放課後は退魔師   作:アフロダイB

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喰魂虫

 

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閑静な日本の住宅街を、その風景に似つかわしくない風貌の少女が歩いている。

太刀花杏樹(たちばな あんじゅ)である。

容姿の整った少女がフランス人形に例えられる事があるが、杏樹はまさしく精巧なフランス人形そのもののような外見であり、美しさと同時に違和感を周囲に与える。

 

時刻は18時。

いつもならば遊び終えて帰宅する子供達の笑い声が響くのだが、辺りには子供達の声も気配も感じられず道を歩く杏樹の違和感がいつもより際立っている。

だからだろうか。

インターホンを鳴らした杏樹を出迎えた女性が、夕焼けに佇む杏樹の姿を見て小さく悲鳴を挙げたのは。

 

『ご、ごめんなさい。

えっと、タチバナサマですよね?

いつもTVで拝見してます。』

 

何かを恐れているかのような女性の声に杏樹は真顔のまま頷いて答える。

 

『うん、太刀花杏樹。

お仕事しに来た。』

 

用件だけ伝えると杏樹は靴を脱いで家へと上がって行く。

 

『あ、大輝は2階の奥の部屋です。

よろしくお願いします。』

 

女性は慌てて杏樹を2階の奥の部屋に向かうように促すと、やはり何かに怯えるように1階の奥へと逃げて行った。

杏樹はそんな女性には目もくれずゆっくりと階段を上がって行く。

身体が軽くほとんど足音を鳴らさない杏樹はどこかこの世の物ではないような雰囲気を醸し出している。

それは奥の部屋にいる者と向き合うにはふさわしい姿と言える。

それは住宅街に子供達の笑い声が響かない元凶であり、杏樹がこの家に呼ばれた理由でもある。

どこか不気味な空気を物ともせず杏樹は2階の奥の部屋の扉をノックもせず開けた。

 

『おぉっ、杏樹ちゃんだ!

ネットでいつも見てるよ!

こりゃ今回こそ当たりかな?』

 

扉を開けるとそこには椅子に座ったまま不敵な笑みを浮かべる少年が待っていた。

顔立ちから察するに年齢は小学生の高学年くらいだろうか。

少々太っていて身体は小学生にしては大きい。

その表情からは怖い物知らずの自信とイタズラっぽい性格が伺える。

 

『当たりって何?』

 

値踏みするように眺める大輝の視線を気にもせず杏樹は勝手にベッドに座り、わずかに顔をしかめると芳香剤のような香りのする道具を横に置いた。

大輝と呼ばれた少年はそんな杏樹の非常識さを気に入ったのか笑みを浮かべながら答える。

 

『俺を誘いに来たんだろ?

世界を狙う能力者と戦う仲間にするために。』

 

『…はぁ?』

 

大輝から発せられた意味不明な言葉に杏樹は冷たく返事をする。

世界だとか能力者だとか、どこから出てきたのか。

杏樹は小さく溜め息をつくと、真顔のまま大輝を見つめて自分の目的を伝えた。

 

『私はあなたを懲らしめるために退魔師組合から派遣された退魔師よ。』

 

杏樹の言葉を聞くと、大輝は疲れ切ったように肩を落とした。

 

『また退魔師かよ。

とびっきり可愛い子だから今度こそヒロインが現れたと思ったのに。』

 

またしても理解できない単語が出てきたので杏樹が首を傾げると大輝は両手を大きく広げながら解説した。

 

『この世界には俺と同じような能力者がいて、正義の能力者と悪の能力者が世界の命運を懸けて戦ってるんだよ。』

 

『何それ、そんなの聞いた事ない。』

 

杏樹は興味無さそうに答えたが大輝は意にも返さず嬉しそうに自分勝手な設定を語る。

 

『そりゃ退魔師なんて現実にいるようなつまらない奴らにはわからないさ。

でも俺にはわかるんだ。

俺の能力はそのために覚醒したんだから!』

 

退魔師だってほんの10年ほど前ならば一般に知られてない不思議な力を持つ集団なのだが、物心ついた時には既に退魔師が受け入れられていた大輝少年にとって退魔師はつまらない現実的な存在らしい。

