フロリクス魔法図書館へようこそ! 作:ああ
「こうしてカトレア嬢と会うのは十……何年ですっけ? 13くらい?」
「21年ぶりだ。それともう私は嬢という歳でも風貌でもないと思うが、その呼称はどうなんだ」
目の前の胡散臭い男にそう答える。舞台裏にしてあらゆる裏と繋がる緩衝地帯に鎮座する此処、『フロリクス魔法図書館』の司書と名乗るこの男と私は、誠に遺憾ながらそれなりに親しい間柄である。
「ははあ、21年。うんなるほどたしかに。いやあ、すっかりお婆ちゃんって感じになりましたねカトレア嬢」
「こちとら80歳超えのヨボヨボ婆だからな、老人は労われよツァラー」
「私の方が数万年歳上ですよ。忘れてしまいましたかカトレア婆や」
「相変わらずムカつく奴だなこの若作りジジイが」
「あなたもしようと思えばできるでしょうに。や、ずっと気になってたんですよそれ。肉の身体を捨てるとまでは行かなくても多少の不老化くらいはしてもいいんじゃないですか」
そんなことを言う司書はといえば、肉の身体を捨て何者にも縛られず干渉されない
「私はこのままでいいんだ。別に何か悟りを得たとかそういうのじゃないし、研究したいことなんて今でも腐るほどあるから未練がないなんてこともないがな」
「では何故?」
「ただ人間として周りと同じように生きて同じように死にたいだけだ」
そう返すと、ツァラーはなんと、と目を丸くした。
「いや意外や意外。カトレア嬢がそんなことを思うなんて、なんだか丸くなりましたねぇ。もっと私一人が良ければそれで良いって感じじゃありませんでしたっけ、あなた」
「色々あんだよ私にも。そういうお前は変化がないよな。私が知ってからもそうだが、どうせまたぞろ数万だかなんだか年の間変わることなく在り続けているのだろう?」
「いやいや、私は日々変わり続けてアップデートされ続けてますよ! 変化がないのはあの上位者どもだけです。魔法使いであるのなら常に満足することなくより高みに至るために研鑽を積むが道理でしょう。まあ、それでもここ最近は停滞気味なのは認めざるを得ませんがね……。全く歯痒くて悔しくて堪りませんよ」
「お前の魔法使いとしてのその姿勢だけは尊敬するよ。しかし、やはりアレだな。お前って胡散臭いよなマジで。私はもうお前がそういうところには無駄に真摯なのを知ってるから嘘じゃないと分かるが、もし初対面の奴がここにいたら本当に悔しがってるのか甚だ疑問に思うだろうよ」
この司書は魔法使いとしての矜持と姿勢は嘘偽りのない実直さを備えているのだが、如何せん普段の言動が割と雑なのと全身に纏った胡散臭い気配がそれを覆い隠して、どうにも信用できない雰囲気を醸し出しているのがなんともである。
「あー、で今日の目的はそれなんだ」
「ふむ、というと?」
「何、お前に会わせたい奴が居てな。ちょっと待ってくれ」
そういい簡易的な
「おい、お前はいつまでそこにいるんだ。
(そう言われましても〜。怖いもんは怖いですよ先生。だって
「そうぽんと行ける場所にしろ。これくらい慣れろ。お前はもうそれだけの素養は身につけている。それに前にも言ったが、此処の図書館は今のお前にとって最適な教育環境だ。一人なんか変な奴がいるだけで他は文句なしに素晴らしい学びの場だから、早く意を決して飛び込んでこい」
「変な奴ってもしかして私? いやいや私のどこが変だと言うんですか。肉の身体を捨てて『まとも』で己が存在を確立してるようだと評判のこの私ですよ」
「お前はお前で意味のわからんことをほざくな。突っ込むにも困る独り善がりの戯言を考えなしに口に出すその癖はいつになったら治るんだ」
「はて、まあ数万年生きて治ってないんですし一生このままなんじゃないですか? ははは困りましたね」
(よーし、行くぞ〜……。うん、行く行ける、はいはいはい! でりゃ!」
「グハァッ!?」
「うぇ!?」
見事な頭突きであった。
「あははははは! ひ、ひー、いや腹が痛い!」
「うわあごめんなさいごめんなさいお怪我はありませんかあわわわわ!」
「ええ何にも問題ありませんよ。頑丈なことだけが私の取り柄ですからね。そちらこそ思いっきり頭をぶつけたわけですが大丈夫ですか? ははあ、それにしてもこれは見事な頭突きでしたねえ。心窩部を抉るかのような素晴らしい衝撃……思えばこの数万年の人生において頭突きを受けたのはこれが初めてです。なんとも、いや面白い! カトレア嬢が笑い転げるのも無理はないですよ」
「あー笑った笑った!
