放課後は退魔師   作:アフロダイB

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祭り囃子はいつもそこにある

 

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『えぇ~、刀矢さん今からお仕事なの~?』

 

ショートヘアーの少女がホワホワした空気をまといながら叫ぶ。

少女の名は春日 小夜(かすが さよ)、藍にとっては母替わりの女性であり太刀花家で働く女性の若かりし頃の姿である。

 

『せっかくの祭りだってのに仕事熱心だな。』

 

寡黙なクマのような大男が感心するわけでも寂しがるわけでもなく淡々と呟く。

青年の名は花宮 鶴菱(はなみや つるびし)、

全国を渡り歩いてはご当地祭りの運営を代行するイベント代行業者のような集団が存在しており、鶴菱はそこに所属する専属花火師である。

 

『強力な怪異が現れたらしくてな。

普通の退魔師だけでは歯が立たんそうだ。

行って、戦って、戻って、計3日って所だな。』

 

仕事熱心と呼ばれた青年は腕を組んで答える。

彼の名は太刀花 刀矢(たちばな とうや)、藍にとっては叔父に当たる男である。

 

『残念だねぇ~。

お祭りだけじゃなくて刀矢さんの誕生日も過ぎちゃうよぉ~。』

 

自分の事のように肩を落として項垂れる小夜を横目に見ながら鶴菱が落ち着いた口調で語る。

 

『そういえばお前、明後日が誕生日だったな。』

 

『今さら誕生日で喜ぶ歳でもないがな。』

 

何でもない事のように一笑する刀矢に小夜がグイッと顔を近づけて迫る。

 

『それはダメだよぉ~。

誕生日って言うのは自分を祝うだけじゃなくて、ここまで出会ってきたみんなに感謝する日なんだよ。

ちゃんとお祝いしないとダメだよぉ~。』

 

小夜には独特な雰囲気があり、なんとなく無碍に扱いづらい空気がある。

 

『わ、わかったわかった。

仕事から戻ったらちゃんとお祝いする。』

 

刀矢は小夜を押し戻しながら観念したように言う。

 

『ほぅ、刀矢も小夜にはかなわないんだな。』

 

『からかうな。

嵐の友達なんだから雑には扱えないだろ。』

 

鶴菱が微かに笑うと刀矢は照れ隠しのように頭をかく。

 

『最近は花火の打ち上げだけでなく太鼓も叩いてる。

戻ってきたら俺の太鼓で祝ってやるから無事に戻ってこい。』

 

『お前も頑張ってるんだな。

わかった、楽しみにさせてもらうさ。』

 

刀矢と鶴菱は叩きつけるように互いの手を合わせる。

全くタイプの違う2人だが幼い頃から毎年顔を合わせているので気心が知れている。

 

『じゃあ私は刀矢さんが戻ってきたら誕生日ケーキを作って持っていくね。

みんなでお祝いしよぉ~!』

 

『ありがとう。

小夜ちゃんのケーキは美味しいから楽しみだ。』

 

刀矢が答えると、2人はお互いに笑みを交わす。

これは今となっては遠い遠い日々の小さな約束である。

 

 

 

 

 

舞台は現代へと移り変わる。

この日の太刀花神社はぼんぼりが吊るされ櫓が立ち、たくさんの出店が準備を進めていた。

 

『精が出ますね。

今年もよろしくお願いいたします、舞斗さん。』

 

赤い髪にねじり鉢巻き、法被を着たお祭り男にペットボトルの冷たいお茶を差し出しながら藍が声を掛ける。

美しく浴衣を着こなしており、お淑やかな佇まいは幼くとも見る者を落ち着かせる。

 

『おっ、藍じゃねぇか!

TV見たぜ、大活躍だな!

いつの間にか大きくなったもんだ!』

 

舞斗と呼ばれた男は作業を止めて立ち上がると、藍の頭をクシャクシャと撫でまわす。

セクハラとされかねない行動だが、舞斗の振る舞いは職業柄とも言えるので藍は気にせず髪を直す。

 

花宮 舞斗(はなみや まいと)、20歳。

全国を飛び回り祭りの運営を生業としているイベント運営業者の一員であり、その性質故に悪く言えば少々荒っぽく雑なのだ。

だが一般的なテキ屋にイメージされるような反社会的勢力ではなく、舞斗達は信用できる一般人である。

それ故に太刀花家も昔から舞斗達を懇意にしており、年に一度の太刀花町の祭りの運営を一任しているのだ。

藍を幼い頃から知っている舞斗は藍にとって親戚のお兄さんのような存在である。

 

『鶴菱おじ様もこんにちは。

今年もよろしくお願いいたします。』

 

『ん、任せとけ。』

 

両手を組んで丁寧にお辞儀する藍に目もくれず、手だけ挙げて返事をすると作業に集中する。

愛嬌のある舞斗と違い、父親である鶴菱は寡黙で仕事熱心なだけだと理解しているので藍は気にしない。

仕事中は全力で集中する根っからの職人気質なのだ。

 

『今年の俺っちはなんと、花火の打ち上げだけでなく太鼓も叩くんだぜ。

一曲だけとは言え太鼓を任せられるなんて、俺っちもようやく一人前だぜ!』

 

『わ、おめでとうございます!

