放課後は退魔師   作:アフロダイB

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亡霊教師

『やーん、超可愛いー!!

こんな可愛い子が退魔師なの!?』

 

『は、はい。

ありがとうございます。

太刀花藍、依頼を受けて参上した退魔師です。』

 

地元から電車で1時間ほど離れた高校の校長室で、藍は距離感の近い女子高生に気圧されながら自己紹介をする。

 

『あたしは佐藤 樹里(じゅり)!

ジュリでいいよ。

藍ちゃん、後で写真撮ろうよ。

藍ちゃんみたいな可愛い子なら絶対にバズるよ!』

 

ジュリと名乗った少女は目立つ金色の髪を盛って華やかに仕上げ、過剰とも言えるアクセサリを飾っている。

藍もTVやSNSでギャルという存在は知っていたが、実際に見るのは初めてだった。

少なくとも田舎の太刀花町にはいないタイプだ。

 

『僕は清水 正義(まさよし)、第一発見者の一人だよ。

ごめんね、藍ちゃん。

樹里は可愛い物に目がないんだよ。』

 

第一発見者は5人組と聞いている。

清水はそのリーダー格なのだろう。

爽やかな笑顔と礼儀正しさ、中世的で線の細い見た目と反比例して堂々とした佇まいを感じる。

 

『い、いえ…。

私でお役に立てるなら…。』

 

自分のような子供が退魔師を名乗ってるのが可愛いのだろう。

藍からすれば流行のアイテムに身を包んでいるジュリに並ぶのが飾りっ気のない田舎者の自分では少し申し訳なさを感じるくらいだ。

 

『ええっと、依頼についてお伺いしてよろしいでしょうか。』

 

話を強引に打ち切って藍は依頼について校長に確認する。

 

『ええ、実は旧校舎に幽霊が出るのです。

噂自体は数十年前からあったのですが眉唾だと放置していたのです。

しかし今回は犠牲者も出てしまいましたので…。』

 

校長は我々としても霊などと信じられず、と言葉を続けた。

科学が発展し心霊現象のほとんどは否定されたが、近年になって怪異が増加したことでそれも変わりつつある。

最近では怪異や退魔師の存在も情報がTVやネットでも現れるようになってきたが、それでも一般的な認知としては校長のような考え方がまだ普通なのだ。

怪異は心の問題であり、退魔師は被害者を安心させるセラピストのような存在というのが世間の認識だろう。

2週間ほど前に【霊障】と呼ばれる症状で身動きが取れなくなった少年を退魔師の組合所に連れて行かなければ校長も霊と関わる事なく生涯を終えたのかもしれない。

 

『僕らは5人で旧校舎に入ったんだけど、そこでいきなり女の霊に襲われたんだ。』

 

『でー、逃げ遅れてマサやんが霊にやられちゃったの。』

 

清水が説明しジュリが補足する。

霊障にしては余りにも軽く、被害者は翌日には完治した。

しかし被害者が出た以上は何かの見間違いではないだろうと通報を受けた退魔師組合が動き、藍が派遣されたのだ。

なお被害者であるマサやんは、事件に関わりたくないからとこの場には来ていない。

 

『なるほど、亡霊ですか…。』

 

亡霊。

生物が死に絶える時に残した強い思念が作り出す存在。

死の間際に強く抱いていた思考に沿って行動し、生前の目的を果たすまで霊体のまま彷徨い続ける。

 

『太刀花様、どうにか退治して頂けませんか?』

 

校長がすがるように頭を下げる。

生徒思いの立派な教育者だと藍は感じた。

 

退魔師が退ける魔には様々な種類がいる。

前回の餓鬼は異世界から現れた妖怪だったが今回の亡霊は現世で発生したものだ。

 

『亡霊は生前の無念を晴らすのが目的なので基本的には彼らの邪魔をしなければ襲ってきません。

皆さんは亡霊に襲われた心当たりはありますか?』

 

藍の問いかけに生徒達は首をかしげる。

 

『俺ら何もしてないよなぁ?』

 

『アタシら探検してただけで幽霊の邪魔なんかしてないよね。』

 

人間にとって何気ない行動が霊の邪魔となる事は多い。

彼らの回答はよくある事だった。

 

『なんらかの理由でその場にいる人を無差別に襲う類の霊かもしれませんね。

中に入って調査をしてみます。』

 

校長に調査の許可を得て藍は校長室を後にした。

旧校舎に向けて歩を進めていると背後から何者かに飛びつかれる。

 

『藍ちゃん待って待って。

写真撮るって言ったじゃん!』

 

飛びついてきたのはジュリだった。

遅れて発見者の4人も後ろから現れた。

 

しばらくジュリに付き合い、初めて取るようなポーズで何度も撮影される。

これがSNSを通じて世界に発信されるのは少し恥ずかしい。

 

『退魔師って言っても藍ちゃんみたいな女の子だけじゃ危ないよね。

田中も付いていきなよ。』

 

