【12/12 1巻発売!】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
アトラスティアの夜はいつも張り詰めた空気だ。
この夜闇に紛れて天使がいつ侵攻してくるのかわからない。
人類の発展と共に天使は知能を持つようになった。
群れを成し、機を窺い、効率を重視する。
それは、生物としてはあり得ない、滅ぼす事だけに特化した異常な性能だ。
故に、生き延びた経験豊富な戦士こそ、夜を警戒した。
特に朝日が地平線の向こうに見え始めた、夜と朝の境。この瞬間にこそ、天使は人類の緊張の緩和の隙をついて襲い掛かって来る。
今日もそれは変わらない。
明朝、アトラスティア外壁へと陽が当たったその瞬間に天使たちは千の軍勢となって、侵攻を開始する。
しかし、既に荒野には一人の男が立っていた。
いや、容姿だけを見ればまだ幼い少年だろう。
裾が擦れ切った白衣を風にはためかせ、少年――博士は天使達へと指を向ける。
そして、一言一句を正確に発音した。
「コード02:斬撃――バン」
瞬間、横一線に斬撃が放たれ、天使たちを真っ二つにしていく。
その爽快な様を博士は何の感情も無い目で見つめて、やがて踵を返す。
「このコードは完成か」
彼はそうして仮想ウィンドウを操作しながら、新しい魔法式を構築していく。
その思考の片隅にすら、先ほどまで向かい合っていた天使の事などない。
あるのは魔法への興味だけだ。
そんな彼の背後に、一つの影が迫る。
あの斬撃を偶然回避していた唯一の天使であった。
地を這い、距離を詰めていく天使は彼が今油断していると判断して一気に飛び掛かろうとして――。
「やあ、おはよう」
上から降ってきた極彩色の光に押しつぶされて塵になった。
博士は振り返り、何があったのかを悟った様子で顔をしかめる。
自分の魔法で天使を殺しきれなかったことに不満を覚えているのだろう。
「……悪い、助かった」
「構わないさ。私がいる間は、助けてあげるとも。そうだそうだ、君に差し入れを持ってきたんだよ。裏の通りにパン屋があるのを知っているかい? あそこのパンが絶品でねぇ……前に約束した通り、焼きたてをプレゼントしに来たんだ」
「約束をした覚えはないな」
まくしたてながら、博愛のソルシエラは香ばしい匂いのする紙袋から、クロワッサンを取り出す。
その良い香りに、博士の体は朝の訪れを感じ腹を鳴らした。
「ははっ、お腹が空くのは良い事だ。生きているという事だからね」
「チッ、これだから生身の体は」
博士はクロワッサンを奪い取ると、わざと無造作に喰らう。
しかしそれも博愛のソルシエラには、良い食べっぷりに映っているようだ。
「うんうん、気に入ってくれたようで何より」
博愛のソルシエラは笑いながらクロワッサンをもう一つ差し出す。
そして博士が仕方なく受け取ると同時に告げた。
「三日後、私は死ぬことにするよ」
「…………そうか」
表情を変えることなく博士は頷く。
博愛のソルシエラは、いつものように微笑みながらまるで遠出の予定でも話すように気軽な口調で続けた。
「銀の黄昏も組織として機能している。知名度も十分だ、英雄になる条件は満たしているだろう。それに、棺の方も仕上がっているのだろう?」
「器だけだ。お前が入ってどうなるかは知らん」
「そこは君と学者を信頼している。……ありがとうねぇ、博士」
「……礼を言われるようなことはしていない」
博士はクロワッサンを齧る。
今度は良く味わってから、嚥下した。
確かに中々に美味い。
けれど、一人で食べたら味気ないのだろう。
■
今までの天使を圧倒的な暴力とするならば、目の前のそれは洗練された力であった。
かつて第六の天使だったものは、今最適化を終えて第五の天使に生まれ変わったのである。
高速で空を駆け抜ける二つの白。
片や曲線を描き、片や直角に曲がり二つは、ぶつかっては離れてを繰り返す。
「――ああ、いいわ貴女! 久しぶりに本気を出せそう!」
「裁キヲ」
ケイは蛇腹になった刃を振るう。
魔法により不規則な軌道で迫る刃は、天使の翼に弾かれて一瞬包囲網に緩みが生まれる。
しかし、その抜け道には既に砲撃陣が展開されていた。
第五の天使の傍には既に、0号がいる。
「効率的なのも考えものだねぇ」
刃に魔力が収束し、砲撃と同時に第五の天使に直撃する。
そして天使が怯んだ瞬間に、更に細かい蛇腹になった刃が第五の天使を切り裂いて行った。
息の合った二人の攻撃が第五の天使へと直撃する。
が、空で巻き起こった黒煙の中から先に飛び出してきたのは第五の天使であった。
その体には焦げた跡があったが、数秒の内にそれは元通りになる。
