フロリクス魔法図書館へようこそ!   作:ああ

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最近見かけることの増えた上位者主人公系の話です


勇者と魔法使い

「フロリクス魔法図書館へようこそ!」

 

 このセリフを口にするのも久しぶりだ。何せ来客が少ないもんで……。ま、そんなことはどうだっていい。ともかく何十年かぶりの来訪者だ、手厚く歓迎いたしましょう。

 

 

 

 

 

 

 射線上の全てを焦土に変える指向性の煙焉弔天(メイシュレプス)に対抗するは、眩いまでの光を放ち常世全てを照らし出す至高の奇跡と、『()()穿()()()()』。

 三つの力がぶつかり合ったその中心に現れた黒々と白く光る穴。私とその横の勇者サマはなすすべもなくそこへ引っ張られ取り込まれたのだった。

 

 穴に落ちて堕ちて墜ちた先で目にしたのは大量の本棚だった。地平線の彼方まで続いてるように見えるほど広大な空間に、どこまでも一定の間隔で立ち並ぶ本棚には当然無数の本が収められている。

 困惑を抱き、隣に立つアホ勇者を確認して安心し、さて現状を把握しようとひとまず口を開きかけたその時。突如私たちの目の前に男が現れ、「フロリクス魔法図書館へようこそ!」と言ってきたのだった。

 

 

「フロリクス?」

 

 警戒と混乱でフリーズしてる私を尻目に、勇者(グレイ)が図太くも間抜けにそう問いかける。

 

「ええ。フロリクス王国、ご存知です? はるか昔に滅んで消えて無くなった国なんですがね、そこの運営する図書館が独立して今も残り続けて存在し続けている建物がここ、フロリクス魔法図書館というわけなんですよ。ま、国は滅んで独立機関になってますからフロリクスってのは名前が残ってるだけなんですがね。そうそう、魔法と付いてるのはここが初めは魔導書を集積する機構であったからでして、今は本であるならばなんでも収容してますよ。とはいえ今でも魔法使いにとってはこれ以上ないほど最適な学びの環境だと自負しておりますが。あすみません、ここ最近人に会ってなかったもんで浮かれちゃって聞かれてもないことをペラペラと話しちゃいましたね。そういうわけで私も会話に飢えてるので、他にも聞きたいことがあればどしどしご質問していただければ」

 

 とそこまで聞き、ようやく私も体の硬直が解けてきた。なるほど、ここのことは分かった。いや分からないことだらけだが、とりあえず聞いたことに関しては理解した。であれば次に問うべきは「お前誰やねん」である。

 

「私はそうですね、司書みたいな者だと思ってください。ここには知的生命体が私しかいないので館長だとか受付だとかも兼ねていますが、どれも名ばかりなんでね。あぁ名前は()()()()()()()()()()()()()()です。エイヴィアでもツァラーでもエイヴィでも司書さんでもなんでもお好きに呼んでくれていいですよ」

 

「なるほど、司書ですか。申し遅れましたが、私はただの魔法使い()()()()()()()()()()()()()。そこの間抜け面の男は当代勇者の()()()()()()()()()()()()です」

 

「どうも、グレイっす。あー、よろしくお願いしますツァラーさん?」

 

「ええこちらこそよろしくお願いいたします、ローゼンクロイツさん、バールサモさん。はは、にしてもなんだか胡乱な名前の組み合わせですねぇ。薔薇十字にカリオストロ伯爵とは」

 

 薔薇なんとかは知らないが、自己紹介して早々に名前を揶揄するとはこのツァラーとやら中々に失礼ではないか。見た目や物腰からしてそのような気はしていたがやはり慇懃無礼なタイプなのかもしれぬ。

 

「あなたの存在の方がはるかに胡散臭いですよ。特異点に吸い込まれたと思えば謎の空間にほっぽり出されて困惑してるところに突如出現し、同じく急に現れたであろう我々に驚くこともなくペラペラと説明してくる、たった一人の知的生命体を自称する男。私たちからすれば胡乱も胡乱、怪しさ満点の警戒するべき存在だということをお分かりで?」

 

「はっはっは、確かに。ふうむ、特異点に吸い込まれたと仰られましたがあなた方はどういう経緯で我が図書館にご来訪なさったので? 察するにここに来たのは意図したことではないようですが。あぁこれはただの興味本位なので答えていただかなくても結構ですよ」

 

 これはアレだな、無意識レベルで人の神経を逆撫でする言動が染み付いてる手合いだろう。ある程度まともな奴ならそうと分かればスルーを決め込むのかもしれないが、あいにく私はいついかなる時どんな相手とて噛み付かれたら噛み付き返す人間だ。だが今は一旦矛を収めてというか牙を収めて、問いに対する答えだけを返すことにする。

 私たちがここに来た経緯を、あるいは現象をありのまま伝えることはできる。しかしなぜその現象が起きたのかが分からない。無論私も魔法使いの端くれなのだからいくつかの推測は立てられるが、ツァラーは当事者である我々以上に現象を理解してるように見える。

 

 よってこれは彼の知見を共有させるがための返答だ。会って間もない信用ならざる輩に頼るなど私のプライドが許さないが、しかし多分世の中はそういうもので、魔法使いとはそうであるべきなのだろう。

 要は柔軟性を持つのが要だという話。魔法使いにとっては己の矜恃などよりも新たな知見や知識を得る機会の方が優先順位が上である。

 

 無論与えられるがままになるつもりはない。何もかもを聞くつもりもない。矜恃を捨てるのもご教授願うのもすべて自らを高める糧にするためであり、ゆえ欠けたパーツのみを聞き、その真偽は己の思考でもって確かめ、全体像を導き出し把握するのも私がやる。

 尤も相手は既に全体像を把握しているのかもしれないが、それでもその道程を辿るのが魔法使い、すなわち探求者なのだ。

 そして魔法使いがそうであることはこいつも理解しているだろう。非常に業腹だが、この胡散臭く正体不明の男からは同族(魔法使い)の匂いがするのだから。

 

 ヨシ、言い訳と覚悟完了! 私の特大プライドもようやく渋々受け入れたようだ。さて、長々うじうじ続けた自問自答は終えて口を開こうではないか。

 

「け「収束して撃たれた煙焉弔天(メイシュレプス)、あーとにかくすげえ火力高くて普通だったら国一つ丸々燃やし尽くすくらいの魔法を、オレのこの剣から出せる聖なるビームとカトレアの『()()穿()()()()』って魔法で相殺したらなんか力の衝突した中心点に穴ができて、それに吸い込まれてここに落ちてきたって次第っす」

 

 おい、私が今から説明するところだっただろう!