「ぐすん」
「まあまあ元気出してくださいよ……あれ、そういえばまだ名前をお聞きしてませんでしたね。ああ、私はエイヴィア・エヴリ・ツァラーと申します。此処、フロリクス魔法図書館の司書をしておりますゆえ、こちらを利用される際はどうぞよしなに」
「うぅ……よろしくお願いしますツァラー?様。……ヨシ! 切り替えました! 私はクルワッハ・フォン・ワッフルと申します! ロージア学院所属でこちらのカトレア先生にビシバシ指導されている一学生であります!」
「おー、元気があって良いですねえ。私にもそこの婆やにも無い有り余る若さを感じます」
「いえいえそんな。カトレア先生はともかくツァラー様はとてもお若く見えますよ!」
「なあおいクルワッハ、前から思っていたがお前私に対する敬意が足りないんじゃあないか? ともかくとはなんだともかくとは。私がババアなことを否定しろとは言わんが、その物言いはどうなんだとね」
「すみませんおばあちゃn……カトレア先生! 反省してますこの通り!」
ふむふむ、カトレア嬢とワッフル嬢はとても仲が良いようだ。うむうむ、良きかな良きかな。しかしなるほど、ロージア学院ね。あそこには旧い知人がいるのだが、はてカトレア嬢とワッフル嬢は彼女と知り合っているのだろうか。いや、そういえばカトレア嬢の方は最近学院長になったそうだし彼女のことは認知しているのかな。彼女もアレでなかなか人嫌いの気があるからなぁ、学生諸君と触れ合っているところなんてあまり想像はできないけれど。
話が横道に逸れてしまった。彼女のことは今はどうでもいいだろう。さて、カトレア嬢が私に会わせたいと言っていたのはつまるところこの娘だったわけだ。なんとも素晴らしい。この年で
ははは、私より年上なんてそうもいないんだけれどね。しかしこの図書館に来る客筆頭のアデプトゥス連中は彼らが玩具にして遊んでいる世界と同時期かそれより以前に発生したようなのがうじゃうじゃといるもんだから、私はこれでも若輩者というわけである。数万年なんて彼ら基準では大したことないとかなんとか。私も今の身体を構成するにあたって時間感覚は調整したから実感としては同じなのだけれど、とはいえそれは私の一生涯なわけで。この辺り結構ややこしいところなのが後天的な上位存在あるあるなのである。後天的上位存在な私のお師匠さまもそんなことをぼやいていたのを聞いた覚えもあるなあ、なんて懐かしい記憶だ。
うーむ、しばらく顔を合わせていないが色々と積もる話もあるのだし、ここらで我が師、つまりは
「あのー、カトレア先生。もしかしてこの人私たちの話全然聞いてなくないです? さっきから反応が途絶えてますけど」
「ああ全く聞いてないな。こいつはそういう奴だから諦めろ。1人で図書館にこもって本の管理と読書をしてばかりなせいで社交性というやつが欠けているんだ。その内トリップから帰ってくるだろうからその間はこいつに何やっても構わないぞ。思いっきり頭突きをかましても髪を結ってお団子ヘアにしても気付きやしないはずだ」
「おー、お団子ヘア。ツインテールよりは似合いそうでいいですね」
「おうお帰りツァラー。ツインテも結構似合ってたがな」
いや男のツインテはやっぱキツイもんがあると思うよ。まあ髪型なんざどうでもいいけどさ。
「ははあ、それで何の話をされておられたので?」
全く何も聞いていなかったのでそう問うてみる。遡って音を拾ってもいいが、せっかくなのでというやつである。
「ふむ。まあ単刀直入に言えば、こいつを暫くそっちで預かってほしいという話だ」
