放課後は退魔師   作:アフロダイB

18 / 18
忌引き篭り

 

【挿絵表示】

 

 

静かな住宅街に囲まれた山に

大昔の武家屋敷を思わせるような広大な屋敷がそびえ立っている。

 

太刀花家が先祖代々住み続けているこの屋敷は、住民を守るシンボルとして街の人々に愛されている。

それはこの町が賊や獣から逃れるため、人々が太刀花家の周囲で暮らし始め作られたという歴史的背景があるからだ。

 

早朝5時。

まだ住宅街が静けさを保ったままの時間に

太刀花家の末娘である太刀花 藍(たちばな らん)は静かに眠りから覚める。

 

パジャマを脱ぎ捨て急いで稽古着に着替えると藍は自宅の庭へと飛び出していく。

誰もいない庭で一人で竹刀を振り続けていると、男性が一人姿を現した。

 

『おはよう藍!

ちゃんと僕よりも先に来ていたなー偉いぞー。

今日も最高に可愛いぞ!』

 

『おはようございます、旬お兄様。

今日もよろしくお願い致します。』

 

藍は両手を太ももに添えて丁寧にあいさつをする。

彼の名は太刀花 旬(たちばな じゅん)、19歳の大学生だ。

細身の体に整った顔立ち、よく似合う眼鏡が知的な印象を与えている。

7人もいる藍の従兄弟の一人だ。

 

しっかり者の旬はたくさんの女性からアプローチを受けているが

それらを全て断って妹の藍を溺愛する事に情熱を注いでいる。

重度のシスコンであり危険人物だ。

 

彼らとは血は繋がっていないが、藍は従兄弟達を兄と呼び慕っている。

当然ながら全員が退魔師であり、その実力は藍とは比べ物にならないほど高い。

 

『よし、じゃあまずは素振りしてみろ!』

 

先ほどの甘やかした態度が一転して厳しい口調に変わる。

 

藍は毎朝この時間に旬から手ほどきを受けている。

兄達はそれぞれに藍を可愛がっているが訓練の時は甘さを捨てて尋常ではない厳しさを見せる。

それは藍を死なせたくないが故の厳しさだった。

敵は藍が未熟者だからと手加減を加えてはくれない。

 

『バカ者!

そんな振り方で刀を折るつもりか!』

 

藍の素振りを強制するため、身体に容赦なく竹刀が打ち込まれる。

激しい痛みが藍を襲うが、今までに跡が残った事も痛みで動きが鈍った事はない。

それどころか自然と痛みを庇って、先ほどよりも正しいフォームで素振りが出来ている。

剣を極めた兄達はそう言った芸当も当たり前のように使いこなすのだ。

 

『初動は脱力を利用して素早く!

次にしならせるように振り下ろして当てる。

そして引く時に力を込めて斬るんだ!』

 

頭では理解していても、兄達の合格点には及ばないらしく何度も竹刀で突かれる。

1時間ほど稽古を続けていると大男が門を潜り抜けて姿を現した。

 

『おうおう、ちゃんとやっとるなー藍!』

 

『あっ、おはようございます。鉄お兄様。』

 

太刀花 鉄(たちばな てつ)、25歳。

角刈りの髪に岩のような四角い顔、大柄で筋肉質な鉄はどこにいても圧倒的な存在感を放つ。

小柄で可憐なイメージを与える藍とは対極に位置する存在である。

以前にTV撮影で女子校に潜む輪入道と戦った事件で藍達の引率を務めていた兄である。

 

『鉄にい今日も朝帰りかい?』

 

旬の質問に鉄は親指を立てて答える。

 

『おう!

昨夜は隣町の保険屋に勤めとる女と寝てきたぞ!』

 

鉄は見た目通りに性欲が強く、様々な女性と関係を持ち毎日のように朝帰りを繰り返している。

女性からは敬遠されそうな外見だが、ここまで頼りがいがある風貌だと逆にモテるようだ。

 

『もう鉄お兄様!

複数の女性と関係を持つのはおやめくださいといつも言ってるのに!』

 

同じ女性として許せないし、家族としても恥ずかしい。

藍が抗議するが鉄はどこ吹く風で答える。

 

『そうは言ってもなぁ。

ワシと最高に相性のいい女がどこにおるかわからんのだから

片っ端から寝てみるしかなかろう。』

 

鉄は単に好色なわけではなく、真面目に婚活をしているつもりなのだからタチが悪い。

もっとも今までに付き合ってきた女性の誰かが鉄を憎んでいるという話も聞いた事がない。

鉄は上手くやっているのだろう。

鉄はしっかりと全ての女を満足させていると主張している。

令和の価値観には合わない人物だが、向こうも満足していて被害者がいないのだから文句も言えない。

 

『お前の方こそ、もう中学生だろう。

そろそろそういう知識を持っておいた方がいい。

ワシが色々と教えてやろうか?』

 

とんでもない事を言いだしたので藍は両手で箒を振りまわして何度も鉄を叩く。

 

『やめろやめろ冗談じゃ!