そして、自身の死角から転移を用いて現れた刃を軽く体を傾けるだけで回避して、地上へと急降下をする。
その真正面には、既にラッカとトウラクが待ち構えていた。
「曰く、桜庭ラッカの攻撃は必中である」
「『銘、収束、三振り』」
刀と槍が同時に抜かれるが、第五の天使は構わない。
それどころか更に速度を上げ、槍と斬撃を軽々と抜き去った。
「速っ!? おいなんだよあの速度。六波羅より速いんじゃねェの!? 負けてられねェ! 借りるぜ、後輩!」
「『A-1474【加速】の鋳造を開始――鋳造、刻印、完了。神羅、一振り』」
ラッカはその脚にガラスのブーツを履き、トウラクは鞘に加速の銘を宿す。
そして同時にその場から、姿を消した。
何もない空間で、激しく何ががぶつかり合う音と衝撃だけが生まれ、意識を向けた次の瞬間には別の場所で衝突が起きている。
既に知覚できる速度を超えていた。
【見えん! 俺では追いつけそうにないぞ!】
「けど、予測はできるでしょう?」
地上に降り立ったケイは、ミズヒへと視線を向ける。
「ミズヒ先輩、辺りに雨を降らせることはできますか?」
「ああ」
ミズヒの異能が反転し、魔力が水のように地上へと振り始める。
豪雨のように振り続ける魔力の中、ケイは静かに目を閉じて、集中するように息を吐いた。
「――そこね」
やがてある方向へと大鎌を振るった。
ワイヤーにより分割して伸びていく刃が虚空を囲う。
間もなくその中に自ら飛び込む形で第五の天使が姿を現わし、一気に締め上げられた。
その体には無数の切り傷と抉れた様な跡があったが、既に治り始めている。
「――ッ!?」
「今よ、0号」
「ああ」
雨が粒子へと変換され、空に昇っていく。
いつの間にか空には全てを覆いつくさんばかりの収束魔法の陣が敷かれていた。
「各自、死にたくなければ防御をすると良い。相棒以外は知った事ではないからねぇ。では、チェックメイトだ」
身動きが取れない第五の天使へと、収束砲撃が放たれる。
第五の天使はそれをただ見上げる事しか出来なかった。
【むっ、いかん! 守護らねば! (`・ω・´)】
「ミロク先輩、そこを動かないでください」
博士達の前に講師が立ち、ミロクにはケイが障壁を展開する。
それぞれが行動を完了すると同時に、空から世界終末を想起させる銀の輝きが墜ちてきた。
0号という特別な存在故に許された、限界を超えた収束砲撃である。
「っ、なんて威力だ。曰く、桜庭ラッカはめっちゃ丈夫!」
「『……斬れば防げるか』」
ラッカとトウラクは高速戦闘により、多くの傷を体に残していた。
各々がこれで終わりだという確信と共に0号の収束砲撃を耐える。
その間、博士だけが眉間にしわを寄せていた。
「……無理だな」
博士は目の前の光景に、そう呟く。
地を揺らす轟音と魔力の嵐が、第五の天使を文字通りに消し飛ばしていた。
しかし、それだけで果たして厄災は終わるものだろうか。
「――裁キヲ」
塵が風に乗って集まり、一つの体を形成していく。
何事もなかったかのように、正しい姿へと戻っていく。
焼ける空気と辺りを白く染め上げる蒸気の中で、再び第五の天使は完全に回復した。
「おいおい、どうなってんだよアイツ!」
「……那滝ケイのおかげで第一段階は突破できた。だが、これは」
博士は憎々し気に第五の天使を睨みつける。
全てのデータが、一度天使が完全に死を迎えたことを示していた。
しかし目の前にはどういう訳か、戦う前の五体満足な姿で第五の天使がそこに佇んでいた。
まるで死ぬことが出来ない存在のように。
「……あり得ない」
彼の中で、多重提唱空間は早々に一つの結論を導き出していた。
考察の余地もなく、このような不死の理由の一つとして一番初めに思いつくものがある。
――銘。
それは意思に背かない限り、超常的な力と不死性を付与する厄災へ対抗するための力。
仮にそれを第五の天使が宿しているとしたら。
これまで、銘を持つ多くの者達の戦いを見て、銘こそがこの厄災に相応しいと判断し自己進化したのだとしたら。
「この天使は、僕のデータに無い」
それは、博士が初めて見る新たな天使であった。
『おっ、天然のデータキャラのデータに無い宣言じゃん! っぱ、歯ごたえと風味が違うよなぁ!』
『杖先輩、出来れば常軌を逸した威力の収束砲撃で消し飛ばすのは止めて欲しい。流石に銘でもそれをされると普通は無くなる。今回は後からまた余が付け足したからセーフだったが』
『……? すまない、ここにいると何故か体の調子がすこぶる良いんだ。うっかり想像の200倍の威力になってしまったねぇ』
『うっかりですまない倍率ですね』
『もー、杖君ったら。新形態でもっと互角に渡り合う予定なんだから、うっかりで滅ぼしちゃ駄目だよ』