ここまでの会話で杏樹は理解した。

要するに大輝少年は己の力に酔いしれ、自分をアニメの主人公のような存在だと勘違いしているのだ。

そして彼の言う特別な存在ではない私を見下している。

杏樹は内心でイラつきながらも平静を装って少年を煽る。

 

『どう見てもそんな顔じゃないでしょ。』

 

杏樹の言葉がガツンと来たのか大輝の表情が曇る。

どうやら自分の顔については自覚があるようだ。

少年は主人公には程遠い顔と言う現実に襲われながらも会話を続ける。

 

『今まで俺の能力を封印するとか言って何人も大人の退魔師が来た。

でもみんな失敗して俺に痛めつけられて逃げてった。

俺の能力が退魔師なんかに負けるわけないんだ。』

 

少年はこれまで撃退してきた退魔師を思い出しながら徐々に自信を取り戻していく。

表情はすっかり元に戻り、先程の解決しようのない顔の問題はすっかり忘れている。

杏樹は大輝少年は頭が悪いのだと冷静に分析する。

退魔師が少年を傷付けるわけにはいかず、手加減したままやられたとは考えないらしい。

 

『傑作だったぜ。

女の人なんか服をひん剥いてやったんだ。

大人なのに涙を浮かべて逃げてったんだぜ。

色っぽくてクラスの女子とは全然違ったんだぜ。』

 

『…随分と悪い事してるみたいね。』

 

呆れる杏樹にも気付かず、大輝は自分の悪事を武勇伝として語る。

学校の男の子達には暴力をふるい、女子にはセクハラを行い、教師たちを脅し、自分の親さえも支配下に置いた。

そして親に呼ばれた退魔師達、いわば彼にとっての救いの手を次々と撃退して完全に天狗になっている。

 

『それが主人公のやることなの?

どう見ても雑魚ムーブじゃない。』

 

『それはアイツらが俺を認めないからさ。

俺は能力を正しい事に使っただけだぜ。』

 

己のやること成すこと全てが正しいとまで思いこんでいる。

その上で能力も強いのだろうから始末に負えない。

 

『杏樹ちゃんがどんだけ強いか知らないけどさ。

大人の退魔師が歯が立たなかったんだから絶対に俺の方が強い!』

 

『まともに戦ったらそうだと思うわ。

それと私は中学生よ。

杏樹さんと呼びなさい。』

 

杏樹が涼しい顔を崩さない。

そんな杏樹の変化に気付く事もなく、大輝はニヤニヤと杏樹を見つめていた。

杏樹の下着の色でも想像しているのだろう。

 

『随分とやりたい放題みたいだけど、それもここまでよ。

私がアンタをわからせてあげるわ。』

 

杏樹のハッキリと敵意を込めた声色と言葉使いは、ようやく大輝にも伝わったらしい。

大輝は目を細めると杏樹を見据えて言い返す。

 

『今までの奴らもみんな最初はそう言ったんだ。

でも俺の能力を見た瞬間に顔色を変えたよ、こんな風にさぁ!!』

 

セリフを言い終えると大輝は片手をかざし、手の甲を見せつけて決めセリフを放つ。

 

『炎の紋、フレイムエンド!』

 

バカにしか見えない紋章を見せつける。

大輝の頭の中では手の甲に炎の紋とやらが現れているのだろう。

ともかく決めセリフを言い終えると青白い炎が大輝の右手を包み込む。

せっかくだからどのような必殺技を放つのか見てみたいところだが、杏樹は身構えもせず大輝の足元を眺めている。

杏樹の視線を不思議に思って大輝は足元に目を向けると、そこには大人の掌ほどもある不気味な虫がへばりついていた。

 

『うわっ、うわっ、うわぁああ!!』

 

よく見ると足元だけではない。

いつの間にか頭、背中、胸、腕、足、至る所に巨大な虫がへばりついている。

胸にへばりつく虫と目が合う。

虫は微笑みかけるようにこちらを見上げると、大きな口を開けて自分の身体を齧り始めた。

 

『いだぃっ!いっ痛ぃっ!!助けて!!』

 