流石のワシも身内は抱かん!!

凛だってお前より発育がいいのにワシは手を出しとらんだろーが!』

 

余計な事を言ったので藍は強めにもう一発叩いた。

 

『正直な話、藍に悪影響だから鉄にいは近づかないで欲しい。』

 

旬が眼鏡の位置を直しながら鉄を糾弾する。

 

『嫌じゃ。

ワシだって可愛い妹と遊びたい。』

 

色々と問題はあるがちゃんと愛してくれているのは藍としては少し嬉しい。

 

『大体お前の教え方じゃ真っ向勝負でしか勝てん。

それで勝てない時は逃げろと教えとるんだろうが藍の性格ではそうもいかん。

近くに戦えない者がいれば藍はそいつを逃がすために必ず戦う。』

 

鉄の言葉は正しい。

実際にそのような場面に遭遇したら藍はそうするつもりだ。

 

『はい、もちろんです。

戦う力なき人のために剣を振るのは当然の事ですから。』

 

『何度も言ってるだろう!

勝てない敵からは逃げて情報を持ち帰れ!!

余計に被害が増えるぞ!!』

 

旬が声を荒げて叫ぶが藍は自分が間違ってると思わない。

 

『太刀花家が国宝と呼ばれているのは、人々の代わりに命を懸けて戦うからです。

そこで逃げてしまったら私はただのごく潰しではありませんか。』

 

自分は死んでしまうだろうが、少なくとも1人の命を守る事が出来る。

自分が情報を持ち帰らなかったことで次なる被害が発生するかどうかはわからない。

 

『とまぁ、藍はワシらと同じタイプの女だ。

だからまずは手っ取り早く強くしてしまえ。

基本をしっかりなどと言って死んでしまっては意味がない。

藍にすぐ必要なのは…こういう技じゃい!』

 

鉄は目にも留まらぬ速さで刀を抜いて何かを斬った。

鉄の動きが藍にも理解できたのは刀を抜く音が聞こえたからだ。

太刀筋が見えたわけはない。

 

『じゃあワシは少し寝る。

朝飯になったら起こしてくれ。』

 

片手をあげて鉄は屋敷の中に入っていく。

 

『ところで旬お兄様、鉄お兄様は何を斬られたのでしょう?』

 

『すぐにわかる。』

 

その後すぐに、藍は鉄の太刀筋を知る事になる。

ブラジャーが切れて服の隙間から地面に落下した。

鉄は藍の下着だけを斬ったらしい。

確かにこういった技があれば人質を斬らずに敵を斬ったりも出来るだろう。

服も肌も傷つけずに下着だけを斬った妙技は本当に見事なのだが、こういう事をするから藍は鉄を心の底からは尊敬できない。

 

『ところで藍、さっきの稽古で怪我してないか?

ちょっと服を脱いで見せてみろ。』

 

『下着が落ちたのに見せるわけありません!

稽古ありがとうございましたシャワーを浴びてきます!』

 

珍しく声を荒げると藍は稽古場を立ち去る。

藍はすぐにシャワーを浴びて朝練の汗を流すと台所へ向かう。

 

『小夜おばさま、おはようございます。』

 

藍は太刀花家の台所を預かるお手伝いさん、小夜さんに声を掛ける。

毎日朝と晩に屋敷に来て食事を作ってくれている。

 

『おはよう、藍ちゃん。

今日も手伝ってくれるのー?』

 

ふわふわしたボブの髪に割烹着が良く似合う。

優しい笑顔と暖かな空気を醸し出し、重ねた歳に不釣り合いな可愛いという印象を与える。

藍にとって母のような女性だ。

 

『はい、今日もお料理を教えてくださいな。』

 

藍の将来の夢はステキなお嫁さんである。

子供らしい夢を叶えるために藍は花嫁修業を怠らない。

小夜から料理を教わるのも修行の一環である。

 

『じゃあ今日も手伝って貰っちゃおうかなー』

 

そう言うと小夜は立ち位置を横にずらして藍を炊事場に立たせる。

藍は小夜に細かく教わりながら手際よく調理していく。

 

『うんうん、とっても上手になったねー。』

 

