昔々の話です。
僕の高校時代を語ると2人の女性の存在が大きな割合を占めています。
那由多ちゃんの中身である私、おじさんの青春時代は正義の理想に燃えまくっておりました。
だからまぁ、容姿が悪くていじめられてる女の子なんてのは当然僕が庇いに行くわけです。
結果ですか?
ボコボコですとも。
女の子をいじめる宮路君とそのお友達達に袋叩きにされてました。
彼女は毎日いじめられていて僕は毎日彼女を助けに行き、僕は毎日袋叩きにされる、これが日常でした。
いじめられていたのは武藤さんという、ちょっと太ってて一般論で言えばモデルやアイドルとは真逆の容姿の子でした。
なので、こういう言い方はなんだけど僕が彼女に恋する事はなかったよ。
袋叩きに合うたびに『そんなにヤらせてもらいたいのかよ』と揶揄されるんですが、その度に僕はそれを否定していました。
女性を助けていい思いをしたいわけではない。
それが僕の誇りでした。
でもそれがまずかった。
どうも武藤さんは…自分で言うのもなんですが…
僕に女性として相手にされていない事が辛かったらしいんです。
だから武藤さんは飛び降り自殺をしてしまいました。
水が溢れそうなコップの最後の一滴だったんですかね。
学校中はパニックになり、すぐに原因追及が始まりました。
いじめっ子達にも人生がありますからね。
彼らはいじめていた事を否定し続けたし、学校もいじめっ子達を守ろうと必死でした。
それにいじめをするヤツって自分が素晴らしい人間だと思ってるんですよ。
いじめられる方に原因があって自分達は被害者もしくは善意で遊んでやってるだって。
だから素晴らしい人間である自分達が人を死に追いやるなんて耐えられないんです。
彼らは全ての責任を僕に押し付けようとしました。
僕が武藤さんをブサイクだからと拒んだ恋愛のもつれで彼女は死んだんだと主張する彼らの正義の一撃が、いや百撃、千、万かな?
とにかく彼らは自らの罪を認めたくない一心で正義の言葉を吐いて僕を袋叩きにしました。毎日。
学校側も恋愛のもつれって事にすれば、誰も不幸にならずに済むって言うんです。
大人も頼れず毎日のようにお前は人を死なせたクズだと全否定されながら暴行を受ける日々でした。
そんな時に現れたのがもう一人の女性、早川さんです。
彼女は別の学校から転校してきた子で、うちの学校にいた奴らよりもさらに悪い空気をまとってる子でした。
だから学校には馴染めなかったんですが、悪ぶってる同級生たちも格の違いみたいなのを感じてたんでしょうね。
彼女は友人もいないけどいじめられてもない、ちょっと特別扱いの枠にいました。
そんな彼女が僕を助けてくれたんです。
暴力を受けても心は屈せず、暴力を振るわず歯向かってた僕の方がカッコイイってアイツらに言って、僕を連れ出してくれました。
早川さんと僕は仲良くなりました。
彼女の突飛な発想と行動力は僕にとって新鮮でとっても魅力的で、それからの放課後は毎日が冒険で楽しかった。
でも、そんな日々もずっとは続きませんでした。
ある日、彼女と探検した廃屋で数千万円の大金を見つけてしまったんです。
間違いなく危険なお金でしょ?
恐怖に怯える僕に彼女は言ったんです。
『ねぇ、このお金でさ。
私と一緒に、どこか遠くの街に行こうよ。』
彼女から魅力的で恐ろしい提案をされる。
でもまぁ、それをしたら2人とも破滅ですよね。
自分はともかく彼女を破滅させるわけには行かない。
『無理だよ』
僕は正論を吐いたんです。
彼女は『そうだよね』と笑ってました。
それが彼女を見た最後の姿でした。
翌日から彼女は学校にも来なくなったんです。
彼女がどうなったのかは、今の今までわかりませんでした。
『宮路 彰(みやじ あきら)と、妻の叶(かなえ)です。
こちらは息子の勝治(かつじ)と娘の小花(こはな)です。
太刀花様、よろしくお願いします。』
そう言って頭を下げる夫婦は、武藤さんをいじめていた男と僕を救ってくれた早川さんでした。
宮路一家は心霊現象に悩まされているらしく、僕らに依頼してきたわけです。
『TVで見てるよー。
藍ちゃんも那由多ちゃんもTVで見るよりずっと可愛いねぇー。』
そう言って笑う早川さんこと叶さんを真っ直ぐに見る事が出来ませんでした。
あの日僕を救ってくれて、あの日夕暮れの中に消えてしまった彼女が…
武藤さんを死なせた男と結婚してるだなんて、まさかまさか思わないじゃないですか。
藍ちゃんが袖を引っ張って心配そうに見つめてくれたので、動揺していた僕はなんとか冷静さを保つことができました。
藍ちゃんを心配させてはいけない。
それにお仕事ですからね、私情を挟んではいけません。
大丈夫とジェスチャーして、宮路一家に話しかける。
『ええっと、それで霊を見たって言うのはお父さんと息子さんだけなんですね?』