慌てた大輝が床を転がりながら炎を撒き散らす。

飛び散った火の粉は部屋のあちこちに着火したがそちらは全く燃えていない。

だが杏樹に着火すると一瞬で千早を燃やし尽くす。

杏樹は慌てて呪符を使用してなんとか千早とシャツの下半分だけで沈下する事が出来た。

呪で防御されている退魔師用の服が一瞬で燃えて杏樹本体には火傷がない事から少年の能力の強さが伺える。

ここまで炎を制御できるのならまともに戦えば勝ち目なかったのだろう。

杏樹は乱れた心を落ち着かせると平静さを保って語り掛ける。

幸いにして少年は虫に気を取られて気付かなかったが、焦っていたことがバレると面倒な展開になるかもしれない。

 

『うん、いいよ。』

 

悲痛な叫びをあげる大輝などどうでもいいかのように杏樹がやる気なく両手を叩くと虫たちは一斉に姿を消す。

虫が消えてパニックから立ち直った大輝少年が杏樹を見上げると、そこにはゴミでも見るかのように見下ろす杏樹がいた。

杏樹の整った顔と表情からは美しさ以上に恐ろしいという印象が勝る。

半分燃えてへそを覗かせるシャツも、その程度は計算の内という余裕に見える。

 

『い、今のが杏樹ちゃんの能力…?

いかにも、あ、悪役らしい能力だぜ…。』

 

大輝はまだアニメの主人公のつもりらしい。

強がる大輝を杏樹は興味なさげに視線を外して説明を始める。

 

『可愛い杏樹ちゃんの能力が虫なわけないでしょ。

今のがアンタの能力の正体よ。』

 

『へ?俺の?何を言って…』

 

『黙って聞いて。』

 

口を挟もうとする大輝を面倒くさそうに制止して杏樹は話を続ける。

その態度は心の底から軽蔑していて実に面倒くさそうだ。

 

『喰魂虫(くだむし)。

心の汚れた人間の魂に棲みついて喰い尽くす霊界の虫よ。

魂を喰いつくすまでは宿主が死なないように、宿主の願いを叶え続けるわ。』

 

大輝の顔が青ざめていく。

先ほどの気色悪い巨大な虫が自分の中にいるなんて想像するだけでもおぞましい。

 

『う、嘘だ!そんなの今まで見えなかったんだ!

やっぱり杏樹ちゃんが能力で虫を出し…』

 

『杏樹さん、でしょ。

信じないなら別にいいわ。

私の仕事はあなたが二度と能力で悪さをしないようにする事だもの。

今後は能力を使うたびに、喰魂虫の姿と魂を喰われる痛みが出るわ。

命まで救えなんて言われてないからこれでお仕事完了。』

 

命と言う単語を聞いて、脳裏を掠めていたおぞましい結末が現実として立ち塞がる。

 

『い、命ってまさか…』

 

『うん、アナタ死ぬわ。

喰魂虫に魂を喰らいつくされて、栄養満点になって現世に実体化した虫達に一瞬で身体を食べ尽くされて骨も残らない。』

 

衝撃の事実を聞かされた大輝は顔を真っ青にして崩れ落ちる。

放心する大輝へ餞別とばかりに杏樹が種明かしをする。

 

『アナタは生まれつき霊的な攻撃に対する抵抗が強いみたいだから、退魔師の除霊に対しても抵抗しちゃって逆に喰魂虫を守ってたのよ。』

 

続けて杏樹は芳香剤を指差す。

 

『で、この芳香剤は霊視力を高める効果があるの。

それでアナタは虫を見る事が出来たし痛みも感じる事が出来るようになった。

霊感を高める効果はアナタへの攻撃ではないから抵抗もされなかった。』

 

杏樹の言葉を聞いて大輝は心当たりを探す。

思い返せば今までの退魔師も何かやっていたが、自分には効果がなかった。

あれは子供である自分と戦っていたのではなく、喰魂虫を払おうとしていたから自分の反撃に対応できなかったのだろう。

自分は無意識に救いの手を振り払い、喰魂虫の能力を使って退魔師を追い返していたのだ。

その結果、最後に現れたのが自分を救う気のない目の前の少女だ。

 

『その能力、使えば使うほど死が早まるわよ。

このペースだと後1か月じゃないかな。

何もしなくても残り半年くらいだろうけど。』

 

『は、半年ぃ!?』

 

自分の寿命なんてずっと先で、頭で理解はしていても気持ち的には遠い遠い永遠に辿り着かないほど先の事のように感じていた。

それが不気味な虫に自分が食べ尽くされるまで半年と言われて冷静でいられるはずがない。

 

『な、なんとかしてくれよぉ!?』

 

『色んな意味で死んだほうがいいと思う。』

 

助けを求める大輝に対し、杏樹は冷酷に言い放つ。

 

『今まで散々悪さしてたみたいだから、能力が使えなくなったらみんなに復讐されるわ。

それなら短い余生を最後まで好き放題に生きたほうがいいと思う。

それに罪を償う意味でも潔く死ぬべき。』

 

『嫌だよぉ!