小夜に教わるようになってから随分経つ。

その間に藍の調理技術も成長し、先日の学校の調理実習でもみんなに教える側だった。

一通りの事は覚えたので藍の料理はひとまず花嫁としてのスタートラインには立っているだろう。

 

『母を超える事ができたでしょうか?』

 

藍の言葉を聞いて小夜は少しだけ笑う。

 

『嵐ちゃんはー…料理はあんまり上手じゃなかったかなー…。

とっくに藍ちゃんの方が追い抜いちゃってるよ。』

 

『そうなんですか?』

 

嵐(らん)は藍の母だ。

藍を生んだその日に命を落としている。

そして嵐と小夜は親友同士だった。

父親もその日に行方不明となっているため、藍は叔父一家に育てられている。

 

『剣については母に及ばないとよく言われるのですが…』

 

『嵐ちゃんは強かったからねー。

誰かに負ける所なんて想像が付かないもん。』

 

嵐は女性には不可能と言われた太刀花流の剣術を女性でも使えるようにマイナーアレンジして使いこなした。

いわば太刀花家の歴史を変えた天才である。

凛や藍が刀を握っているのも母の功績があってこそだ。

 

『嵐ちゃんは強いのもそうだけど、みんなを引っ張るタイプの子だったよ。

そんな嵐ちゃんに付き添ってー、みんなで色々な所に行ってー、毎日がお祭りみたいだったよー。』

 

小夜は微笑みながらも少し遠くを見つめる瞳をしていた。

 

『…本当に、楽しかったなぁー…。』

 

小夜が今でも独身のまま、こうして太刀花家の台所に立っているのは母の幻影を今でも追いかけているからだと祖父から聞いている。

もしもの話だが母である嵐が何かの拍子で蘇ったのなら、小夜の気持ちは若かりし頃に戻って失った青春を取り戻そうとするのだろう。

 

『藍ちゃん、小夜さん、おはようだよ。』

 

直径1.5メートルの巨大なピンク色の毛玉が現れる。

藍が召喚した式神、アフロダイBである。

妖怪ではなくアフロウサギという知的生命体で、アフロ星という星で高度な文明を築いていたらしい。

それが正しいならば藍はエイリアンを召喚した事になる。

ちなみにアフロ星は爆発したらしくメスが絶滅。

生き延びたオスとも連絡が取れず、恐らく彼が最後の一匹だそうだ。

召喚したはいいがいまいち退魔師の仕事の役には立たず、藍のペットと化している。

 

『わー、アフロさんおはよー。

今日もよろしくねー。』

 

小夜はアフロダイBに味見を任せる。

アフロダイBはこう見えて料理人だったらしく、料理をやらせたこともあるが腕は確かだった。

家族全員が小夜さんの味に慣れているため小夜に調理を任せているが、アフロダイBが物凄く泣き喚いて悔しがったので小夜の上の立場である責任者と言う事にしている。

居候と言う立場に心が苦しいのか、彼は毎日欠かさず味見をする。

故郷を失い、未開の文明の少女に飼われている。

彼の心中たるや察するものがある。

 

『うん、暖かい味だね。

家庭料理はこうでなくちゃいけない。

オーケーだよ。』

 

アフロダイBの許可を得て、藍達は朝食を広間に並べる。

しばらくすると家族がそれぞれ集まり、全員揃った所で祖父の合図で朝食を取る。

 

『最近、部屋に引き籠る者が増えてるそうです。』

 

町の近況について叔父が祖父に報告している。

今のは藍が学校の様子について報告したもので、叔父が調査したところ大人でも多数の事例が発覚したようだ。

藍達は学生と言う都合上、地元近辺の仕事しか任せられないがそれ故に太刀花町の平和はほとんど2人に任されていると言っても過言ではないのだ。

 

『妖怪の仕業だとして、人を引き籠らせる妖怪なんていたでしょうか?』

 

タマキの当然の疑問に祖父の慈玄が答える。

 

『妖怪は現世の生物の心に影響を受けて変化する。

かつていた妖怪が姿を消し、新たな怪奇現象が起きるのはそれが原因じゃ。』

 

祖父の言葉の後に、基本的な事だと凛が叱る。

 

『田舎では新種の妖怪に遭遇した事がないからすっかり頭から抜けていたのです。』

 

『霊や妖怪には長年関わり続けてきたが、わからん事の方が多い。

情報の無い怪異とは迂闊に戦うなよ。

逃げ帰ってワシらに任せればいい。

情報がなかったばっかりに大事になるかもしれんからな。』

 