老けた宮路彰と若い頃の宮路彰にそっくりで性格が悪そうな小太りの中学生の勝治に確認する。
『ええ、どうして俺と勝治だけに姿を見せるのかサッパリ心当たりがなくて…。
それも毎晩とかではなく一貫性なく現れるんです。』
彰の証言を聞いて藍ちゃんも私も同じ疑問に至る。
『霊はどうして彰さんと勝治さんを攻撃しなかったんでしょう。』
悪霊が姿を現して襲ってきたならどうにかなっているのが普通だが、彰も勝治君も平然としている。
霊の目的は彼らに危害を加える事ではないのだろうか。
対処するにしても調査をしなければどうにもならないと結論付ける。
『こうしましょう。
私はしばらく宮路家に残って調査をします。
藍ちゃんは家に戻っていつも通りに生活しなさい。
宮路家のみなさんはそれでいいですか?』
私の提案に宮路家の皆さんは安堵したように頷くが、藍ちゃんは私の提案に首を振る。
彼女は責任感から事態が解決するまでここを離れられないと考えているのだろう。
しかし私は藍ちゃんの責任感を拒絶するのだった。
『まず藍ちゃんは幽霊をやっつける事は出来るけど、誰かを護る術を使うのは私の方が得意です。
私が近くにいれば宮路家の人々は寝てる間に襲われたって安心です。』
正論を並べて藍ちゃんを圧倒する。
ぶっちゃけ藍ちゃんは私よりずっと強いです。
藍ちゃんの刀はあっという間に悪霊を斬っちゃいます。
でも藍ちゃんが彼らを守るには起きっぱなしで刀を身構えて横についてなきゃいけませんが、私なら術を展開していれば寝てても24時間ずっと守れます。
次に私は藍ちゃんがやるべき事を教える。
『そして藍ちゃんは義務教育の最中です。
君が学校に通うのは義務です。
人命が掛かってるのでお仕事も大事ですが、君の勉強だって大事なんです。
もしも霊と戦う時は事前に呼ぶから、ここは義務教育を終えた私に任せておきなさい。』
ポンと胸を叩いて主張すると、藍ちゃんは納得して頭を下げる。
『わかりました。
ここは那由多お姉様にお任せいたします。』
『ええー、藍ちゃんは帰っちゃうのかよ。』
藍ちゃんの言葉を聞いて勝治君は不満を漏らす。
私だけじゃ不満か?と聞かれたらそうなんだろう。
それは霊への対処ではなく下心。
メディア出演を果たした私達ですが、顔の良い藍ちゃんの人気は私よりもずっと高い。
思春期の男子としては妄想を具現化したような存在の藍ちゃんにいて欲しいはずだ。
おじさんだってその気持ちはわかりますとも。
実を言うと、だからこそ藍ちゃんを家に戻すわけですが。
『大丈夫、霊は私がいれば手出しできません。
しばらくは私がここに残って霊の目的を調べますね。』
勝治君の下心をすっとぼけて私が答える。
『わかった。
よろしくね、那由多ちゃん。』
叶さんが私の手を両手で握ると、小花ちゃんもオドオドしながらも『よろしくね』と小さな声で言ってくれた。
『うん、よろしくね。』
しゃがみ込んで視線を合わせて答えると、小花ちゃんは恥ずかしそうに笑った。
妹ちゃんの方はとても良い子だと感じさせるには十分な反応だった。
『しばらくお世話になります。』
男共にも頭を下げると、彰はにこやかな笑顔を向けながら両手で手を握ってくる。
男の君がJKの私の手を握る必要あったか?と少し不愉快な気持ちでいると、勝治君の方も手を差し出してくる。
…こいつも気に入らないが、まぁ仕方ないのでこちらが両手を握って笑顔で対応する。
メディア出演したおかげで、こういう営業も慣れたもんです。
かくして私は、かつてのいじめっ子と好きだった女の子の家に宿泊する事になったのだった。
翌日の月曜日、家族の団欒に私が一人混ざって朝食をとる。
そのまま全員の外出を見送ると鳥型の式神を呼び出して飛ばす。
式神が私の目となって情報を送ってくれるのだ。
霊に襲われたという男性陣の様子を探るため、式神は大空へと飛ぶ。
どちらからでも良かったので、なんとなく彰の方から調査する事にする。
高校時代の彰は暴力をふるう男ではありましたが、クラスでの立場は強く他人をバカにして笑いを取るのが上手かった。
要するにクラスの一軍で人気者だったわけです。
三つ子の魂は百までと言うべきか、社会人になってもそこは相変わらずのようです。
上司には明るい言葉と笑顔で接して好かれている。
お得意の弱者をネタにする笑いも健在だ。
他人から見れば少しばかりのイジりかもしれないが毎日やられて積み重なっていく方はたまったもんじゃない。
弱者は愛想笑いしながらも深く傷ついているのがわかる。
また彰は仕事のできる仲間とはとても親しくしており、彼らの協力を得る事で自分の仕事も上手くまわしている。
その反面で仕事の出来ない者へは非協力的で当たりが露骨に強く、仕事が出来ないタイプの後輩に対しては半ばパワハラに近い態度で追いつめている。
