『そーですねー。
本職の退魔師の方に頼むとどーしても形式にこだわりすぎてお値段も高くなってしまいますからねー。
うちはその辺はこだわらないからその分だけお安くなるわけです。』
辺りにあまり民家が見当たらない静かな田舎で妙に明るい声が捲し立てるように響き渡っている。
声質は成人男性のものだが、どこか落ち着きのなさを感じさせて悪い意味で若々しい。
ふわふわした言葉で時折小難しい単語を混ぜ、聞き手を煙に巻きながら強引に納得させていく。
整った髪に清潔な服装、キラキラした笑顔で男は半ば強引に聞き手の信頼を曖昧に勝ち取っていく。
『もちろん形式にこだわることが必要な場面もあるんですがー。
実は!ほとんどの場合は必要ないんですよ。
本職の方は念のためにやってるんですが、実際にそのせいで困ったケースは全くありません。
少なくとも僕は見たことありませんねー。』
『わ、わかりました。
では、あなたにお任せいたしますので…よろしくお願いいたします。』
聞き手の男が頭を下げると、キラキラした男は満面の笑みで家の中へと入っていく。
(こういうのって要は気持ちの問題なんだよなー。
それっぽい儀式やって、適当に安心させてやれば何も見えなくなるんだよ。)
不気味な空気が漂う家の中を、鈍感なのかキラキラした男は楽観的に歩いていく。
あるいは世の中を甘くみているのかもしれない。
男の正体はコンサルタント、便利屋、占い師、情報屋、様々な肩書きを名乗っているが要するに詐欺師である。
問題を抱えている人を見つけては口八丁手八丁で情報を浴びせ、最後に適当なアドバイスを与えて問題が解決したかのように錯覚させては金銭を受け取ってきた。
今回は急に様子のおかしくなった我が子に手を焼き、退魔師に相談しようとしていた夫婦が友人から勧められてこの男を紹介されたのだ。
元より何も問題のなかった勘違い程度ならば当然何もせずとも解決し、男の話術は大問題を解決したかのように語る事が出来るので信頼してしまう人がいるのである。
何よりも男の見た目の良さと根拠のない自信に満ちた態度は頼れる大物感を醸し出している。
(この件が解決したら退魔師を名乗るのもいいなぁ。)
男は鼻歌交じりで奥の部屋の扉を開ける。
その瞬間、鈍感な男にも強引に理解させるかのように体の中を気味の悪い悪寒が走る。
男が硬直したように部屋を見つめると、そこには大口を開けて体をくねくねと曲げながら歩き続ける少年の姿があった。
あまりの異様な光景に男は動けなくなるが、楽観的な思考の持ち主ゆえに完全に固まることなく男は行動する。
男は退魔師を名乗るネットの友人から教わった祓詞(はらえことば)を読み上げる。
すると、ふいに視界が真っ暗になり、男に様々な悪意が襲い掛かる。
視界は恐ろしい物で埋め尽くされ、頭には不気味な音が響き渡り、全身に気味の悪い感触が襲い掛かる。
何もかもが初めての体験であり、気が狂いそうになる。
あまりの情報量で男はパニックになり、体をくるりと返して全速力で外へと飛び出していく。
玄関を通り抜けた先で、先ほどの依頼者が男を心配そうに待ち構えていた。
『ど、どうでしたか?』
『やばいやばいやばいやばい、あれ本気でやばいやつ!!』
依頼者に説明にもならない説明を終えると、詐欺師の男は慌てて車に乗って逃げ去っていく。
顔は青ざめ、呼吸は整わず、頭の中は不気味な声が響いている。
男は明らかに集中力の欠けた危険運転を繰り返しながら猛スピードで走り抜けていく。
だが、遠く離れたくらいで悪意から逃れられるはずもなく、事態はさらに絡まってくのである。
太刀花邸、時刻は22時。
入浴を済ませた藍が長い髪を整え、パジャマに着替えて部屋で寛いでいた時だった。
スマートフォンが音を鳴らして藍への着信を伝える。
(こんな時間に誰だろう?)