あんな気持ち悪いのに食べられるなんて絶対に嫌だぁ!!』

 

大輝は頭を抱え顔を地面に押し付けて大泣きする。

流石に反省したのだろうと杏樹は優しく声をかけようとしたが…。

 

『そうだ!

俺は悪い霊に操られてた事にしてくれよ!

青少年をいじめから守るためなんだから当然だよな!?

杏樹ちゃんが言ってくれれば…』

 

『喰魂虫のエサになって死んで。』

 

全く反省していなかったので冷たく言い放つ。

 

『いじめられるんじゃなくて、自分がやった事の報復をされるだけ。

その後は嫌われて誰にも相手にされなくなる。』

 

正直、今回の依頼を受けたのが自分でよかったと思う。

凛ならば怒りに任せて大輝の性格が矯正されるほどボコボコにしてトラウマを植え付けただろうし、藍や那由多なら大輝をなんとか助けようとして他の退魔師同様に酷い目に遭わされてたと思う。

正直自分も危なかった。

タマキは予測がつかないが、恐らく一番恐ろしい結果で大輝少年は色々な意味でタダでは済まなかっただろう。

みんなそれぞれに優秀だが、今回は自分こそが適任だったと思う。

杏樹は少し誇らしげに優雅に部屋を出て、一階へと降りていくと大輝の母親に声を掛ける。

 

『おばさん、ひとまず終わった。

大輝くんが反省するまで待つからお菓子とジュースちょうだい。

それと大輝君に燃やされてお腹が冷えちゃうから服も用意して。』

 

大輝の母が慌てて服とお菓子とジュースを用意すると、杏樹は事の顛末を母親に報告する。

すると母親も大輝と同じように、大輝は霊に操られて悪さを働いていた事にしてくれと頼みこんでくる。

この親にしてこの子ありとでも言うべきか、あるいは子を守る母親ならば当然なのだろうか。

幼い杏樹にはまだわからない。

 

『退魔師としてそんな都合のいい霊の存在は妄言できない。

これ以上の結果を求めるならお金返す、喰魂虫は祓わない。

悪評高い大輝君のために喰魂虫を祓う退魔師はもう見つからないと思う。』

 

脅しではなく事実である。

 

泣き崩れる母親の姿を見て杏樹は自分の母を思い出す。

この人の半分でもいいから母も自分のために泣いてくれたならどれだけ救われただろう。

杏樹は大輝の事を羨ましいと感じながら、お菓子を頬張って待ち続けた。

 

自らの過ちをそれなりに反省した大輝が降りてきたのは1時間後だった。

まだまだ反省が足りないと感じたが、杏樹はそれ以上何も言わず喰魂虫を祓ってやった。

どうせ彼は、文字通り死ぬほどの後悔と反省を重ねる日常を送るのだから。

 

大輝は泣いて母親に縋りつき、母は大輝のせいではないと優しく抱きしめる。

過去の事例として喰魂虫に取り憑かれた人間は大体が能力を悪用するので大輝は被害者とも言える。

常人ならば概ね持ち合わせている悪の心がたまたま喰魂虫のせいで露見してしまっただけなのだ。

 

(…両親がいるだけマシじゃない。)

 

抱きしめ合う2人を見て、杏樹は同情心よりも羨望が勝り大輝に手を貸さない決意を固めた。

杏樹の立場を利用すれば大輝が平穏な日常生活に戻れるように何かしら手を貸してやる事は出来るのかもしれない。

でもそんな方法は今は思いつかないし、それは自分ではなく家族と彼に迷惑をかけられた人々で解決すべき問題だろう。

彼は自分の悪意を世に放った責任がある。

 

(知らない仲じゃないし。

君が立派な人間になることを願うわ。)

 

いつまでも泣いている2人を置いて、杏樹は無言で立ち去るのだった。

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