恐らくは彰のせいで心を痛めて会社を去り、社会復帰に時間が掛かった者が何人もいた事だろう。
若い女の子には露骨に砕けた態度で明るく接するが、中年以上の女性には事務的に接している。
下請けへの仕事の振り方もかろうじてルールは守っているものの横柄で雑だ。
(…変わってなさ過ぎて逆に安心したよ。
暴力を振るわなくなったのもルールを守ってるのも、単に今ではその方が得だからじゃないか。)
世間一般の評価では明るく活発的な頼もしい雰囲気を放つ会社員で、4人家族を支える立派なパパだろう。
彰は家族を養い社会人として成果を挙げているが、そのために何人もの犠牲が出ている。
まぁよく言えば普通の範疇に収まる人と言えるのかもしれませんが、私は気に入りません。
(武藤さんをいじめてた頃と本質が変わってない。
なんでこんな男が早川さんと…)
などと負け犬思考をフル回転させていると、玄関のドアが小さな音を立てて開かれる。
『那由多ちゃんただいまー』
小花ちゃんのお帰りだ。
まだ小学3年生の彼女の帰宅は早い。
私が出迎えると彼女は両手を広げて私に抱き着いてくる。
『いつも静かで怖いから、那由多ちゃんがおかえりしてくれるの嬉しい。』
昨日と今朝でもう懐いてくれたようです。
私が子供の頃は外に飛び出して遊んでいたものですが、今時の子はそうもいかないと聞いている。
ずーっと誰もいない家で怯えながら、家族の帰宅を待ち続けていたと思うと大人としては涙が出てしまう。
もう彰の調査はいいから、小花ちゃんと遊んであげるべきだろう。
私が提案すると小花ちゃんは喜び、家族のために私と夕飯が作りたいと言ってくれた。
なんていい子なんだろう。
食材を調達するためにスーパーに向かう道中も手を繋ぎながら歌を歌って歩いていく。
子供と一緒に歩くのがこんなに楽しいとは思わなかった。
(…なんで俺は独身でいたんだろう。)
かつての自分の人生を少し後悔しながらスーパーに入店していく。
初心者が作るならカレーがいいだろうと考えて食材を買い込んでいく。
カレーが嫌いな人間を見た事がないし。
買い物の最中、私は何度か指を差される。
自分で言うのもなんですが、一応は今をときめくアイドルなので当然の反応でしょう。
その度に小花ちゃんが嬉し恥ずかしで少し俯く。
子供なら堂々と自慢しそうなもんなのに奥ゆかしい子です。
あらかた食材を買い込んで袋に詰めると、小花ちゃんがゲーム機を眺めている事に気が付いた。
遊びたいんでしょう。
ここは大人のお姉さんらしく空気を読んであげる事にする。
『あっ、可愛いー。
今のゲームってこんな感じなんだぁ。
小花ちゃん、このゲーム出来る?』
私が興味あるかのように尋ねると小花ちゃんは嬉しそうにポケットからカードデッキを取り出した。
コインを入れてあげると私に腕前を披露するように何度もこちらを振り返りながらゲームをクリアしていく。
打てば響く金のように、いちいち反応が可愛い子だ。
あの日、早川さんとお金を持ち逃げしていたらこんな日々も当たり前だったのだろうか。
家に帰ると早速2人でカレーを作り始める。
『那由多ちゃん凄い。
ママと同じくらい上手だね。』
私の手付きを見て小花ちゃんが驚く
…一人暮らしが長かったからねぇ。
テキパキと準備しつつも基本的なところは小花ちゃんに任せてしまう。
不揃いな野菜にいまいち切れてない牛肉が投入されることになるが、小花ちゃんが頑張ったのだから少なくとも両親は嬉しいだろう。
18時頃になると早川さんこと叶さんが職場から戻ってくる。
私達を見つけると叶さんもキッチンに混ざろうとするが、小花ちゃんがそれを制止する。
『今日は私と那由多ちゃんが作るから、ママは休んでて。』
本当にいい子ですよ。
19時頃になると勝治君も学校から戻ってくる。
時間から察するに外で遊んできたのだろう。
彼はこちらを手伝う事はなかったが、リビングの椅子でスマホを触りながらも何度か振り返ってこちらを観察していた。
恐らくは私を意識してるんでしょう。
アイドルがエプロンつけてお料理してるんですから。
かといってこちらを手伝うつもりもないようで、出来上がるまで私のお尻をチラチラ見てるだけでした。
私も女の子になってやっと理解できたんですが、そういう視線ってわかるんですよね。
出来上がったカレーはまずまずの出来で、小花ちゃんが切った大きめの野菜もその分だけしっかり煮込んだので柔らかくなってました。
叶さんは喜んでたし、勝治くんも『普通』と言ってくれました。
お母さんの料理を食べてる年頃の男の子の言う普通はちゃんと出来てるって事なんで大成功ですよ。
20時頃に帰ってきた彰も美味しいと言ってました。
その感謝、こちらは受け取り拒否だ。