見覚えのない番号からの通知なので少し警戒したが、藍は静かに通話ボタンを押すと失礼のないようにゆっくりと応対した。
『はい、太刀花藍です。』
『はやくはやく!はやく来いよぉ!!
やばいんだって!!』
何やら慌ただしい男の声が響き渡る。
男は全く要領を得ないまま、こちらの呼びかけにもほとんど応じず捲し立てている。
藍は男が一通り叫び終えるのを待ち、ゆっくりと優しく応える。
『落ち着いてください。
すぐにそちらに向かいますので、まずは何があったのかゆっくりお話ししてください。』
『だーかーらー出たんだって幽霊が!
お前プロなんだろーが察しろよ!!
もうホントやばいんだって!早くっ!!』
随分な物言いだが、霊に関わってパニックになった人に稀に見られるケースだ。
どうやって自分の番号を知ったかはわからないが、恐らく通話主は何かしらで霊に関わってしまい助けを求めているのだ。
祖父や叔父に相談すべきかもしれないが、わざわざ自分充てに通話してきたのは深い事情があるのかもしれない。
もっともその理由を通話主から聞き出す事は無理そうなので、藍はとにかく自分が向かうしかないと考えた。
女子中学生の出歩く時間ではないが、いつもの仕事はもっと遅い時もある。
経験と慣れが藍を誤った判断へと導いたのだ。
『わかりました。
どちらに向かえばよろしいですか?』
藍は通話主の居場所を聞き出すと、仕事着に着替えて誰にも見つからぬように静かに外へと向かう。
通話主の居場所までは自転車で1時間ほど、藍はいつもと違う夜の街を自転車で駆け抜けていった。
田舎風景に似合わない高層マンションのエントランスで教えられた部屋番号のインターホンを鳴らすと、男がモニターに現れて藍を急かした。
『302号室だからな、早く来いよ!』
通話が途切れる直前に『やっと来たよ』と声が聞こえたが、それが何を意味するのか藍は気付く事はなかった。
男にエントランスのドアを開けてもらうと、藍はエレベーターを利用して通話主の部屋へと向かう。
『はい、今からようやく退魔師が来ます。遅ぇよクソが。』
一方、302号室では立てかけられたスマートフォンに男が話しかけていた。
男はストリーマーとしても活動しており、自分が除霊されるところをライブ配信しているのである。
藍が302号室のインターホンを鳴らすと、男は藍がドアの前に立っている可能性も考慮せず勢いよくドアを開けた。
『やっっっときた!
早くって言ったろーが!』
『遅くなってごめんなさい。
退魔師の太刀花藍と申します。
それで何があったのですか?』
男がスマートフォンに目を向けると、藍が現れたことでコメント欄が一気に埋め尽くされていくのが見える。
現れた退魔師が美少女であったことは、男にとっても良い意味で誤算だった。
『可愛い』『美少女代を払うわ』『俺と変われ』など、藍に関するスパチャでコメント欄が勢いよく加速していく。
気分を良くした男は少し落ち着き、先ほどの通話よりもずっと冷静に事情を話すことが出来た。
『なるほど、高橋さんはセラピストとして男の子の容態を見ようとして祟られてしまったのですね。』
高橋と名乗った男は藍達の仕事を横取りして適当に欺いてごまかそうとして祟られた事を、都合よく言い換えて説明する。
藍は高橋には情状酌量の余地があると考えて行動を開始する。
『わかりました。
まずはお怒りの理由について霊にお聞きしてみましょう。』
藍は茶碗を取り出し水を注ぐと部屋の真ん中に置く。
続いて神楽鈴を取り出すと、静まり返った部屋に小さく響き渡るように鳴らす。
これは霊と話し合いの場を設けるためのお誘いだ。
水の量が減れば霊が水を飲んだという事であり、話し合いが始まるのだが…。
パリン!
