放課後は退魔師   作:アフロダイB

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屍棄

 

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月明かりだけが僅かに差し込む薄暗い山中の静寂を打ち破るように2つの影が激しく足音を鳴らしている。

 

追われているのは巨大なイタチ、鎌鼬(カマイタチ)と呼ばれる妖怪である。

その背後から月明かりで刃物を反射させながら邪悪な笑みを浮かべて走る男がいた。

地肌が見えない程度に短く剃った金髪に剃り込みを入れた髪型は見る者に威圧感を与える事を目的としている。

黒を基調としながらもシャツだけはヒョウ柄で明るく、品のない成金のようなファッションをしている。

簡単に言えばワルに憧れる少年のファッションだ。

 

男の名は八蛇 輝刃(やだ きば)、年齢は16歳。

杏樹が家出した八蛇家の青年である。

獲物を見定めた獣のように、輝刃は狂気に満ちた笑顔で刀を大きく振りかぶると乱暴な叫び声を挙げながら一気に振り下ろした。

 

刃は鎌鼬の巨体を斬り裂き、身体をうねらせながら鎌鼬は絶命する。

命がゆっくりと失われていく切ない光景だったが、輝刃は己の力を誇示するかのように高笑いする。

 

鎌鼬を退治した輝刃は英雄の凱旋のような振る舞いで鼻唄を歌いながら麓の町まで戻っていく。

その姿は殺しによって得られている快楽を誇示しているようにも見えた。

 

『ありがとうございます。

これであの山を開発する事ができますわ。』

 

麓の町の中でも一際広い豪邸で、頭を下げる老人を見下ろしながら輝刃は鼻を鳴らす。

 

『八蛇は太刀花と違う。

いつだって人間のために戦うからな。

妖怪と共存だの平等だのと面倒な事は言わねぇ。

人に仇為す存在は皆殺しだぜ!』

 

『ええ、ええ、誠に立派な心掛けですな。』

 

腰に手を当て高々と笑う輝刃に老人は媚を売り大金を渡す。

だが輝刃の行いは後にさらなる混乱をもたらし、老人は自らの行いを後悔するのであった。

 

 

 

それから数か月後、老人は再び退魔師に連絡を取る。

輝刃の仕事は鎌鼬を退治する事であり、それは完璧にこなしたと言える。

だが輝刃は退治しただけで土地を浄化する事もなければ土地を守るための結界や祠を建てて式神に守らせる事もしなかった。

従って鎌鼬が消えた代わりに新たな妖怪が棲みついたのである。

かつては鎌鼬が治めていた土地を、今は数匹の妖怪が分割して棲みついており事態は悪化していると言える。

 

『八蛇などに頼むのではなかった。

やはり我々には太刀花様しかおりませぬ。』

 

かつて太刀花家が山を浄化し、祠を建て二度と妖怪を呼び寄せぬようにしっかり管理するよう言い残した。

だが月日の流れと共に先祖代々受け継いだ言い伝えはただの作り話へと変化し、老人は土地の開拓に合わせて古びた祠を破壊した。

そして山に棲みついた鎌鼬に慌てた老人は八蛇に退治を依頼したのだ。

老人はそもそも妖怪を退治してしまえば祠など不要と考えた。

 

『申し訳ございません。

しっかり管理していたのですが、何者かが祠を破壊していったのです。

今にして思えばそれも八蛇の仕業であったのかもしれません。』

 

(…どうせ自分で壊したんでしょうに。)

 

杏樹は取り繕う老人に冷ややかな視線を浴びせながら思考を深めていく。

 

(浄化しなかったのはまた妖怪を呼び寄せるため。

そうやって何度も依頼を請けるつもりだった。

…あるいは斬る事自体が目的なのかも…仕事したのがアイツなら…。)

 

杏樹は兄である輝刃の顔を思い浮かべる。

輝刃がどういう男であるか妹の杏樹はよく理解している。

 

『わかりました。

私達が再び山を浄化してまいります。

どうか吉報をお待ちください。』

 

嘘で身を固め保身に走る老人にさえも、藍は敬意を払って礼儀正しく接する。

 

(お人好しね。

それが災いにならなければいいけど。)

 

溜め息をつきながら杏樹はわずかに拳を握りしめる。

そういう妹だったからこそ自分は救われたのだ。

だから今度は自分が妹を守ってあげたい。

自分が持ちえなかった美徳を持ち合わせている藍をかつては憎んでいたが今は尊いと感じている。

私がこんなに変わったのだから、八蛇の家族も変わっていないだろうかと甘い期待を抱いてしまう。

 

『ではまいりましょう、お姉さま。』

 

『ええ、さっさと終わらせましょ。』

 

かつての家族の影が見えたせいか、妙な不安が押し寄せている。

 

(…もしもの時は私が命に代えてでも…)

 

以前の自分では考えられない想いに自分でも驚いてしまう。

いつの間にか自分は義理の妹を好きになってしまったらしい。

 

(そういえばあの子達はどうしてるかしら。)

 

兄を思うならば弟も思い出すのは必然だろう。

家出をした時に別れの挨拶に来てくれた小さな双子。

家族間の愛情が希薄な家庭だったが、それでもあの2人だけは杏樹も気にかけている。

藍を中心とした太刀花家と八蛇家の争いはもう止められないが、それでもあの2人だけは争わせたくない。

 

(…それだけじゃない。

凛も那由多もタマキも…)

 

いつの間にか大切な物が増えてしまった事に幸せを感じつつも責任の重さも感じる。

大切な物が増えるという事は失う恐怖も増えるという事だ。

 

『…藍、ちょっといい?』

 