そしてこの晩、例の幽霊が彰の所に現れたようです。
私の結界があるので攻撃はされませんが、さぞかし恐ろしかったことでしょう。
どうして霊が現れたのか、まだ検討もつかないままこの日は終わりました。
翌朝、家族みんなで朝食を食べていると、勝治君が偶然を装って何度も足で足を触ってきました。
少しでも私を触りたいのでしょう。
事件が解決するまではこんな感じなんでしょうか。
なんというかやる事為すことが若い頃の父親そっくりで気持ち悪いです。
この日はそんな気持ち悪い勝治君の様子を探る事にしました。
彰を調べて霊の出る日と出ない日の行動を比較しても良かったんですが、それよりも霊に襲われる2人の共通点が気になったからです。
さて学校での勝治君はと言うと、ハッキリ言えば最悪です。
人に暴力を振るい、金を奪い、物を盗み、暴言を吐き、いじめを先導する。
今どきの子は悪事を働くにしてももっとネットとか陰でコソコソやるもんだと聞いてましたが、勝治君の場合は昔ながらの圧を利用した手法でやってます。
先生も勝治君に手を出せないので口で注意してますが、最初から内申点を気にしてない生徒が聞くわけがない。
私は即座に学校に連絡し、調査の一環で学校を訪れたフリをして勝治君のいじめの現場を抑えました。
その日の夜、勝治君の事で私を交えて家族会議となりました。
勝治君は遊んでいただけだと主張しています。
お金まで奪ってるのにその理屈は通らないだろうと思いますが、彼は本気でそう思っているようなのでタチが悪い。
『まぁ勝治も反省してるみたいだし、もうやらないって事でいいだろ。』
父親としてはまぁ当然なのかもしれませんが、彰は勝治君の経歴だけを考えているので私が説得する。
『ここでしっかり罪を認めて適切な措置を受けておかないと、勝治君はいつかまた同じ事をするかもしれません。
今ならまだ指導だけで済みますが、義務教育後にやったら少年院送りや逮捕もあり得ますよ。』
そもそもお前が見つけなければ…とでも言いたげな目で睨まれましたが、叶さんが上手くまとめてくださいました。
『わかった。
私が勝治を連れて今から向こうの家に謝りに行くからパパは寝てていいよ。
奪ったお金はいくら?』
『みんなで山分けしたし、あんまし覚えてない。』
『じゃあみんなの取った分もうちがまとめて払う。
その分だけアンタの小遣いは無しだからね。
アンタの友達が取った分はアンタが自力で取り立てなさい。
それでいいね?』
叶さんが一気にまとめると彰も慌てて謝罪について行くと主張した。
基本的には父親がリーダーみたいですが、実権は母が握る家庭のようです。
3人はあちらの家に謝罪に行き、私は小花ちゃんを見るためにお留守番してました。
叶さんが二度と再発させないことを誓い、あちらさんの恩情もあってどうにか収まったようです。
個人的感情としては学校も巻き込んで勝治君にはきっちりと将来にダメージを残してもらえるとスッキリするんですが、向こうが許したのだから私の出る幕はありません。
この日、勝治君の元に霊は現れませんでした。
翌日は午後からアイドルのお仕事があるので午前中だけ勝治君の調査をしました。
昨日こってり絞られたのが効いたのか、今日の勝治君は大人しいもんでした。
午前中の調査を終え、午後の撮影のために昼食を食べようと準備をしていると彰が帰ってきました。
『ちょっと外に出てたから、ついでだし昼食は家で食べようかなって。』
私も営業みたいなことをしてたので、まぁそういう事もあるよねと普通に受け入れました。
適当にお喋りしつつ2人で昼食を食べていると、彰から無作法な質問が送られる。
『ところで那由多ちゃんは彼氏とかいないの?』
『アハハ、いませんよー。
私は学校とお仕事で精一杯です。』
令和ではセクハラにあたる発言も堂々と言ってのける彰を笑って流す。
こちとらただのJKではありません。
『ダメだよそんなんじゃ。
彼氏が出来た時に困るよー。』
『アハハ、やっぱりそうなんですかねー?』
『そりゃそうだよ。
何もしてこない女なんてダメダメ。』
妙な雰囲気に警戒しつつ愛想笑いで答えると、彰はこちらに回り込んできて肩に手を置く。
『じゃあ、ちょっとだけ俺と練習してみる?』
ねっとりした声で囁いてきたので悪寒が走る。
(コイツマジか。
こちとら未成年のJKでそっちは家庭を持つおっさんだぞ?)
突然のお誘いに動揺しながらも何とか受け流す。
『や、やだー。
そんな事がバレちゃったらお互い大変な事になっちゃうじゃないですかぁ!』
私が断ると彰は事前に決めていたかのような笑顔で答える。
『おっ、えらいね!
ちゃんと自衛ができてるぅ!』
そう言うと彰は満足げに自分の席に戻っていく。
(嘘つけ…!
いけるなら行くところまでいっちゃっただろお前…!)