そうしてカトレア嬢はワッフル嬢を前に突き出した。当のワッフル嬢は急に突き出されバランスを崩したのか「おろ」などと言いながら姿勢を整えるも、そこから先は無言である。カトレア嬢と私の対応に一任しているといった感じかな。
「なるほど。ええ、細かい事情も説明していただけますか」
「大して複雑な話じゃないんだが、そうだな。学院の教育環境はもはやクルワッハには不十分でな、そこで私が個人的に色々と指導をしているのだが、これでも私は毎日それなりに忙しい身ゆえに、おーならあそこにでも預けておけばいいかとなったわけだ」
「ほほう。私としても
「私ですかー? 私的にはそうですねえ、それはまあ来る前は結構身構えてましたけど今はそうでもないですし、それに親しい友人も家族もいないので特に反対する理由もないですかね。うん、願ったり叶ったりってものですよ」
「そういうわけだ。よろしく頼んだぞツァラー。あの時都合のいい後片付け役として私を駆り出したことはこれでチャラにしてやるさ」
「あはは、まだ根に持ってるんですかそれ」
「当たり前だろ」
そう言うや、カトレア嬢は「さっきも言ったがこれでも多忙の身なんでな、来て早々だが私はもう帰るよ。クルワッハのこと頼んだぞ」なんて続けて、すたこらと元の世界に戻っていったのであった。
「ねえツァラー様、魔法使いってのはみんなコミュニケーションに難があるんですかね?」
「ははは、うん」
「それは困りました。私も魔法使いです」
「……これからよろしくお願いしますね、ワッフルさん」
「うげぇ〜……」
ワッフル嬢とのファーストコンタクトは概ねこんな感じに終わったのであった。じゃかじゃん。
「ところで、都合のいい後片付けって何のことだったんですか?」
「ああそれね。っと、その前に……」
「やあエイヴィ遊びに来たy…「極大圧縮高次界魔導砲!」グェボラァ!?」
ふう、すっきりした。
「我再誕。これ即ち神の証左なり。我を称えよ」
「そもそも死んでねえだろうがよ」
「確かに。というか酷いよエイヴィ! 数万年来の親友の顔に思いっきり魔導砲ぶっ放すとか、全く君は常識というやつが足りないんじゃないか」
「おいおい、肉の身体を捨てて『まとも』で存在を確立してると評判の私に何を言うのやら」
「客観的に見ても今のはツァラー様が頭おかしいとしか……」
「ははは、誰だか知らないけど言われてるよエイヴィ! うん、でこの娘は一体どこの誰なんだい。
「わーお、この人も会話が成り立たないタイプなんですね! ええ、私は突っ込みませんよ。胸の裡を探られるのはそれはまあ良い気はしませんけどこういうのは歯向かっても意味がないのは分かっています」
「いや僕は結構というかかなり会話は成り立つぜ。どうにもここに来ると取り繕うのを忘れちゃうから対下位存在モードのまともさがどこかに行っちゃうだけさ」
ワッフル嬢とこいつのファーストコンタクトは……そういやこいつ自己紹介してないな。
「会話が成り立つのならとりあえずワッフル嬢に自分の名前と簡単な素性でも教えてあげなよ。自分だけ一方的に心を読んで捲し立てるだけ捲し立てるなんて不平等だろ」
「うん、確かにそれもそうだ。やあ、僕の名前は……うーんホントはそんなのないんだけど、まあ
「フィフィ様。えーと、もうご存知のようですけれど、私はクルワッハ・フォン・ワッフル、ただの魔法使いです。よろしくお願いいたします」
うんよしこれでOKと。
「で、フィフィ。久しぶりに会ったところ申し訳ないが、私はこれからワッフル嬢に色々と説明やら案内やらをしてくるからお前はその辺でダラダラしておいてくれ」