 

「おい、私が今から説明するところだっただろう!」

 

「いやオレだってお前がやると思ってしばらく待ってたのに、いつまで経っても始めねぇんだもん。そりゃお前のが説明は上手いけどあんま待たせるのも失礼……でしょう?」

 

「いえお気になさらずとも結構ですよ。沈思黙考、魔法使いらしくていいじゃないですか」

 

 ぐぬぬ。こいつにフォローされるととても腹が立つがビークールだ。いつだって冷静沈着な切れ者賢者が私である。

 

「ハハハ。それで、『()()穿()()()()』っていうのは一体どういうものなんでしょうか。魔法とお聞きしましたが、もしやローゼンクロイツさんの()()()()だったり……差し支えなければこちらも教えていただきたいものです。ええこれも個人的な興味というやつですけれど」

 

 ()()()()。読んで字の如く当人しか持ち得ない固有の魔法で、一般的な魔法が理論や体系を元にした術式により発動するのに対しこちらは魂を励起させ深黎界(テレーマ)に働きかけることで世界を改変する、と言われている。

 深黎界(テレーマ)とは獣に知恵と意志を授ける啓蒙の神であり魂の始まりの地とされる。

 深黎界は現世の裏側に存在しており、穢れなき魂の励起による一時的な位階上昇により裏側への接続、神との合一化を果たすことで世界に己が願いを具現化する業こそが()()()()と呼ばれるものだ。

 願いの具現化は噛み砕いて言うならば己の最も強き意志に沿った現象を起こすということであり、たとえば「どんな壁に阻まれようと我が道を征く」のような望みは「目の前に存在する一切合切その全てを穿ち直進する力」として形を成す。

 

「ええ、私の『()()穿()()()()』は()()()()です。そしてその性質は、まぁ名前の通りですよ」

 

 詳しい説明はこの男には必要ないだろう、と判断し省略する。

 

「なるほど……分かりました、ありがとうございます。少々偶発的ですが全くもっての正攻法ですね。素晴らしい」

 

「正攻法とは?」

 

 グレイがそう問いかける。

 この勇者もこれで中々知識は深いし頭のキレる奴なのだが、その頭で瞬時に物事を考え分からないことがあれば即座に聞き返すことのできる素直さも備えており、それは美徳であると思う。フリーズしたり言い訳したりで固まりがちな私としては見習うべきなのだろう。そうしたことを口にすると調子に乗るのが目に見えているから決して言葉にすることはないが。

 

「図書館に、というよりこの世界に、ですか。ともかくあなた方の元いた世界からここに来るための方法はいくつかあるのですが、今度のこれはその中で最も力業であり最も正当な手段だという話です。詳しい話は……うん、私ではなくローゼンクロイツさんにお聞きしてはいかがかな」

 

 グレイが、お前はもう今回の経緯を理解できたのか、なんて目でこちらを見る。ふはは気分が良い。そうだ私はお前よりも頭が良いのだぞ。

 とはいえまだ私の中で全てが確定したわけではない。一つ確認するべきことがあるのだ。

 

「説明するのは吝かではありませんが、その前に一つお聞きしたいことが」

 

「なんでしょう」

 

 ツァラーは少し面白そうな声音でそう聞き返して来る。癪に障るが仕方がない。ここはスルーだ。

 

「この世界は、深黎界(テレーマ)なのでしょうか」

 

「ええ、そうですよ。深黎界(テレーマ)。裏側にして、魂の芽吹く地。命の始まり」

 

 そうして男は私と横の勇者に改めて視線を向け、

 

「舞台裏へようこそ、人間(役者)の方々。改めて、あなた方に深き歓迎の意を」

 

 と、頭を下げたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、私である。エイヴィア・エヴリ・ツァラー、男、数万歳、司書兼魔法使い、出身地はフロリクス王国の片田舎、趣味は読書と本の管理と観光、好きな食べ物はリンゴとチーズケーキ、うんそんなところかな。

 今は数十年振りに来たお客さんの対応中である。グレイ・ヴィ・バールサモという名の青年とカトレア・ローゼンクロイツという名のお嬢さん。

 組み合わせるとなんだか怪しげに見えなくもないが、そう感じるのは恐らく私だけである。カリオストロ伯爵も薔薇十字団もこの世界には居ないのだ。いやもしかしたら居たのかもしれない。響きもそうだしその意味さえも前世のそれと一致するような言葉がある世界なのだから、そんな可能性だってあるだろう。

 ま、言語学的なあれやこれやであーだこーだもあるだろうしあまりそこを深掘りするつもりはない。私の興味から外れてる……とまでは言わないが優先順位で言えば下の方である。

 ともあれ勇者であるらしい彼と魔法使いの彼女の話に戻ろう。

 彼らは唐突に図書館内に出現した。それは数百年振りのことであり、彼らが他の裏側からの来訪者ではなく表側から来た存在であることを示す出来事でもあった。

 要は今世の私と同じ世界出身ということである。嬉しいよね。テンション上がるよね。歓迎ムード出しちゃうよね。

 いや私はこれでも仕事には割りかし真面目に取り組むタイプだからお客さんの如何に依らず真摯な対応をするんだけどね。

 

「で、カトレアさんや、つまりこれはどういうことなんですかね。オレには未ださっぱりなんでさあ」

 

 という彼の問いに合わせ彼女は口を開く。彼女を優れた魔法使いであると見込み説明を投げ渡した形であるが、しかしこの世界がどういうものなのか見当がついているのであれば問題はないだろう。

 

「魔法使いでなくとも深黎界(テレーマ)は知っているだろう。啓蒙の神や魂の生まれる地などと言われているが、今はあまり関係のない話だな。重要なのは深黎界が現世の裏側に在るということだ」

 

 彼女はそこで一度言葉を止め、私に目をやる。

 

「そしてそこの男は此処こそが深黎界だと言った。それを頭から信じるわけじゃないが、しかし私の目からしてもこの世界がそうである、もしくはそれに極めて近いものであってもおかしくないと見える。尤もこれはあくまでも推測だがな。そうだと断言するには観察も観測も実験も考察も何もかもが足りていない。それにこの()()()もまた一種の異界と化しているようだしな」