どの曲を叩くんですか?』

 

両手をポンと叩いて喜ぶ藍に舞斗は胸を張って答える。

 

『太刀花町名物の太刀太鼓だ!

藍も踊ってくれよな!』

 

舞斗は親指を立てて満面の笑顔を向ける。

 

『あっ、それはちょっと無理そうです…。』

 

『っと、なんだよ。

何かあるのか?』

 

勢いを止めるかのような藍の言葉に舞斗は少し肩を透かしてしまう。

 

『実は私の退魔師業も半人前くらいにはなりました。

近所に現れる怪異を監視するために夜は裏山を探索するんです。』

 

舞斗も数年前までは怪異や霊は半信半疑だったが、最近は怪異による事件も一般化してきたので流石に認知している。

そして太刀花家が怪異事件のエキスパートである事も昔から理解はしていたが、それでも過酷な労働条件に気圧されてしまう。

 

『マジかよ、女の子が夜に山の中を歩くのか?

仕事熱心にもほどがありゃしねぇか?』

 

舞斗の言葉を聞いて、鶴菱の手が僅かに止まったが2人が気付く事はなかった。

 

『ええ、退魔師とはそういうものですから。

それでも一人ではありませんから安心してください。』

 

逆にこちらを気遣ってくる藍に、舞斗は悔しさと不甲斐なさを感じるが怪異事件にお祭り男の自分が手伝えることはない。

自分は自分に出来る事を尽くすしかないのだ。

 

『よぉしわかった!

こうなりゃ裏山までお祭り気分が届くように思いっきりやってやるぜ!』

 

『ふふっ、ありがとうございます。

裏山で楽しませていただきますね。』

 

舞斗には心配されるよりも明るくいてもらえる方が嬉しい。

藍が笑顔で締めくくり、次の作業場への挨拶に向かおうとした時だった。

 

『藍、ちょっと待て。』

 

作業に没頭していた鶴菱がぶっきらぼうに藍を呼び止める。

 

『はい、なんでしょうか。』

 

藍が立ち止まり、鶴菱の元に小走りで向かうと鶴菱は困ったように頭をかいた。

 

『なんだよ親父、藍に用事があるんじゃねーのか?』

 

急かすように舞斗が声を掛けると、鶴菱は溜め息をついて一言だけ伝えた。

 

『無事に戻って来い。』

 

『はい、かしこまりました。』

 

不器用な鶴菱の言葉に藍が可憐に答えると、舞斗から非難の声が挙がる。

 

『んだよ親父。

藍は忙しいんだからそんな事でいちいち呼び止めてんなよ。』

 

『うるせえ。』

 

『いえ、鶴菱おじ様に心配していただけて嬉しいです。

太刀花藍、頑張ってお勤めしてまいります。』

 

藍は2人に笑顔で別れを告げると次の作業場へと駆け出していく。

遠のいていく藍の後姿を鶴菱はしばらく見つめ続けていた。

 

 

 

続いて寝巻のようなTシャツと短パン姿でダルそうに歩く凛が現れる。

挨拶回りをしてお茶を配る藍と違って姉の凛はコンビニ帰りのようだ。

 

『ちーっす、舞斗。

しっかりやってるー?』

 

『…オメェこそ妹を見習ってしっかりやれよ。』

 

だらしない姿の凛に舞斗がイヤミを言うと、予想に反して凛は逆ギレして藍を責め始める。

 

『はぁ?