あわよくば関係が持てれば主導権が握れて良し。
ダメでもこちらを怯えさせることでわからせることが出来る。
どうやっても彰は勝った気分になれるのだろう。
妻も子もいながら未成年に手を出すとは、小綺麗になっても性根は相変わらずだ。
こちらは今この場で実力行使されたらどうにもならないわけなので実際のところ彰が恐ろしい。
向こうが満足してくれるなら未成年らしく素直に大人に負けておくべきだろう。
ちくしょう、女の子って大変だ。
彰がそれなりに満足して会社に戻っていった後、私も電車で撮影の現場に向かう。
撮影が遅くなることをLINEで伝えると、気を使って彰ではなく叶さんが車で迎えに来てくれた。
昼間の件もあるので彰と2人きりで車に乗らずに済むのは正直助かる。
『いやー凄いねー。
カメラの前であんなに堂々と喋れるなんて。
撮り直しもほとんどなかったし流石はアイドルだね。』
慣れてきたのもあるが私の場合は求められている役割がオタトークなので許されてるだけだと思う。
JKが古いアニメや特撮の事を深い部分まで掘り込んで熱く語るだけで十分なのだろう。
『私の知り合いも絶対に那由多ちゃんのファンだと思うよ。
すっごいヒーローマニアだったから。』
叶さんの言葉を聞いて心臓が飛び出しそうなほど反応してしまう。
その人物には心当たりしかない。
私は警戒しながらも探りを入れていく。
『それってどんな人なんですか?
ヒーローマニアな方ならお会いしてみたいです。』
私が答えると叶さんらしくない遠い目をして前方を見つめる。
『会わなくなって気付けば25年も経ってる。
あんなに好きだったのにね。』
好き!?
年甲斐もなく狼狽えてパニックになっているのがわかる。
いやいや落ち着こう、好きにもLIKEとLOVEがあり俺の事は前者だろう。
私は平静を装いながら会話を続ける。
『こ、恋人だったんですか?』
変にどもったおかげで恋に興味津々な年頃の少女っぽくなった気がする。
叶さんもそのように受け取ってくれたのだろう。
叶さんは微笑ましく笑いながら答える。
『ううん、フラれちゃったの。』
ふ・ら・れ・た!?
あれぇ?
もしかして俺の話じゃなかった!?
パニックになる私に気付かず叶さんは懐かしい日々を思い出すように語る。
『その人は年甲斐もなく本気でヒーローをしようとしてる人だったの。。
TVのヒーローみたいに凄い力があるわけじゃないけど、どんな目に遭っても絶対に曲げないし折れない。
…まぁそんな人だからなんだろうね。』
叶さんは空気が重々しくならないようにと軽く一息つく。
『その人は私よりも正しさを選んだの。
好きな女の子よりも正しさを選んじゃう、そんな不器用な人。
だから、あっこれはダメなんだなって思っちゃった。』
え、どゆこと?
俺そんなことした?
見当がつかないバカな私に叶さんが解答をくれる。
『私、お金を拾っちゃったの。
2人で探検した廃墟で、多分だけど二、三千万円くらいあったかな。』
間違いない、その場に居合わせたのは俺だ。
私が真剣な瞳で見つめているのを、恐らく彼女は大金をどうしたのかと問い詰めてると感じているだろう。
『このお金で私を遠くに連れてって、ってお願いしたの。
もちろん本気じゃなかったんだけど、頷いてくれるなら彼は正しさよりも私を選んでくれる人だなって。
那由多ちゃんはわかる?』
『…わかります。』
昔ならわからなかったけど、今ならわかる。
結婚をして家庭を持つならお互いに色々な事を諦めて歩み寄らねばならない。
他人を愛するというのはそういう事だ。
まして家族よりも正義感を最優先する男なんてのは論外だ。
家族を天秤にかける時点でそもそも父親失格だろう。
私もそこそこ生きてきたので自分を多少なりとも客観視できる。
要するに俺が正義にこだわったのは、自分が大事だからだ。
自分が大事な俺は、俺が悪事を働くなんて事が許せなかったのだ。
なんとまぁ自分大好きな甘ったれ小僧なんでしょう。
つまり俺は、愛する人よりも自分を大事にするクソ野郎なのだとあの日の彼女に見抜かれたのだ。
正義を愛するだのと綺麗事をほざいて真っ白なフリをして、誰かのために信念を曲げる気も正義を汚す覚悟もない。
それが俺だったのだ。
もしもあの時、彼女を優先する覚悟を見せていれば今頃は俺が彼女の横にいたのだろうか。
それに比べて彰は偉い奴だよ。
アイツは自分と家族のためなら犯罪だってやってのけるだろう。
それは悪でもあるが家族愛でもある。
そもそも彰は自分のためだけでも平気で色々やってるし、そのおかげで父親が元気ならば家族の利益にもなる。
アイツは他人を不幸にするが自分の身内と仲間に幸福をもたらす存在なのだ。
それに比べて俺はと言うと、きっと正しさを優先して自分を追いやり、無関係な他人を優先して家族にも苦労を掛けたんだろう。
俺の娘はきっとストレスを抱えて育つから小花ちゃんのような優しく真っ直ぐな子には育たない。
そもそも自分だって誰だって多少なりとも他人を不幸にしてるんだ。
彰は誰かを幸せにしてる分だけ今の中途半端な私よりはずっとマシだ。
長年つっかえていた物が取れた気がした。
ずっと後悔していたし、どうすれば彼女を救えたのと悩んでいたが、要するに俺には叶さんを少ないし叶さんとは絶対にうまくいかなかったのだ。
『お金は警察に届けたよ。
彼ともそれっきり。
きっと今もヒーローしてて色々な人を助けてるんだと思う。』
散々利用されて最後は過労死しました。
なんて言えるわけもなく適当に相槌を打つ。
改めて理解しちゃったよ。
俺に恋愛は無理だったって。