茶碗が音を立てて割れ、水が床へと零れる。
これは完全な交渉拒否である。
霊の怒りは相当なものであり、これ以上関われば藍にも危害を加えるという警告でもある。
『ですが、私にも立場がございます。
さぞ名のある方とお見受けいたしますが、せめてお名前を教えていただけませんか?』
藍は物怖じする事なく、されど怒らせないように語り続ける。
だが、霊からの返答は強烈な一撃だった。
藍は慌てて刀を抜いて攻撃をはじき返す。
挨拶代わりの一撃だったのだろうが、防がなければ確実に殺される程の威力だった。
辺りは緊張感で満たされ、徐々に殺気めいた悪意が満ちていくのを感じる。
『…これは…私も巻き込まれてしまったかもしれません。』
『よくわかんないけどさー!
金は払うんだからちゃんとやってくれませんかねー!?』
状況も理解せず男が文句を言いながら配信画面を横目で眺めると、コメント欄は『お前が守ってやれよ』『こんな子にキレるな』と自分を非難する言葉が溢れている。
(うるせーよ!
大体なんで俺がこんな目に遭うんだよ!
俺は除霊しようとしただけじゃないか!)
男が心の中で悪態をついていると、ふいに藍のスマートフォンが着信を知らせて鳴り響く。
2人は思わず身を竦めたが、藍は「少しだけ失礼いたします」と霊と男に一声かけると通話ボタンを押した。
交渉中ならば失礼だが、交渉拒否されて話は終わっているため失礼には当たらない。
霊も先ほどは藍に攻撃を仕掛けたが、まだギリギリの所で争うつもりはないらしい。
『藍ちゃんどこにいるんだい?
お仕事でもないのにこんな時間に出歩いちゃダメだよ。』
通話の主は藍の式神であるアフロウサギのアフロダイBだった。
アフロダイBは仕事ではあまり役に立たないが、家事や藍のお目付け役をして役立っている。
今も部屋に戻ってこない藍の居場所を確認して、場合によっては家族に報告するため通話してきたのだ。
『あっ、黙って外出してごめんね。
私に急な依頼が直接入って、今まさにお仕事中なの。』
藍が答えるとアフロダイBが何かを考えこむように少しだけ沈黙する。
『…もしかしてその依頼主は高橋さんだったりするのかな?』
『?そうだけどどうして?』
どうしてアフロダイBが高橋の名を知ってるのだろう。
沸いた疑問について考えようとしたが、アフロダイBの大声で思考は中断される。
『その高橋さんの事でお爺さん達が大騒ぎしてるんだよぅ!
藍ちゃんちょっと待っててね!』
スマートフォンからアフロダイBが『大変だー!』と叫びながら走りまわる音が響き渡る。
しばらくするとスマートフォンから姉の声が放たれる。
『藍!?そいつカラカラ様だから絶対に手を出しちゃダメよ!?
さっき退魔師組合に依頼が来て、依頼者が組合に頼む前に高橋って男にも頼んでたって教えてくれたの!』
カラカラ様という名を聞いて藍は顔を青ざめる。
カラカラ様。
カラカラ様は通称であり正式名称は神羅神羅(かんらかんら)、修羅や羅刹のように怒り狂った神の事を指す。
神であるため人の手には余る存在であり、退魔師の間では間違っても戦ってはいけない存在とされている。
『お爺ちゃん、お兄ちゃん達は来ないの?』
『強者が大勢で行くと逆に警戒されて戦いになりかねん。
代わりに杏樹と那由多を連れて行こう。
こういう時は女の方が役に立つ。』
家族の慌ただしい雰囲気が通話越しに伝わる。
退魔師としては半隠居の身である祖父が出てくる事が事態の重たさを表している。
手に負えない怪異に対して、自分にできることは現状を伝えることだけだと藍は判断する。
『ごめんなさいお姉さま。
既にお呼び出しして交渉を開始しようとしましたが拒絶されてしまいました。』
『うっそぉー!
えーっと、とにかく今から準備して私達が行くからー…どうしよう。
そうだ、お囃子!