不安を押し殺すように杏樹は藍の袖を掴む。

 

『はい、何でしょうかお姉さま。』

 

いつもと同じ笑顔の妹。

この笑顔を失いたくない。

 

『…八蛇の名を聞いて過敏になってるだけかもしれないけど、なんだか嫌な予感がするの。』

 

少し恥ずかしくてカッコ悪いと思うが、杏樹は素直な気持ちを曝け出す。

姉妹となって早数か月、気付けばこのような姿も平気で見せられるようになった。

 

『だからもしもの時は身の安全を最優先して。

私が必ず助けに行くから絶対に諦めないで。

みっともなくてもいいから少しでも長く生き永らえて。』

 

杏樹らしからぬ潤んだ瞳に見つめられて、藍は少し顔を赤らめる。

ただでさえ綺麗な顔立ちの杏樹にそんな風に見つめられると同性であっても恋に落ちてしまいかねない。

僅かに動揺したが藍はすぐに持ち直す。

杏樹は真面目な話をしているのだから、誠実に答えなければならない。

 

『わかりました。

もしもの時が来たら最後の瞬間までお姉さまを信じさせていただきます。』

 

『うん、信じて。』

 

そっけなく返事をすると杏樹は照れ隠しで一足先に進む。

藍は微笑みながら頼れる小さな姉の後ろをゆっくりとついていくのだった。

 

 

 

 

『じゃあ手筈通りに二手に分かれましょ。』

 

妖怪は数体いて、そのうち1体と戦闘している事が察知されれば残りの妖怪はすぐに身を潜めてしまう。

藍と杏樹が二手に分かれ、連絡を取り合って同時に仕掛ければ少なくとも今夜中に2体は討伐する事が出来る。

 

藍が気配を辿りながら山中を探索すると、気配はすぐ近くに感じるのだが妖怪が発見できないという不思議な状態に陥った。

不思議に思いながらも妙に嫌な予感がしたため藍が後ろに飛び退いてみると、鼻先に強烈な風が当たった。

 

(目の前を何かが通り抜けた!)

 

物凄い風圧だったので、後ろに飛び退いていなければ今頃は顔がなくなっていたのだろう。

 

(意識を集中していたのに見えなかった。

じゃあ逆なら…!)

 

藍は意識を朦朧とさせぼんやりと無心な状態へと変化させる。

すると目の前に煙のような妖怪がうっすらと見え始めた。

巨大なイタチのような姿をしているが、正体は煙々羅と呼ばれる妖怪だろう。

 

【煙々羅(えんえんら)】

煙のような妖怪で様々な姿に変化して生き物を襲う。

無心な状態でなければ姿を確認する事が出来ない。

何らかの意思が煙と融合した自然現象のような妖怪であるため対話は不可能。

 

敵に先手を取られてしまったが、最悪の事態は回避できた。

藍は後退しながらすぐに杏樹にメッセージを送ると戦闘を開始する。

ポケットの中でスマホが震えたがこちらは内容を確認する暇がなく、どうであれ戦闘開始を承諾してもらうしかない。

 

藍は刀に手を掛けるとゆっくりと近付いて間合いを取る。

煙々羅は手足を振り回して攻撃を仕掛けるが藍は無心のまま回避し続ける。

常人であれば気の抜けた状態では上手く攻撃を回避する事はできないが日々の訓練が染みついた藍ならば身体が勝手に動いてくれる。

意識を朦朧とさせたまま藍はフラフラと近付いていく。

 

(あ、間合いに何かいる…。)

 

そう気付いた瞬間、藍は即座に刀を抜いて横に振る。

意識を取り戻したため煙々羅は見えなくなったが恐らく斬れただろう。

あの間合いで避けるような相手ならばとてつもない達人である。

再び気を抜いて意識を朦朧とさせると煙々羅が霧散していくのが瞳に映る。

 

(あぁよかった…勝てたみたい…。)

 

そう気を抜いてボーッとしていると、何かが近付いてくるのがうっすらと感じられる。

手癖で刀を振りぬいてしまい、何かとんでもない物を斬っていないかと慌てて意識を取り戻すと目の前には藍の刀を刀で受ける男の姿があった。

男はこちらに斬りかかってきたらしい。

 

『へっ、完全に気を抜いて油断してたのにやるじゃねえか。』

 

『…日々の鍛錬です。』

 

実は危なかったのだが藍は強気に振る舞う。

 

『煙々羅はイタチに化けてたな。

あれは俺が殺したイタチだ。

ここに棲んでたのを俺が殺した。』

 

『その後の処置がされてませんでしたね

だから次の妖怪が棲みついてしまいました。

まさか煙々羅のような存在が現れる事を望んでいたのですか?』

 

藍が厳しい目で追及すると、男は鼻で笑って答える。

 

『そうすりゃ次の依頼が来て次も殺せる。

金も手に入って一石二鳥だろうが!!』

 

『次の質問です。

あなたは何者で何が目的ですか?』

 

鍔競り合いでは男の腕力に敵わないので間合いを空けるために藍は蹴りを繰り出す。

蹴りが来る事はわかっていたので男は後ろに飛び退いて間合いを空ける。

ある意味では勝負の前の儀式のようなものだった。

 

『八蛇 輝刃だ。

次に棲む妖怪がどんな奴か見に来たんだが思わぬ収穫があったな。

お兄様が杏樹とお前を連れ帰ってやるよ!』

 

『…八蛇…。』

 