ふと俺の事を好きだと言ってくれた武藤さんの事を思い出す。
ごめんよ武藤さん。
俺と君も、きっとうまくいかなかったよ。
『その後はー…あんまり子供に言う事じゃないかな。
とにかく色々な事をして逃げて逃げて逃げた先で今の夫に出会ったの。
夫も高校生の頃は悪い事してたんだけど、再会した時はすっかり真面目になってたから私も落ち着く時期かなーって思ってたら結婚しようってアイツから。』
俺が成長しないままヒーローごっこしてる間に、みんな変わっていったんだ。
私は認めなきゃいけない。
私はきっと今も俺のままのクズ野郎で、彰も全てが正しいわけではないが家庭を持ち仕事に励む立派な大人になったんだと。
私と叶さんが帰宅すると、家には藍ちゃんが訪れていた。
勝治君が顔を赤らめて挙動不審になってました。
貰ったサインを大切に抱きしめて、私の時とはかなり違う反応です。
『叔父様からの伝言です。
那由多お姉さまの学業だって大切なのだから早く終わらせなさい、だそうですよ。』
私は中年のおじさんなので今さら学業は不要だと思ってますが、叔父様達は私を女子高生だと思ってるのだからそうなりますよね。
盲点でした。
『それと「初手で襲われてないのだから悪霊ではない。」だそうです。
私もそう思うので、多少強引に会いに行くべきだと思います。」
叔父様はちょっとリソースが必要な退魔具を藍ちゃんに持たせてくれたようです。
細かい説明は省きますが、霊の世界に半ば強制的に会いに行ける道具って思っていただければ十分です。
事情を説明して宮路一家には結界を張った1Fの部屋に閉じこもっていただき、絶対に出てはいけないと念を押すと私達は2Fの一室を借りる。
辺りを暗くして祭壇を用意すると、藍ちゃんが持ってきた水晶玉を取り出して儀式を始める。
祝詞を言い終えると水晶玉にヒビが入り、辺りがモノクロTVのような灰色の世界に覆われる。
お高い水晶玉にヒビが入っちゃうんですよ、これ。
一室を除き宮路家そのものを霊界と化したんです。
灰色の世界となった家の中を探索すると、すぐに霊を見つけ出す事が出来ました。
しかし、その霊を見た私は固まってしまうのでした。
『…武藤さん?』
少女の霊は小さく頷く。
武藤さんも太刀花那由多が俺であることを理解しているようです。
霊体になれば魂の色のような物で相手を認識するので、ガワがJKでも俺だとわかるのでしょう。
ともかく宮路家に憑いていた霊は、あの日の俺が守り切れなかった武藤さんでした。
『どうして今さら君が…?』
武藤さんが自殺してすぐに彰が襲われるのなら理解できるのですが、どうして25年も経って今さら現れたのか。
ともかくここは私こと俺の番でしょう。
藍ちゃんに手で合図すると、私は前に出て武藤さんの近づいていく。
『彰に復讐するため、家族全員に危害を加えるつもりだったの?』
それなら小花ちゃんや叶さんの前に現れなかった理由がわからないが、他に心当たりもないので聞いてみる。
武藤さんは無言で小さく首を振る。
そうそう、こういう大人しい子でした。
私は武藤さんという女の子の事を思い出しながら、彼女ならばどうするか考え始める。
『…彰と勝治君を戒めるため…?』
小花ちゃんと叶さんの生き方が呪われるほどのものだとは思えない。
私の言葉に武藤さんは小さく頷くと、ボソボソと語り始めた。
『…最初は君に憑いてたの。
君は霊感が無かったから気付かなかったけど。』
『お、俺に憑いてたのか。
そりゃあんな酷い事を言ったんだから恨みもあるよね。』
自分がかっこつけたいのを優先して、恋愛対象じゃないなんて言ったんだから当然でしょう。
しかし武藤さんは慌てたように首を振って、伏し目がちに静かに語った。
『…君は最期の瞬間までヒーローだった。
君が頑張ってるのをずっと見てた。』
彼女の言葉を聞いて自然と涙が零れてしまう。
誰か一人だけでも自分を理解してくれるなら、人はそれで十分なのかもしれない。
自分はクズだと言い聞かせて頑張ってきた日々が報われるようだった。
『君が死んじゃっても成仏できなかった。
宮路君が私のように誰かをいじめてるんじゃないかって心配だったから。』
『そうでしたか。
霊にも様々な未練がありますが、こんなに優しい未練は珍しいですよ。』
後ろから藍ちゃんが優しく伝えると武藤さんは恥ずかしそうに俯く。
とは言え、優しいからと言って見逃すわけにもいかない。
だって彰も勝治も実際にやることやっちゃってて、彼女はそれを咎めようと現れたのだ。
それでも彰は変わらないだろうし、勝治も今回絞られた事でイジメという行為はやめたとしても父親のように本質は変わらないだろう。
言ってしまえば2人はこれからも罪に問われない範囲で他人に危害を加え続ける。
今は大人しい武藤さんも、そんな姿を見続けていればいつかは攻撃を加えるだろう。
私は武藤さんを倒さねばならないのだが、俺が私の邪魔をする。
個人的感情で言えば、ハッキリ言って武藤さんを肯定する。
だって彼女は彰に自殺に追い込まれているのだ。
彰と勝治君がどうなっても私はちょっと心を痛めるだけで、武藤さんを倒すことに比べたらどうって事はない。
それでも…彰と勝治君は叶さんと小花ちゃんの家族なのだ。
夫と長男を失った宮路家が明るく暮らしていけるわけがない。
なので、私こと俺に出来るのはただ一つ…
『君は本当に可哀想だ。
それでも…これで勘弁してくれ!!』
土下座である。
『お姉さま、土下座なんて…そこまでなさらなくとも…!』
大和撫子の藍ちゃんは人並み以上に男が土下座をする意味を理解している。
でも私も譲るわけにはいかない。
『いいや、するよ!