叔父に念を押される。

退魔師の世界は臆病者ほど被害を抑えて成果を上げる。

藍も理解しているつもりだが、そのために1名でも犠牲者が出る事を恐れてしまう。

 

授業の開始時間は8時半だが、藍は毎朝7時15分に家を出て30分には登校する。

そのまま竹ぼうきを取り出すと学校周りの清掃を始めるのだった。

 

『おや太刀花さんところの娘さん。

今日もお掃除ご苦労さま。』

 

『霧島のおばあさま、おはようございます』

 

藍は近所の人に挨拶を交わしながら掃除を進めていく。

 

『太刀花さんおはよー!今日も早いね』

 

『おはようございます。

そちらも花壇の手入れ、御苦労さまです。』

 

『そっちも掃除、御苦労さまだよ』

 

続いて朝早く登校して校内環境を整える生徒達と挨拶を交わす。

自分と同じ目的の為に活動をする人間がいることに喜びを感じる。

 

『太刀花ちゃんおーっす!』

 

『先輩おはようございます。朝練頑張ってください』

 

朝練に来た生徒達に挨拶を交わす。

頑張っている生徒を見ると元気が湧いてくる。

 

(よし、私も頑張るぞっ!)

 

藍はこの時間が好きだ。

早朝からそれぞれの目的で頑張ってる生徒達を見ると自分も負けていられないと前向きな気分になれる。

この時間こそが藍も頑張れる原動力となっているのだ。

 

掃除を終えると掃除用具を片付け教室へ向かう。

教室に入ると席に着くまでに通りすぎるクラスメイト達がそれぞれ挨拶をしてくれる。

 

『おはよー藍ちゃん!

昨日貸したマンガどうだった?』

 

クラスメイト達に挨拶しながら自席に辿り着くと、近くの席に座る友人が話しかけてくる。

 

『小春ちゃんおはよう。

面白かったよ。あのね、3巻の…』

 

柊小春(ひいらぎ こはる)

いつもニコニコ笑顔で楽しい事が大好きなサイドテールの少女だ。

クラスの妹キャラとしてみんなから親しまれている。

藍とは幼い頃から親友である。

 

『あ、そこいいよねー!主人公がカッコ良くてー!』

 

藍は世間ズレをしたくないのでこういった時間も大切だと考えている。

何よりも、この時間だけはただの少女として何の重みも感じない数少ない時間なのだ。

 

『おーっす!』

 

続いて明るく元気な少年の声がクラスに響き渡る。

 

『あ、アクト君おはよー!』

 

『おはよう、アクト君』

 

『おう!

小春に藍もおはよー!』

 

少年の名は煌希 阿久都(きらめき あくと)。

小春と同じようにいつもニコニコ笑顔だが、のんびり屋の小春と違って活発的だ。

同じくクラスのムードメーカーとして愛されている。

 

『あれ、レナはどうしたんだ?』

 

『まだ来てないよ。

今日はお休みなのかなー?』

 

アクトは主不在の席を指差して尋ねる。

時刻は8時25分。

いつもならとっくに席についてるはずなのだが、誰にも心当たりがないらしい。

 

榊原麗奈(さかきばら れな)

背が高くファッションに気を使っており、藍達より大人びた雰囲気と外見を持つしっかり者の少女である。

幼い頃は活発でアクトと仲が良かったのだが、大人びてきたレナが価値観の違いから距離を空け始めている。

少し寂しい事だが成長するとはそういうものだと藍は納得している。

ともあれしっかり者の彼女が遅刻をするとは思えないので、おそらくは休みなのだろうと23は結論付けた。

 

『帰りにレナちゃんの家に寄ってみようか?』

 

休みならば恐らくは風邪だろう。

藍はお見舞いのつもりで提案した。

 

『ごめーん。

今日は新作ゲームの予約があるからお店に行かなきゃいけないんだー。』

 

『悪ぃ、俺も同じだー。』

 

小春が両手を合わせて謝罪し、アクトは片手で謝罪する。

 

『ううん、いいよ。

私一人で行ってみるね。』

 

『うん、予約済ませたら合流するから先に行ってて。』

 

『よーし、授業終わったらダッシュで行こうぜ!』

 

藍と小春とアクトが放課後の予定を決めると一限目の開始を告げるチャイムが鳴り響くのだった。

 

授業が終わり放課後のチャイムが鳴り響くと、藍は一人でレナの家に向かう。

途中で足を止めて携帯端末でレナに連絡を入れたが反応はなかった。

 

『あら、藍ちゃんこんにちは。』

 

移動中に聞き覚えのある声に呼び止められる。

声の主はレナの母だった。

 

