【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
アトラスティアの外に広がる荒廃した世界を見るたび、求道者の心を風が通り抜ける。
かつてここにどれ程の文明が築かれ、繁栄していたのか。
地平線の先まで見通せるほどに何もなくなってしまった地上の景色は、人類が滅びの一歩手前であることを嫌でも実感させる。
が、今はそんな事よりもただ一つの純粋な感想が彼女を支配していた。
「でっっっかぁ」
求道者はそれを見上げる。
近くの岩に腰を下ろし、求道者を待っていたのだろう。
しかし、彼は座っているというのに求道者よりもずっとずっと大きかった。
体に合う服が無いのだろう。
彼はボロボロの麻布のような物を肩から羽織り、また腰に巻き付けている。
浅黒くなった体表には無数の傷があり、心臓部には一度えぐれたような傷跡が生々しく残っていた。
そして奇妙な事に、彼は頭に大きな紙袋を被っている。
穴もなく、前は見えていない筈だが、彼は求道者に気が付きそちらをゆっくりと見下ろした。
「何という威圧感!」
まるで山脈そのものと相対しているような本能的な畏怖の念が、無意識の内に求道者の中に溢れる。
並大抵の戦士であれば、その巨躯と威圧感に無条件に屈服していただろう。
しかし、求道者は違った。
「仕上がった体に隙の無い佇まい。……名の在る戦士とお見受けしました! 是非、挨拶も兼ねて私と戦ってください!」
長年の経験から、求道者は相手を見ただけである程度の強さがわかる。
仮に戦えば何手で勝利できるかすらも、彼女は現実的な数字として算出できた。
そんな彼女が過去に強さを計り兼ねたのは二度。
世界最強のサクラバの総隊長と、人類代表の銘の保持者だけである。
そして三度目が、今まさに目の前にいた。
「貴方に勝利出来れば、私はより強くなれます! 先生や博愛のソルシエラの前に、まずは貴方を倒しますよ!」
「……」
暫しの沈黙が両者の間に流れる。
先に動いたのは講師だった。
講師はゆっくりと動き出すと、麻布の裏から何かを取り出し求道者へと差し出した。
「ん? なんですかこれは」
素直に受け取った求道者はそれに目をやる。
【俺は講師。よろしく頼む( ・∀・)ノ】
意外にも丸文字で、かつフレンドリーに顔文字まで付けていた。
「えっ、え?」
講師は懐から再び紙を取り出す。
【天使を吸収した俺は、声に呪いがある。顔や目も人類には害だ。だから、このような形でコミュニケーションを取る事を許してくれ(;´д`)トホホ…】
「あ、えっと……はい」
求道者が頷くと、講師は紙をしまい込む。
そして、一般人用のペンを摘まみ、小さな紙に何かを書いて差し出した。
【それと今は求道者と戦う事は出来ない。時は一刻を争う。民を救うのが最優先だ(`・ω・´)シャキーン】
「それは、そうですね」
求道者はふと考える。
このようにコミュニケーションを取る講師と、いきなり戦いを仕掛けた自分はどちらが非常識なのか、と。
数秒後、僅差で講師の方が非常識という答えを出した。
「わかりました。では、すぐにでも向かいましょう」
【話が早くて助かる( ^ω^)】
「……あの」
「?」
講師は首をかしげる。
身を縮めて少しでも求道者に目線を合わせているつもりなのだろうが、その行動にもやや威圧感が伴っていた。
求道者は少し遠慮がちに問いかける。
「筆談は理解できるのですが……なぜ、顔文字まで書くのですか?」
「!?!?!?」
講師は驚き、慌てて紙に再び言葉を記す。
そして、震える手でそれを差し出した。
【アトラスティアでは通常の筆談や電子メッセージでのやり取りの後に、自身の感情を表す文字記号を記すのが一般常識だと聞いた。この顔文字が無いと、相手に不快感を与えてしまうかもしれないと(;´д`)トホホ…】
「えっ」
【余計な勘違いは避けるべきだ。だから、こうしてアトラスティア感情文字記号を最後に追加しているのだが……何かおかしかっただろうか。俺はアトラスティアの常識に疎いので、教えて欲しい:(;゙゚'ω゚'):】
「……ちなみに、その一般常識を教えたのは誰ですか?」
求道者の頭の中に、一人の絶世の美女の姿が思い浮かぶ。。
しかし、流石にそこまで酷い事はしないだろうと、求道者は信じたかった。
「……」
講師は紙に名前を記す。
【指揮者(`・д´・ ;)ゴクリ】
「そいつ生粋の嘘つきですよ。このアトラスティアで一番の詐欺師です」