八蛇家にとって藍とは藍の母である嵐を殺した際の戦利品であり、それを手に入れない事は恥であるとして異常な執着を見せている。

藍は一年前に八蛇 夢獲(やだ むと)と名乗る男に惨敗し誘拐されそうになった。

その時は凛と兄達の介入で何とか助かったが、その彼らが再び自分を誘拐しさらに杏樹も連れ戻そうとしているらしい。

藍が八蛇の名を聞いて動揺しないはずがなく、動揺した隙を突いて輝刃が斬りかかるが藍はかろうじて攻撃を受け流す事が出来た。

輝刃の構えは火の構えと呼ばれる上段の構えである。

非常に攻撃的な構えであり、今の一撃も輝刃の性質が伺える強烈な打ち込みでもあった。

 

(まともに打ち合ったら力負けしますね。)

 

藍は切っ先をやや外側にずらす。

平正眼と呼ばれ、攻撃を防ぎつつ小手を狙いやすい上段に強い構えだ。

普通ならば相手は警戒するはずなのだが…

 

『剣道じゃねぇんだぞオラぁ!!』

 

輝刃はお構いなしに打ち込んでくる。

 

(小手を打ち込んでもこっちが負けちゃう…!)

 

肉を切らせて骨を断つという格言のように、輝刃に小手を打ち込んでもその後に無理やり押し込まれるのだろう。

小手を斬られて片手で振る輝刃の攻撃は中途半端になるだろうが、それでも急所に打ち込まれればこちらが致命傷になる。

 

(なんて人なの。

防御をおろそかにして相手を倒す事だけに執着してる!)

 

五体満足で連れ去る気はないらしい。

藍は回避しながら慌てて構えを切り替える。

こちらも必殺の一撃を叩き込む姿勢を見せる必要があると考えたのだ。

藍の狙い通りに輝刃はこちらを警戒して動きを止める。

これでも突撃してくるならばそれは無駄死にで本物の馬鹿だ。

 

『面白くなってきたじゃねぇか。』

 

『私は面白くなんてありません。

力は誰かを守るために振るうものです。

無意味に振るう力に何の意味があるんですか?』

 

藍としては当然の摂理を問いただけだが、それが輝刃と八蛇にとっては気に入らない。

互いに隙を伺っていたが、輝刃が藍の迎撃を受け止めながら強引に近づいてきた。

 

『他人のために使うなんて綺麗事の嘘を並べるんじゃねぇ!!

自分で身に着けた力を自分の好きに使って何が悪い!!』

 

かねてより人々のために刀を振る太刀花家の信念を八蛇家は偽善と呼んで忌み嫌ってきた。

一族の怒りの念をぶつけるかのように輝刃が激しく強打を繰り返すが、藍は体制を崩しかけながらも冷静に防いでいく。

 

『私は自分の力を自分だけで身に着けたとは思ってません。

私の力は祖父や叔父や兄達からの指導、私が出会った人々の優しさ、先祖代々が技を研鑽し積み重ねてきた結果。

そして祖先の歩んだ過程には様々な人達との交流があったはずです。

血脈とはそういうものです。』

 

『顔も知らねぇ先祖なんて知るかよ!!』

 

輝刃が怒りに任せて上段の構えから振り下ろした真向斬りを藍は横に弾く。

輝刃の突進は衰えないまま藍の横を通り抜け、お互いに身体の向きを変える。

 

『お前の言う誰かの為なんてのも、結局は自分がそうしたいってだけじゃねぇか!!』

 

『その通りです。

私が剣を振る間に、誰かが畑を耕し、誰かが家を建て、誰かが物を運んでます。

みんな自分のやりたい事や出来る事をして世の中に貢献しているんです。

私が誰かの為に戦う事はどこにでもある当たり前の光景に過ぎません。』

 

藍の瞳に嘘はない。

藍にとって霊と戦う自分とは働いている人でしかなく、社会に生きる人々が各々の出来る事を果たしてくれる事で自分は生かされていると考えている。

 

『どいつもこいつも俺達に何も与えなかった癖に俺から奪うなんて認めねぇ!!』

 

『霊と戦う力があったって私達だけでは生きられません。

そんな私達が人のために剣を振るのは…当然の役割です!!』

 

言葉の終わりと同時に藍は大きく刀を振って輝刃の刀をはじき返す。

藍にしては珍しい力技の一撃は拒絶と言う意思表示だ。

 

『…ちっ、生意気な妹にはお兄様からの指導が必要だな。』

 

輝刃は唾を吐き捨てると武器を構えて意識を集中させる。

 

『…これは…?』

 

不気味な現象に警戒する藍を見て輝刃は残忍な笑みを浮かべる。

輝刃の周囲を様々な妖怪の霊が漂い始める。

妖怪達からは怒りと不服な表情が感じられる。

 

『コイツらは俺が今まで殺してきた妖怪だ。

強制的に取り込んで俺様の力に変えてるんだよ。』

 

『…なんて惨いことを…』

 

輝刃の強化法は外法と呼ばれる類の物で、迂闊に使用すれば本人だけでなく人と言う種そのものがあらゆる存在から拒絶されかねないものだ。

故に退魔師協会では使用を禁止しているが、八蛇は協会に属していないし妖怪と共存する気もない。

八蛇は人間以外の全てを切り捨てる方針を貫いている。

人のために働いていると言えば聞こえはいいが、今回のように私的な事情で動く事も多い。

 

(…泣き声が聞こえる…。

…これはあの人に力を奪われている妖怪の声…?)