何やってんのよあの子は。

今のうちに休んどけって言ったのにー。

僅かな差で怪我だってするし下手したら死ぬ事だってあるんだからさぁ。』

 

『お、おお…。

そうとも言えるのか。』

 

周囲に気配りする優しい藍が責められるのは不思議な話だが、退魔師として一人前である凛の言う事なのだから一理あるのだろう。

見た目で言えば全力で怠ける凛が正しい姿には見えないが、凛は夜の戦いに備えて全力で休んでいるのだろう。

 

『鶴菱さんもこんちはー。

今年もいい花火上げてねー!』

 

『ん、わかった。』

 

凛が呼びかけると鶴菱はやはり片手だけで答えて作業に没頭する。

 

舞斗が妹が偉いか姉が正しいかについて悩んでいると、少女がもう一人現れる。

こちらは凛と違って身だしなみを綺麗に整えているが、身にまとう空気が凛同様にリラックスしている。

彼女も夜に備えて休んでいるのだろう。

 

『凛、アイスぅー』

 

『はいはい、買ってきてやったっつーの。』

 

現れた少女、杏樹は真っ白なアイスクリームを受け取るとその場で開封して口に放り込む。

 

『この子は妹の杏樹。

ネットとかTVで見た事あるでしょ?

アタシ妹が3人増えたのよ』

 

『TVで2人増えてんなと思ったら3人も増えてたのか!?

ま、まぁいいや。

俺はお祭り男の舞斗だ。よろしくな杏樹!』

 

服で汗を拭いて手を差し出すが、杏樹は握手を拒否して逃げていく。

 

『暑苦しい…』

 

『お、おぉ…そいつぁすまねぇ。

ま、まぁ大人しい子なんだよな?』

 

年頃の女の子にそう言われると男としてとても辛いが、社会で働く大人としてかろうじて耐えてみせる。

まぁ汗をかいている自分も悪かった。

 

『あっちが鶴菱さん、舞斗のパパよ。』

 

『私は杏樹。

よろしくねおじさん。』

 

『ん、よろしくな。』

 

杏樹はアイスを舐めたまま真顔で挨拶し、鶴菱も顔だけ上げてすぐに作業に没頭する。

不愛想同士が挨拶するとこうなるのかと舞斗は呆れかえる。

 

『なぁ凛、妹って一人はTVで映ってた那由多って言うちょっとオタクな子だよな?

もう一人はどんな感じなんだ?』

 

舞斗は警戒心をフル稼働させて尋ねる。

癖のある杏樹に出会ったので、最後の一人もどんな癖のある少女かわかったもんじゃない。

 

『タマキはアホの子よ。

アタシでも対応できないくらい予測不可能な事する子だから殴って常識を教えてるわ。』

 

『その子もとんでもねえけどおめえもとんでもねぇな!?』

 

TVで見る限り那由多も少々おかしいので藍以外の全員が少しずつおかしいと結論せざるを得ない。

藍の場合は優等生過ぎるのがおかしいとも言えるが。

 

『…まぁアイドルにしても退魔師にしても、普通のノリじゃやってけねぇもんなのかもな。』

 

舞斗は個性的なメンツについて強引に自分を納得させる。

 

『それじゃおめぇら5人とも今回は祭りにいねぇのか。』

 

『ううん、今年はアタシら目当てでメディアが来るからアタシらは祭りに参加するわよ。

夜に戦うのは藍だけよ。』

 

『じゃあおめぇらが挨拶回りとかしろよ!

何でおめえらが全力でサボってんだよ!』

 

夜に死闘を繰り広げる藍が周囲に気配りしていて、戦わない凛と杏樹が怠けている事に激しくツッコミを入れてしまう。

 

『うるさい。

アイドルの仕事だって大変なの。』

 

杏樹に正論を言われる。

それはそうなのだろうがモヤモヤする。

 

『そういえばどうして戦うのが藍なのかしら?

私達目当てで新聞もTVも来てるんだし一番強くて一番人気がない凛が戦うべきじゃない?』

 

『あ゙ぁ゙?』

 

凛が杏樹の頬を引っ張り、杏樹も負けじと凛の鼻を摘まんで持ち上げる。

 

『やめろやめろやめろ。

アイドルのしていい顔じゃねぇだろ。』

 

舞斗が2人を宥めると、凛は大きく息を吐いてから答える。

 

『まぁアタシにもわかんないけどさ。

藍でも倒せる相手だから経験と修行も兼ねての判断じゃない?』

 

『でも20年以上も退魔師を返り討ちにしてきた霊だって言ってた。』

 

『ま、マジかよ。

そんなやべぇのと戦って藍は大丈夫なのか?』

 

『そ、そういえばそうね。

うーん…。』

 

凛は目を閉じてしばらく唸ると、心配する舞斗を励ますようにパッと目を開ける。

 

『お爺ちゃんは藍が大好きだし、藍一人でも解決できる理由があるんでしょ。

心配いらないわよ。』

 