清水が笑みを浮かべながら田中と呼ばれた少年の背中を押して前に出す。

小柄で気の弱そうな少年は、藍のような少女にも緊張しながら小さな声で『どうも』と挨拶をした。

 

『お気持ちはありがたいのですが、一般の方が付き添うのは危険です。

お気遣いなさらないで下さい。』

 

藍が丁重に断ると清水が周囲を見渡して小さな声で藍に告げる。

 

『大人達に聞かれると厄介な事になりそうだから黙ってたんだけど

亡霊は明らかに田中を狙ってたんだ。

もしかすると田中は亡霊に何か関係があるのかもしれないよ。』

 

マサやんと呼ばれる被害者は田中を庇って霊障になったと清水は言う。

そうであれば田中がいなければ亡霊は姿を現さないかも知れない。

田中の名誉ために清水たちが校長に隠していたのも辻褄は合う。

 

『わかりました。

田中さんの身は私が責任を持って守って見せます。

田中さん、よろしくお願い致します。』

 

藍が田中の手を握ると、またしても田中は小さな声で『う、うん』と相槌を打った。

自分のような年下の少女にも気後れするのだから、かなり内向的な少年のようだろう。

 

『こちらの札を握っていれば田中さんが標的にされる事はありません。

何かあればすぐに逃げ出してくださいね。』

 

『ぎゃく、逆だってば!

藍ちゃんが危なかったら田中が犠牲になるんだよ!

それと藍ちゃんが亡霊と戦う所、ちゃんと録って来いよ!』

 

藍が札を渡すとジュリに強い口調で命令されて田中は小さく頷いてた。

田中は友達のジュリに対しても対等に話せないらしい。

頼りない付き添いを連れながら藍は旧校舎へと入っていった。

 

『暗いですね。足元に気を付けてくださいね。』

 

旧校舎の中は静かで薄暗く、退魔師である藍であってもなんとなく恐れてしまう。

そもそも自分は霊の専門家であって、人が襲ってきた場合は訓練を受けているとはいえ専門家とは言えない。

少なくともこのような場所に人がいる事はないだろうが、薄暗い雰囲気は怖いのである。

それでも藍は退魔師として田中に気を使いながら先導していく。

旧校舎を調査しながら何度も話しかけるうちにようやく少し打ち解けたのか、ついに田中の方から話しかけてきた。

 

『や、やっぱり亡霊を倒しちゃうの?』

 

やっと話しかけてくれたのだから気の利いた回答をしたい所だが田中の質問の意図がわからない。

 

『は、はい。

必要とあらばそうするつもりですが…。』

 

藍の答えに対し、田中は何かを隠すように答える。

 

『亡霊は…その…悪い霊じゃないと思うんだ…。』

 

『?どうしてそう思うんですか?』

 

当然の返答に対し田中は言葉を詰まらせる。

田中の態度も気になるが、藍にはもう1つ気になる事があった。

先ほどから霊を探しているのだが一向に姿を現す気配がない。

亡霊の存在は感じているし、こちらからも呼びかけをしているのだが亡霊から届くのは怒りと言うよりは哀れみの念なのだ。

亡霊は私達の何に哀れみを感じているのだろう。

 

その後も霊は姿を現さず田中は相槌を打つだけで話しかけて来る事はなかった。

 

旧校舎を出ると周囲はすっかり夕方になっていた。

昼過ぎに入ったので数時間ほど旧校舎にいた事になるが何の成果も得られなかった。

校長室に戻った藍が報告すると、清水達から意外な提案を受ける事になる。

 

『じゃあ僕らみんなで行って当時の行動を再現しようよ。』

 

怖がる様子もなく清水が提案する。

よくよく考えてみれば友達一人を危険な場に送り出していたのだから清水達の行動はなんとも薄情である。

それに改めて話してみると清水の発言はまるで他人事のように楽しんでいるようだ。

 

藍は先ほどの田中の様子から彼らに何かしらの疑いの目を向けていた。

そのためか清水の言葉を聞いて田中が怯えたような反応をした事に気付くのだった。

やはり彼らには何か秘密がある。

藍は清水達に田中と同じ札を手渡して提案を受ける事にした。

 

陽が落ちているためか旧校舎は先ほどよりもさらに不気味な雰囲気を増している。

一同も最初こそは雰囲気に押されたが気付けば先ほどよりも緊張は薄れている。

その要因は清水だ。

彼の落ち着いた言動が場の雰囲気を気楽な空気に変えていた。

 

『清水さんは亡霊が怖くないんですか?』

 

まるで清水には恐怖心がないように藍は感じていた。

 

『そうだね。

僕には恐怖心というものがない。

というか世の中の全部がどうでもいいんだ。』

 

大人であれば一笑する発言だが、藍は清水の言葉を重たく受け止めた。

藍にはここまでの清水の言動からは知性を感じ、先ほどの発言も幼稚な思考とは感じられなかった。

恐らく清水はそれなりの苦労の末に辿り着いた結論なのだと藍は考えた。

 

『世の中の全部がどうでもいいだなんて…悲しい事ですよ。』

 