ここでしないでいつするんだって話だよ!』
なんで散々袋叩きにされた自分が彰のために土下座までしなきゃいけないんだ。
どうして自殺するまで追い込まれた武藤さんが我慢しなきゃいけないんだ
本当に本当に理不尽なのだが、それでも叶さんと小花ちゃんに何の罪もない。
『またしても俺と君が我慢するしかないんだよ!!
アイツらなんかどうでもいいけど、叶さんと小花ちゃんが可哀そうだろ!?
現実って本当に理不尽なんだ!!』
俺は涙を流しながら訴える。
実際には流れていないが、気持ち的には血の涙でも流してやりたいところだ。
そんな私を見て武藤さんは呆れるように笑う。
『…君は大人になって、死んじゃって、女の子になっても誰かの為なんだね。』
武藤さんの言葉を俺は頭を床につけたまま否定する。
『違う、俺は自分が大切なだけのクズなんだ。
いつだって自分の信じる正義を貫きたいから、こうやって図々しく君に我慢しろだなんて言うんだ。
叶さんと小花ちゃんを人質にとってさ、本当にどうしようもない男だ。
そんでもって変わろうとしても変われないんだ。
俺は死んでも変われなかったんだ。』
正直な気持ちを伝えると、武藤さんは優しく笑って光に包まれていく。
それは武藤さんにとっても意外な事だったらしい。
『…わかっちゃった。
私は宮路君の事なんかどうでもよくて、君に会って君が死んでも変わらないのかを確かめたかっただけ。』
武藤さんは生前に見せた事のないスッキリした笑顔で手を振る。
『バイバイ、これからもずっとヒーローでいてね。
でも、もう少し自分に優しく前向きになってもいいかも。』
そう言い残すと彼女は光に包まれて消えていった。
成仏したのである。
武藤さんは俺以上に俺の事を優しく前向きに理解してくれていた。
今回の件で俺がどうあがいても叶さんとは一緒になれないのはわかった。
俺が一緒に生きていけるのは武藤さんだけだったのかもしれない。
あの日俺は選択を間違え、その瞬間から俺は過労死するために生きていた。
武藤さんさえ横にいれば俺は助かったのかもしれないが、ともかく俺の人生はとっくに詰んでたのだと思う。
まぁ今となってはどうでもいい事だ。
全てが終わった事を宮路家に伝えると、一番喜んだのは叶だった。
『ありがとう。
貴女達のおかげで本当に助かったわ。』
俺と別れた後、荒んだ生活を送ってきた彼女にとって家族は何よりも大切なのだろう。
俺にとって最悪な男だが、彼女にとって彰は最高の男なのだと認めなければならない。
『やっぱり真面目に生きてる者は救われるんだなぁ。
ありがとう、2人とも。』
彰はまず藍ちゃんの手を握り、藍ちゃんも笑顔で答える。
次に彰は私の手を握ろうとしたので、私はちょっと意趣返ししてやることにした。
そう、私は彰に怯えてる設定のはずなのだ。
私が小さな悲鳴をあげて怯えた事で空気が固まる。
続いて私は、焦ったせいで言ってはならない秘密を漏らしてしまった演技をする。
『え、えっと…女の子に向かって「ちょっとだけ俺と恋人の練習してみる?」なんて冗談でも言わない方がいいですよ?』
叶さんの表情が一変するのがわかる。
勝治君も彰を睨みつけ、彰は顔を真っ青にして言い訳を始める。
『じょ、冗談だよ。
ちょっとした冗談で言っただけで…本気じゃない。』
どんどん声が小さくなっていくのを見ながら内心でざまあみろと笑う。
武藤さん、これで勘弁してくれ。
『本っ当にごめんね。
後で私の方から言っておくから。
あっ、せめてこれだけでも受け取って。
もちろん後でお代にもっと上乗せしとくから。』
叶さんはもう一度私の手を握ると、1万円札を握らせる。
今すぐ用意できるお金がこれくらいだったのだろう。
裕福な太刀花家で暮らし退魔師として活動している今の私にとっては大した金額ではないが、そのお金は彰のお小遣いから差し引かれるだろうからありがたく受け取っておくことにする。
これは学生時代に彼女が奪われたお金の代わりと考え武藤さんの墓前に献花でもするとしよう。
『でもなんで俺と勝治が霊に襲われたんだ?