凛があっけらかんと明るく言い切る。

舞斗も祖父の事はよく知っているので彼の判断を信頼する事にした。

少し離れた場所で僅かに低下していた鶴菱の作業速度も元に戻る。

 

『じゃあせめて俺らは藍の分まで明るく楽しく騒ごうじゃねぇか。

華役は頼んだぜ、おめぇら!』

 

『はぁーい!』

 

『えいえいおー』

 

凛が明るく杏樹はやる気なく答え、崩されたペースを舞斗は強引に取り戻す。

 

(頑張れよ藍。

お前のいるところまで俺の祭り魂を届けてやるからな。)

 

女の子だけに戦わせる心苦しさを振り払うように舞斗は青空に誓いを立てるのだった。

 

 

 

 

その日の夜、一匹の動物が森を忙しなく駆け回っていた。

 

『見つけたよ藍ちゃん!

報告通りに刀を持った男の霊が彷徨ってた!

僕ら以外にも退魔師がいて、先に仕掛けようとしていたよ。』

 

直径150センチのピンクの毛に覆われたアフロダイBが藍に報告する。

ターゲットの霊は無差別に敵を斬りつける恐ろしい悪霊だが、祖父の狙い通りアフロダイBを敵とは認識しなかった。

このままアフロダイBを通じて監視だけで済ませられればよかったが、退魔師が戦闘を仕掛けるならそうも行かないだろう。

退魔師が危機に陥っていたなら藍は霊の脅威から退魔師を救わねばならない。

 

『向こうはアフロを見て驚いてたよ。』

 

『う、うん。

それはそうだろうね。

ありがとね、アフロ。』

 

よくわからない巨大なピンク色の毛玉が自分を見ていたら悪霊だって驚くだろう。

余計なツッコミを入れずに礼を言うと、藍は刀を握りしめて悪霊の元へと向かう。

 

報告によれば悪霊は20年以上も前から、道なき道を歩きながら全国を彷徨ってきたらしい。

悪霊に襲われた最初の犠牲者は山の廃墟にたむろっていた暴走族だった。

その後も様々な理由で夜に山に入った者が悪霊に襲われたため、依頼を受けた退魔師が悪霊の進路に先回りして祓おうとしたが全てが返り討ちにあっている。

悪霊には何かしらの目的があるのだろうが、その理由はわかっていない。

 

『そこまでです。

これ以上の悪行を許すわけには参りません。』

 

藍は悪霊の前に正面から堂々と現れて静かに刀を抜く。

 

『う、噂のアイドル退魔師か。

助かった、後は任せた!』

 

転倒させられ悪霊にトドメを刺されそうだった退魔師の男は慌てて身を起こして逃げ去っていく。

判断の早さから察するに先に挑んだ退魔師も未熟だったわけではないようだが、それでも悪霊には歯が立たなかったらしい。

藍は敵の動きに集中しながら静かに刀を構えると、悪霊もまたこちらを見据えて体の向きを変える。

 

霊である以上は現世に何かしらの心残りがある可哀想な存在ではあるが、目の前の悪霊は既に何人もの犠牲者を出しており、ここで止めなければ次の満月には別の場所で新たな犠牲者が現れるかもしれない。

藍は余計な雑念を捨てて戦いに集中する。

 

『俺は死ぬわけにはいかん!

いざっ!!』

 

霊は駆けながら刀を振り下ろす。

 

(…自分が死んでいる事に気付いてない…?)

 

受け止めれば押し負けそうな強打を、藍は逃げるように後ろに下がりながら防ぐ。

霊は僅かながら自我を残しているようなので、何かきっかけがあれば説得できるのかもしれない。

しかし霊の腕前は藍を大きく上回っており、余計な気を回す余裕がない。

 

(守ったら負ける!

反撃されないように攻めなきゃ!)

 

霊は藍を少女の退魔師としか認識していないので、霊力ならともかく刀の腕前で藍が並の大人より腕が立つとは考えないはずだ。

まともに戦っても藍に勝ち目はないが、認識の齟齬による隙を突いた奇襲ならば通じるかもしれない。

藍は大きく息を吸って意識を集中させ、一撃に全てを賭ける事にした。

 

『アッフロォォオオオオーー!!』

 

アフロが雄叫びを挙げて霊の注意を引く。

謎の生物がいきなり雄叫びを挙げたので霊はそちらに意識を向けてしまう。

それは藍を格下と侮っているが故の行いであり、藍はその隙を見逃さない。

 

『花嵐っ!』

 

藍は姿勢を低くし、身体を回転させながら上空へと上昇していく。

下から上に相手の身体を刀で何度も横に斬りつける藍の母が開発した技の1つである。

発案者の嵐の名と回転が巻き起こす風が地面の花びらを巻き上げる事から花嵐と名付けられている。

 

『…っ!?』

 

焦りながらも霊は斬撃を防ぎ、藍が巻き起こした風に押されて後ろへと下がっていく。

技の発動後に反撃される事はなかったが、技が初見で見切られた事に藍は動揺を隠せない。

しかし、それ以上に霊も動揺しており互いにお見合い状態が続いたその時だった。

遠くで鳴っていた祭囃子の曲が変わり、静寂が占めていた木々の中に粗削りな太鼓のリズムが鳴り響く。

 

(聞こてえるか、藍!