藍は本心から清水を案じたが、それが清水にとってどう言った印象を与えたかはわからない。

 

『そんな風に思えるなんて君は幸せなんだね。』

 

笑みを浮かべて答える清水に藍も正直に答える。

 

『はい、私は幸せ者です。

たくさんの人に支えられ、鍛えられ、大切に見守られてここにいます。』

 

たくさんの大人達が毎日働いて自分たちの暮らしと街の平和を守ってくれている。

学校ではたくさんの友人や恩師が自分を支えてくれる。

そしていくらお金を積んだとしても絶対に学ぶ事の出来ない英才教育を家族が施してくれる。

自分が退魔師を名乗れているのは多くの人に支えられてこそだと藍は信じていた。

 

だが、清水はそんな藍とは対照的な考えにあるようだ。

 

『だからその歳で退魔師なんてやってるんだね。』

 

彼の言動からは藍を嘲笑うニュアンスが感じられた。

藍としては好きでやっていることだが、清水はそんな藍を大人の都合のいい操り人形だと思っているのだろう。

 

『あ、この部屋だったよね。

亡霊が出てきたのって!』

 

彼らにとっては恐ろしい体験をしたはずの場所だが、ジュリは明るい声で薄暗い教室を指差す。

 

藍が教室内を調査してみたが特におかしな所はない。

この場所に何か意味があるわけではないらしい。

 

『ではお手数ですが当時の状況を再現して頂けますか?』

 

藍が清水達に当初の目的を頼むと、彼らは田中を除いて藍の周囲を囲んだ。

先ほどの明るい空気が一転して緊張感のある空気に変わる。

 

『?どうしまし…きゃぁっ!』

 

発見者の一人がいきなり藍を突き倒す。

訳も分からないまま藍が倒されると、清水達は藍を足蹴にして暴行を加え始めた。

 

『やめて!やめてください!!』

 

藍は必死に叫び声を挙げるが彼らの暴行は止まらない。

それどころか動画を撮影され笑い声さえ聞こえる始末だ。

冷静な状態から戦えば勝利することもできたかもしれないが、こうなってしまうと藍の力ではどうにもならない。

両腕を交差して必死に暴行に耐えていると、さらに不穏な空気が辺りに漂い始めた。

 

『うわぁ出たぁ!!』

 

清水の仲間が大声を挙げると、一斉に足音が響き渡り遠のいていく。

 

『逃げろ逃げろー♪』

 

倒れている藍にはよく見えないが亡霊が現れたらしい。

ジュリの掛け声で清水達は田中を置いて逃げ去っていったようだ。

 

『藍ちゃん僕らも逃げよう!!』

 

田中が藍を抱え起こそうとする。

藍は早く逃げてくださいと叫ぼうとしたが身体中が痛くてまともに声が出せない。

そうしている間にも亡霊は目の前まで迫ってきた。

 

(こんな形で人生が終わるなんて…。

せめて田中さんだけでも助けないと…。)

 

藍は身動きの取れないまま死ぬ事を覚悟したが、亡霊はこちらを悲しそうに見つめるだけで手を出してこない。

田中は霊の行動に驚くよりも納得しているようだった。

そのまま数分の時が流れ、藍はようやく身を起こす事が出来た。

 

『も、もう大丈夫?

ごめんね、助けられなくて。』

 

『いえ、大丈夫です。

田中さんがいてくれなかったら泣いちゃってました。

そんなに気を病まないで下さい。』

 

田中だって清水達が怖くて止められなかったのだろう。

それでも勇敢に亡霊から私を助けようとしてくれた。

田中の謝罪に笑顔で答えると藍は亡霊を見つめる。

清水達の報告通り女性の亡霊だ。

その瞳は優しくも悲しみに満ちている。

 

『ね?

やっぱり悪い亡霊じゃないんだよ?』

 

『ええ、ですがマサやんさんは被害を受けてしまいましたから放ってはおけません。』

 

藍は霊写機と呼ばれる霊を写すカメラを取り出すと、霊に向けてシャッターを1枚だけ切り、その後は田中に支えられながら旧校舎を立ち去った。

 

『ねえねえ、藍ちゃんやっぱり死んじゃったのかな?

せっかく可愛かったのにかわいそー!』

 

『マサやんみたいにみっともなくビクンビクンしてたりしてな。』

 

『おっ、さっきの暴行動画が拡散されてる!』

 

出入り口に近づくと清水達の声が聞こえてくる。

報告通り他の亡霊はおらず、彼らは無事に逃げられたらしい。

 

『お待たせしました。

私も田中さんも無事です。』

 

出入り口から姿を現すと彼らは先ほどの事など無かったかのように話しかけてくる。

 

『あー、藍ちゃん無事だったんだー!