「……」
「……」
再び両者の間に沈黙が流れる。
やがて、講師は震える手で紙にこう記した。
【アイツ殺す】
「手伝いはいりますか?」
講師は首を横に振る。
そして、もう一枚の紙を懐から取り出した。
どうやら、いつも差し出すことができる彼のテンプレートの一枚のようだ。
【(#゚Д゚)】
「怒ってる……」
講師は怒りをアピールした後、ゆっくりと立ち上がる。
そして求道者へと手を差し出した。
【指揮者に関しては遺憾だが、任務とは無関係だ。アイツは血祭りにあげるが、それはそれ。俺の肩に乗れ、求道者。俺達の助けを必要としている人がいる(`・ω・´)シャキーン】
「あ、はい」
求道者が手を掴むと、講師はひょいと持ち上げて自身の肩に彼女を乗せた。
【行くぞ=≡Σ((( つ•̀ω•́)つ】
間もなく講師は凄まじい速度で走り始めた。
それは求道者を遥かにしのぐスピードであり、その巨体も相まって傍から見ると人間側の守護者とは思えない。
【作戦概要を俺なりにまとめてみた。地図の他にも、住んでいる人の数や、天使と遭遇した場合の逃走ルートも考えてある。参考にしてくれ( ・∀・)つ】
「ああ、ありがとうございます」
渡された資料は、非常によくまとめられていた。
これに目を通すだけで、任務は随分とやりやすくなるだろう。
時折その中にも顔文字があるのが少し気になりはするが。
(もう体に顔文字が染みついているんですね……)
任務の事よりも、彼に染みついたこの癖が治るのかどうか。
そちらの方が、求道者にとっては心配だった。
余談ではあるが、後日アトラスティアのどこかで本気の指揮者の泣き声と謝罪が聞こえてきたという。
■
構築された講師の体は、オーダーメイドであろう黒スーツに包まれていた。
フォーマルな恰好に部屋に圧迫感すら感じる巨躯はどうにもミスマッチな気がするが、彼の持つ本来の気質が不思議とまとまりを与えている。
あとは頭をすっぽり覆っているフルフェイスのヘルメットさえなければ、普通に接することができるだろう。
「目覚める時間だ、講師」
ルシエラは名を呼び、最後のピースである狂楽をその肉体に与える。
すると、巨躯が一度大きく震え、彼は長い眠りから覚めた。
瞬間、そのヘルメットに搭載された特殊な音声機能が起動する。
【ここは……アトラスティアか……?】
合成音声で制作された低い男性の声がヘルメットから響く。
「私が目覚めさせた。講師、私達を覚えているかな?」
ルシエラは一歩前に出ると、声を掛ける。
すると彼はハッとした様子で軽々と飛び跳ね、ルシエラから距離を取った。
その手は既に拳の形に変わっている。
「彼も求道者と同じタイプか!?」
トウラクが講師とルシエラの間に割って入ろうとする。
しかし講師は求道者とは違い、そこで一度観察の選択肢を取った。
【……ふむ】
ルシエラと博士は自分を襲ってくる気配はない。それと半泣きの指揮者。
後者はまず置いておくとして、二人の目を見て講師は頷くと拳をゆっくりと下ろした。彼女を庇おうとした者が居たことも理由の一つだろう。
かつての裏切りや殺し合いを考慮した上で、彼は何かを言われるまでもなくルシエラをこう判断する。
【どうやら、後継者として何をすべきか理解したようだな】
「……私は後継者の資格などないさ。けれど、やるべき事はわかっている。だから、どうかまた力を貸してくれないだろうか」
講師はルシエラに近づく。
そして、彼女へと拳をゆっくりと突き出した。
【当然だ。我らが首領よ。狂楽の銘に誓い、再び銀の黄昏としてこの拳を振るおう】
「……ありがとう」
ルシエラの顔には安堵の他に、他の構成員を復活させたときにはなかった尊敬の色が浮かんでいた。
【礼は後だ。この気配、天使と戦っているな? 数と特性を移動しながら教えてくれ】
「貴方は、本当に頼りになる」
【よせ、照れくさい】
彼はそのまま部屋を後にする。
その際、彼のヘルメット前部に搭載されたディスプレイが、文字を映し出した。
【( ´∀`)人(´∀` )ナカーマ】
それが何よりも彼の心情を表わしていた。
『なにあれちょっと欲しい!』
『一番の常識人が復活しましたね! これで求道者も安泰です!』
『天上、ああいうみっちみちに詰まった太ももは君的にはどうなんだい?』
『余は美少女の太ももが良い』
『とんだどスケベだねぇ』
※10月前半に書籍化の続報があります。お待たせしました!