藍は途中でカラカラさんに襲われないように歌や踊りを捧げて少しでも印象よくしておきなさい!』
お囃子や祭りが神を楽しませるように、芸を捧げれば神はいくらか楽しみ好印象を与えることが出来る。
通話を終えると藍は静かに正座して頭を下げる。
『先ほどの無礼を働いたお詫びに舞や歌を奉納させていただきます。』
巫女が神楽で神や災厄を鎮めるように、退魔師である藍もそう言った技術を一応は習得している。
藍もそれなりに舞う事はできるが、自分の踊れるレパートリーだけでは祖父たちが到着するまでは間が持たない。
やむなく藍は自分の知っている流行歌を片っ端から歌ってカラカラ様を楽しませる。
別に古きゆかりのある歌や舞でなくとも、要は楽しんでいただければ良いのである。
こっそり映されている配信はさながら「うたってみた」状態となるのであった。
『次は初恋シーズン歌ってよ。』
高橋は配信者からのリクエストを読み上げ、余裕のない藍は言われるがままに歌っていく。
神楽の稽古は受けている、ダンスは学校でやってる程度、音楽の成績は5段階中の5。
それなりに上手ではあるが人気者になれるほどではない優等生かつ初心者感あふれる歌やダンスは、微妙な塩梅がウケて少なくとも視聴者には好印象を与えていった。
視聴者曰く、『慣れてないのが逆に可愛い』『学級委員長とかダンスに興味にない優等生が踊るとこんな感じだろうな。』『下手ではないからイラッとしない』だそうだ。
藍が踊り続ける事30分。
ようやく祖父達が到着すると、凛達の姿も映った事で配信のコメント欄が一気に動き始める。
眠たそうで不機嫌にしてる杏樹が特に好評で、祖父と叔父は消えてほしいと不評だ。
そんな風に好き勝手に言われてることに気付くこと無く、祖父達は慌ただしく祭壇を部屋の中央に準備していく。
『藍ちゃん、状況報告して。』
祖父達の到着に気が緩んで放心していたが、那由多に促されて藍は改めて状況を報告する。
『まとめるよ。
藍ちゃんが呼び出してー、無関係な奴が関わるなってカラカラさんに叱られてー、謝罪してた。
君の現状はこれで合ってるね?』
那由多の言葉に藍は首を振って頷く。
『…眠たい…。』
杏樹だけは何も手伝わずに床で横になっている。
さっきまで眠っていたのだろう。
寝起きが悪いのは知っていたが、杏樹はこんな状況でも不機嫌を隠そうとしない。
逆に言えば杏樹の中にいる邪神は目の前のカラカラ様にヒケを取らないからこそ眠気を優先できるのだろう。
一人ではどうにもならなかったが、家族が集まった事で急に安心感が出てきた。
『凛、頼むぞ。』
叔父が茶碗に酒を注ぎながら声を掛けると、凛は神楽鈴を鳴らして神に呼びかける。
『あのー、今から何を始めるんですかー?』
高橋が大声で話しかけてきたが、片手で制止しながら祖父が答える。
『藍も聞け。
今回のカラカラさんは、かつては神社で祭られていたが集落の移動と共に人々に忘れ去られた神だ。
神社を閉める時に神様にも帰っていただくのが筋なんじゃが、何があったかは知らんが管理人がそれをしなかったんじゃな。
だーれもおらん何もかも朽ち果てた場所に移動もできず住まされ、挙句の果てに依頼者が土地を買って工場を建てたもんだから子供に祟ったわけじゃ。』
祖父の話を聞いて藍は圧倒的に不利な立場である事を理解する。
どう考えても全面的に人間側が悪いのだ。
心配そうに見つめる藍の不安を飛ばすように、祖父はハッキリと計画を伝えていく。
『カラカラさんにはうちの敷地内に社を立てて、そこに入ってもらう事にする。
今から式神として契約して、そこの祭壇に入ってもらって家に持って帰る。
藍と高橋さんのやった無礼は後付けになるが、世話係のちょっとしたミスという事で許してもらう事にする。』
並みの退魔師であれば聞いてもらえないだろうが、祖父と叔父が揃った状況であればカラカラさんも話を聞いてくれる。
2人は退魔師としての実力は日本のツートップと言ってもいい。
神であるカラカラさんでも出来れば争いたくない相手なのだ。
そんな2人が頭を下げて世話係を申し出ているのだから悪い気分ではないだろう。
後は姉の交渉次第だ。
『ねえ、高橋を助けるのは無理そうなんだけど。』
凛が振り返って祖父に訴える。
予想はしていたが、呼びかけただけの自分はともかく高橋を救うのは姉でもかなり苦しいようだ。
『はぁー!?はぁー!?ふざけんなよおい!!