 

 ふふ、彼女は確かな目を持っているようだ。それでいて断言はせずあくまで現段階での推測に過ぎないと念を押すのも、彼女がただの優れた能力を持っているだけの者ではなく、思慮深く責任感の強い魔法使いであることが見て取れてエイヴィアポイント+10点である。

 

「ともかく此処を現世の裏側だと仮定しよう。そうすると、あー、こういう比喩的な表現は誤解を生みかねないから言いたくはないのだが、まぁ仕方がない。私たちの住む世界を物語の記された本としてたとえるならば、私たちに起きた、いや私たちが起こした出来事はそのページを突き破るといった表現ができるだろう。そう、私たちは本の中の登場人物でありながら自らの手で物語を書き記しているのだが、その時ペンに力を入れすぎると紙に穴が開くだろう? そのようにしてできる穴を我々魔法使いは()()()()()と呼んでいるのだが、今回私たちが吸い込まれたのはそれだと思われる。お前のビームとあいつの煙焉弔天(メイシュレプス)の衝突した点に抜き穿つという概念を叩き込んだのだから、そういうことが起きてもおかしくはない。そうして私たちは穴の先、物語の裏側へと来てしまったというわけだ」

 

 彼女の言った通りこれは比喩だ。そして細かな要因を省き大筋だけをざっくりと表現しただけに過ぎない。だが魔法使いでない者に説明をするとなるとこのようにならざるを得ないだろう。

 さて、そうした説明の甲斐あって勇者の彼も概ね理解できたようである。しかし、なんとなくだが理解はできたありがとう、なんて言った後にまた首を傾げ、

 

「道理は分かったけど、でもその程度のことで世界に穴が開くもんなのな」

 

 と。

 なるほど、魔法使いや学者肌というわけではないが勇者の彼も頭のキレるタイプのようだ。あるいは直感が優れているのか。

 実のところ彼の覚えた違和感は正しい感覚である。本来はその程度のことで穴は開かない。大きな力が衝突し抜き穿つ概念が重なった、などとそれしきで裏側と繋がることなどないのだ。

 だが今は、

 

「本当はその程度のことで仮定特異点など現れないはずだ。しかしこれも仮定に仮定を重なるような推測だが、恐らくこの図書館が此処にあることで現世と裏側の境界がゆらぎ距離が近くなっているのだろう」

 

 ……あぁ、彼女はそこまで理解しているのか。それはとても素晴らしいことだ。

 

「ええ、ローゼンクロイツさんの仰られた通り、私の図書館を要因として表と裏は部分的に混ざっているのですよ。ほら、私が最初に言ったことを覚えていらっしゃるでしょうか。この図書館は元はフロリクス王国に在ったものだという話です。要は現在のこの図書館、ひいては周辺の土地一帯は元々現世の物でして、それを強引に裏側に移転……というより逆転、いや改竄かな。まぁそれで今に至る、とそういう訳ですから、そのせいで表裏が繋がっちゃったんですよね」

 

 意図してやったことではある。それに表裏が繋がっちゃったとはいえその起点は元々図書館が存在した位置にあり、そこ以外では力の衝突と穿つ概念程度で特異点の穴は開かず滅多に問題が起きることもない。故に直す気もなく、しかしちょっとごめんねって気持ちもあったりはする。文句は受け付けてるので言いたいことがあれば世界に穴を開けて私の元まで来てください。

 

「ははぁ、オレなんかにはとんと想像も付かないことで。あ、そうだついでにもう一つお聞きしても? というかこれが一番大事なんすけど」

 

「はい、なんでしょう。私に分かることなら何でも答えますよ」

 

 とはいえ次の質問には見当が付いている。不可抗力で意図せず図書館に来た者ならばこれを聞かないわけにはいかないだろう。

 

「ならお言葉に甘えて……どうやったら元の世界に戻れるんでしょうか」

 

「おい私はしばらく戻るつもりはないぞ! まだ何も観測や実験をできてないし、それにここは図書館なのだろう。あぁ、ズラリと並ぶ背表紙を見るだけで分かる、ここの蔵書はとても素晴らしいと。お前は気にならないのか? いや気になるはずだ。胸が躍るはずだ。そうだろう? 分かったならその『帰り方分かったらすぐ帰ろう』みたいな考えを今すぐやめたまえよ。いや最悪お前は帰ってもいいが私は絶対に残るからな!」

 

「んなこったろうとは思ったけどさ、オレらには義務ってもんがあるでしょうが! 一応オレは闇を祓う使命を帯びた勇者サマで、お前はその仲間の傑出した魔法使いなの。少しは力ある者としての責任感を持ってくれよ」

 

「あーあーうるさい聞こえなーい! とにかく私は絶対残るもんね!」

 

「駄々を捏ねるな駄々を! お前がそういう奴なのは知ってるしそれを否定するつもりもないけど、今回だけは引っ張ってでも連れて帰るからな」

 

「あれしろこれしろとお前は私の母親か! おい司書! あなたも魔法使いなら私の気持ちが分かるでしょう。そこの分からず屋な勇者ママにガツンと説得してくれませんか!」

 

「分かる」

 

 おっと、ついうっかり同意をしてしまった。まぁ魔法使いなんて大体こんなもんだ。往々にして世界の平和なんかより己の興味関心を優先するものである。

 

「ツァラーさんもそっち側かよ! えなにオレがおかしいの?」

 

「そうだぞ、グレイがおかしい。こんな場所を前にしてすたこらさっさと退散するなどありえない。常軌を逸している。狂人だ」

 

 これもぶっちゃけ個人的には同意見だけれど、しかし彼が勇者であるということはいつものリセット期限が迫っていて魔王が世に混沌をもたらさんと暴れているということで、ならば客観的に見て正しいのはやはり彼の方なのである。うむうむ、失言のお詫びにここらでフォローを入れるべきだろう。

 

「私も現状あなた方はあまりここに長居しない方が良いと思いますよ。ここ最近は図書館に籠りきりだったので見てはいないのですが、察するに混沌を標榜する魔王とその信奉者が大暴れして世界の危機!というアレなんでしょう、今は。このまま何もしなければ秩序の崩壊、文明の棄却は確定的で、そしてそれはもう目の前と。アレはカウンターですから何が何でも徹底的に破壊しますよ。個人主義の魔法使いとて秩序だった組織の有用性は理解できるし、一切その恩恵に与らない研究生活はキツいものがあるでしょう? そういう意味でも今後のために今は救世活動に励むのが吉かと」