絶対に負けんじゃねーぞ!!)

 

それは舞斗の太鼓の音だった。

彼は太鼓櫓の上で熱い気持ちを込めて一心不乱に太鼓を叩いていた。

舞斗の熱い気持ちが森の中に響いていく。

藍も霊も、戦う事を忘れ太鼓の音に身を委ねていた。

 

『…太刀太鼓…』

 

霊が太刀花町名物である太刀太鼓の名を呟く。

どうして霊が太刀太鼓を知っているのか。

藍が不思議に思いながらも観察を続けると、霊は静かに刀を降ろして力を抜く。

どうやら交戦の意志は消えたらしい。

 

『…帰ってきていたのか…』

 

空を仰ぎ見ながら言うと霊は藍の方を振り向く。

 

『…君は太刀花か?』

 

『えっ?

あっ、はい。

太刀花藍と申します。』

 

いきなり問われて反応が遅れてしまう。

 

『あの、どうして…』

 

どうして自分を太刀花家の者だと認識したのか尋ねようとしたが霊には時間がないらしい。

霊の身体が徐々に薄くなっていく。

 

『これを太刀花家に届けて欲しい。』

 

霊は刀を藍に差し出した。

両手で刀を抱きしめて藍が静かに頷くと霊は微笑みながら消えていく。

 

『…ありがとう。』

 

男の穏やかな声が響き渡ると、辺りは再び静寂に包まれるのだった。

 

 

 

『おぉー藍ちゃん!

無事に戻ってこれたか!』

 

山からの帰り道、酒を飲んで祭り気分に浮かれている鉄匠に声を掛けられる。

鉄匠は藍達の刀を打った太刀花家お抱えの刀匠である。

 

『はい、ただいま戻りました。

鉄匠お爺様。』

 

藍は丁寧にお辞儀をする。

いつもの酔った鉄匠ならば藍を抱きしめ頭を撫でるのだろうが、今日の鉄匠は様子が違った。

 

『…藍ちゃん、どうして君がそれを持っている…。』

 

鉄匠は肩を震わせながら静かに呟く。

予想外の言葉と見た事のない表情に藍は委縮してしまったが、代わりにアフロダイBが鉄匠に事情を話した。

 

『…そうか…。』

 

鉄匠は背を向けるとしばらく黙りこんだ。

道行く人が鉄匠の顔を不思議そうに眺めたまま通り過ぎていく。

心配になって藍が声を掛けようとしたがアフロダイBがそれを制止した。

どうしようもなく待つこと数十秒、鉄匠は藍に向き直ると妙に落ち着いた声で喋り始めた。

 

『藍ちゃん、ワシも一緒に龍磨の所に行こう。

アイツに言わなきゃならん事が出来た。』

 

鉄匠は先頭を切って歩いて行き、藍とアフロダイBはそれに続いて帰宅するのだった。

 

 

屋敷に戻ると鉄匠は勝手知ったる顔でドカドカと音を立てながら祖父の部屋へと突き進んでいく。

 

『おう、入るぞ龍磨。』

 

一応のノックをしつつ無遠慮に入室していく鉄匠に続いて藍も頭を下げながら入室する。

 

『藍も一緒か。

どうしたてっちゃん。』

 

龍磨が返事をすると鉄匠は勝手に正面に座り、藍はその隣に遠慮がちに座った。

もはや誰の自宅なのかわからない。

鉄匠が目配せをすると藍は預かった刀を祖父の膝元に差し出す。

 

『藍ちゃんが成仏させた霊から預かったらしい。

この刀は刀矢のもんじゃ。

打ったワシが言うんだから間違いない。』

 

『…やはりそうか…。』

 

龍磨は僅かに目を滲ませるとそっと刀に触れる。

 

『あの、刀矢とは刀矢叔父様の事ですか?』

 

刀矢とは藍の母である嵐の兄である。

藍にとっては生まれた時には亡くなっていた名前しか知らない叔父である。

 