 

自分を殺した者のために力を行使させられるのは本当に口惜しいだろう。

妖怪達の同国が助けを求めるように響いている。

 

『杏樹に邪神の加護があったように、俺達の一族は身体を犠牲にして何かしら能力を得ている。

我が身可愛さにお綺麗なままでいるお嬢様にはひとたまりもねぇぞ!!』

 

叫び声と共に輝刃の霊力が大幅に上昇し、霊圧だけで気圧されそうになってしまう。

退魔師同士の戦いは単純に身体を傷つけあうだけでなく、霊力をぶつけて相手の体力を奪う方法もある。

己の霊力を放出して相手の体力を奪えば相手の動きは鈍るし、体力が無くなれば相手は倒れる。

霊力による攻撃を防ぐには霊力による相殺しかなく、霊力とは退魔師の攻撃力でもあり防御力でもあるのだ。

男であるがゆえに腕力や体格で勝り、互角以上の霊力を持つ輝刃は藍より強いと言えるかもしれない。

 

しかし藍には譲れない信念がある。

人と言う種が霊や妖怪と敵対する事なく共存するために太刀花家は禁忌を犯さず自らの技を鍛えて生きてきた。

それは安易に禁忌に手を出す八蛇とは真逆の生き方だ。

その信念が藍の闘志を沸きたてる。

 

『そんな者に頼らなくても人は強くなれます!』

 

藍は目を閉じると愛刀である藍花に強く念じる。

 

(藍花、皆様、私に力をお貸しください…。)

 

藍はただ祈りを捧げているに過ぎない。

しかし藍の祈りが引き起こす現象を見て輝刃は大きく目を見開く。

藍の背中には数多くの意志が集まっていた。

藍花は思いを霊力に変える特殊な機能が備わっており、多くの意志が集まった藍花にはとてつもない霊力が集まっていた。

 

輝刃は先ほどの藍の言葉を思い出して舌打ちをする。

藍という存在は数多くの人々の協力と、先祖代々積み重ねてきたもの、そして祖先の歩む道と交わった人々との出会いと別れの賜物であると。

恐らくそれは事実であり、目の前の現象はその結晶なのだろう。

藍が生まれるまでに生きて死んで命を繋いできた太刀花家に縁のある霊達が藍花に力を注いでいる。

輝刃にとっては不愉快な温かい存在が藍に力を与えているのだ。

 

『いちいち群れやがって…鬱陶しいんだよ!!』

 

輝刃は一気に間合いを詰めると強打を繰り返すが、藍は冷静に攻撃を捌いていく。

捕らわれた妖怪達が輝刃に与える力よりも、藍に与えられている力の方が上回っているのだ。

藍が反撃に出ると輝刃の顔から笑みが消える。

腕力では圧倒しているはずだが、今は藍の速さだけでなく一撃さえも重たく感じる。

自分の能力で圧倒出来ると考えていたが、藍の能力の方が上回っていたことにショックを受けたが輝刃の目はまだ負けを認めていない。

 

『よぉくわかったよ妹!

てめえはイジメ甲斐のある女だ!!』

 

輝刃は後ろに飛んで間合いを空けると、左手を放して右手だけで刀を立てる。

 

『屍棄(シキ)!!』

 

輝刃が左手で刀の柄の先端を叩くと刀身から漆黒の霊力が噴き出す。

溢れ出した漆黒の霊力は燃え盛る炎のように天高くまで舞い上がっている。

 

『な、何これ…!』

 

見た事のない異常事態に今度は藍が腰を抜かさんばかりに怯んでしまう。

先ほどまで同格だったはずの輝刃が達人をも超える圧倒的な霊力を放出している。

 

(こんなの…お爺様達でも勝てない!)

 

名実ともに世界トップクラスの退魔師であるはずの祖父を超える力を目の前の男が発揮している。

それは輝刃が自分などよりも遥かに格上であり、八蛇家が太刀花家を遥かに上回る事を示している。

 

(い、今までのは遊んでいただけなの?

こんなの勝てるわけが…)

 

どれほど窮地に陥っても最後まで堂々と戦い抜くつもりだったが、ここまでの実力差を見せつけられるとは想像もつかなかった。

 

(こんなにも差があるなんてあんまりだよ。

待って待って、負けたら私はどうなっちゃうの…!)

 

足が震えだして呼吸も定まらなくなる。

負けた時に訪れる悲劇への恐怖も乗り越えたつもりだったが、目の前のどうしようもない理不尽がそれらをいとも容易くかき消す。

この状況に於いて鍛え抜かれた藍の精神は持ち直すというよりは妄信に近い信仰へと変質する。

 

(だ、大丈夫…!

未熟だけど私には先祖代々受け継いだ技と、鉄匠お爺様が打った藍花と、たくさんの人々が後ろについてる…!

絶対に負けない…!)

 

藍は震えながらも唇を噛みしめると、迫り来る理不尽に立ち向かう覚悟を決める。

そんな藍の健気な姿が気に入ったのか、輝刃はサディステックな笑みを浮かべて舌舐めずりする。

負けるとは微塵も思っていないようだ。

 

『本当にイジメ甲斐のある女だな。

連れて帰ってからもたっぷりイジメてやるよ!!』

 

輝刃は全身から霊気を発しながら物凄い勢いで突撃してくる。

 

(みなさん、どうか私に力を…!)

 

輝刃の凄まじい一撃に藍は真っ向から刀をぶつける。

激しい衝突音が鳴り響き、衝撃で辺り一帯が震える。

 

そもそも男女の腕力差があり、真っ向勝負など藍にとって圧倒的に不利である。

まして相手は尋常ではない霊力を放っており、藍の行動は下策と言える。

そのような対応を選んだのは、やはり藍が恐怖に屈したが故である。

事象を真っ直ぐに受け入れて冷静な選択を選ぶ事が出来ず、妄信に走った藍は既に負けていたと言える。

 

パキッ!