 

「むぅん……。しかしだな、ほら、グレイ、私たちがさっきまで戦ってたアイツ。魔王の手下の一人でしかないアイツを、最大の切り札をぶつけることでようやく倒せるくらいの力しかない我々がすぐに戻ったところで無駄死にするだけじゃないか? それに最初に司書が言っていたではないか、ここは魔法使いにとって最適な学びの場であると。間違いはないですよね」

 

「ええ、勿論。私の図書館は読むと発狂する魔導書から児童向けの絵本、やっつけ仕事の学士論文、電子ネットワーク上に投稿された創作神話、世界の終末を記した予言の書、ある異種族に固有の感覚でしか読み解くことのできない記録媒体に至るまで、他者に公開する意図をもって記された物であれば何でも収めております故、魔法使いに限らず知性を持つ者全てにとってこれ以上ないほどの叡智が集結した場だと言えましょう」

 

 そのほとんどは異世界産である。ここで言う異世界とは表側(舞台)でも裏側(舞台裏)でもなく、()を隔てて存在する別世界のこと。

 しかし()に浮かぶ異世界はそれこそ星の数ほどあり、度々出向いてはこちらとあちらを繋ぐ()と本を蒐集するシステムを構築しているのだが、未だ図書館がアクセスできていない世界も多い。

 異世界へのファーストコンタクト及び()と蒐集システムの構築は自動化すると様々な不都合が生じうるので、結局私がちまちまと訪問していくしかないのだけれど。

 

「話を振っておいてこんなことを言うのも何ですが、その滲み出る胡散臭さはどうにかなりませんこと? 私はここから『であるならばこの図書館で見識を深め魔法使いとして成長できたり、あるいは魔王何某に関する何かしらの手掛かりが分かったりするかもしれない』と繋げたいのですが、あなたの口にする言葉はどれも胡乱で拠り所にしづらいんですよ」

 

「いやぁ、やっぱりそう見えます? 私、どうにも畏まった話し方をすると胡散臭くなるようでして。昔はそうでもなかったと思うんですけどねぇ。一応精神はあの頃のまま固定させてるはずなのに、やはりそれでも生き続けてると人間味を失っていくんでしょうか」

 

「んなこと言われても知りません。というかそういうところが胡散臭いんですよ。相手の理解なぞ気にも止めずに精神を固定だの生き続けるだのをさらっと言って、その割に細かいところはぼかしたまんま。多分それが胡散臭さの原因ですよ」

 

「なるほど、タメになります。ははぁ、私はこれでもまともな方だと周りを見て思っていましたが、うん比較対象が間違ってるんでしょうね。あ、こういうのが胡散臭いんですよね! 周りってのはアレです、よく図書館に来られる方たちのことです。大体は他の世界で信仰されたり力を与えたり災害起こしたり人に紛れたりして遊んでる享楽主義のアデプトゥスなので、そんな方たちを基準にするのは間違ってるって話ですよね」

 

「おおこれはすごい、より深く説明したところで胡散臭さにまるで変化がないですよ」

 

「なんと!」

 

「……御二方が仲良くなられたようで何よりですよオレは」

 

 呆れた調子でそう言う彼はやはり苦労人気質なのだろう、と他人事のように考える私であった。

 

 

 

 

 

 

 

 どうしてこんなことになったんだか、とため息を吐きそうになるのを抑え、前を歩く2人を見る。一方はよく見知った魔法使いで、他方は先ほど出会ったばかりの司書を名乗る男。

 自分は今、そのエイヴィア・エヴリ・ツァラーという名の男に従い図書館の案内を受けているところである。正直元いた世界のことが気になって仕方がないが、もう1週間は滞在すると決まってしまったのだから受け入れるしかないだろう。

 まぁカトレアの言い分も正しくはあるのだと思う。人類の大敵たる魔王とその信奉者らはしかしその正体が依然として不明なところが多く、その手掛かりを掴め仲間もひとつ高みへと行けるかもしれないとなると留まる理由としては十分だ。

 だがしかし、あぁこれは自分が勇者なんぞであるからだろう。身体が、心が、己に休息を許さない。常に敵を討ち倒し人を救わねば気が済まない。これはそのための自己研鑽だという認識は誤魔化しにしかならず、胸の奥ではチリチリとした焦燥感が燻り続けている。

 1週間……。本当に大丈夫なんだろうか。オレとカトレアの間を取る形で司書が「猶予はないですが、それでも今から1週間くらいなら致命的な破壊には到達しないと思いますよ」なんて言ったのだが、どこまで信用していいのやら。

 彼の見識は恐らくオレやカトレアよりもはるかに深いのだろう。しかしその彼自身が最近は図書館に籠って外に出ていなかった、などと言っていたのだし、1週間の根拠が不明である。

 勿論それは既に問いただしたが、返ってきた言葉が

 

「今見たんですよ。ざっとした確認ですがね。一応この滅びのデータは系10回分ありますし、それと照らし合わせながら状況を総合的に判断するに、完全に秩序が消失し文明が崩壊するのは1ヶ月後あたりだと思われます。そして国や大きなコミュニティが瓦解し人々が分断されるのがその20日ほど前だと推算でき、よって1週間くらいなら猶予があると推測いたします。いかがでしょう」

 

 これである。

 いかがでしょうじゃねえよ。根拠不明のままだ。カトレアの言葉を借りるならば胡乱で拠り所にしづらい、である。

 

「はい、ここがあなた方の世界の区画になります。ここを含め全ての区画はリアルタイムで更新されていて、それに合わせ拡張もされているため座標上では頻繁に移動はしているのですが、区画ごと動かしているのでそれであなた方の相対的な位置がズレることはございません」

 

 足を止めそう説明する司書。回想してるうちにどうやら目的地に着いたようだ。自分たちが初めにいたところからかなりの距離を歩いてようやくであった。やはりこの図書館は途方もない広さを誇っているらしい。

 しきりに本棚に寄っては並びを眺めたり本を手に取って表紙をまじまじと観察したり中の文字を見てむむむと唸ったりその後己の推測をペラペラと語ったりしていたため少し息の切れているカトレアと違い、オレはただ考え事をしながら黙々と歩いていただけだったので疲れはほとんどない。単に彼女より自分の方が肉体が丈夫だという話でもあるのだが。