『そうだ、20歳の時に殺された。

もう25年にもなる。』

 

殺されたと聞いて藍の身体が硬直した。

そんな藍にお構いなく龍磨は話を続ける。

 

『退魔師なんてのは元々はチンピラの集まりみたいなもんでな。

人々を救うためにと気安く依頼を請けていた刀矢は退魔師達の恨みを買ってしまった。

それをどうにかするために組合なんてのを今さら作り始めたんだがな。』

 

霊という存在を秘匿するために、当時は退魔師組合も作れなかった。

あの時に組合があればそのような事件も起きなかったと後悔しながら龍磨は寂しそうに視線を落とす。

 

『これはワシの推測じゃがな、

お前は噂の霊が刀矢だと知っておったんじゃないか?

だから何かしら考えがあって藍ちゃんだけを向かわせた、違うか?』

 

鉄匠が問い詰めると龍磨は一度だけ顔を上げ、すぐに溜め息をついて刀に視線を落とす。

 

『退魔師組合を作ったおかげで全国の未解決事件に関する情報が集まってきた。

それで今回の霊の情報が届いた時に、憶測だが刀矢じゃないのかとな。

発生時期が一致するし、20年も無敗でいられる剣士の霊なんてアイツくらいしか思い浮かばなかった。』

 

退魔師達も様々な罠や策を練って戦ったはずだ。

それらを全て返り討ちにしてきたのだから、刀矢の実力は相当な物だったのだろう。

そんな凄腕の刀矢でも殺されてしまったのだ。

自分が退魔師の集団から恨みを買ってしまったらと考えて、藍は恐怖で身が竦んでしまった。

 

『…まさか太刀花町に帰ろうとしていたとは思わなかったがね。』

 

『ここに帰りたい一心で戦い続けておったんじゃな。

アイツらの事が心残りだったんじゃろう。』

 

鉄匠が腕を組むと龍磨も姿勢を起こす。

僅かな時間だったが息子の死の悲しみを乗り越えたらしい。

 

『藍を向かわせた理由の1つは、刀矢ならば太刀花の剣を見れば正気を取り戻すと思ったからだ。』

 

剣の腕前で言えば凛は藍よりも上だが、凛の剣術はかなりアレンジが加えられているし暗器や術も使う。

杏樹は八蛇の剣術が残っているし那由多とタマキは刀が扱えない。

藍が選ばれたのは妥当と言えるだろう。

祭り囃子もあっての結果だったが龍磨の狙いは成功したと言える。

 

『1つと言うと他に狙いがあったのですか?』

 

『ん、あぁ…まぁな。』

 

藍の質問に返事をすると龍磨は少し説明に困ったように頭をかく。

 

『まぁそれに関しては後でわかるわ。

まずは祭りに来とる小夜と鶴菱に刀夜が帰ってきた事を教えてやろう。

慈玄と華麗は酒を飲んどるじゃろうから明日でいいじゃろ。

藍ちゃん頼めるか?』

 

鉄匠が龍磨をフォローする様を見て、尋ねるべき事ではなかったのだと藍は理解する。

 

『わかりました。

では小夜さんと鶴菱さんを連れてまいります。』

 

藍が立ち上がって部屋を出ていくと、龍磨は天井を見上げながら呟いた。

 

『…刀矢を迎える者もほとんどいなくなったな…。』

 

老人にとっては短い20年。

かつて新世代だと感じた息子と仲間達の活気も今はなく、気付けば孫の世代へと移り代わっている。

月日の流れを実感しながら2人は溜め息をつくのだった。

 

屋敷を出た藍は最初に鶴菱の元に向かった。

 

『藍か、どうした?』

 

相変わらず寡黙で最低限の言葉しか発さない男だったが、藍が事情を説明すると珍しく大きく目を開く。

 

『…そうか。

刀矢が帰ってきたのか。』

 

鶴菱は藍に背を向けると、再び花火の打ち上げ作業に戻っていく。

 

『仕事が終わったら行く。

教えてくれてありがとな。』

 

寡黙な男は少しだけ寂しそうな口調で答え、少しだけ優しい口調で藍に礼を言うのだった。

 

続いて藍は小夜の元へと報告に向かう。

藍が事情を説明すると、小夜は少しだけ目を瞑る。

いつもニコニコと穏やかな笑顔を浮かべる小夜はそこにはおらず、何かに祈りを捧げるような物憂げな女性の姿があった。

 

『そっかー。

じゃあ一緒に刀矢君に会いに行こ。』

 