「えー、ひっどいなぁ。古客は大事にしないといけないぜエイヴィ」
「本を目当てに訪れるならば歓迎してやるが、同類同士の便利な集会所だったり暇つぶしのために来るお前のような上位者どもを客としてもてなす気は起きないな」
「あはは、ボクら以外の来訪者なんてほとんどいないのに客の選り好みなんてしちゃってまあ!」
「……それはともかく、とにかくそういうことだからお前の相手はまた後でな」
数万年来の付き合いだとかいう彼らのそんなやり取りをボーッと眺める。これから私がお世話になるエイヴィア・エヴリ・ツァラーという司書にしてもあまり深く関わらない方が良さそうなフィフィと名乗る存在にしても初対面での胡散臭さが半端じゃなかったが、こうして見るとそうでもないのかな、なんて気もする。とはいえ深入りしたくないのは変わらないのだけれど。
「さて、それじゃあワッフルさん。これからざっくりと図書館の案内をしていきますので着いてきていただけますか?」
「はい分かりました」
「どうせやることないしボクも一緒に行くよ。エイヴィはちょっとズレてるからね、ボクがフォローしなきゃ伝わりにくい説明もきっとするしね。うんうん」
「そういえば結局都合のいい後片付けってなんだったんです?」
図書館の説明が一通り終わったようなので少し気になっていたことを尋ねてみる。カトレア先生が根に持っているらしい後片付けとは何なのだろうか。
「あーそれですか。ふむ、貴方もあの魔王のことは存じ上げておられるので?」
「というと、数十年前にカトレア先生と勇者が討伐なされたというアレのことですか?」
「ええそれです。それならば話が早い。端的に言えばその魔王討伐に私がちょちょいとお力添えをしたわけでして、まあ実のところ彼らがやらなければ私が自ら始末をつけようかと思っていたんですよ。結局何の縁かカトレア嬢と勇者の彼と知り合ったので彼らに任せたんですが、いやーその後元々私がやるつもりだったことが彼女にバレちゃいましてね。それで面倒ごとを押し付けられたと怒られた次第でございます」
「ははあなるほど。ついでにこれは私の知的好奇心を満たすだけの質問なんですが、その魔王何某ってのはどういう存在だったんですか?」
「お? ついにネタバラシの時間かい? いいねいいねぇ!」
フィフィ様は図書館の説明の間もずっとこんな調子であられた。正直ちょっぴりうざったいなと思ってる自分はいる。
「ひどいなぁ」
だから思考読まないでくれますかねぇ。
「ごめんごめん」
「ネタバラシねぇ。うん、端的に言うとあれは寄生虫なんですよ」
「寄生虫?」
「ええ。世界に寄生してそれを養分に子供を増やす存在。正確に言えば魔王というのはその存在自身ではなく彼が齎す影響に過ぎない」
「ふむふむ。であれば世界はそういう存在に対して抵抗する力は有しないので? 寄生虫という比喩がそのまま適切なのであればそういったものもあっておかしくないと思いますけれど」
「ない。あれは例外中の例外ですからね」
「例外ですか」
「例外。異端。偶然の産物。そういう言葉が適当になるようなイレギュラーな存在なんですよ」
「なるほど。それで例外というのは具体的にはどういう意味なんですか?」
「彼は寄生先を間違えたんですよ。もっと言えば彼という存在がこの世界に入り込んだこと自体がおかしかったんだ。彼が本来いるはずだった場所はこことは別の世界になる」
「別の世界……。だとすればその世界とやらは本来であれば魔王何某によって滅ぼされていたんですか」
「いや滅びない。なぜなら彼に世界を滅ぼす力などないのだから。うん、ここらで一番のネタバラシをしましょうか」
