川原での一件から数日。
ユキの状態も落ち着き、元の平穏を取り戻していたある日のこと。
「え?フロニャルドについて教えてほしいって?」
「いや、そこで意外そうな顔をされても困るんだけど……」
「アハハ、冗談だ。いいぜ。約束だからな」
俺は、雪花亭を訪ねて来たシンクを縁側で迎えていた。
「シンクもお茶でいいー?」
「あ、お構いなくー」
来客の対応に中へと入っていくユキに片手を上げて答えるシンク。
彼女の姿が見えなくなったところで、俺はシンクに話しかけた。
「ユキとも随分仲良くなったみたいだな」
「うん。一昨日、エクレ達と一緒に川遊びをしてからかな?お互いに名前で呼ぼうって話になって」
「いいことだ。知らない土地に慣れるには、人と仲良くなるのが一番の近道だからな」
「僕もそう思う。
「そうだな」
「お待たせー」
話がひと段落したところで、お盆を持ったユキが縁側に戻ってきた。
「それで、何の話をしてたの?」
「いや、シンクもだいぶこっちに馴染んできたなって」
「ユッキーや皆が仲良くしてくれてるからね」
「うん。これからもよろしく」
「こちらこそ」
2人が握手を交わすのを見ながら、俺は大元の話題に話を戻す。
「……で、今日はどんな話を聞きたいんだ?」
「うーん。一応、大まかには姫様から話を聞いてるんだけど……」
「よし。だったら、まずはおさらいからいこうか」
「うん。お願い」
シンクの了解を得て、俺は話し始めた。
「まずは、この世界そのものについてだな。フロニャルドは
1.街や集落は、フロニャ力の強い場所に作られる
2.フロニャ力の働く場所においては、『戦』で死傷することがなく、“だま化”するだけで済む
3.フロニャ力の働く場所においては、飢えで命を落とすことはない
4.上記より、フロニャ力の弱い土地では怪我をするし、最悪命を落とすこともある
まぁ、2についてはフロニャルド出身の人間にしか効果がないから、シンクの場合は普通に怪我したりしてるだろ?」
「あー……うん。そうだね」
「ただ、それも身体へのダメージが一定以上に達した時だけってことにはなってるから」
「なるほど」
俺の質問に頷き、ユキの捕捉で納得した様子のシンク。
「んじゃ、続けるぞ?フロニャ力を自身の『紋章』に集めて、自分の生命の力と混ぜ合わせ変換したエネルギーを『輝力』と呼ぶ。これは知ってるな?」
「大丈夫」
「ところで、そもそも『紋章』っていうのは国の領主や王族から贈られるものでな。皆が皆持ってるわけじゃないんだ」
「へぇ、そうなんだ」
「ああ。だから、シンクも姫ちゃんから貰っただろ?」
「うん」
「次に、紋章術について触れるとしよう。変換して得た『輝力』を使った術全般をそう呼んでいる。特に、『戦』における紋章術は非常に強力な武器となるが、同時に使いどころを選ぶ諸刃の剣でもある」
「確かに。1回紋章砲を撃つだけでも結構疲れるもんね」
「まぁ、疲労に関しては、変換率の調整っていう裏技がないこともないんだが……」
「えっ!?」
「短期滞在をご予定の勇者殿には、残念ながら教えられないな」
「ヒドい!」
シンクをイジりつつ、俺は話を続ける。
が、俺自身説明しているのが少々退屈になってきていた。
「ちなみに、輝力には個人ごとに異なる“色”があってな。『輝力光』と呼ばれている」
「僕は?」
「シンクは赤だね。ちなみに、私は黄色だよ」
「俺は……ヒミツだ」
「なんで!?」
「いや、なんとなく?」
「ヒドい!」
「そのツッコミ、2度目だね」
「単調なツッコミは飽きが早いぞ?」
「理不尽すぎる!」
「「アハハハ」」
結果として、シンクをイジることに主目的が移っていく。
今度は、同様に聞き飽きていたらしいユキも一緒になって。
「うん、やっぱりイジりがいのあるヤツは楽しいなぁ。な、シンク?」
「それ、本人に聞くの!?」
「あ、ごめん、わざと間違えた。じゃ、改めて……な、ユキ?」
「そうだね、お兄ちゃん」
「今、わざとって言ったよね!?」
「あれ?そうだっけ?」
「シンクの聞き間違いじゃない?」
「もう嫌だ、この2人!」
「「アハハハ」」
たまらないね、このリアクション。
「まぁ、漫才はこれくらいにして」
「ハァ、ハァ……」
「シンクもお疲れのようだし、今日はこれで終わりにするか」
「そ、そうしてください……」
「お疲れさま、シンク。はい、お茶」
「ありがとう、ユッキー。……はぁ」
お茶を飲んで落ち着いたのか、1つ息を吐くシンク。
「今の、ジジくさいぞ?まだ13歳だろ?」
「そうだけど。今日は2人の知らなかった一面を見せられて疲れたよ……」
「いやいや、本気を出したら今日程度じゃ済まないぞ?なぁ?」
「そうそう」
「ごめんなさい。もう止めてください」
「だが断る」
「鬼!悪魔!」
「ハッハッハ!何とでも言うがいい!」
「ドS!シスコン!」
「妹が好きで何が悪い!」
「「へ?」」
「あ」
瞬間、場の空気が凍った。
「……うん。じゃあ、僕はこれで」
「待て!この空気は放置か!?」
立ち去ろうとするシンクの肩を、俺は反射的に掴んだ。
「いや、だって……ねぇ?」
「原因を作ったのはお前だろ!?」
「でも、自爆したのはオウカだし……」
「うぐ」
言葉に詰まると同時に、掴んでいた肩を放してしまう。
「今日はありがとう。また来るよ」
「おい!帰るな!帰らないでくれぇぇぇ!!」
その隙をついて、シンクは全速力で去っていった。
後に残されたのは俺と、
「はふぅ……エヘヘ」
何やら恍惚の表情を浮かべて、クネクネしているユキの2人。
「……潮時、か」
状況がこうなってしまった以上、もう結論を先送りにはできないだろう。
そろそろ俺達の関係にケリをつけなければ。
「ユキ」
「………………」
「ユキ!」
「……は、はいっ!?」
1回目よりも大きな声で呼びかけると、ようやく反応が返ってきた。
「明日、デートをしよう」
「…………で、デート!?だ、誰と誰が!?」
「この場には俺とお前しかいないと思うが?」
「そ、そうだよね!……あぅぅ」
クッ……真っ赤になって俯くユキが可愛すぎるっ!
心の中で悶えながらも、表面上は平静を保って話を続ける。
「せっかくだから、城下町の広場にある噴水前に10時待ち合わせってことで」
「わ、わかった」
「話はこれで終わりだ。意識するなとは言わないが、なるべく自制してくれ」
「う、うん。頑張る……ぅぅ」
とりあえずこの場は収まったが、やはり空気はまだぎこちなかった。
そして、運命の翌日。
一足先に家を出て、待ち合わせ場所の広場に到着した俺を待っていたのは――
『我らガレット獅子団領は、ビスコッティ共和国に対し、新たな戦を申し込む!』
隣国ガレットの領主レオンミシェリ閣下による、ビスコッティへの宣戦布告だった。