 

多くの人々の願いが籠められた藍花が音を立てて折れる。

それは全否定。

一族が積み重ねてきた技術も、たくさんの人々の願いも、日々鍛えた技も、全てを合わせた一撃が折れた。

その光景は藍の心を折るには十分すぎる物だった。

 

(そんな…!

嘘よ…うそ、ウソ、嘘…!!)

 

尻もちをつきながら宙を舞う藍花の刀身を見上げる。

藍の顔は青ざめ瞳は大きく開き絶望に染まっている。

だが刀が折れただけで済んだのは輝刃にとっても驚愕だった。

藍花と集まった多くの意志達の底力が藍を守ったのだろう。

 

『マジかよ!

耐えやがった!!』

 

輝刃は目を見開いて藍を見下ろしながらもすぐさま次の行動に移る。

得体の知れない力に怯えているのは輝刃も同じなのだろう。

ただし彼は攻撃的な性格からか、考えるよりも早く次の攻撃へと動き出した。

 

『屍棄(シキ)!!』

 

再び輝刃の霊力が激しく上昇する。

愛刀を失った藍は既に戦意を失っており、刀を振り上げる輝刃を呆然と見つめていた。

 

(お爺様、叔父様、お兄様方、お姉様方、学校のみんな、ご近所の皆様、私を応援して下さる皆様、ごめんなさい。

私はここまでです。)

 

何もかもを諦めかけたその時、藍の脳裏に一つの言葉が蘇る。

 

『私が必ず助けに行くから絶対に諦めないで。

みっともなくてもいいから少しでも長く生き永らえて。』

 

別れの際に交わした杏樹の言葉が脳裏をよぎる。

この絶望的な状況で本当に助けが来るかはわからない。

ただ家族を信じられずに諦める自分に耐えられなかった。

 

(例え無様な姿を晒すとしても、私は最期まで家族を信じきりたい。)

 

藍は輝刃に背を向けると四つん這いになって走り始めた。

もはや立ち上がる時間も体力もなく、尻を向けて逃げ去る姿は剣士としても女としても恥である。

それでも、今出来る最善の行動がこれしかないのだ。

 

『おいおいなんだそりゃ、誘ってんのか!』

 

輝刃がどんな顔をしてるかなど知りたくもない。

追う方がずっと速いと理解しつつも藍は絶望と屈辱で涙を流しながら必死に逃げる。

 

『おやすみ、藍!

次に目が覚めたら俺たちゃ家族だ!

たっぷり可愛がってやるからな!!』

 

輝刃が勝利を確信して喋ってくれるおかげで攻撃のタイミングが掴める。

 

『風よ!!』

 

藍は袖から呪符を取り出して地面に叩きつけた。

呪符の力で巻き起こされた風は地面に反射して藍の身体を激しく吹き飛ばす。

 

輝刃の攻撃を躱す事は出来たはずだが、その後がどうにもならない。

零距離で風を受けた自分は意識を失い、そのまま地面へと叩きつけられる事になるのだろう。

そこで死ぬかもしれないし、生き延びても輝刃に連れ去られるのだ。

やれるだけの事はやった。

迫り来る未来に絶望しながら藍はゆっくりと意識を手放していった。

その時だった、

2人とは別の足音が慌ただしく駆け寄ってきた。

 

『藍!!』

 

杏樹の声が響き渡り、宙を舞う藍に杏樹が駆け寄る。

二手に分かれて妖怪と戦っていた杏樹が異変に気付いて合流してきたのだ。

藍は意識を失っており杏樹の声も届かない。

杏樹は駆けながら懐から呪符を取り出す。

 

『風よ!!』

 

杏樹は藍の落下地点に風を巻き起こす。

地面に衝突しそうだった藍の身体はわずかに浮き上がり、ゆっくりと地面に着地する。

安堵の溜め息を吐きながら刀に手を掛けて杏樹は藍の前に立ち塞がる。

相手は実の兄、当然ながら模擬戦で勝てた事はない。

藍を救うために杏樹は覚悟を決めて立ち塞がったのだが、その覚悟はすぐに無意味な物となる。

戦うはずの輝刃が何もせずして倒れたのだ。

 

きょとんとした表情で目を丸くする杏樹の前に懐かしい人物が姿を現す。

 

『あーあ、やっぱりこうなったか。

輝刃は考え無しに無茶するからなー。』

 

『…紅露栖…』

 

現れたのは杏樹の弟、八蛇 紅露栖(やだ くろす)だった。

中世的な顔立ちだがまだ11歳なので幼さを残している。

丸みを帯びたショートヘアーで背も低く身体も細い。

千早の下からハーフパンツが覗き、白く細い足が映えている。

顔立ちも相まって少女に見えなくもない少年だ。

 

『輝刃が無茶してないか様子を見に来たんだけど、まさか藍お姉ちゃんと杏樹に会うなんて思わなかった。』

 

紅露栖は涼し気な笑みを浮かべながらこちらを見つめている。

顔を合わせるのは家出した道中での別れの挨拶以来だ。

 

『久しぶりだね、杏樹。

無事に辿り着けたみたいで良かったよ。

そっちはうちより居心地がいいの?』

 

屈託のない笑顔を向けているが明確に嫌味を言っている。

杏樹が幸せなに暮らしている事を喜んでいる反面、杏樹は自分達を捨てたという負の感情が抑えられないのだろう。

そんな紅露栖の気持ちが理解できるからこそ杏樹は包み隠さず答える。

 

『ええ、幸せよ。

太刀花家のみんなは私を本当の家族として扱ってくれているわ。』

 

杏樹の言葉を聞いて紅露栖の眉が僅かに動いたが杏樹は言葉を続ける。

 