そうしてツァラー様は図書館に収められた本を指さした。
「あの本。あれが彼の本来の寄生先だ。彼は本に、物語に寄生する情報生命体というわけです」
「ほー! 本に寄生する情報生命体! なるほどなるほど!」
「うん。で、彼は本に寄生してその物語を魔王によって滅ぼされるといった内容に変えてしまうんだ。そのお話がどれほど優れたものであろうとね。つまりはそこの差だよ。物語を低俗な滅びのお話に変えてしまって、その落差をエネルギー源として自らの分身、彼らにとっての子どもを増やす。そしてその子どもは己を孕み産み出した本に接触した新たな本へと移り同じことを繰り返す。そういった可愛らしい存在が本来の彼なんだ」
「それが何の因果かこの世界に寄生してしまった、と」
「ええ。この世界は確かに物語的な性質を帯びている。人はみなキャラクターでありながら自らという物語を執筆する作者としても存在する。そういうメタ的な構造を持つこの世界だからこそ、彼は誤って本ではなく世界に寄生してしまった」
「なるほど。話は概ね理解しました。ですが、ではなぜ彼の寄生虫はこの世界に、本来いるべき場所ではないこの物語に辿り着いてしまったのですか?」
「それはエイヴィのせいなんだよ、ワッフルちゃん」
「あのなぁフィフィ、それは誤解だと言っているだろう。私はむしろ被害者だと主張したいね」
「ふむ、よくわかりませんがツァラー様と関係する出来事というわけですか」
「うーん、まぁそうなりますかねぇ。間接的に」
「いやいやエイv……グハッ」
ツァラー様がフィフィ様を締め上げる。おーこれは決まったか! 勝者、ツァラー!
……じゃなくて。
「要は、あーその前に数万年前のこの世界の話をしましょうか」
そうしてツァラー様は語り出す。
「私が生まれた時この世界の文明レベルは今よりも高くてね、そんな高い文明力を有した彼らが当時我先にと研究を進めていたのが、異界への干渉だったんだ。こことは別の世界に干渉し、こちらからあちらへ、あるいはあちらからこちらへ何かしらの影響を与えることはできないだろうかと模索し続けた結果、彼らは編み出した。異界の存在をこちらに呼び寄せるその術を」
つまりはね、とツァラー様は話を進める。
「そんな彼らの努力により彼の寄生虫は招かれたわけだよ。そして宿主を間違えた。誤って寄生した彼の存在は、よって最後まで成長することができなかった。合計10回この世界に滅びを齎そうとし、合計10回最後の最後で世界は滅びを回避した。そうして11回目、カトレア嬢と勇者の彼によって寄生虫は決定的な終わりを迎えた」
そうして、とまあこんなところですかね、とツァラー様は話を終えられた。
ふむなるほどなるほど、あれ、それで結局ツァラー様はどう関係するのだろうか。
「それはねワッフルちゃん、エイヴィもまた呼び寄せられた存在だからだよ。エイヴィは確かに君の世界に生まれ落ちた存在だが、その魂のルーツは別の場所にあるんだ。要は異世界転生ってやつだね」
「ええ、ですから私も被害者だということです」
「どうだか。ボクはすべてエイヴィのせいだと思うけどね。本来であればあの時の彼らの文明力は異界に干渉するレベルにはなかったはずだ。だが事実彼らはそれを成し得た。それはなぜか。彼らの世界にその要因がないのならば、つまりは異界の方にこそその理由があると考えるのは至極真っ当だろう? だからエイヴィ、君の存在が、君の魂が彼らに蒙を啓いたのだとボクは思うね。それくらいできるだろう?」
「私は何もしていないさ、本当に。証拠はないが私のこの真摯さを見れば一目瞭然だろう。そうは思いませんかワッフルさん?」