『おばさま、こんにちは。

ちょうど今からレナちゃんに会いに行くところでした。

レナちゃんの容体はどうですか?』

 

『うーん、本人は体調が悪いって言ってるけど様子がおかしいのよね。』

 

おばさんは首をかしげて答える。

レナの性格からすれば仮病を使って学校をサボるとは考えにくい。

様子がおかしいのは確かなのだろう。

 

『私はちょっと遅くまで戻れないの。

合鍵を渡しておくから勝手に家に入っちゃっていいわよ。

レナの様子を見てあげて。』

 

藍は合鍵を受け取るとおばさんに挨拶をしてレナの家に向かった。

レナの家に到着すると藍はインターホンを鳴らしたが、やはり返事はなかった。

 

(レナちゃんどうしたのかな?

勝手に上がっていいって言われたけど、それはレナちゃんに失礼だよね。)

 

藍が考え込んでいると家の中から大きな物音が聞こえた。

 

(あれ、やっぱりレナちゃん元気なのかな?)

 

物音の正体を確かめるべく意識を集中させると、家の中から妖怪の気配が感じ取られた。

 

(こんな所に妖怪!?)

 

レナが妖怪に襲われているのかも知れない。

藍は急いでドアの鍵を開けるとそのまま家の中へ侵入する。

 

部屋の前に辿り着くと妖怪の気配はますます強くなる。

部屋の中にいるのは間違いない。

 

悩んでいる暇はない。

妖怪に襲われているのなら、いつレナが殺されてしまってもおかしくないのだ。

幸いにしてレナの部屋には鍵がない。

 

『ごめんね、中に入るよ!』

 

藍は扉を開けてレナの部屋に侵入するのだった。

 

『えっ、藍!?』

 

部屋に入って最初に視界に飛び込んできたのは、親友レナの下着姿だった。

 

『えーっと、これはそのー…』

 

レナはバツが悪そうに眼を泳がせている。

すぐ横には小さな男の子のような姿をした妖怪が佇んでいた。

レナは藍の視線が妖怪に向いている事に気が付く。

 

『…藍にも見える?』

 

『う、うん。妖怪…だね。見た事ないタイプのだけど…。』

 

藍が退魔師である事はレナも知っているが、そもそも霊の存在そのものが曖昧で世間には完全に浸透していない。

藍と輪入道の死闘もTVで放映されたが、世間一般には作り物の映画、または災害や超常現象の類と主張する人間も多い。

 

『へぇー…藍ってやっぱり本当に退魔師だったんだね。

TVで見たような妖怪退治って本当にやってたんだ。』

 

レナは腕を組んで関心したように言う。

人並外れている藍をタダ者ではないと思っていたが、ここまで常識から離れた世界にいたとは思わなかったようだ。

一方妖怪は藍を特に恐れる事もなく屈託もない笑顔を向けている。

 

『ねえお姉ちゃん。

僕を楽しませてよ。

逃げたりしたらレナお姉ちゃんを殺しちゃうよ。』

 

妖怪は無邪気な笑顔で藍を脅迫する。

戦闘に自信があるのか、あるいは何も考えていないだけなのか判断が付かない。

祖父の言いつけ通り、迂闊に仕掛けるのは下策と考えて藍は情報を集める事にする。

 

『レナちゃん最近どこかに出掛けた?』

 

『んー、日曜日に家族で山に登ったかな。』

 

妖怪は恐らく山で憑いてきたのだろう。

山には妖怪が棲んでいる事が多い。

もっとも一般的なハイキングコースで憑いてくるのは珍しい。

 

『このガキそこそこスケベだから下着姿になって踊ってみたんだけど満足しないみたい。』

 

レナが心底疲れた表情で愚痴る。

レナは妖怪の要求通りに様々な接待をしたようだが上手くいかなかったようだ。

かなり疲れて精神的に追い詰められている。

 

『最近部屋に引き籠る人が増えてるみたいだけど、アナタの仕業ですか?』

 

藍の問いかけに妖怪が素直に頷く。

 

『そうだよ、僕らは色々な家に住み着いてる。

誰か一人でも僕らを楽しませることが出来ればみんないなくなるよ。』

 

妖怪にも色々いるが、目の前の妖怪は意識の集合体のような存在らしい。

1体を対処すれば全て成仏されるのはありがたい。

 

『ねぇ、退治は出来ないの?』

 