『それでも私は紅露栖の事を今でも大切にしたいと思ってる。

お別れの挨拶に来てくれたの嬉しかった。』

 

いつも淡々と喋る杏樹が気持ちを込めて優しく語ったが紅露栖の心には届かない。

 

『だから何?』

 

『出来る事なら戦いたくない。』

 

出会ってしまったからには輝刃同様に紅露栖も藍と自分を力尽くで連れ去ろうとするだろう。

言葉を交わしても紅露栖の行動は変えられないとわかってはいたが気持ちだけは伝えておきたかった。

予想通りに紅露栖は笑顔のまま首を横に振る。

 

『わかってるはずだよ。

僕らはもう止まれないし壊れてるんだ。

八蛇家は必ず藍お姉ちゃんと杏樹を連れ戻す。』

 

杏樹は小さく溜息を吐いてからゆっくりと刀を構えて答える。

 

『わかったわ。

かかってらっしゃい。』

 

杏樹の言葉が合図となって戦闘が始まる。

紅露栖の能力は身体能力の強化で、元より身軽だった少年は圧倒的な速度を得る。

速度を活かして敵を翻弄し、速度を乗せた強烈な一撃を叩き込むのが紅露栖の得意戦術だ。

 

『杏樹の能力は身内の僕らには発動しない。

杏樹が僕に勝てるはずがないのさ!』

 

大木を蹴って次の大木に移り、その大木をまた蹴って反動で飛ぶ。

無邪気な笑い声を挙げながら木々の枝の上を走り回り杏樹の周りを高速で周回する。

以前の杏樹ならば速さに翻弄されて狼狽えていたのだが、杏樹は落ち着いて目を閉じて身構える。

いつもと様子が違う事に紅露栖も警戒はしたがすぐに考えを切り替える。

 

(ハッタリだ。

どうせ何もできない。)

 

杏樹の背後に回り込むと紅露栖は樹を蹴って上空へと飛んで背面から攻撃を仕掛ける。

紅露栖は勝利を確信して攻撃を繰り出したが、杏樹はクルリと振り返ると紅露栖の攻撃を完全に読み切って受け流す。

 

『ははっ、まぐれだ。

運がいいね!』

 

紅露栖は再び周回すると今度は杏樹の左側面から攻撃を仕掛けるが、杏樹はまたも体の向きを合わせて攻撃を受け流す。

 

『…っ、なんでっ…!』

 

若さゆえの未熟さでムキになり紅露栖は連続攻撃を仕掛けるが、杏樹はことごとく攻撃を受け流していく。

 

『どうして…!

どうしてだよ!!』

 

動きを止めた紅露栖にゆっくりと向き直ると杏樹は刀を降ろして静かに答える。

 

『お姉ちゃん強くなったでしょ。

太刀花家で努力したからだよ。』

 

『…努力…?』

 

八蛇家は禁呪で身を削って人々に貢献し、太刀花家は綺麗言を振りかざして自らの手を汚さない。

それが紅露栖が教わってきた認識だ。

 

『八蛇家が禁呪で強くなるように、太刀花家は厳しい鍛錬で強くなるの。

これはその鍛錬の成果だよ。』

 

家族の誰もが疑問に思いながらも口にしなかった。

太刀花家が綺麗言を振りかざすだけなら八蛇家の相手ではないはずなのだ。

実際そのように教わってきたが、現実には八蛇と太刀花家の抗争は長く続いている。

 

『私が見えてなくても風や樹は見てる。

空気が吹き荒れ木々が揺れて音が鳴り影は動く。

自然に耳を傾ければ紅露栖の居場所くらいわかるの。』

 

口で言えば簡単だが、それが出来るようになるのは容易い事ではない。

まして杏樹が家を出てからそこまでの時間が経過していないのだ。

しかし杏樹は実際に紅露栖の攻撃を防いでいる。

それはつまり杏樹が太刀花家で想像を絶する鍛錬を積んでいると結論付けざるを得ない。

八蛇家が禁呪で強くなるなら、太刀花家は信じられないほど過酷な鍛錬を積むのだと。

 

『嘘だ!!』

 

紅露栖は瞬間移動のような速度で斬りかかったが、やはり杏樹は攻撃を容易く受け流す。

いくら速くとも位置が丸わかりで、剣の腕前は杏樹が圧倒しているのだから紅露栖の攻撃が通用しない。

大人の退魔師相手にもスピードだけで勝利してきた紅露栖の剣の腕前は年相応に高レベルの剣道少年でしかなく、今の杏樹に攻撃を加えるには到底及ばない。

杏樹と互角に戦うにはさらなるスピードアップが必要だと紅露栖は判断するが…

 

『お互いにそんな事をしてる時間はないでしょ。』

 

先に杏樹の方から停戦を提案する。

杏樹も紅露栖も目的は目の前の敵を倒す事ではなく倒れた仲間の回収である。

 

『…そうだね。』

 

容易く勝てるつもりだったが、今の杏樹と戦えば勝敗はわからず時間も消費してしまう。

輝刃を長らく放置しておけばどうなるかわからない。

 

紅露栖は虎の式神を召喚すると背中に輝刃を乗せる。

 

『今日の結果をお母さんに伝えて。』

 

紅露栖では杏樹に勝てない。

そう思ってもらえれば少なくとも紅露栖と戦わずに済むと杏樹は考えたのだ。

 

『わかったよ、杏樹。

今日は会えてよかったよ。』

 

杏樹の意図を理解して紅露栖も心を開く。

紅露栖を大切に思う杏樹の気持ちが通じたのだ。

 

『じゃあ杏樹、元気でね。』

 