「えそこで私に話振りますか。……うーんと、あうん、黙秘権を行使します」
いや正直ツァラー様胡散臭いし、真摯さとは真逆の存在じゃねとか思ったり。
「あっはっは、だってさエイヴィ! これで2対1だ。多数決でボクの勝利だね」
だから心読むなよ。
「ごめんごめん」
「それじゃ、一通り説明し終えたのでここらで休憩にしますか。ワッフルさんはコーヒーと紅茶どちらがお好きですか?」
そう問いかける。それ以外にも色々と選択肢は取り揃えているが、とりあえずね。
「紅茶でお願いします」
「あボクはコーヒーね」
「フィフィは水ね」
「おいおい客を粗末に扱うもんじゃないぜ、エイヴィ」
「だからお前は客じゃないって言ってるだろ」
ここに来るのなら本の一つは読んで帰ってほしいものだ。
「そう言いながら淹れる準備をしているじゃないか。ハハハ、ツンデレエイヴィたん萌え〜」
「殺すぞ」
「ん? ツンデレの意味?」
「だから心読まないでくださいよ」
「ごめんごめん。ま、アレだよ。エイヴィみたいに好意を持ってる相手にツンツンした態度を取るけど、ちょっとした言動や2人きりの時とかにデレが垣間見えるようなキャラをツンデレって言うんだ。かわいいよね」
「ふむふむなるほど。だったらカトレア先生もツンデレですねきっと」
ワッフル嬢が異世界産のくだらない言葉を学んでいるのを聞きながしながらコーヒーと紅茶を淹れる。ちなみに私はコーヒー派である。砂糖なしのミルクありが好みだ。
コーヒーにしても紅茶にしてもこういった作業は魔法で短縮もできるのだが、そういうことをしないのが長い人生を楽しむ秘訣だとお師匠さまは言っていた。
「そういえば館内で飲食OKなんですねここ」
「本には全て保護魔法をかけてますからね。何を溢そうがどれだけ粗末に扱おうが汚れひとつ付きませんよ。ま、とはいえあまり雑に扱ってほしくはないですがね」
「はへー。そう言われてみたら確かに……。ほーなるほどなるほど、そういう作りになっているのですか」
ワッフル嬢が本を手に取り眺めながらそう言う。割と高度な魔法だがそれを一目見ただけで理解できるとは。
「まあ
なるほど戴天……。
「なんだいエイヴィ。やっぱり天に座する者として思うところがあるのかい」
「私はそんな大それた役回りについた覚えはないよ。ただカトレア嬢も中々イカした名前を付けるもんだと感心していただけさ」
「そうですか? 私は正直ちょっと恥ずかしいんですけれど」
「あはは、エイヴィは厨二病だからねぇ。それも数万年拗らせた筋金入りの。あ、厨二病っていうのはね」
「説明しなくて結構! 私の胡散臭くて神秘的なイメージがワッフル嬢から失われたらどうするんだ」
「胡散臭いのはともかく神秘的な方はもう手遅れですよツァラー様」
「なんと!」
そんなこんなしてるうちにコーヒーと紅茶を淹れ終えた。うむ、中々の出来である。私も上達したものだ。
「どうぞ。砂糖とミルクはこちらです。ご自由に」
ありがとうございます、と砂糖を入れるワッフル嬢と、ありがとう、とブラックのまま飲み始めるフィフィ。
そうしてしばらくティーブレイクタイムを過ごしていると巡回中のゴーレムが近くまでやってきた。
「うわ出たよ悪趣味ゴーレム」
「悪趣味? これがですか? 私の眼にはすごく高度で美しいゴーレムに見えるのですが」
「ええそうでしょうとも! 魔法使いにはこの美しさが伝わるのさフィフィ。全く上位者どもはこれだからダメなんだ」
お師匠さまもこのゴーレムには感心してらっしゃったというのに。
「ワッフルちゃんには