 しかしこれほど広いとなると管理にも利用にも支障が出るのではないか、なんて疑問を口にすると「各区画ごとにそれぞれへの転移ラインを組み込んでるんですよ」と。

 概ね想像は付いていたことであった。カトレアなんかは多分そんなことはとっくのとうに分かっていたのだろう。そんなことを問うたオレを呆れた目で見ていた様子から察するに。

 

「最初からここまで転移するのはダメだったんですかね」

 

 なんだか往生際の悪い言い草みたいだが、ついでにそれも口にする。

 

「せっかくのマルチワールド図書館なのに他を経由せずに転移しちゃうのは勿体無いでしょう? 言語がまるきり別物なので1週間そこらじゃ読むのは難しいと思いますが、また時間のある時に訪れた際にはぜひ異世界の本にも手を出していただければ幸いでございます」

 

「時間のある時ですか……ま、後ろ向きなことを考えても意味ないか」

 

「そうだぞグレイ。帰ったらさっさと魔王とやらをぶっ殺してここに戻ってくるんだからな」

 

「へいへい」

 

 カトレア様に於かれましては事後処理のことなど何も考えておられぬご様子であられた。まぁこれも予想通りだが。我が強くて縛られるのが嫌いでやりたいことしかやらない自由主義のこいつが、一応は世の平穏のために尽力してるだけで奇跡みたいなものである。それ以上を望むのは酷というやつであろう。望む側にとっても望まれる側にとっても。

 

「図書館はいつでもお客様をお待ちしておりますよ。私はたまにいない時がありますが門戸は常に開いてるのでどうぞよしなに」

 

 ここの住人はあなただけなんでしょう、防犯意識大丈夫かなどと思わなくもないがここはスルー。司書の話は細かいところを気にするとキリがないのでテキトーに受け流すのがよい、と早くもこの男に慣れ始めてしまったのは良いことなのか悪いことなのか。

 

「っとそうだ、こちらをお受け取りください」

 

 そう言ってオレとカトレアに渡された物は1枚のネームプレートのような何か。

 

「これは?」

 

「会員証みたいなものです。本を借りる際などにご提示いただくものになります。無くても図書館内であれば自由にご利用いただけますし、再発行などにも制限はございませんので、ポケットにでも入れておいていただければ」

 

「ははぁどうもありがとうございます」

 

 言われるがままグレイ・ヴィ・バールサモと彫られた金属板の会員証とやらを仕舞い込む。いつの間に作ったのだろうか。しばらくは自分のそれを掲げながらしげしげと観察していたカトレアもとりあえず満足したのか手を下ろし、はて? と声を上げた。

 

「貸出の手続きはどちらで行うのでしょう。まさかそれもあなたが担ってるのですか?」

 

「や、私に言っていただいても構いませんが、ふむそろそろ来るはず……あぁ来た来たあれです」

 

 そうして司書が指差す方を向くと、なにやらこちらに近づいてくる物陰が見えた。シルエットはなんとも形容し難い奇怪な姿で、床を滑るようにして移動している。

 

「先に説明しておくとあれはゴーレムです。本の検閲精査管理および貸出手続きなどを担っています。何体も稼働しているので見つけるのはそう難しくないと思いますが、窓口にも一体常駐させているので周囲で見当たらなければそちらに転移するのが確実ですね」

 

 ゴーレムと。説明を受けている間に目の前まで来たそいつを改めて観察してみると、いやなるほど確かにこれは心を持たぬ土くれである。

 

「貸出手続きの際はその旨をこの子に伝えてから借りる本と先ほどお渡しした会員証を見せてあげれば後は自動で全て処理してくれますよ」

 

 司書はどことなく自慢げであった。この子なんて言っていたし愛着を持っているのだろうか。製作者が彼とすればそれもむべなるかな、己が子のように感じていても不思議ではなかろう。

 

「美しい……」

 

 ふと聞こえた声に視線を向けると、そこには恍惚とした表情を浮かべながら息を漏らす仲間の姿があった。

 

「そうでしょう、そうでしょうとも! 私の自慢の子なんですよ」

 

 そしてもはや取り繕う様子もなく胸を張る司書。

 改めてゴーレムを見てみる。うーん、美しい? これが? 高度で複雑な技術の結晶であることは素人ながらも見て取れるが、しかし自分には奇妙なオブジェにしか見えない。

 

「これをあなたが……。生物の対極、無機的な自動人形としての最果て。機能し駆動し思考するモノでありながら生命の要素を限りなく取り除いたボディは正しくゴーレムの理想と言える。外がこれほど優れているのなら中もまた素晴らしいものなのでしょう。ああ! 体の隅々から奥の奥まで余す所なく調べ尽くしたい。素晴らしい。美しい……」

 

「ふふふ、あなたがこの子の美しさをお分かりになられる方で良かった。アデプトゥス連中は悪趣味などと言っていたが、やはり魔法使いにはこの良さが通ずるものなのだ。この際あいつらにも啓蒙してやろうか。ふふふふふ」

 

 美しい美しいと呟きながら熱に浮かされたようにゴーレムの観察を続ける魔法使い(カトレア)に、ふふふと気味の悪い笑い声を上げながら独り言を溢す魔法使い(ツァラー)。どうして魔法使いというやつはこうなのだろう。流石にこいつらが特段おかしいのだとは思うが。

 

「とかく先天的な上位存在という奴は大抵美しさや崇高さに無関心なのが良くない。彼奴等は己自身が元から高度に完結しておりその視座も遥か高みに位置しているのだから機能性の芸術や学術的な真理に興味を持てないのだろうが、それは全くの驕りだ。あいつらでさえ真理には遠く及ばず不完全な存在なのだから。大体あれはただの大いなる力を持つ超人で、神さまなどでは断じてない。種族としての超越存在なんざ信仰して何になると言うのだ。後天的になることができる上位の生物など所詮はその程度でしかなく、だからこそ我々は更なる高みを目指すべきだろうがよ。あれらもコミュニティをおもちゃにして好き勝手に実験するような好奇心や探究心は持ち合わせているのだから、その視座を超えた理学の深淵や己という不変存在の昇華に興味を持つことはできるはずなんだ。そうあいつらは先天的であるからこそ未だ稚児に等しく成長の前段階にあるだけだ。つまり彼らに必要なのは教育であり啓蒙なのだ。ふはは今に見ておけよアデプトゥスども、次我が図書館に来た時にはこの私がお前たちに叡智のなんたるかを一から十まで懇切丁寧に教育してやるからな」