妖怪に聞こえないようにレナが耳打ちしてくる。

情報が足りな過ぎて迂闊な事はできないのもあるが、そもそも現時点ではこちらから斬りかかるのはまずい。

妖怪は遊んで欲しいと言っているだけなのだから、妖怪の子供を容赦なく斬り捨ててしまえば全ての妖怪から藍の存在が危険視されてしまうだろう。

こちらが要望を断って妖怪が襲い掛かって来たならば斬る事も出来るが、そのためにレナを危険に巻き込むわけにはいかない。

藍はレナと一緒に妖怪を楽しませる事にした。

 

『お姉ちゃん達ザコだね。』

 

ゲームのコントローラーを握り締めたまま呆れ顔で妖怪が言う。

妖怪を楽しませようと一緒にTVゲームをして遊んでみたが、藍達の腕前が低すぎて勝負にならなかった。

その前には協力プレイもしてみたがやはり藍達は足を引っ張るだけで接待とは行かなかった。

 

『じゃ、じゃあ次は私とレナちゃんの漫才を…』

 

『ああああああああ!もういい!!』

 

レナが大声で叫ぶ。

これまでの接待で限界に近づいていたレナの精神がついに決壊した。

昨夜からずっと接待し続けているのだから当然と言えば当然なのだろう。

 

『藍も脱いで!』

 

『へっ?ええっ!?』

 

突然の意味不明な提案におかしな声を挙げてしまう。

だがレナの目は真剣そのもの、真に迫ったものだ。

 

『どうせ男なんて脱げば喜ぶのよ!

特に藍みたいな可愛い子だったら間違いないわ!

おらぁ脱ぎなさい!!』

 

藍はベッドに押し倒されて服に手を掛けられる。

 

『ちょ、ちょっと待ってぇー!!』

 

『いいぞーやれやれー!』

 

藍は必死に抵抗するが妖怪が喜んでいるのでレナはこれが正解だと言わんばかりに力任せに脱がそうとしてくる。

藍の護身術も取り押さえられてしまうと意味がない。

勢い付いているレナに藍が負けてしまい、上着とスカートに手を掛けられたその時だった。

 

『レナちゃーん!いるー!!?』

 

『おーっす!

レナー、藍ー、いるかー!?』

 

小春が窓を思いっきり開けて顔を出す。

インターホンも鳴らさずに玄関ではなくいきなり窓から挨拶してきた。

ベッドで絡み合っている2人を見てアクトと小春は2,3秒ほど固まってしまう。

 

『うわぁぁバカぁ!

いきなり女の部屋の窓を開けるヤツがあるかぁー!』

 

『うわぁー大変だぁー!』

 

『待って小春ちゃん!これには理由がー!』

 

『?何やってたんだお前ら?プロレスか?』

 

2人は慌てて小春に弁解し、レナはアクトをボコボコにして説教するのだった。

 

『いきなり部屋を覗いてごめんなさい。』

 

小春とアクトは正座して素直に謝罪する。

アクトは通報されてもおかしくないが、窓を勢いよく開けたのは小春だしアクトは無害な少年なのでレナは呆れがちに許すのだった。

もっともボコボコにされたアクトは無事に許されたとは到底思えない姿だったが。

 

『それにしても妖怪って初めて見たよー。』

 

藍達が状況を説明し、小春はすぐに事態を受け入れる。

アクトと小春にも妖怪が見えるらしく話はスムーズに進んだ。

 

『つまりこの子と遊んであげればいいんだよね?

じゃあスマッシュファミリーズを5人でやろうよ!』

 

『お、いいな!

みんなでやったら絶対面白いぜ!』

 

小春が妖怪に負けない無邪気な笑顔でソフトを取り出し、アクトも満面の笑みで賛成する。

妖怪がすぐ傍にいるのに一気に場が明るくなる。

 

『レナ姉ちゃんと藍姉ちゃんはクソザコだったけど2人はどうなの?』

 

『ふっふー、私はゲームは得意だよー!』

 

『俺はザコだ!』

 

レナも藍もゲームは付き合い程度でしか遊ばないが小春は毎日のように家で遊んでいる。

ゲームが上手なのもそうだが、小春にはゲームの腕前とは違う別の凄さがある。

藍は小春に賭けてみる事にした。

ちなみにアクトは藍と同じくらいゲームが下手だ。

 

『わわっ、強い強いー!』

 

『お姉ちゃんも3人よりは強いね!』

 

小春も頑張ってはいるが妖怪の方が少しだけ強い。

全員同時参加の勝ち残りルールで最後に残った小春と妖怪が1vs1で勝負するが、リードを縮められないまま押され続け、小春は負けてしまった。

 

『わー!負けちゃったー!』

 

『ザーコ!