良かったー、また写真撮れるー!』

 

ジュリがまたも抱き着いてくる。

あんなことをしておいて抱き着いてくるジュリの心が藍には理解できなかった。

 

『ごめんね。

ファーストコンタクトの時も僕らが殴り合いのケンカを始めたらアイツが現れたんだ。

だから試してみたんだけど本当に出てきたから怖くて逃げちゃった。

身体は痛くない?』

 

清水も悪びれた様子もなく笑顔で話しかけてきた。

痛くないわけがない。

理不尽な暴力を振るわれたという事実に今にも泣き出しそうだ。

だが彼らの行動を責めるのは今やるべきことではない。

それに実際に亡霊が現れたわけだし全くの嘘ではないのだろう。

 

『いえ、大丈夫です。

こちらこそ恐ろしい目に遭わせてしまい申し訳ありませんでした。

ご協力いただきありがとうございました。』

 

藍は気丈に振る舞いながら彼らに礼を言うと清水が舌打ちをした。

 

『君は本当に、何の苦労もなくお気楽に生きてきたんだろうね。』

 

『ど、どういう意味ですか?』

 

私が彼に何をしたというのだろう。

清水の態度に怯えながら藍が尋ねると、清水は両手を広げバカにしたような態度で会話を続ける。

 

『君は優しいんじゃない。

苦労知らずの世間知らずだからそんな風に言えるのさ。

一度でも血反吐を吐くような経験をしていれば君みたいにはならない。

世の中はね、亡霊なんかよりも人の方がずっと怖くて恐ろしいんだよ。』

 

どうしてここまで言われなければいけないんだろう。

一瞬だけ思考が停止してしまったが藍は清水の言葉を真摯に受け止めた。

 

(清水さんは大変な苦労を重ねてきたからこそ私みたいな未熟者が許せないのかな。)

 

自分には彼の苦労がわからないが、己が未熟者である事は理解している。

 

『…未熟者でごめんなさい。

ですが、このお仕事は一生懸命頑張ります。』

 

清水の言葉に傷付きながらも藍は頭を下げると、己の役割を果たすために校長室に向かった。

校長室に入ると傷ついた藍の姿を見て校長が慌てて駆け寄るが、藍はなんでもない事のように校長を制止して写真を取り出す。

 

『この女性に見覚えはありませんか?』

 

藍は霊写機から出てきた写真を校長に見せる。

校長は当初から亡霊の正体に心当たりがあったらしく『やはり』と呟いた。

 

『彼女は宮田先生です。

我が校の教師でしたが今から30年前に旧校舎で自殺しました。』

 

今から30年前、宮田先生は出産と結婚を間近に控え幸せいっぱいだったはずなのに旧校舎の教室で練炭自殺をしたらしい。

 

『幸せに満ち溢れていたとはいえ人生の転機ですから、将来への不安や重圧など様々な思いがあったのかもしれませんね。』

 

校長は当時の事を思い出しながら苦々しく語る。

結婚というものは素晴らしいものだと夢を見ている藍には理解できない事だったが、人がちょっとした理由の積み重ねで死を選ぶ事は退魔師として学んでいた。

 

校長の表情に嘘はないと感じたため彼を疑いはしなかったが、藍には1つの疑問が浮かんでいた。

 

(宮田先生はどうして私達を襲わなかったのでしょう?

いえ、そもそもどうして暴力に反応して現れたのでしょう?)

 

一人で考えても答えは出なさそうだったので藍は姉の凛に電話で相談する事にした。

 

『わっかんない!

でも自殺ってのが事実で暴力で現れたのなら夫に暴力を振るわれてたのかもしんないしー、幼い頃に父親とかに暴力を振るわれて心を痛めてたのかもしれないわ。』

 

スマホから凜の明るい声が響き渡る。

【暴力】をキーワードに2人で考えてみるが、情報が足りず多すぎる要因が絞れない。

 

『ところでアンタなんか涙声じゃない?

何かあったの?』

 

凛の気遣いに藍は堪えきれずに涙を流してしまう。

床に転がされて身体中を蹴られ、そんな姿を動画に録られてSNSにアップされた。

服は埃にまみれ、大切にしている髪も何度も踏まれ、身体中が今も痛い。

藍は涙こそ流さなかったが、いつもなら言わない愚痴をつい凜に溢してしまった。

 

『…へぇ、そんな事があったのね。』

 

凛の声がいつもより低い。

藍は自分の愚痴と姉のトーンの低い声が後に何をもたらすのか、この時は知る由もなかった。

 

『オーケー、可愛い妹のためだ!

除霊なら妖怪からも恨まれないし、アタシも手伝ってあげる!