お前らプロなんだからちゃんと仕事しろよ!!
俺がお前らならぜってーに助ける!!
てめーら無能かよ!!』
高橋が大声で非難するが凛は涼しい顔で正論を返す。
『アンタ挨拶もなしにいきなり近づいてインチキな祓詞を読み上げたでしょ?
例えるなら人の家に勝手に土足で上がり込んで石を投げつけたようなもんよ。
ついでにうちら退魔師にとっても許しがたい行為よ。』
『えっ、そんな事してたんですか!?
セラピストとして容態を見ようとしただけって仰ったではありませんか。』
藍もそんな報告は受けていないので驚いて高橋の方を振り向いてしまう。
それならば交渉が拒絶されたのも納得がいく。
『はぁー?そんなんやってねーし!
祝詞だってちゃんとネットの知り合いから貰ったもんだし!
お前低能かよ!
ほらぁ、これ読んでみろよ!』
やってるじゃねーかと悪態をつきながら凛は高橋から差し出された紙を受け取る。
『ばっ、アンタこれ脅しじゃない!
これは低級な霊を追い出すときの祝詞だっつの!
インチキだった方がまだマシ!
神様相手に思いっきり暴言吐いて俺様は強いぞかかってこいってケンカ売ったのよアンタ。』
『はぁー!?そんなん知らねーし!!
とにかくプロなんだから何とかしろよ!!
これを助けられねーなら退魔師なんてやめちまえ!!』
先ほどから何かにつけて言い訳と暴言しか吐かない高橋にうんざりしながら祖父が2人を一括して諫める。
『凛!
もういいから高橋さんも誰かに騙されていた善意での行動だったと言って丁重に謝れ。
那由多も横でフォローを頼む。
必要なら何か条件を付けてもいい。』
祖父に言われ凛は渋々と交渉を再開する。
高橋の行動は全く善意ではないのだが、そこは凛の伝え方次第である。
凛は再び神楽鈴を鳴らして交渉を開始する。
『杏樹、お前の神様にちょっとだけ来てもらえるか?』
叔父が杏樹の体を揺さぶって声を掛ける。
すると恐ろしいまでの神気が杏樹の体から発せられ、高橋を除く全員が思わず杏樹に振り返った。
杏樹の中にいる邪神もまた、杏樹を守るために交渉に加わったらしい。
緊迫した時間がしばらく続いたが、ふいに空気が緩み視界が明るくなったかのような錯覚に陥る。
『おっけー、なんとかまとまった。』
凛が両手を後ろについて体を倒す。
那由多もまた正座したまま大きく息を吐いて、土下座するように前に倒れこむ。
『太刀花家に式神として来ていただき、お社で丁重にお世話することでまとまりました。
私が毎朝水とお供えを交換して掃除させていただきます。』
神と交渉するのだから並の退魔師なら狂ってもおかしくない。
相当に神経をすり減らしたであろう那由多は、無様な姿なのも気にせず尻を向けた姿勢のまま報告した。
『…本当に申し訳ありませんでした。』
藍がみんなに頭を下げると、祖父は藍の頭を掌で軽く叩いた。
『仕事とはいえ勝手に出て行った事は許さん。
どんなに一刻を争う緊急事態でも。
いや、一刻を争う緊急事態ならば余計にワシらに報告しろ。
しなかったからこんな面倒な事態になった。』
何もかもが祖父の言う通りなので素直に頷く。
退魔師としての慣れが招いた己のミスだ。
『私としては藍ちゃんみたいな子を夜中に呼び出した高橋さんにも責任を問いたいです。
そもそもどこで藍ちゃんの個人番号を知ったんですか?』
頭を起こしながら那由多が片手を挙げて質問する。
藍もすっかり頭から抜けていたが、そもそも自分は祖父達から仕事を受け取る立場であり直接依頼が入る事はない。
高橋が自分の番号を知る手段はないはずなのだ。
『あぁ、前に藍ちゃんに依頼したことがあるって人が配信者にいて教えてくれた。』
そう言って高橋が配信画面を見せつけると、高橋以外の全員の顔がこわばる。
配信者の中に藍を知る者がいたようだが、そんな事はどうでもいいほどの事態が発生していた。
『…アンタ、勝手に配信するのは物凄く失礼だとは思わなかったの…?』
いつも明るい凛が妙に静かな声で話すと、高橋は空気も読めずに逆切れする。
『はぁ!?
