説モンスターにそう言われて、誰が素直に信じられるだろう。
『信じられない』
ルトラの素直な言葉にルシエラはただ静かにほほ笑むだけだった。
間もなく、構築は終わるだろう。