2人で片っ端から試してみましょうか。

朝一でそっちに行ってあげるから資料を準備して待ってなさい。』

 

人にとってなんらかの不利益を働く妖怪を一方的に退治するわけではないので、凜の助力も得られた。

凛との通話が終わると、藍は指示通りに可能な限り宮田先生の心残りとなりそうな資料を請求した。

旦那が今も独身で暮らしている証明資料や両親の死亡届。

彼女の受け持っていた生徒達の卒業アルバム、彼女の同僚や友人達の現在の状況についてだ。

国宝指定である太刀花家の権力が存分に奮われ、宿泊先で翌朝に目が覚める頃には全ての資料がフロントに届けられていた。

 

翌朝、藍と凜は2人だけで旧校舎の教室に立っていた。

 

『じゃ、始めるとしますかー!』

 

明るく宣言すると凜は置きっぱなしになっている周囲の机や椅子を蹴飛ばし藍は悲鳴を挙げながら逃げ惑った。

宮田先生を呼び出すために【暴力】を再現しているのだ。

 

現れた宮田先生は可能な限り説得で成仏させる。

強制的に祓うのは最終手段にしたい。

どれほど強力な亡霊かわからないし、敵と言い切れない存在を不当に消滅させると妖怪達から乱暴者だと噂されて退魔師としての力が損なわれることもある。

退魔師は術を扱う際に妖怪の力を借りている。

生きている人間だけに肩入れせず様々な存在に平等に中立を保つ事が大切なのだ。

 

しばらく暴れていると辺りに冷たい空気が流れ始め、宮田先生が姿を現した。

藍は暴力を振るわれる側の演技をしていたため、宮田先生の怒りは凛にのみ向けられた。

宮田先生は凛に激しく襲い掛かった。

 

『来たよ、藍!

とにかく話しかけて!!』

 

宮田先生の攻撃を避けながら凜が合図をする。

姉が頑張ってくれている間に、どうにか宮田先生の無念が晴らされている事を証明しなければならない。

あれから30年も経っているのだから、ほとんどの無念は晴らされているはずである。

後はそれを見つけ出せるかどうかだ。

 

『先生が亡くなってから30年が経ちました!今日の新聞の日付を見て下さい!』

 

今朝の朝刊を見せつけるが宮田先生は止まらない。

彼女の心残りは時間だけで解決する問題ではないらしい。

こうしてる間にも宮田先生は凛に攻撃を加え、凜の札による防御癖は剥がされていく。

 

『アナタの旦那さんは今も独身で暮らしています!』

 

夫の独身を証明する資料を突き付ける。

夫は今も一途に宮田先生を愛している。

あるいは憎い夫は寂しい人生を送っている。

どちらにしても宮田先生に響くと思われたが攻撃は止まらなかった。

 

『思ったより攻撃がヤバい!!

藍、次で決めれないなら斬るよ!!』

 

ここまで一方的に攻撃されているのだから正当防衛で祓う理由はそれなりに成立している。

凛が手を出さずにいてくれているのは既にただの温情だ。

悩む時間もほとんどない状況で藍は資料を確認する。

残されているのは両親の死亡届、卒業アルバム、同僚や友人達についての資料だ。

 

藍はふと昨日の宮田先生の悲し気な瞳を思い出す。

宮田先生は学生である私達を心配していたのではないか。

仮に怒りが存在理由の亡霊であるならば誰彼構わず八つ当たりしていてもおかしくない。

藍は宮田先生が教師として心残りがある事に賭け、卒業アルバムを手に取った。

 

『宮田先生の生徒達はとっくに卒業しています!

これが卒業アルバムです!!』

 

藍は卒業アルバムを広げて宮田先生に見せつける。

宮田先生は攻撃を止め、卒業アルバムをまじまじと見つめると藍達に見せた優しい表情に戻る。

 

『…鈴木君…無事だったのね…』

 

宮田先生の優しい声が周囲に響くと、藍達の脳裏に宮田先生の記憶が流れ込んでくる。

鈴木君がいじめを受けていたこと。

宮田先生が不良生徒達を何度も厳しく りつけていたこと。

ある日、不良生徒達が鈴木君に激しい暴行を加えていたこと。

宮田先生が彼らの間に割って入り、暴行を止めていたこと。

そして不良生徒達が日頃の報復などと称して宮田先生を縄で縛り、練炭を炊いたまま教室に放置したこと。

 

『俺達もすっげぇ傷付いたんだから、これでおあいこだよなぁ。』

 

不良生徒達が酸欠で亡くなった宮田先生の縄をほどきながら笑みを浮かべている。

その表情はどこか清水を彷彿させるものがあった。

 

『宮田先生は暴力行為に怒っていたのではなく、今も鈴木君を見つけるために彷徨ってたのですね。』

 

『生徒が心残りで30年の時間も忘れて探し続けてたなんて教師の鑑だわ。』

 

亡霊となり頭が働かない状態で、生きた鈴木あるいは死んで彷徨っている鈴木を慰めようと探し続けていた。

藍と田中の前に現れたのはいじめられていた鈴木君と勘違いしたためだろう。

2人に手を出さなかったのも藍達が宮田先生にとっていじめの被害者という守るべき存在だったからだ。

正確なキーワードは【暴力】ではなく【いじめ】だったのだ。

 

『宮田先生、ゆっくり休んでくださいませ。

あなたの無念は私達がお伝えします。』

 

藍の言葉に優しく微笑むと宮田先生はゆっくりと消えていった。

鈴木の無事を知って成仏したのだろう。

 

『つまりアンタが言ってた第一発見者達はいじめをしてたって事よね。』

 