アクト兄ちゃんはザコだし小春姉ちゃんも3人よりはマシってだけじゃん!』

 

妖怪がアクトと小春を煽るが、アクトは悔しがりながらも笑顔のままで小春も気にせずに楽しそうに笑っている。

 

『よーし、じゃあ次はキャラを変えていくよー!』

 

『おっしゃー!

今度こそ勝つぜー!』

 

『えっ?まぁいいけど…』

 

2人の反応が意外だったのか妖怪が戸惑いを見せる。

レナと藍もゲームに付き合い続ける。

 

『わー!また負けちゃったー!』

 

『ちっくしょー!

お前強すぎるぞー!

ゲームばっかりやってないで外で遊べー!』

 

小春が後ろに倒れ、アクトも笑顔で妖怪に笑いかける。

2人ともニコニコと楽しそうだ。

 

『…アクト兄ちゃんはともかく、そこそこやり込んでる小春お姉ちゃんは悔しくないの?』

 

妖怪が不思議そうに尋ねると小春は明るい笑顔のまま答える。

 

『悔しいよー?

でもみんなで遊んでるんだから楽しいに決まってるよー!』

 

小春の回答に妖怪は言葉を詰まらせた。

いつもニコニコと楽しそうな小春は場を明るくするためクラスでも人気者だ。

動画配信もしているらしく楽しそうにゲームで遊ぶ小春に惹かれてチャンネル登録する者はかなりの数らしい。

 

『おい、レナ!

すかしてないでお前も思いっきりやれよ!』

 

『は?

いや、アタシはそういうのは卒業した…』

 

レナは言いかけた言葉を止める。

いつからだろう。

心の底からはしゃぐのがカッコ悪いと思うようになったのは。

いつからだろう。

男と女とか、子供と大人とか、勝手に線引きしてかっこつけるようになったのは。

昔のアタシってそういうの気にしなかったはずなのに。

 

(周りにカッコイイって言われて、ついついカッコイイ自分を演じるようになったけど、アタシってそういうキャラじゃなかったよね…。)

 

レナは静かに目を閉じて大きく息を吸う。

アタシはアタシらしく行こう。

 

『おっしゃあ!

久々にやるかアクト!

ガキに中学生の怖さを教えてやんぞ!』

 

吹っ切れたレナの声にアクトと小春は手を挙げて答える。

 

『おーし、じゃあ4人がかりでいくぜー!!』

 

『おっけー!うちらで妖怪くんをボコってやろう!』

 

『うん、みんなでやっちゃおう。』

 

アクトも小春も、そしてレナも大騒ぎしながらゲームに夢中になっている。

気付けば藍も仕事を忘れて楽しみ、レナの部屋には笑い声が満ちていた。

 

『やったぁー!勝てたぁー!!』

 

小春が両手を挙げて喜びを表現する。

4人がかりで襲い掛かりながらも何度か敗北し、ようやく初勝利を掴む。

 

『おー少しは上手くなったじゃん、3人とも!』

 

空気に当てられて、妖怪も心の底から楽しんでいた。

妖怪がゲームの達人なら、小春とアクトは遊ぶ事を楽しむ達人だった。

 

『ふーっ、遊んだ遊んだー!』

 

『やっぱみんなで遊ぶと楽しいなー!』

 

『ホント、めっちゃ笑ったわー!』

 

『うん、私も楽しかった。』

 

疲れ切って全員で床に倒れ込む。

気付けば時計は20時を指していた。

 

『妖怪くんも満足したっしょ!』

 

レナの言葉に妖怪が素直に頷いたその時だった。

妖怪の表情が子供らしい笑顔から恐ろしいバケモノへと豹変する。

いきなりの変貌ぶりに藍以外の3人は顔を青ざめて見つめている。

 

『…融合型でしたか…!』

 

妖怪の中には現世に彷徨う魂を取り込んで行動する者もいる。

現世で活動できない類の妖怪が魂と混ざり合う事で活動できるようにするのだ。

恐らくは何かしら未練があって彷徨っていた子供の魂と融合したのだろう。

だが子供の方が満足して魂が成仏しそうになったので、本来の目的を果たすために慌てて正体を現したようだ。

妖怪の真の目的は不明だが、今度は自分達を殺害して魂を利用するつもりのようだ。

 

『2人とも外に出て!!』

 

藍の指示が大声で指示を出すが、レナと小春は恐怖で身体が動かない。

霊は人間の本能に恐怖心を与えるので、体質によっては身動きが取れなくなる事がある。

こういう時は別の衝撃を与えれば正気に戻るのだが、藍は目の前の妖怪と対峙しているので動くわけにはいかない。

藍がレナと小春を守りながら戦う手段を考えていたその時だった。

 