 

「おいグレイ、こいつは何を言ってるんだ」

 

「知らねえよ! というかさっきまでお前もこんな感じだったんだからな」

 

「いや違うだろ。私のは一応他者という存在を意識した上で夢中になるあまりゴーレム以外を疎かにした形だが、この男のこれは完全な独り言だ。己の世界に閉じこもってる。この私でも他者を前にしてここまでの自己への没入はできないさね。いや全く会話の成り立たない相手は困るね」

 

 お前が言えた義理じゃねえよ。そう言いたかったが、流石のこいつも今の司書と同じ扱いをされるのは嫌なようであった。

 

「はい、帰ってきました。会話の成り立つエイヴィアさんです」

 

「トリップしてた自覚あったんすね……」

 

「ええまあ。ただでさえ長生きしすぎなのにうちに来る人もまばらとなると、どうにもトリップ癖独り言癖が付いてしまいまして。いやお見苦しいところをお見せして申し訳ない」

 

「いえいえ。これからゆっくりと人間性を成長させていけばいいんですよ。私も手伝いますから」

 

「ありがとうございます、師匠!」

 

 なんでこいつらこんな仲良いんだよ。

 

「魔法使い同士だからじゃないですか?」

 

 さらっと心読むな。

 

「クズ同士だからとも言えますね」

 

 クズ同士だからってなんだ。自分で言うなそれを。

 

「で、図書館の概説はこれで一通り終わったので次は居住スペースについてご説明いたします。そうですね、これも実際に赴いた方が分かりやすいので私の後に着いてきてくれますか?」

 

「会話下手か!」

 

「ははは先に述べた通り引きこもりで人と会話しない生活ですからね、下手です。大丈夫、今リハビリ中なので1週間後くらいにはかなりマシになってると思いますよ!」

 

「1週間後にはオレら帰るんすけど……」

 

「えー本当に1週間で帰るのか? やっぱり1ヶ月にしない?」

 

「お前もお前でいい加減諦めろよ、世界救うんだよオレとお前で……」

 

「別に世界なんて救わなくてもいいんじゃないですか? 何かあっても私の図書館で匿ってあげますよ。大丈夫、結構快適に過ごせますよここ。出入りも自由ですし」

 

「あぁもう、ややこしいこと言わないでもらえませんかね!? カトレアも真に受けない! ったくオレにはあなたのスタンスがまるで分かりませんよ。最初は結構まともな人に見えてたのに……」

 

「ふん、これだからグレイの目は節穴なのだ。私は最初からこの男が性根の腐ったクズの類だと分かっていたぞ」

 

「酷いこと言いますね。私の性根は腐ってるのではなく発酵してるんですよ」

 

「いや意味分かんないすから。もしかしてあなた結構テキトーに言葉発するタイプですか」

 

「まぁね」

 

「あぁそうすか……」

 

「それよりグレイ、さっきの話に戻すが、司書もそう言ってくれたことだしやっぱり元の世界のことなんか放っといてしばらくここに滞在しないか?」

 

「戻すな、諦めろ。1週間で帰るってお互い合意しただろ」

 

「ケチ」

 

「それではこれより居住スペースにご案内いたします」

 

「会話下手か!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さてさてさてさて、そして再びの私である。図書館のことやここで暮らすにあたっての諸々の説明等を終え、調べ物に励む勇者の彼と魔法使いの彼女にそれとなく世話をしている会話が下手な司書兼魔法使いこと私であるが、しかし世話といってもすることは朝昼晩の食事や軽食等々の用意を除くとローゼンクロイツ嬢の思考整理のための独り言めいた呟きに対する気の利いたレスポンスくらいだ。

 以下、その一部抜粋。

 

「センディヴォギウス基底位相の術励起秘子が五放射相称の広がりを見せるのならば外層置換における代入座標パラメータは5次元空間のそれであるべきじゃないのか」

 

「多くの人が直感的に捉えられる3次元空間を用いる方がなにかと都合が良いんでしょうね。近似と言うには少し外れすぎですし、緊急性を伴わない場合は多少の手間と時間をかけてでも5次元空間上の座標ベクトルを代入するのが無難だとは思いますが」

 

 

 

 

「あ゛ぁ゛〜゛、コ゛ー゛ヒ゛ー゛飲゛み゛た゛い゛」

 

「淹れてきますよ」

 

「あ゛り゛か゛と゛う゛こ゛さ゛い゛ま゛す゛」

 

 

 

「そこで私はこう言いました──あなたの錫杖は胎生の鳥を象った物でしょう。ならばその子の湿疹はあなたの咎ですよ、と。そして私はグレイに叱られたというわけです」

 

「酷い話ですね」

 

「まったくです」

 

 

 

「グレイ! グレイはいるか!?」

 

「バールサモさんなら今は庭で鍛錬していますよ。呼んできましょうか?」

 

「こんなところに来てまで鍛錬とは……。まぁ剣士があまり身体を鈍らせるわけにもいかないか。ええ、よろしければ呼んできていただけないでしょうか。いや、いや……私が出向く方がいいな。案内していただけます?」

 

「承知いたしました」

 

 

 

「やあバールサモさん、今日も鍛錬に精が出ますね」

 

「あぁツァラーさん、お世話になってます。どうにも身体を動かさないと気が済まない性分なもんで、すみませんね。あいつの我儘の相手をずっとしてるんでしょう? 押し付けるみたいで恐縮ですが、こういう時のカトレアの対応はオレよりあなたの方が適してるでしょうから……」

 

「私のどこが我儘だと?」

 

「あ、お前も来てたのね……。どこがって言われても全部だよ全部」

 

「な、司書。酷い奴でしょうこの勇者様は。私をなんだと思っているのか。私だって多少は分別の付けられる人間なんだが。きっと多分おそらく少しは……」

 

「自分でも全然自信ねえじゃねえか! 自覚がないよりはマシだけど分かってんのなら少しは直す努力をしなさいなカトレアさんや」

 

「あーあーうるさいぞグレイ! 何度も言うがお前は私の母親か! 別にこのままでいいだろ、なぁツァラーさんもそう思うでしょう?」

 