小夜の言葉に藍が頷くと、小夜は藍の手を優しく握って歩いていく。

その手はいつも通り暖かいが、どこか震えているように感じられた。

 

小夜と共に屋敷に戻ると、小夜は龍磨に挨拶する。

 

『刀は仏壇に置いてきました。

アイツを迎えてやってください。』

 

龍磨の言葉を聞いて小夜は仏間に向かう。

親友との再会を邪魔してはいけないと思い、藍は場を離れようとしたが小夜が藍の袖を掴んで引き留めた。

 

『藍ちゃんにも見てて欲しいな。

これはきっと私がやらなきゃいけない事だから、ね。』

 

事情はわからないが、そう言われては断るのも憚られるので藍も小夜についていく。

仏間に入ると小夜が仏壇の前に座り、藍は小夜の少し横に座る。

小夜がお椀型のお鈴をチーンと鳴らすと2人はそっと手を合わせて目を瞑る。

 

『毎年ケーキをお供えしてたのに、まだ戻ってきてなかったなんてビックリだよ。』

 

小夜が彼女の中にいる刀夜に優しく語り掛ける。

声色と口調がいつも小夜と違うので、藍は目を開いて見つめる。

藍の視線に気付いたが、小夜はすぐに視線を仏壇に戻して再び語り掛ける。

 

『もうここで待ってるのは私だけです。

みんなみんな、別々の場所に行っちゃったよーだ。』

 

おどけるように語り掛けているが、セリフからは深い孤独を感じる。

 

小夜は藍の母である嵐の親友であり、退魔師として活動する時は相棒として同行していた。

嵐の人柄は様々な仲間を呼び寄せ、かつての太刀花町にはたくさんの若き退魔師がいたと祖父から伺っている。

小夜はそれらの輝かしい青春の日々が忘れられず、今もここを離れないのだとも。

 

『あの後もいっぱい楽しい事があったんだよ。

刀夜君がいればもっと楽しかったのになぁー。』

 

小夜は目を閉じて少し上を向く。

起きなかった過去を想像しているのだろう。

かつての青春の日々の中で刀夜が微笑んでいる、そんな過去を。

 

やがて小夜の顔が少しずつ曇っていく。

小夜の青春の日々の結末は嵐の死という悲劇だったのだから。

 

『嵐ちゃんもさ、刀夜君がいたらあんな事にはならなかったのに…。

そうしたら今もみんな笑って、ここでずっと…。』

 

嵐は藍を出産した日に八蛇一族の襲撃を受けて命を落とした。

どんなに楽しい日々を思い出しても必ずそこに行き当たり、嵐の死を理解しながらも飲み込めないまま輝かしかった日々が再び動き出すのを小夜は待ち続けているのだ。

 

『楽しかったんだろうなぁ…。』

 

小夜の目から涙が零れ落ちる。

いつも穏やかで優しい笑顔の小夜が涙を流す事が信じられず、藍はどうしていいかわからなくて戸惑ってしまう。

 

『…今日まで辛かったよね

おかえりなさい、刀矢君。』

 

本当は大泣きでもしたかったのだろう。

それでも小夜は横にいる藍を気遣い、涙を堪えて藍に向き直る。

 

『藍ちゃん、人が戻ってこないって言うのはこういう事なんだよ。』

 

藍は静かに頷くが、言葉の意味を心で理解できていないと感じて小夜は言葉を続ける。

 

『藍ちゃんは優しいしマジメだから、自分の命を賭けて人々のために戦おうとします。

それはとっても良い事だし、そんな藍ちゃんの事がみんな大好きです。』

 

小夜は優しく諭すように語り掛ける。

そのような人物でありたいと考えていたが、そのような人物であると評されて藍は少し恥ずしくなってしまう。

 

『でも、藍ちゃんが戻ってこなかったらみんなが悲しみます。

藍ちゃんの事を想ってるみんなが、今の私みたいにえーんえーんって泣いちゃいます。

藍ちゃんはそれをわかってますか?』

 

小夜に顔を掴まれて正面から見つめられ、藍はまっすぐに見つめ返して答える。

 

『ですが太刀花家はそのための一族です。

人々の暮らしが危ぶまれているのに自らの命を惜しんでいては私達に存在意義はありません。』

 

藍が武人として模範解答すると、小夜は少しだけ拗ねたような目つきと優しい声で諭す。

 

『いいえ、死んじゃったらもう何もできません。

生きていればこれからもたくさんの人を助けられるけど、死んじゃったらおしまいです。』

 