別れの挨拶を告げると紅露栖と式神は高速で立ち去っていく。

辺りが一気に静けさを取り戻す。

杏樹は安堵の溜め息を吐くと、藍を運ぶための式神を呼び出すのだった。

 

 

あれからどれくらいの時間が流れたのだろうか。

意識を取り戻した藍は最悪の事態に怯えながらゆっくりと目を開けて周囲を見渡す。

天井も壁も見覚えがある。

ここは太刀花家だ。

右手にはギブスが取り付けられている。

どうやら折れているらしいが、無くなっていないのなら良しと切り替える。

むしろ右手だけで済んで良かったと考えるべきだろう。

安心して気が緩んだのか藍は空腹である事に気付く。

 

『あ、目が覚めたんだねー。』

 

耳に馴染んだ声が心地よく響き渡る。

お手伝いの小夜さんがふすまから顔を覗かせると、すぐに台所へと戻っていく。

きっと温かいお茶とお粥を用意してくれるのだろう。

しばらく天井を眺めていると祖父と杏樹が姿を現した。

 

『お姉様が助けてくださったんですね。

ありがとうございます。』

 

他に思いつかないのでそう結論付ける。

藍は身体を起こして頭を下げて礼を言う。

だが輝刃の恐ろしい力を前に杏樹はどう立ち向かったのだろうか。

そんな藍の疑問を読んでいたかのように杏樹が答える。

 

『…私は大したことしてない。

輝刃とも戦わなかったし。』

 

照れ隠しのように平静を装う杏樹に藍は身体を起こして微笑む。

 

『いえ、お姉様の言葉を信じたからこそ最後まで抗ったんです。

本当にありがとうございました。』

 

真っ直ぐな気持ちが届いたらしく、杏樹は顔を背けながら少し顔を赤らめる。

 

『そう、まぁいいけど。』

 

姉ではあるが、顔を横に向ける仕草が尻尾を振る子犬みたいで可愛い。

姉の顔を微笑ましく見つめていると、凛と那由多とタマキ、そして叔父と兄達が現れて一気に騒がしくなる。

凛が抱き着き、叔父や兄の旬が泣き出し、奏が皮肉を言い、その他の兄達が次々に説教を始める。

こんな騒がしさも二度と味わえないと思っていたので、藍は嬉しくて少し涙を浮かべてしまう。

 

『お前ら、気持ちはわかるが大切な話がある。

後にせい。』

 

祖父に言われて全員が騒がしく退散していく。

やがて喧騒が遠ざかると祖父は咳をして姿勢を正す。

 

『杏樹から大体の状況は聞いたが確認するぞ。

お前は八蛇の男と遭遇して戦闘になり負傷した。

それで間違いないな?』

 

八蛇と聞いて藍は身体をピクリと身体を硬直させてしまう。

それがトラウマから来る恐怖心なのか敗北して家名を汚した事への糾弾を恐れているのかは藍にもわからない。

藍は小さな声で絞り出すように答える。

 

『…お恥ずかしながら惨敗です。

相手の強さに怯え、判断を誤り、藍花も失ってしまい…。』

 

言葉にすると記憶がよみがえる。

語るうちに涙が止められなくなり、瞳から大粒の涙が零れ落ちる。

泣き出した藍を見て祖父は珍しく慌てた様子で話し始める。

 

『待て待て待て、泣かんでもいい。

聞いた話では相打ちだ。

その事で聞きたい事があるのだ。』

 

『…は?相打ち?』

 

信じられない。

本気を出した輝刃には歯が立たず、愛刀の藍花も折られ、後はトドメを待つだけのはずだった。

 

『本当よ。

その後に私が対峙したら輝刃は勝手に倒れたんだもん。』

 

『…そんな…どうして…?』

 

藍は輝刃との戦闘を振り返る。

あの時は戦闘中故に考えが及ばなかったが、落ち着いた今ならばいくつか疑問に思う事がある。

そもそも輝刃は最初から本気だったはずだ。

急に強くなったからそれまでは手加減していたのだと錯覚してしまったが、そこに至るまでの戦闘で手を抜く理由がないし、輝刃は本気の感情をぶつけて戦っていた。

あのように思想を叫びながら手加減をしていたとは思えない。

 

『でもどうして…あんなに強いのなら…でも…。』

 

『あんなに強い、とはどのくらいの強さだ?』

 

ブツブツと呟く藍の思考を絶ち切るように祖父が尋ねる。

我に返った藍はすぐに返事をしようとして、内容を思い出しわずかに躊躇しながら言葉を選んで答える。

 

『そ、その…ですね。

剣の腕で言えば私と大差がありませんでしたが、霊力だけで言えばお爺様さえも圧倒していたと言いますか…。』

 

祖父の眉が動いたので藍は言葉を止めてしまう。

祖父よりも強いなどと不敬にもほどがある言葉だが、事実としてそう感じた事を伝えざるを得ない。

言い訳がましい嘘だと怒鳴りつけられるのも覚悟して目を瞑ったが、祖父は腕を組んで下を向いたまま動かない。

やがて祖父がゆっくりと顔を挙げると、祖父が喋るよりも先に杏樹が話し始めた。

 

『禁呪の一種じゃない?