フィフィがそう言って立ち上がりゴーレムをポンポンと叩く。
「エイヴィも隠してるわけじゃないから言っちゃっていいと思うけど、こいつ元は人間なんだよ」
「人間を素体にしたゴーレムですか。なるほど、非人道的かもしれませんが、それだけだとそこまで言うほど悪趣味ではないように思えますが」
「まあね。ただねぇ、これの素体と思考パターンに問題があるんだ」
私からするとそこは評価ポイントなんだけれど、どうにも評判は悪いようで。
「そうだね、この図書館が元は君のいた表の世界に在ったことは知ってるかなワッフルちゃん」
「いえ……なんとなくそうじゃないかなあとは思っていましたが」
「うんうん、で、表に在った時からエイヴィはこの図書館を管理する立場にいたわけだけど、その頃はエイヴィの他にも何人かその補助をする部下がいたそうなんだ。この辺はボクもエイヴィから聞いただけなんだけどね」
「私から補足しておくと、部下は全部で13人でしたね」
みな優秀で真面目な良い人だった。なつかしいものだ。
「彼らはみんなエイヴィを慕っていたそうだよ。しかしそんな彼らとも別れの時が来る。そう、図書館を裏側の世界に移転させる時だ。その当時の裏側は只人が存在するには少し危うい場所でね。というより本来はその状態が正しいんだけど、まこれは関係のない話か。そして只人が生きることの難しい環境に移住するとなってエイヴィが行ったのが彼らのゴーレム化だった」
フィフィはそうして一息つき、続きを話し始めた。
「物言わぬ、魂を持たないゴーレム。意思の剥奪された土人形に、しかし彼らの思考パターンを反映させて個性を持たせる。そうして出来上がったのが、エイヴィを慕う部下を素体としたゴーレムというわけだ。悪趣味だとは思わないかい?」
「ふーむ、確かに悪趣味かもしれませんねぇこれは……」
「一応私から言い訳というか言い分を述べさせてもらうなら、彼らは自ら望んでそうなったという補填をしておくよ。私だって何も嫌がる相手を無理やりゴーレム化するような倫理観の欠如はしていないさ」
「相手が望んでいたとはいえ自らを慕う者をいとも容易く物言わぬ土くれに変えてしまえるのは十分狂ってると思うけどねボクは。まそういう一般的な視点から見た狂気という観点で言えばボクらは人のこと言えないんだけど」
「悪趣味ではありますが、同時にやっぱり美しいとも思いますね〜私は。機能し駆動するモノとして極限なまでに効率的な構造を有しておきながらしかし人間的な要素の真逆に位置するそのボディに、意思の存在しない演算機能に個性を持たせる思考プロセス。見事という他にありませんよ!」
「魔法使いはみんなそう言うんだねぇ……。ボクにはイマイチ理解できないや」
なんて言って少し不貞腐れるフィフィ。先天的な上位者連中にはいわゆる機能美というやつがわからないようである。やはり私が啓蒙するべきなのではなかろうか!
「おっとなんだか嫌な予感がしたからボクはこの辺りで帰ることにするよ。じゃあねエイヴィ、ワッフルちゃん! バイバイ!」
「おい逃げるなフィフィ! 楽しいお勉強の時間が待ってるというのに」
「……帰っちゃいましたね」
「……ええ。それでワッフルさんはどうします? この図書館に来たのは学びのためでしたよね」
「はい。ですのでしばらくはここに住まわせてもらってよろしいですか? 一々あっちとこっちを行き来するのも面倒ですので」
「ええわかりました。それじゃ居住スペースに案内いたしますね」
「よろしくお願いします」
そうしてなんだか色々あった1日が終わったのだった。
次は先生と教え子たちの話になると思います。