『それは怪異に脅かされている人々も同じ事です。

私が逃げ出せば別の人が危険に晒されるかもしれません。

私の命が他の人々よりも尊いなどと言う事はあってはなりません。』

 

『うーん、それはそうだねー。

でーもー。』

 

小夜はおでこを当てると、静かに呟いた。

 

『逃げる事が出来なかったから刀夜君は戻ってこれなかった。

刀夜君がいれば、私達はきっと、こうはなりませんでした。』

 

近付けた顔を離すと小夜は寂しそうに優しく笑う。

 

『だから命を賭けてやっつけるんじゃなくて、絶対に勝って帰るって思って戦って欲しいな。

藍ちゃんがいなくなっちゃったら、みんな絶対に悪い方に変わっちゃうから。』

 

ほんの僅かだが、恐ろしい光景が藍の頭に浮かぶ。

自分が死に、祖父や叔父は憔悴して衰えていき、兄達は荒れた生活を送り、凛達は瞳に光をなくし、友人や町の人々もどこか暗い。

自分が死んだとき、みんながどれくらい悲しんでくれるのかわからないが、そのような未来は避けたいと身震いするのだった。

死を恐れぬ心強き武人のつもりだったが、自分は死に向き合っていなかったのかもしれない。

 

祖父は小夜を通してそれを自分に伝えたかったのだろう。

小夜は恥ずかしさを乗り越え、それをやってみせてくれたのだ。

 

『刀矢君はきっと、少しでも敵の数を減らすために逃げなかったんだと思う。

打ち漏らした敵が別の誰かを不幸にするかもしれないって。

…私達がどれだけ刀矢君の事が大好きか…忘れちゃったんだ…』

 

最後の方は嗚咽のように言葉を絞り出す。

心配して声を掛けようとする藍を小夜は制止する。

 

『ごめん。

ちょっと刀矢君と2人きりにして欲しいな。』

 

藍がいたからどうにか抑えられていた物が溢れ出したのだろう。

藍は一礼すると速やかに退室するのだった。

 

藍が退室すると慟哭が壁を貫いて廊下に響き渡る。

小夜の悲しみに胸を痛めながら時計を見上げると、まだ祭りに顔を出すくらいの時間は残されている事がわかる。

浴衣に着替える時間はないので、藍は仕事着のまま祭り会場へと向かう。

 

道中、会場から聞こえる太鼓の音がおかしい気がして、藍はついつい足を止めて聞いてしまう。

 

『親父の奴、ヤケに気持ち込めてんなぁ。』

 

背後から現れた舞斗が藍の横に並んで太鼓を聞き始める。

藍は太鼓に関しては素人だが、それでも耳を傾けてみるとそこには様々な感情が渦巻いているように感じられる。

音の主が鶴菱であると知れば納得ではある。

少なくとも藍から見れば鶴菱は何事もなく仕事に集中しているように見えたが、刀矢が戻ってきた事で様々な感情が沸き起こっているのだろう。

感情によってさまざまな起伏がついた演奏は、多くの人々が作業を止めて聞き惚れるほどの力を発揮していた。

 

(この音は刀矢叔父様が聞きたかった音…。)

 

戦いの中で聞こえた太鼓の音で、刀矢は正気に戻った。

刀矢はなんとしてでもここに戻りたかったのだろう。

小夜や鶴菱の気持ち、そして刀矢の無念を思うと無意識に涙が滲み出てくる。

自分が遠方で死んでしまったら、きっと同じように帰りたいと彷徨うのかもしれない。

 

『うぉっと!

大丈夫か藍!?』

 

藍が涙を流していたので舞斗が慌てて声を掛ける。

舞斗の様子から自分が涙を流していたことに気付いた藍は、慌てて涙を拭うと両手を左右に振る。

 

『いっ、いえ!

悲しくて泣いてるわけじゃないんです。

ただ…。』

 

その後の言葉が繋げられなくて詰まってしまう。

今回は舞斗の太鼓の音に救われた。

この祭り囃子はずっと昔から変わらず、これからもずっと世代を越えて続いていくのだろう。

死者であっても、ここに戻ってくれば祭り囃子がこうやって出迎えてくれるのだ。

 

『ただ…お祭りって素敵だなって…』

 

藍がそう言葉を絞り出すと舞斗は満面の笑みで藍の背中を叩く。

 

『おうよ!

祭りはいつだって最高なんだぜ!』

 

やがて凛達が藍の存在に気付いて駆け寄ってくる。

藍は今日も無事に戻ってこれた事に感謝しながら、人々の輪の中に混ざって行くのだった。

 

祭り囃子はこれからも鳴り響いていく。

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