俺んちで俺が配信して何が悪いんですかー!?
俺が配信していたところにアンタらが勝手に映ってきただけなんですが何かー!?』
高橋が捲し立てるが、藍以外の全員が疲れたような顔で大きく溜息をつく。
『アタシらにじゃねーっつの…』
凛は何もかも諦めたかのように肩を落としておでこに手を当てる。
藍だけは青ざめたまま震えて、救いを求めるような瞳で祖父の顔を見つめるが祖父は目を瞑って静かに首を振った。
『どうもならん。』
『はぃ?』
祖父の言葉の意味を聞き返そうとした高橋は、いきなり立ち上がると笑顔のまま口を開けてくねくねと部屋を歩き始めた。
譲歩に譲歩を重ね、ようやく話がまとまった所で最大級の無礼をかまされたのだから神も怒るというよりは呆れたのかもしれない。
高橋は完全に祟られてしまった。
もう元に戻る事はないだろう。
哀れな姿となった高橋を見て両手で顔を抑えて藍は泣き崩れる。
自分がもっと注意深く行動していれば。
高橋が配信していることに気付いていれば。
後悔ばかりが募る。
なんとしてでも高橋を救いたかったが、未熟な自分では叶わなかった。
『うん、残念だ。
高橋さんにだって家族や仲間がいたはずだからね。
でも藍ちゃんだけのせいじゃないよ。
責任は僕ら全員に少しずつあるんだよ。』
自分のせいだと己を責めて泣く藍を那由多が慰めながら外へと連れていく。
取り乱した藍が何をしでかすかわからない状態だが、今は藍を慰めるよりもやらねばならないことがある。
藍の事は那由多に任せ、それぞれが取るべき行動を取り出す。
『おい、これに話しかければいいのか?』
祖父がスマホを覗き込んで叔父に尋ねる。
祖父のアップが配信画面に映るとコメント欄に『ジジイが映ったからチャンネル変えるわ』とコメントが流れる。
冗談なのだろうが祖父は本気に受け取ってしまい、慌てて凛と杏樹を呼び寄せる。
『儂が映るとチャンネルを変えられてしまう。
お前たちが説明してやってくれ。』
そう言うと祖父が配信画面から消え、代わりに凛と杏樹が映る。
凛に引っ張られた杏樹は『ねーむたいー』と不満を口にするが、その子供っぽい仕草が余計に良かったようでコメント欄が賑わう。
凛は前髪を整えながらめざとくコメント欄を確認していく。
主に藍と杏樹の顔の良さが話題の中心だが、結婚するならショートの子だと那由多を褒めるコメントが少しある。
自分の名前がないので凛は内心で舌打ちするが『おっぱいでかいのは評価できる』『抱けるのはこの子だわ』『あのおっぱいは即戦力』と自分向けと思われるコメントを見つけて笑顔を取り戻す。
すっかり機嫌を良くした凛はコホンと小さく咳をして明るい笑顔で話し始める。
『えーっと、私は凛!