穏やかな気持ちを切り替えるかのように低い声で凛が話しかけてくる。

自分達にはまだやらねばならない事がある。

 

清水達はケンカをしていたと言っていたが、宮田先生が現れたのなら第三者視点ではいじめに見えたのだろう。

つまりケンカではなく一方的な暴力行為、いじめだったのだ。

 

宮田先生は恨みではなくいじめを止める事だけが目的だからこそマサやんは一晩で回復した。

そしていじめられていたのは田中だ。

彼がイジメられていた姿を宮田先生は知っていたからこそ二度目の遭遇でも襲われなかったのだ。

 

藍達は校長室に戻り、事件の全貌について報告する事にした。

 

『…やはり殺人事件でしたか。』

 

校長が肩を落として呟いた。

 

『やはりと言うのは?』

 

藍が当然の疑問をぶつけると、校長は外を眺め何かを思い出すように語り始めた。

 

『他殺ではないかと何度も噂されたのですよ。

ですが警察は自殺の一点張りでした。

…清水家が絡んでおりましたから。』

 

『清水家?

第一発見者の清水さんと関係があるのですか?』

 

校長は肩を震わせながら話し続ける。

その声色からは無念さが伝わってくる。

 

『清水家は政界にも顔が利く地元の名士です。

宮田先生の時も清水家の…正義君の父が現場付近で目撃されており一時は容疑者に上がっていました。

ですが警察がすぐに容疑を撤回して、宮田先生は自殺となりました。

…彼女と彼女の夫は私の部下でした。』

 

校長の瞳には涙が浮かんでいる。

30年分の怒りと悲しみが校長を襲っているのだ。

 

『なーるほど。

そういう事する奴らなのね。』

 

藍も校長に同調して悲しんでいたが、凛はなんとなく笑みを浮かべているように感じる。

 

『亡霊である宮田先生の証言は法的根拠になりませんし田中君の証言も通用しないでしょう。

宮田先生の無念は晴らせぬまま、今後も清水家は繫栄していくのです。』

 

『…そんな、それでは田中さんがいつか殺されてしまいます。』

 

校長の袖を掴む藍を凜が引き離す。

 

『私達は手にした情報を伝えた。

ここからは教育現場の領分よ。』

 

残念ながら凛の言う事は正しい。

退魔師の仕事は亡霊の対処であって、それ以上は越権行為だ。

 

『校長先生、どうか田中さんの手厚いケアをよろしくお願い致します。』

 

『…もちろんです。

最悪の事態は避けられるよう、我が校もできる限り努めていくつもりです。』

 

自分にできる事はお願いだけ。

藍は両手を揃えて深々と頭を下げると校長室を後にした。

 

 

 

翌日、凛は清水に会うため下校の帰り道である川沿いの土手で待ち伏せをしていた。

 

『へぇ、藍ちゃんのお姉さんなんだ。

それで僕に何の用かな?』

 

予定通りに清水が現れ、凜は自己紹介をする。

その口元は笑っているが瞳は笑っていない。

 

『藍の事を色々と可愛がってくれたみたいじゃない。

だからお礼をしたいと思ってさー♪』

 

両手を後ろに組んで挑発するように凜が顔を近づける。

 

『それはやめといた方がいいと思うよ。

僕はこう見えてテコンドーを習っ…』

 

会話を続ける振りをしてローキックで先制攻撃を仕掛けた清水の顎に凜の拳が入る。

 

『てるんッ!!』

 

台詞の途中だったのでマヌケな声が響き渡り、清水はそのまま後ろに倒れる。

凛は倒れた清水の顔のすぐ横を全力で踏みつける。

 

『真っ向勝負なら藍の方が100倍マシだわ。

女に負けた気分はどうよ。』

 

『別に。

君って強いんだね。』

 

清水は涼しい顔をして立ち上がる。

 

『僕は君達と違って苦労を重ねてるからね。

この程度の屈辱なんて何でもないんだよ。』

 

『負け犬の分際で偉そうに。』

 

凛は腕を組んで鼻を鳴らす。

言いたい事があるなら言ってみろという挑発的な態度だ。

 

『君にはわからないだろうね。

清水家の男として幼い頃から毎日勉強に習い事漬け。

汚くて醜い大人達に囲まれて、僕の心はとっくに壊れてるのさ。』

 

『中途半端な家の分際でえらっそうに。

アタシらなんかよりもよっぽど甘やかされてるようにしか聞こえないわよ。

アンタなんか環境に甘えてやりたい放題してるだけのお坊ちゃんよ。』

 

凛の言葉を清水は鼻で笑う。

 

『やりたい放題?