『動け!!』

 

アクトがレナと小春の背中を押して走り出す。

アクトとの行動でレナと小春はかろうじて正気を取り戻し廊下へと駆け出していく。

室内は藍と妖怪だけとなった。

 

『死ねっ!!』

 

妖怪は爪を立てて飛び掛かってくるが藍は身体を横に動かして回避する。

 

『そちらから手を出しましたね…!』

 

これで正当防衛で妖怪と戦う理由は出来た。

藍は懐から一枚の札を取り出すと小さな声で呪文を呟く。

 

子供の霊に罪はないのでまとめて斬るわけにはいかない。

憑依型の妖怪を倒すには霊を切り離す必要があるのだ。

藍は札を握り締めると低い姿勢で妖怪に近づいていく。

 

『その子を離しなさいっ!!』

 

全力の掌打で札を押し付けると妖怪の身体から子供の霊が飛び出した。

藍は即座に腰の刀を抜き、居合い斬りで斬り裂くと妖怪は霧のように散って消えていった。

 

『すっげー!

かっこいいなー藍!!』

 

『わーい藍ちゃんカッコ良かったよー!』

 

アクトと小春が部屋に飛び込んでくると、緊張した空気も霧散して雰囲気が明るくなる。

どうやらドアの隙間からこっそり見ていたらしい。

 

『はー…すっごいモン見た。

アンタが凄い子だとは思ってたけどここまでとは…。』

 

遅れてレナも感心しながら部屋に戻ってくる。

いつも自分の横でお淑やかに笑っている女の子が、あんな恐ろしい物を斬るとは思わなかった。

ネットの動画で見た事はあるが間近で見ると恐ろしい迫力だったためレナは藍への認識を改めてしまう。

並外れた子だとは思っていたが、ここまで桁外れだと驚くよりも感心するしかない。

そんな子が誰とでも隔てなく接しているのに、大人っぽいとか子供だと線引きしていた自分が馬鹿らしくなる。

同年代なのだから誤差だ。

 

『で、この子はどうするの?』

 

レナは気を取り直して親指で子供の霊を指差す。

 

『僕は大丈夫だよ。

もう満足したから。』

 

霊が少し寂しげな笑顔で答える。

 

『僕はもう一度思いっきり遊びたかったんだ。

山で遭難してずっと一人だったから。』

 

少年は学校行事で山に入ったが、途中で道に迷ってしまったらしい。

迷いながらそのまま奥へと突き進んでしまい、ついに戻る事はかなわなかった。

霊は最期の瞬間に抱いていた願いを行動原理とする。

暗く音の無い山を一人でずっと歩き続ける。

少年が最後に抱いていた気持ちは孤独だったのだろう。

 

『ちょっと待って。

君の事を見つけられるかもしれない。』

 

藍は札を貼り付け少年の霊の一部を吸収する。

 

『これがあればお兄様達なら君の身体を見つけられると思う。

…もう遅いかもしれないけど…ごめんね。』

 

目を伏せる藍に少年は笑顔を向ける。

 

『ううん、ありがとう藍お姉ちゃん。

それにレナお姉ちゃんも小春お姉ちゃんもアクト兄ちゃんも、最後に思いっきり遊んでくれてありがとう。』

 

そう言い残すと少年の霊は上空へ浮かんでいき、ゆっくりと消えていった。

 

『…今回はアンタらに助けられたわ。』

 

『うん、2人がいなかったら解決できなかったと思う。』

 

レナと藍の言葉を聞いてアクトと小春はニッコリと笑う。

 

『ふっふーん、遊ぶ事なら任せてよ!』

 

『おう、またみんなで遊ぼうぜ!!』

 

レナは少しだけ天井を見上げて思い出す。

ほんの数年前までは公園や土手でアクトと元気に走り回っていたのだ。

 

『…そうだね。

たまにはバカみたいになろうかな。』

 

誰かの決めたカッコイイ姿を追うのは止め、少し大人びた少女は自分らしい姿を目指す事に決めた。

 

後日、兄達の証言を元に警察が再捜索し、少年の遺体が発見された。

また妖怪の消滅と同時に各地で引き籠っていた人達も解放され、街は元の日常を取り戻していった。

 

人を引き籠らせて命を奪う。

この新種の妖怪を藍は忌引き篭り(ひきこもり)と名付けた。

 

後日、レナの家の近所に赤ん坊が生まれる。

その赤ん坊は妙にレナに懐いており、どことなく少年に似ているそうだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。