「なんだか覚えのある問答ですね。うん、そのままでもいいんじゃないですか。私は気にしませんよ」

 

「ほら、な!」

 

「ツァラーさんのそれは一種の悟りからくる無関心さとか力ある者としての度を超えた他者への寛容さとかそういうのでしょう。言っちゃ悪いですけどそんなのを参考にするのは間違ってると思うぜオレは」

 

 そんなどこぞの先天的神さま連中みたいな人間味の欠落した精神性じゃないよ私。人だった時のまま固定してるのは伊達じゃない……はずなんだけどなぁ。

 しかしあのアデプトゥス連中はこれっぽっちも人の心など持っていないのに何故かやたらと知的生命体の精神性への理解度自体は高いんだよね。まあ腐っても神様というか大体何でも知ってるし理解してる奴らではあるのだけど、それでも元からずっと上位存在なあいつらに元人間の私が人の心の理解度で後れを取り、ましてやそのことを揶揄されるなど言語道断である。

 なにが「ははは、キミって元人間のくせに人の心ってやつを全然分かってないよねぇ。ボクを見習いたまえよ。知ってるかい? ボクなんて今は下界でちゃんと肉の身体を持った分身を500体あまり運用してるんだけどさ、みんな親友や恋人といったとても親密な関係の下位存在を有してるんだぜ。今まで夫婦として何十年も過ごして同じ墓に入った奴らも数えきれないほどたくさんいるのさ。図書館に篭りきりでたまに外に出てもボクらみたいなアデプトゥス仲間以外とは全然仲良くならないキミと違ってボクは社交性がとてもとても高いんだよ。分かる?」だ。

 分身体で婚姻関係を結んだとてその内心は、人間って他者に己が存在理由を見出し託すんだよね相も変わらず見てて飽きないなぁ面白い面白い、とかそんなところだろうに。

 うん、ムカつくし今度アイツがここに来たら極大圧縮高次界魔導砲を顔面にぶち込んでやろう。どうせその程度じゃ死なないんだし。

 あぁそうそう、これは誤解されがちなことだが先天的上位存在たる彼らにも死というモノは存在する。そして彼ら自身も己の死がどういうモノであるのかをちゃんと理解しているようだ。

 もちろんあのアデプトゥス連中は物質的なしがらみとは無縁の()()()()()であるのだからその()は他の生命体のそれとはやはり異なるモノとなっている。

 と、ここまで他人事のように説明してきたが、彼らと私はその存在が先天的か後天的かが違うだけで肉体の構造としては概ね同じなので、その()もまた同様に、という話ではあるのだが。

 とはいえ先天的にしろ後天的にしろ、上位存在として在るモノがその死を迎えた例はほとんどない。私は一例しか知らないし、私より遥かに長生きな彼らにしても同じようだ。

 

「おーい、ツァラーさーん?」

 

 ちなみにその一例は自殺である。深くは語るまい。別にアンタッチャブルってわけじゃないんだけどね。ここまで散々語ってきた通りアデプトゥスという奴は誰かを慮る殊勝な心などまるきり皆無な享楽主義者であるのだから、不可侵な話題なんてものもまた存在しないのが道理である。

 

「ダメだなまるで反応ねえや」

 

 さて、今まで上位者だの高次精神体だのアデプトゥスだのと色々な表現で彼らとついでに私について説明してきたけれど、実のところそれぞれが表すモノには差異があることにも言及しておこう。

 

「この状態の司書は本当に何してもこうだからな。私もここ数日こいつと話していたが、一度こうなったら杖で頭を叩こうが髪を弄ってツインテールにしようが全く微動だにしなかったぞ」

 

 簡潔に述べるならば上位者はその起源が下位、つまりは通常の世界にない者を表している。よって後天的である私は上位者というわけではない……と言いたいところなのだが、私は私でややこしい起源を抱えているのでややこしい話なのだ色々と。ま、私が上位者かそうでないのかなんて話はどうだっていいだろう。

 

「お前はお前で何をやってるんだ。失礼とかそういうレベルを通り越してるだろ……」

 

 次に高次精神体。これは字の通りまんまと言える。すなわち高次な精神に依って存在する者のことである。物質的な身体ではなく精神にその存在を依存しており、また高次であるモノ。ここで言う()()とは()()()にいても存在が霧散することなく形を保つことのできるモノであることを指している。先の上位者と違いこれに関しては私もそういう存在であると言い切れる、全くややこしくない話である。

 

「当人が気付いてないんだから問題ないだろ。そもこやつが目の前の私を無視して自分の世界に閉じこもるのが悪い。全く、少しは協調性というやつを身につけて欲しいものだ」

 

 最後にアデプトゥスだが……実は私も、そして彼らもその定義を知らないんだよね。ははは、うむ、だってこれいわゆる後天的高次精神体のある1人が言い出した、おそらくは彼女の造語だからね。我々はそれをなんとなく気に入って意味も定義もあやふやなまま使っている、とそういうわけである。ちなみにそのアデプトゥスの提唱者さんは私のお師匠さまなのだ。お師匠さまは勝手気ままな性格なのでかわいいかわいい弟子であるところの私にもその定義を教えてくれやしないのであった。

 

「協調性に関しちゃ人のこと言えないよお前は……」

 

 ああそうそう、私は他に上位存在という表現も使っていたが、これは今までに挙げた定義の異なるアデプトゥス的なあれやこれやを包括してまとめた総称である。以上、ややこしい話の終了。

 

「あはは、いつの時代も協調性の無さは魔法使いにとって大きな課題の一つですよね。私はこれでも結構コミュニケーションは取れる方でしたけど、同期、あー私がフロリクス王国の魔導学院に在籍してた時の学生仲間のことですが、あの人たちはそれはもう奇人変人のオンパレードで常識人枠の私としては結構苦労したものです」

 

「おわっ! え聞いてたんすかツァラーさん。というか聞こえてたんすかツァラーさん……」

 

「いやあ、ふと自己没入から帰ってきたら何やら私のことについて話してたようでしたから、遡って音を拾いどういう会話をしてたのか把握しただけなので、お恥ずかしながら聞こえてはなかったですねぇ」

 

「おおそれは良かった。なら杖でコツンとやったのもツインテ作ったのもやはり気付いておられなかったということで」

 

「ええ。ははぁ、にしてもツインテールですか。どうですか私のツインテは。と言っても男のツインテなんて聞くまでもなく酷いものだと分かりますが」

 