僕は散々自由を奪われてるんだからこのくらいは当然だよ。

まぁ田中君は少し可哀想だけど、世の中は弱肉強食だよね。

何の努力も積み重ねず弱いままの彼が悪いんだ。』

 

『弱い、ねぇ。

アタシにはガマンしてる田中君の方が強く見えるわよ。

田中君に報復されたらとか考えないの?怖くないの?』

 

凛の言葉を聞いて田中が乾いた笑い声をあげる。

 

『あははははは、田中君には無理だね。

それに僕に恐怖なんて感情はないよ。

心はとっくに壊されてるんだから。

なんなら今すぐ殺されたってかまわない。

やっと休めるって安らかに死ねるだろうさ。』

 

その瞬間、清水から何もかもがすべて失われる。

何も見えず、何も聞こえず、何も匂わず、自分が立っているのか倒れているのかもわからない。

五感が全て失われたような感覚は清水を酷く不安な気持ちにさせる。

 

『なっ、なんだよこれ!』

 

清水が慌てふためくと、ふと目の前が急に明るくなる。

いや、明るくなったのではない。

何もない漆黒の空間に何かが現れたのだ。

 

それは不気味な青白い光を放つ巨大な蛇だった。

瞳だけでも視界を埋め尽くさんばかりの巨大な蛇がこちらを見つめている。

その瞳はとても不気味で不愉快で全く感情が読めない。

理解できる事は蛇はこちらを見逃す気はない事だけだ。

 

清水は発狂せんばかりのどうしようもない恐怖に襲われ逃げ出した。

足元の感覚がなく自分が走っているのか泳いでいるのかもわからないがとにかく蛇から離れなければならない。

死ぬのは怖くないつもりだったが、目の前の蛇に何かされるのだけはどうしようもなく恐ろしかった。

 

とにかく一心不乱に逃げ続け、気が付くと清水は元通りの土手にいた。

視界は歪み、呼吸は信じられないほど荒く、心臓の動機も止まらない。

 

『今の田中君。』

 

『ひゃ、ひゃなか?』

 

体も心も乱されている田中はまともに発音する事もできずマヌケな声で聞き返す。

 

『そう、何を見たかわかんないけど田中君がアンタに向けてる感情だよ。

今すぐにだって生霊化して襲い掛かって来てもおかしくないね。』

 

世の中にいじめられている学生が何人いると思っている。

そんなのは相当な低確率だろう。

頭では理解していても心が納得しない。

例えほんの僅かな可能性であったとしても、あんなものに再会するほんの僅かな可能性を持ったまま暮らしたくない。

 

『なぁーにが心が壊れてるよ、

本当に心が壊れてる人は疲れ切って何にも出来ないか、イカレてまともには暮らしていけない人間よ。

ヘラヘラ笑ってストレス解消って防衛行動が働いてるやつの心が壊れてるわけないでしょーが!』

 

清水はまともに喋れず反論できないので凜が畳みかける。

 

『アンタの心は壊れてなんかない。

アンタは単に心が弱くて性根の腐った甘ったれよ。

その恐怖心が証拠よ!』

 

(ふ、ふざけるな。

僕は怖くなんか…。)

 

怖くなんかない、と叫びたいのを全身と魂が拒否している。

あの気弱な田中が心の中であんなものを飼っていたなんて考えた事もなかった。

自信に満ちており何者にも動じず、死すら望んでいるつもりだった自分が、どうしようもなく抗えない物に強制的に怯えさせられている。

あまりにも一方的かつ強制的に恐れてしまうので手も足も出せない。

 

『罪を償ってない魂は地獄の偉い方の大好物よ。

そのお偉いさんはさっき見たヤツなんか非じゃないわ。

現世にいるうちに罪を清めて真っ当に生きる事ね。』

 

手を振って凜が後ろを向く。

その様子を見て清水は凛の気は済んだのだろうと判断した。

 

(隙だらけだ!)

 

よくもこんな感情を与えてくれた。

どうして僕がこんな目に遭わされるんだ。

清水は力を振り絞って立ち上がり、いつもの力が出せなくともせめて凛の尻を蹴飛ばそうとしたその時だった。

 

再び視界が真っ暗になる。

先ほどと同じ漆黒の空間に閉じ込められる。

 

(い、嫌だ!

またアイツに会うのだけは絶対に嫌だ。)

 

清水が先ほどの蛇を思い出し怯えていると、再び漆黒の世界に何かが浮かび上がる。

 

今度は猿だった。

巨大な猿がこちらを見ている。

その表情は耐えがたい怒りを堪えながらも喜びの方が勝っているようだ。

どうしようもない怒りを感じているがその分だけ目の前の人間を痛めつけて遊んでやるぞ、と笑みを浮かべているのだった。

 

清水は再び恐ろしくなり逃げだし続けるが、猿はニヤニヤしたままゆっくりと追いかけてくる。

しばらくすると清水の視界に先ほどの土手が戻ってくる。

 

『は、はんだよほれ…』

 

なんだよこれ、と言いたかったのだろう。

清水の言葉を理解すると凜が楽しそうに答える。

 

『アンタの行動に対して相手が抱くであろう感情が見えるようにしてやった。

アンタが誰かを傷付けようとする度に発動するわよ。

人の感情が予測出来るなんてラッキーな能力じゃん!』

 

『ふ、ふざけるな!