心当たりなんか全くないんだが教えてもらえるかい?』
…せっかく黙っててやろうとしたのに彰が余計な事を尋ねる。
叶さんと小花ちゃんにとっては悲しい話だが、こちらとしては職業柄で聞かれたら答えないわけにはいかない。
藍ちゃんが小さく溜息を吐くと退魔師としての言葉を告げる。
『憑いていた霊は武藤さんという女性でした。』
『…えっ?』
藍ちゃんの言葉を聞いて彰の顔が青ざめていく。
罪の意識と言うよりは、罪が暴かれる恐怖から来るものだろう。
『武藤さんは学生時代に彰さんにいじめられて自殺した女性です。
優しい方なので彰さんと勝治君が誰かをいじめた日にだけ現れて貴方達を止めようと警告していたんです。』
とどめの言葉は私が刺してやった。
父親がいじめを行い、女の子を自殺に追い込んでいたという事実を突きつけられ小花ちゃんは本当に悲しそうに母親に抱き着く。
こればっかりは私としても心が痛い。
『いや、違う!
あの子はアイツが…アイツが恋愛対象外とか言って傷つけたから死んだんだ!
子供がいい加減なことを言うなよ!!』
彰が私に掴みかかろうとしたのを叶さんが襟を掴んで引き留める。
『…そう言ってアンタは毎日彼を袋叩きにしてたよね。
彼はずっと苦しんでたのに、アンタは全部を彼に擦り付けて今やすっかり忘れてたんだね!』
『いや、だから、今のはこの子達が嘘を吐いて…』
『この子達が知るはずもない昔の女の子の名前を出して嘘を吐く理由がどこにあるのよ!!』
叶さんの言葉が夜の静かな住宅街に響き渡る。
静寂が訪れた後、藍ちゃんは静かに勝治に耳打ちする。
『勝治君も気をつけなきゃダメだよ。
過去の罪は消えないから。』
藍ちゃんASMRは強烈だったようです。
勝治君はぶんぶんと頭を振って頷く。
勝治君の性格は一生治らないだろうと思ってたけど、彼にとって強烈に印象付いただろうから治るかもしれない。
『お父さんは悪い事をしたけど、小花ちゃんは何も悪くないよ。
今のお父さんは小花ちゃんに優しいパパなんだから、また悪い事しないように小花ちゃんが気を付けてあげればいいだけだよ。』
私は小花ちゃんの頭を優しく撫でて励ます。
小花ちゃんは涙を拭くと私に上目遣いで最後のお願いを言う。
『また会いに来てね、那由多ちゃん。』
『うん、また会いに来るね。』
私はもう一度小花ちゃんの頭を撫でると優しく微笑んだ。
『あ、あれ…?』
『?ど、どしました?』
叶さんが急に変な声を出したので、なんだか間抜けな声をだして尋ねてしまった。
『いえ…那由多ちゃんの表情が私の知人に似てたから…。
ごめんね、気にしないで。』
…顔が変わってもわかるもんなんだな。
叶さんの中で私は大切にされている、それがわかって良かった。
『それでは私達は失礼させていただきます。
太刀花の名において宮路家の皆さまの安全を保障します。
お疲れさまでした。』
私と藍ちゃんがお別れの挨拶をすると、宮路家も頭を下げて私達を見送る。
25年も続いた私の確執もこれでようやく終わったのだ。
藍ちゃんを送り届けてくれた兄の待つ場所まで向かう帰り道。
スッキリした気分で夜空の星を眺めて歩いていると、藍ちゃんが私の手を握ってくれる。
『那由多お姉さまも長い間お疲れ様でした。』
『…うん、ありがとう。』
過去は終わり、私は今を生きなければならない。
あの日々を今も許す事は出来ないが、乗り越える事は出来たと思う。
あるいは受け入れたと言うのだろうか。
ともかく彰に対して好き嫌いはあれど怒りはなくなった。
『大丈夫。
昔の事は昔の事、今の私は藍ちゃんのお姉さんの太刀花那由多です。』
私は優しい声と共に藍ちゃんの手を握り返す。
本来の那由多ちゃんが戻る日はいつだろう。
そうなれば私はお役御免だ。
私にとっては短い数年の出来事だが、藍ちゃんのような年頃の子にとっては長く大切な数年だろう。
それまでは出来るだけ多くの事を教えてあげたい。
それがTVで見るようなヒーローになりきれないまま消えてゆく俺のせめてもの願いだ。
俺は俺が生きた証を残したいのだ。