【12/12 1巻発売!】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
戦いの最中であるというのに、博士は思考を放棄していた。
目の前にいる存在を相手に考えるだけ無駄だ。
これまでもそうだったのだから。
「……本物、なのか」
激化する戦いを背後に、0号は微笑む。
そして無言で自身の心臓を指示した。
見覚えのある動作だ。
彼女が最期に全く同じ動作をしていたことを、博士は今も覚えている。
だから、博士はそれを認めざるを得ない。
目の前にいるのは――。
「博愛のソルシエラ」
彼女は、頷くことも、首を横に振る事も無い。
ただ自分の心臓を指し示し続けていた。
まるで何かを伝えようとしている様子の彼女に、博士は眉を顰める。
「一体何を……いや、まさか」
僅かに考え込んだ彼は、とある勝利の方法に思い当たる。
銘を持つ天使だからこそ有効な、たった一つのやり方が。
「駄目だ。それは英雄の死を愚弄することになる。いくら僕でも、アレを兵器にするつもりはな――」
ずっと見ていたというのに、気が付けば博愛のソルシエラは目の前に居た。
彼女は博士の頬を両手で包み込むようにして触れ、愛おしそうに笑う。
そうだ、彼女はどんな人でもこうしてまるで最愛の人間であるかのように笑うのだ。
だから、皆が彼女の事を愛していた。
「……本当に僕に、二度もアレを使わせるつもりか」
博愛のソルシエラは相変わらず笑っている。
極彩色の瞳を覗いていると、先ほどまで荒れていた心が落ち着いてきた。
博士が調整したデータロイドの体に涙を流す機能はない。
今ほど、その判断をした自分に感謝をした瞬間はないだろう。
彼女の笑みに、真っ直ぐ向き合う事が出来るのだから。
「あぁ、相変わらず無茶な事ばかりお願いしてくるんだな」
博士は博愛のソルシエラの手に、触れる。
そして瞳を閉じた。
意識は、分割された自身の存在する多重提唱空間へと接続される。
無数の自分の頭脳が並列に接続された世界では、常に多くの議論が交わされていた。
しかし、今は違う。
全ての個体が、告げていた。
コード666:慈葬を解放するべきであると。
「ああ、わかったよ」
それは、彼が二度と使用しない事を誓った永久欠番のコードであった。
唯一の目的のために制作されたその魔法式は、魂の奥底に何重もの暗号化をして封印されている。
「いつものように、その無茶ぶりに応えてやる」
彼の背後に幾何学模様が広がる。
それは魔法陣と呼べるような綺麗な円形ではない。
汎用性をすべて捨て、彼だけが使える特別な魔法は歪な形で左右非対称の翼のように広がっていた。
博愛のソルシエラはそれを見ると、博士の頭へと手を伸ばす。
そして一度、優しく撫でるとその場から光の粒子となって姿を消した。
「まだ子供扱いか、気に入らない」
粒子へと手を伸ばそうとして、彼はその手を仮想コンソールへと向ける。
感傷に浸る資格も、時間も無い。
今は、いつものように唐突に押し付けられた頼まれごとをしなくてはならない。
博士はコンソールを操作しながら、視線も向けずにトア達に声を掛ける。
「その収束砲撃、出番がありそうだぞ。良かったな」
「それよりさっきのは」
「無茶ぶりばかりする上司だ。気にするな」
博士の展開していた兵装が再起動し、浮遊を始める。
そして、トアとネームレスの持つ重砲へと飛来し、変形と合体を始めた。
「な、なにこれぇ!」
「お前の収束砲撃の魔法式を改造する時に付けておいた合体機構だ。気にするな」
「いやするだろ……おい、お前も感心するな」
「賢い人って凄い……!」
目を輝かせて頷くトアの持つ重砲は通常の何倍もの大きさに変わっていく。
しかしそれで完成とは言えない。
このまま魔力を始めとした複数のエネルギーを収束して放ったとしても、殺しきれないだろう。
銘とは、そういうものなのだから。
博士はその場にいた全員にチャンネルを繋げ、告げる。
「おい、もう少しだけ時間を稼げ――僕がその銘を殺してやる」
『おいおい、やれんのかァ?』
『わかったわ、上手くやりなさい』
まず初めにラッカとケイの攻撃が速度と激しさを増した。
それに続いて、斬撃と焔がその数を増やしていく。