2回送られただけでこのザマだぞ!

あんな場所に何度も送られたら本当に死んじゃうだろ!!』

 

こんなに怒りを感じたのは初めてだ。

怒りが疲労を凌駕して自由に動けるようになる。

どうしてこの僕がこんな目に遭わなければいけないんだ。

清水は全身全霊の怒りをぶつけた。

 

『じゃあ今から気を付けなさいな。』

 

凛はあっさりと吐き捨てる。

思えば自分は田中の悲痛な叫びを何度もスルーして来た。

田中も今の自分と同じ気持ちだったのだろう。

あのような蛇が心の中に住み着くのも理解できる。

凛への怒りの感情で自分がどうにかなりそうだ。

 

『ところでさっき私から何の動物が見えたの?

ウサギ?それとも鳥?』

 

『あ?』

 

猿だよ。

そう答えようとすると再び漆黒の世界に連れていかれる。

目の前には怒り狂った大猿がいる。

大猿は即座に自分を捕まえると何度も何度も執拗に地面に叩きつけた。

恐らくは何も考えておらず怒りのままに行動している。

もはや自分は原型を留めておらず、親や友人が見つけてもそれが清水正義だとは区別できないだろう。

そこまでやってもなお、猿の怒りは収まる事なく暴れ続け、自分をぐちゃぐちゃにし続けている。

もう一度言うが、この猿は怒りの衝動に全てを任せていてそれ以外は何も考えていないと断言できる。

 

『ねぇ?何が見えた?』

 

再び現実に戻されると目の前には凛の顔があった。

屈託のない笑顔で笑う少女の中にいるのが先程の大猿だということを清水は理解し、現実でもどうしようもない恐怖に襲われる。

うっかり猿だと告げれば目の前の少女は大猿の如く大暴れし、現実世界でも僕はあんな目に遭わされるのだろう。

凛の言う通り自分は正常な人間だ。

そして自分の目の前にいる少女は心の壊れた危険人物だ。

 

『もうやめてくれ。

君は藍ちゃんと同じで正義の退魔師なんだろう?

僕は善良な一般市民だぞ。』

 

あまりの理解の出来なさに清水の情緒は破壊され、完全に憔悴しきっている。

足元はふらつき息も荒く、今ならどんな脅しにも屈し、第三者が見たならば今すぐにでも安静にすべきだと判断するだろう。

 

『アタシは善人の藍と違って悪人が嫌いな悪人よ。

アンタは悪人みたいだから、これ幸いとアタシが遊びに来てやったのよ。』

 

(だからってここまで邪悪な奴が来るなんて思わないだろう!)

 

清水は心の中で悪態を付く。

言葉にしなかったのは、目の前の少女は田中と違って猿のように暴れる事に躊躇がないからだ。

 

『退魔師ってね、ある程度は善行を積まないと妖怪達に嫌われるのよ。

そうなると仕事がやりづらくなっちゃうわけ。

でもアタシは藍みたいに優しく真っ当に善行を積むなんて真っ平御免なのよ。』

 

頭の回転に絶対の自信があった清水だが、憔悴しきった今では頭が回らない。

清水は凛の言わんとする言葉が先読みできず無駄な懇願を続ける。

 

『お願いだ。

本当にもう反省したんだ。

田中君にもちゃんと謝る。

こんな能力は今すぐなくしてくれ。』

 

『だからアタシは楽しい善行を積むのよ。

アンタみたいな悪人をいじめていじめて懲らしめて善行を積むの。』

 

凛は清水の言葉を無視して、徹底的に畳みかける。

 

『僕はこんなに可哀想なんだー。

世の中はこんなに間違ってるんだー。

だから僕は好きにしていいんだー。

はんっ、勝手にほざいてなさい!!

アタシの目的はアンタを徹底的に追い詰めて追い詰めて楽しんで、おまけで善行ノルマを達成する事よ!

アンタみたいな子悪党は悪党のエサになるのがお似合いよ!

私にとってアンタはただの点数稼ぎのエサよ!』

 

薄れゆく清水の意識の中で凛の言葉が響き渡る。

 

『アタシのために死ね!!』

 

清水は再び漆黒の世界に連れていかれる。

そこにいた大猿は見た事のないほど悪意に満ちた笑顔を清水に浮かべていた。

 

3日後、清水が次に目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。

 

退院するとすぐ清水正義は数々の罪を教育委員会に告白して田中にも正式に謝罪した。

清水に加担した仲間達もそれぞれ処罰が降ったらしい。

清水家は息子を守ろうとしたようだが、当の本人が強く望んだために正義は少年院へと送られる事となった。

だが、清水正義が何度説得しても父親はかつての罪を認める事はなかった。

 

息子の方はもしかすると償えるかもしれないが父親の方は絶望的だろう。

死後の世界で彼らはどうなってしまうのか。

いじめに加担したジュリ達もこのままでは地獄に落ちるかもしれない。

しかし凜はそこまでは面倒を見切れないのでさっさと忘れる事にした。

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