八蛇家は何かあると禁呪を使うもの。』

 

『…だろうな。

十代の若造がそれほどの霊力を身に着けるはずがない。

そんな化け物がおるならうちはとっくに終わっとるわ。

藍、そいつ何かおかしなことをしてなかったか?』

 

異常な強さには何か仕掛けがあったのだ。

祖父の言葉に納得して藍も心当たりを探る。

 

『そういえば妙なおまじないをしていました。』

 

何かの術式とはかけ離れた謎の動きだったのでおまじないかルーチンワークだと思い込んでしまい、その後は急激な変化に怯えて冷静に考えられなかった。

今にして思えばおかしな行動には意味があったのだ。

 

『こう…刀の柄の先端に掌で銃の弾を込めるみたいに…シキと。』

 

『屍棄か。』

 

祖父は名を呟くとゆっくりと下を向いて目を閉じる。

藍と杏樹が見つめ続けて数秒ほど時間が経過すると、考えがまとまった祖父が再び口を開く。

 

『そいつは大昔の退魔師が生み出した自爆技だ。

屍を棄てる、と書いて屍棄と読む。

物騒な字は存在そのものが危険であると使用者に伝える意味がある。

己の身を犠牲にして莫大な霊力を放つことが出来る古代のカラクリ…まぁそういうシステムだな。』

 

そんなシステムがあるのなら界隈に広まらないわけがない。

少なくともメリット以上にデメリットがあるのだという事は藍も杏樹も理解していた。

 

『藍の言った弾を込めるとは上手い表現だ。

屍棄は己の魂を武器に込める。

言い伝えでは迂闊に多用した者は屍さえも残さずに消滅した故に屍棄と名付けられている。

八蛇が死ななかったのは消滅を防ぐ新しい仕組みがあるんだろうな。』

 

『でも私と対峙した時は勝手に倒れた。

多分だけど仕組みで使えるのは限度があって、最後は輝刃が自分の魂を使ったのよ。

自分なら何回か耐えられると自惚れた。

でも無理だった。』

 

それならば自分が助かったのも納得がいく。

あれは輝刃の方が追い詰められて屍棄を使わざるを得なかったのだ。

だがこちらは藍花を失ったので再び相まみえた時に勝てる見込みは薄い。

屍棄の一撃は藍花でなければ防げなかったのだ。

 

『…もうやめとけ。』

 

『えっ…』

 

恐れていた言葉がついに現れたので藍は身を強張らせながら返事をした。

 

『退魔師は続けてもいい。

だが屍棄を使って襲ってくるヤツを救おうなどと言うのはやめろ。

それが亡きお前の母である嵐の計画なのだとしても、そうまでしてお前を攫いに来る彼らをお前が救う必要はない。』

 

ハッキリと語尾を強めて祖父が説く。

その言葉には強い意志が感じられ、何よりも正論だった。

 

『今回助かったのはお前が分不相応な藍花という武器を持っていたこと。

要するに運が良かっただけだ。

屍棄への対抗手段はなく、逃げ出して自滅させるのが常套手段だ。

それならば彼らの為にも最初から戦わん方がいい。』

 

祖父の言葉は正しい。

八蛇家を救いたいと自分が戦ってしまう事で彼らに屍棄を使わせてしまうのなら本末転倒である。

藍は何も言い返せず黙り込んでしまう。

 

『八蛇家を助けようとしてくれただけで充分よ。

これからは藍の身の安全だけを考えるようにしましょ。』

 

杏樹もここが潮時であると訴える。

藍は返事をすることが出来ず、時計の針が動く音だけが辺りに響き渡る。

そのままどれだけの時間が流れたのだろう。

長い沈黙を打ち破ろうと藍が意を決して話を切り出そうとしたその時だった。

ドタドタと荒々しい足音がこちらに近づいてくる。

 

『龍磨、入るぞ。』

 

そう言うと返事も待たずに襖を開ける。

荒々しくせっかちな男の正体は藍花を打った刀匠の鉄匠だった。

 

『おう、どうした鉄っちゃん。』

 

長年の付き合いなので鉄匠の無礼も気にせず龍磨が迎え入れる。

鉄匠は大袈裟に音を鳴らすように座ると、腕と足を組んで藍の目を見つめる。

 

『あの…藍花は…大丈夫でしょうか…』

 

叱られているのだと思い、藍は小さな声で遠慮がちに話しかける。

藍が怯えている事に気付いた鉄匠は慌てて寄せていた眉間のしわを緩める。

 

『あぁ、怒っとりゃせんよ。

むしろ屍棄を相手によくぞ無事に戻ってきてくれた。

ワシは藍花を打って良かったと心の底から思っておる。』

 

コホンと咳をすると、鉄匠は表情を引き締めて話を続ける。

 

『話は2つある。

まず良い知らせじゃ。

藍花は折れはしたが破壊されてはおらん。』

 

知らせを聞いて藍の顔が明るくなる。

藍花の一番の特徴は思いを霊力に変換する特殊能力にある。

それは鉄匠が長年積み重ねてきた思いによって引き起こされた奇跡のような能力だ。

破壊された藍花を打ちなおしてもただの名刀になってしまう事を恐れていたのだ。

 

『藍花は蘇るのか。

それは不幸中の幸いだ。

で、悪い知らせはなんだい?』

 

龍磨も一安心したようで落ち着いた様子で尋ねる。

だが龍磨の言葉に対し、喉に何かつっかえたかのように鉄匠は言い淀む。

 

『あー…龍磨、勘違いして殴りかかってくるなよ?

ワシにとって藍ちゃんは最推しじゃし、ワシは藍ちゃんの安全を第一に考えておる。

…じゃがな…ワシの刀匠としての勘が感じ取ってるんじゃろうな。

藍花がワシに訴えかけて来とるんじゃ。』

 

『藍花が?

なんて言ってるのですか?』

 

少しだけ前に詰め寄る藍に目を向けると、鉄匠は大きく息を吸ってからゆっくりと答えた。

 

『藍花にも屍棄を入れろと言っとるんじゃ。』

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