怒涛の攻撃は殺す為ではなく、博士に繋げるために。
【ならば、今こそ使う時だな。先生、ストックを4割消費する】
「気前が良いねェ」
【博士が漢を見せるのだ。俺が出し渋ってどうする!】
攻撃から一時離脱した講師は、雄たけびを上げる。
内側から湧き出るのは、彼が今まで吸収してきた天使たちの権能であった。
それは当然、人の身で受け入れるには大きすぎる。
彼の肉体は戦いで既に限界を迎え、身体には激痛が走り続けていた。
しかし、狂楽の銘は止まる事を許さない。
その苦しみは、限界を超えるための起爆剤でしかないのだから。
【( ゚皿゚)ヌオォォォォォ!】
肉体は人間を逸脱し、数十倍に膨れ上がる。
鞭のようにしなる尾に、空を覆い尽くさんとする翼、強靭な四肢に、鋭利な爪と鋭い牙。
呼気ですら濃密な魔力を含み、目はそれ自体が魔眼として成立する。
それは、第三、第四の天使を基本としていくつかの天使との融合。
白亜の龍となった講師は、自身の存在を天使に見せつけるように空へと吠えた。
【来い!(っ`Д´)っっっ】
喉笛に埋め込まれたヘルメットから声が響く。
天使はその龍を見て、即座に脅威であると判断し動き出した。
対して講師も大きく羽ばたき大口を開けて迎え撃つ。
そして、厄災の天使の力が互いに反発を起こし激しい爆発を巻き起こした。
「すまない、講師。大切なストックを使わせた」
博士は聞こえないように謝罪を呟き、操作を続ける。
「ねえ、今って何してるの?」
「魔法式を改良している。本来は一つの銘を殺すために作ったものだが、これをあの超越の銘を殺せるようにしている最中だ。とにかく戦闘データがいる」
「ふーん、じゃあそれの完成まで私達はやる事ないんだ」
「暇ならそこで寝ている奴をどうにか起こせ」
博士は親指で背後の求道者を指さす。
彼女は相変わらず一人だけ呑気に眠っていた。
「おっけー、ちょっとやってみるわ。少し離れるから一人でそれ持ってて」
「えっ、うわっ急に離さないでよぉ!」
バランスが崩れたトアだったが、なんとか一人で持ち直し空へと向ける。
その姿を見て博士が「姿勢制御用のスラスターがあるのに……」と呟いた事に彼女は気が付いていなかった。
「おーい、起きろー。……act6」
ガラスのつま先で求道者の脇腹をツンツンするが、目覚める様子はない。
それどころか、幸せそうに笑っていた。
「駄目そうだねこれ! 」
「そうか。こいつがいると大分戦闘も楽になると思うんだが……」
「むにゃ」
何かを食べる夢を見ているのか、口をもにょもにょと動かして求道者は寝返りを打つ。
その光景をこれ以上見ていると戦闘中だと忘れてしまいそうな為、博士は視線を逸らした。
と、その時、博士へと通信が飛ぶ。
『ねえ、0号を知らない? あの子、どこかに行ってしまったのだけれど。貴方と話していたわよね?』
どうやらケイは0号を探しているようだ。
先程まで二人で戦っていた彼女は、今は立ち回りを変えてトウラクとミズヒの三人を基本として立ち回っている。
博士にはすぐに0号、否その中身がどこに向かったのか察しがついた。
「ああ、彼女ならきっと――」
■
同時刻、アトラスティアの地下。
冷たい金属の壁に覆われたその部屋の中心には、一つの棺が置かれていた。
それは女王の棺のような兵器ではない。
とある輝きの残骸を収めた質素な黒い棺が一つあるだけの部屋だった。
ルシエラは、その棺の前に立ち一人静寂に耳を傾ける。
そして何かの到着を察知して口を開いた。
「……私達に任せてくれたんじゃないのかな」
極彩色の魔法陣がルシエラの傍に展開され、一人の美少女が姿を見せる。
蒼銀の髪に、黒い服。
それは間違いなくソルシエラを模した0号だ。
が、その瞳。
七色の輝きを閉じ込めたその瞳だけは、違っていた。
「博愛のソルシエラ」
かつての英雄と、現代の英雄は暗く閉ざされた鉄の部屋で、再び邂逅を果たす。
夜明けはすぐそこまで迫っていた。
『0号ボディの反応ロストしました! こんなケース、俺達のデータにもありません!』
『困ったねぇ。はわわだねぇ』
『それが困った人の反応ですか?』
『杖先輩、良ければ余が体を提供しようか? ムチムチ球体関節ロボットとかどうだ』
『君、本当に逸材だねぇ』