そんでこっちは妹の杏樹です。
んー…そうねぇ、まず最初に大切な事を言うね。
はい杏樹、アンタから言ってあげて。』
凛は明るいトーンの自分よりも静かなトーンの杏樹の方が適任だろうと指名する。
杏樹は眠たそうに目を擦るといつもの綺麗な顔に戻り、綺麗な顔のまま視聴者に向けて恐ろしい警告を淡々と言い放った。
『これを観てる人はみんな呪われたわ。
ほっておくと死ぬ。』
杏樹の一言でコメント欄が停止した。
視聴者の動揺と緊迫が画面越しでも伝わってくる。
やはり杏樹に任せて正解だったと確信しながら、凛は杏樹に続きを促す。
『霊障って言って、強すぎる霊的な存在を見た人はその時の光景が頭の中にこびりつく。
そのせいで心身に不調をきたしたり、低級霊を呼び寄せて取り憑かれる。
あれは元は神だから、観た人は画面越しでも絶対になってる。』
杏樹の淡々とした声色から語られる説明は視聴者の恐怖を煽っていく。
これ以上を杏樹に任せるとパニックになると考え、凛は進行役を自分に切り替える。
『まぁ少し説明不足だけど正確に言うとキリがないからね!
要するにこの配信を見てる人は全員やばいから、あんな風になりたくなかったら早いうちにお祓い受けなさい!
その状態で霊のいる場所に行っちゃったら100%アウトだからね!
…あっ、お爺ちゃん代わる?』
凛が後ろを指差す。
2人の後方では叔父に取り押さえられたまま笑みを浮かべて歩こうとする不気味な高橋の姿があった。
凛と杏樹が席を外すと再び配信画面に祖父が映る。
今ならばチャンネルを変えられることもないだろう。
祖父は立場ある責任者であることを明かして説明を始める。
『退魔師組合の組合長をしている太刀花 龍麻(たちばな たつま)です。
よろしくお願いいたします。』
祖父が立場を明かして礼儀正しく挨拶すると、配信画面にも緊張感が走る。
しっかりと立場のある大人が現れたので、いよいよ笑っている場合ではないのだと全員が肌で理解した。
『先ほど孫の凛と杏樹が言ったように、みなさまは既に取り憑かれている可能性が非常に高い。
学業や仕事で忙しいという方もおられるでしょうが、可能な限り早くお祓いを受けてください。
かつて霊は人々の暮らしとは切っても切れぬ関係でしたので、教えや宗派に関わらず古くからある団体であればお祓いはできます。
彼らが受け継いでいるお祓いは画面越しの霊障程度であれば十分に効果があるように作られておりますのでご安心ください。
みなさま、どうか迅速な行動をお願いいたします。』
伝えるべき事を伝え終えた祖父が画面を見つめていると、気になるコメントが目に映った。
『高橋は治るの?』
まず助からないが、正直に言ってしまうと余計に怖がらせてしまう。
祖父は静かに目を瞑ると事務的な声で答える。
『我々の最善は尽くします。
後の事はみなさまはどうかお気になさらず、後は我々にお任せください。
では、失礼いたします。』
祖父は再び頭を下げると配信画面外へと歩いていく。
『このチャンネル、もう二度と動かないと思う。
じゃ、さようなら。』
最後に杏樹のアップが映ると、冷淡な言葉で締めくくられて配信が終わる。
そして杏樹の言葉通り、高橋の配信が再開されることは二度となかった。
翌日から配信を見たと証言する人が次々とお祓いを受けているという報告が退魔師組合に届いた。
また太刀花家がカラカラ様を式神としたことで、元の依頼者も元通りになった。
高橋は救えず、太刀花家は今後もカラカラ様の管理をして行く事になるが、ひとまず事態は収束した。
だが例の配信は自己顕示欲の強い者によって切り抜き編集され、拡散されていった。
危険な映像部分に関しては流石に映されていないが、少女達が除霊に関わる姿は瞬く間に話題になっていく。
そしてこの出来事が藍達の生活を一変させていくことになるのであった。