「いや結構似合ってましたよ。そこの勇者と違って司書さんは性別の曖昧な風貌ですからね、ちゃんとやればどんな髪型でもそれなりにはなるんじゃないでしょうか。ま、キャラには全く合ってなくて笑えましたが」

 

「笑えましたが、じゃないよカトレアさんや。ちゃんと謝りなさいよ……」

 

「別に私は気にしてませんよ。そもそも私がトリップしてたのが問題なんですし」

 

「いやええ……、あなたはそういうこと言いそうだと思いましたけどね。これはもうこいつの問題なんですよ。これ以上甘やかすと手が付けられないくらいの我儘っ子に育ってしまうので、ツァラーさんが気にしてなくても謝らせないといけないんです」

 

「お前ホントに私を手の掛かる娘か何かだと思ってないか……」

 

「それが嫌ならその性格を少しは直しなさい」

 

「もういいだろ! 何回やるんだこのくだり。いい加減私は飽き飽きなんだが。よし、そろそろ元の話に戻らないか。うむうむ、それがいいそうしよう」

 

「……まあそうすっか。元の話っつーと」

 

「魔王の正体についてですね」

 

 引き継いで、そう答える。そのまま続けて言葉を紡ぐ。

 

「すなわち魔王とはある現象に付随して顕れる仮初の存在であり、魔王が齎す世界の破滅でさえもその現象の結果に過ぎない。そしてその現象とはいわゆる捕食寄生に近しいものであり、現段階が中間宿主であるのか、あるいは成虫に変態し自由生活に移行する前段階としての殺害であるのか、そういった何らかの理由で世界を破滅に導いているのだろう。よって我らが倒すべきは現象としての魔王ではなく何処かに潜む寄生虫本体である、と。うん、あなた方が話していたこの推察はほとんど合ってると思いますよ。実に素晴らしい」

 

「ほとんど、ですか」

 

「ええ」

 

「どうして知っているのか、なぜ今まで黙っていたのかなどと追求するつもりはありません。暗黙の了解を破るほど私は世界に思い入れがない」

 

「それは私にとってもありがたいことですね」

 

「ふーむ、そういうものなんですか。……話が逸れましたね。ええ、迂遠な言い回しは面倒なので、単刀直入に問わせてもらいます」

 

「なんでしょう」

 

「ほとんど、それは私自身感じていたことです。つまるところ前提知識が欠けている。異物を理解するための最後の1ピースが欠損している。そして業腹ですが我々にはその探索をする時間的な余裕がない。故に恥を忍んでお願い申し上げたい。いや正直私は世界がどうなろうと自分でやりたいんですけど、まあグレイからしたらそうはいかないでしょうから」

 

「そらそうだけども、それはわざわざ言わなくてもいいんじゃないですかねカトレアさんや。色々台無しだよ……」

 

 なんともチグハグで仲の良い2人だと改めて思う。ここに来た時点で私の心の内は決まっていたのだが、ふふふ、いや面白い。あのアデプトゥスどもの言うところであれば、気に入った、というやつである。

 元より聞かれなくとも言うつもりだった。というかそこを隠すのであれば私だってもうちょっと発言に気を遣うことはできたのだ。色々と鈍い私であるが、全てに無自覚というわけではないのである。やればできる子なのだ私は。

 さて、ローゼンクロイツ嬢が言うところの最後の1ピースであるが、これは欠けていて当然のモノではあるのだ。彼女自身も「異物」という表現を使っていたことからそれを察していたようだが、つまりは彼の魔王という現象、世界を蝕む寄生虫という存在は()()()()のモノではないのである。要は元は()を隔てた異世界の固有種であったモノがなぜかこの世界に漂流し定着してしまった、というわけだ。

 そしてこれまで便宜上寄生虫と呼称して表してきたその存在は、しかし一般的な生物として理解できるモノでもない。端的に述べるならばこの寄生虫はいわゆる()()()()()であり、一種のウィルス的な性質を持っているのだ。魔法が存在するためその発展スピードはとても高いとはいえ、数千年周期で魔王により文明が総リセットされる()()()()において()()()()()という概念は発生し得ない。

 そういうわけで、では最後の1ピースを示唆、いや渡すとするかな。

 

「それではこちらをお貸しいたしましょう」

 

「これは?」

 

「見ての通り何の変哲もない()ですよ。()()されていない()()の記されたただの本です」

 

「それは……ああ、そういうことなのか……! それならば腑に落ちなかった点は全て解消されるが、しかしありえるのかこんなことが。我々に欠けている視点はそうだったとしても、それはあまりにも出来すぎた話ではないだろうか。何者かの意図が介在していたと言われた方がまだ納得がいく。なあ、司書?」

 

「いやあ、それはあらぬ疑いってモノですよ。私は何も関与してません。あ、でも何の関係もないってわけじゃないか……。うーん、まあでも私のせいではないしなぁ。むしろ私も被害者というか私が一番の被害者というか。ただそうですね、意図したことではないでしょうけれど、人為的に無理やり引っ張ってきたからこそ起きてしまった事象だとは思いますよ。うん、人災ですよ人災。酷い話です」

 

「あの〜、話の流れをぶった斬るようですみませんが、オレには何のことだかさっぱりなもんで、誰かこの私めに説明していただけませんかね……」

 

「ああそうだな、説明しよう。それに認識の擦り合わせは大切だ。この一大事においては尚更のこと。もし私の解釈が間違っていてしかしそれに誰も気付かず世界の滅びを防ぐことができませんでした、なんてことが起きたら目も当てられん。常ならまだしもこんな時にまでカッコつけて無用なリスクを背負うのも馬鹿らしい。うん? ああ、これは私のプライドを納得させるための理由付けだが。さて、じゃあアホ勇者への説明タイムに入るが、つまりは─────

 

 

 

 

 

 

 

 なんて、もう数十年前になる出来事を私は思い起こす。

 

「おいツァラー聞いてるのか」

 

「や、すみませんね。少しばかり昔の記憶を辿っていまして。うん、やあカトレア嬢。しばらくぶりだね。ようこそ、我が図書館へ。歓迎するよ」

 

 さてさて、とにもかくにも今日も今日とて私の図書館は絶賛開館中なのである。




中途半端な終わり方ですが次回は弟子と享楽主義者の話になる予定。
数ヶ月後くらいにぽろっと投稿できるといいなぁ(自信はない
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