―Side ユキカゼ
――綺麗になったな、ユキ
お兄ちゃんの言葉を聞いた瞬間、私の心臓が跳ねた。
「……ふえっ!?なっ、え、えぇっ!?」
私は顔が赤くなるのを自覚しながら、ただただ驚くことしかできなかった。
「いや、これは別にお世辞じゃないぞ?本心からそう思ってる」
「あぅあぅ……」
私は二の句が告げず、頭の中は未だにパニックを起こしたまま。
「昔の可愛かったユキを知ってるだけに、感慨も一入って――」
「す、ストップ!ストーップ!」
混乱から一時脱した私は、尚も饒舌に語ろうとするお兄ちゃんをなんとか遮る。
「お兄ちゃん、それ以上のコメントは禁止!私、もう寝るから!おやすみなさい!」
「おう、おやすみ」
――ガタッ、パタパタ……
私は真っ赤な顔のまま言いたいことだけ言って、慌しく縁側を後にした。
「お兄ちゃんの、バカ……」
自分に宛がわれた部屋に戻りながら、私は呟く。
「バカ……」
しかし言葉とは裏腹に、頬は緩みっぱなしで、尻尾は大きく揺れていた。
「明日、どんな顔して会えばいいの……?」
問い掛けに答えが返ってくるはずもなく。
「お兄ちゃんの、バカ……」
私はそう繰り返すのだった。
――少し、昔話をしよう。
昔、あるところに天狐の土地神の一家が暮らしていました。
ある日、彼らの住処に1匹の青年狐が迷い込んできました。
父親が話を聞いたところ、彼も土地神の一族の出で、既に両親は亡く、放浪の旅の途中でここに流れ着いたとのこと。
父親と母親は、青年の境遇に心を痛め、彼を家族として迎え、共に暮らすことを提案しました。
長い1人旅に疲れ果てていた彼にとっても良い話だったようで、青年は一家と共に暮らすことを決めます。
青年は名をオウカといいました。
ところで、この一家には1人娘がいました。
ユキカゼという名の、小さな可愛い女の子でした。
彼女は、突然できた新しい家族に戸惑っていました。
彼女は、極度の人見知りだったのです。
その為、両親以外で初めての同族である青年に、どう接すればいいのかわかりませんでした。
そんな彼女の緊張を解そうと、ある日青年はこれまでの旅のことを話して聞かせました。
自分の知らない世界の話は、彼女を大いに喜ばせました。
その日を境に、青年と少女はまるで本当の兄妹であるかのように仲良くなりました。
何でもできる優しい『兄』は、可愛い『妹』をとても大事にしました。
そのうち、少女は青年に淡い憧れのような感情を抱くようになります。
ただ、彼女がこの感情の本当の意味を知るのは、まだ先の話。
この頃の彼女は、優しい両親と優しい兄に囲まれて温かな時間を過ごす、それだけで幸せでした。
しかし、少女の幸せは唐突に終わりを告げます。
ある日、青年と共に遊び場から帰った彼女は、信じられない光景を目にします。
彼女の両親が魔物によって殺されてしまっていたのです。
怒りに我を忘れた彼女は、無謀にも魔物に挑みかかりました。
しかし、少女が魔物の脅威に曝されるより早く、青年が間に入って彼女を助けます。
ただし、身代わりとなった青年は酷い怪我を負いました。
それでも青年は少女を逃がす為、その場に残って魔物と戦うことを選びます。
別れ際に少女が聞いた「さよなら」は、今も小さな棘となって彼女の心に刺さっているのです。
魔物から逃れた少女は、その後『お館様』に拾われて各地を巡るようになります。
彼女は行く先々で、『兄』のことを尋ねて回りました。
しかし、どこへ行っても手掛かり1つ得られませんでした。
ある日、彼女は『お館様』から探している『兄』のことを尋ねられました。
彼女は、『兄』の人となりや楽しかった日々の思い出などを話しました。
これを聞いた『お館様』は、彼女に言いました。
ユキカゼは、その『兄』のことを余程好いていたのでござるなぁ、と。
彼女は『お館様』の言葉を聞いて、気が付きました。
遠い昔、自分が抱いた淡い憧れのような感情。
今まではよくわかっていなかった、その正体に。
それは、『好き』という気持ちでした。
彼女は幼かったあの頃からずっと、『兄』だった青年に恋をしていたのです。
一度自覚した気持ちは、彼女の中で日に日に大きくなっていきます。
――会いたい
――声が聞きたい
想いは募るばかりでした。
それからまた、数年の月日が流れました。
ある時、『お役目』を終えた『お館様』と共に、少女は久しぶりの帰国を果たします。
そして、その翌日。
報告に参上したお城で、彼女の止まっていた『運命』が動き出します。
なんと、幼き日に別れ別れになった『兄』と、偶然にも再会できたのです。
彼女は、泣きながら彼の胸に飛び込みました。
彼も驚きながらも、しっかりと受け止めてくれました。
その後、ちょっとしたゴタゴタがありましたが、ここでは割愛しておくとしましょう。
結論から言うと、彼女は再び『兄』と暮らすことができるようになりました。
彼女はこれを心から喜び、同時に『ある決意』をしました。
もう『兄』と離れたくない。
なればこそ、自分の想いを彼に打ち明けよう、と――
「まさかお兄ちゃんにあんなことを言われるなんて……」
布団の中で、声を漏らす。
数時間前の出来事が頭から離れず、私は眠れぬ夜を過ごしていた。
「あれって、もしかして『そういうこと』なのかな……」
もしそうだとしたら、どんなに嬉しいことだろう。
「でも、ただ単に私の成長を喜んでの発言っていう可能性も……」
それだと、勝手に1人で盛り上がっている私がバカみたいじゃないか。
「……あぁ、もうっ!!」
いつまで経っても考えはまとまらないし、眠気もやって来ない。
悶々とした気持ちを持て余しながら、私の新生活1日目は過ぎていくのだった。
―Side Out