なろう系と呼ぶには、冒涜的すぎる 作:おさわHSM
一日目
インスマス連中は今日も隅で黙々としてる。別に気にならんからいいや。
ユウゴが施設内に小さな魔術的トラップを仕込む。表向きは見えない程度、効果は確実に出るラインで調整済み。夜にこっそり試運転して、監視ログに微かなズレを確認。計画、順調。
二日目
ロイノスが上空ノイズの周波数調整を詰める。実験で街灯のセンサーが一瞬混乱して、通報が一件遅れた。
ブレージュが周辺の魔力流路を手繰り、とある大規模魔術に必要な魔術を設置できる箇所をリストアップ。地味だけど重要な仕事をやってくれる。
三日目
ロウドが触診して、壁一枚分だけ薄い箇所を特定。物理的には弱点というより“魔術的に薄い”場所。ここを狙えば、大掛かりな破壊なしで設置できる。いいとこ見つけた、ロウド有能。
ユウゴはもう貼り終わったみたい。流石仕事早いな
四日目
試運転で小さな失敗。監視の一部が想定外のリダイレクトを起こし、遠目のパトロールが一体だけ早く戻ってきた。幸い牢屋で叫びまくって被害ゼロ。俺に羞恥心は無いのである。反省点を洗い出して、手順表を修正する。俺は酒(蜂蜜酒)をちびちび飲んで気合入れ直し。
五日目
食料の補給が少し遅れて、皆で不機嫌になる。ロイノスがジャンクフード買ってくるって約束したのに、結局お菓子と甘味類が来ただけでガッカリ。男子高校生の本能としてはハンバーガーとか肉を要求したい。と言うか肉食べたい。お菓子と甘味類の残りはインスマスの混血種に押し付けた。
だが仕事は淡々と進む。透明化グループのお陰でこの施設のインスマスの動きは大体分かった。
六日目
最終確認のリハーサル。 と言ってもやる事は簡単。俺が生贄にされそうになった瞬間魔術を発動。あととある大規模魔術も。魚頭共の皆殺しパーティーの始まりだ。後、同室のインスマスの混血種にも印を付けておいた。元人間だろうけど、神話に触れちゃったからね。せいぜい残り少ない時間を楽しんでください。はい。
七日目
最終チェック。ユウゴ、ロイノス、ブレージュ、ベルゼブブは配置確認。ロウドは小さくなって俺のポッケに。
インスマスどもは今日も呑気にダゴンを崇める会話をしてる。結局俺が女を殺した日以外、俺に対する警戒心も無い。猿以下の知能だろコイツら。同室のインスマスは時折興味があるのか、俺の顔を覗き込もうとする。普通に魚顔かキモイから辞めろ。今すぐ殺すぞ
「明日が楽しみだな」──俺は小声で言って、灯りを消す。外では静寂が広がるが、俺の胸には確かな火種が燃えていた。
薄暗い牢屋の天井に、むっ、と湿った空気が張りついている。何日経ったかなんて気にしてないけど、いつのまにか夜は浅くなって、外が薄ら明るくなってきた気配がする。
ここ海の底だけど。
「起きろ!」
低く、だけど鋭い声が廊下の方から響いた。インスマスの声だ。寝ぼけた頭を振りながら、俺はむっくりと起き上がる。体が鉛みたいに重い。昨夜の酒で胃がグルグルいう。チキって黄金の蜂蜜酒飲みすぎたかもしれん。
牢の扉がきしりと開き、外の空気が流れ込んでくる。冷たい潮風が顔に当たり、目が覚める。
ポケットに手を伸ばすとロウドが規則正しい呼吸をしている。いやお前は寝てんのかい。
薄暗い通路を、二体のインスマス――やろうと思えば殺せる雑魚が案内する。コイツらの声は初日も落ち着いているけど、どこか高揚しているのがわかる。背中に何かを背負わせているのか、歩幅はゆっくりだけど確実だ。
俺たちは列になって、崩れかけの建物の廊下を抜けた。外はまだ朝焼け手前の青灰色だが、祭壇のある広間へ近づくにつれて空気が変わる。石の床に残る古い血痕、壁に貼られたかび臭い紙片の端が、朝の薄い光で鈍く光った。インスマスの混血種は地獄へ進む罪人のような顔。対して俺はテーマパークに来たみたいだ。テンション上がるなー!
部屋に入ると、外側の薄暗がりには小さな人影が集まっていた。薄布をまとった信者たちが、低い囁き声で輪を作っている。
広間の中央には祭壇がある。石でできた、それ自体が古くて、表面には奇妙な紋様が刻まれている。周りにはロウソクがいくつも立てられ、微かに藍色の炎が揺れている。光は少ないのに、そこだけが異様に鮮やかに見える。
インスマスたちが整列し、中央に立つのは、如何にも司祭っぽい年老いたインスマス――いや、こいつのことは一応知ってる。ベルゼブブ曰くクトゥルフの鷲掴みを主としたクトゥルフ体系の魔術を習得してるらしい。どうでもいいけど。
「来るべき日だ」誰かが囁く。声が一つになって床に広がる。
俺は心の中で一度だけ冷笑した。来るべき日、って奴がどういう意味であれ、今朝は俺らのプランの実行日だ。皆殺し。鏖殺。或いは――コイツの崇めるダゴン次第だがな
列の真ん中に立ちながら、俺は頭の中に今後を想像する。体に伝わる冷さが現実を刺す。周りの囁き、潮の匂い、祈りの節回し――全部が混ざって、妙な荘厳さを生んでいる。神話生物特有の、バカみたいな儀式だ。
祭壇の周りで、信者たちが低く合唱を始めた。声は徐々に高まり、空気が震える。俺はポケットの中でロウド触れ、起きたのを確かめる。夜の計画はここから始まる――奴らの儀式を引き金に、外をかき乱す。だがまずは、祭壇の中心を油断させる事から始める。
老人がゆっくりと手を掲げ、ただ一語だけ低く唱えた。その声は震えない。すると、場の空気がスッと重くなり、俺の耳鳴りが鋭くなるような感覚が来た。
──支配の魔術だ。
正確には「人の意思を押し潰す」系の術式だ。信者たちの目がいっせいにそれに染まり、表情がぬるりと変わる。俺は薄ら笑いを噛み殺してそれを見つめる。効く効かないは別の問題だ。
老人の声が、祈りの合間に割り込む。低く、命令口調だ。
「生贄となる者、名乗れ──」
小声であったはずの合唱が、一瞬で整列した合図のように変わる。真っ先に動いたのは、俺だ。なるべく魔術にかかっているように。なるべく弱々しく
「ぼ、僕は……生贄に……なります……」
言葉はくぐもって、でも確かに出る。見てられねぇ演技だ。だが、俺の心の中に小さな冷笑が生まれる。こんな事言わせやがって絶対ぶっ殺すからな。
「わ、私は――い、いのちを捧げます……」
声は震えている、だが言葉は正確に出る。インスマスの混血種の口は、老人に操られたように動く。
次に、インスマスの混血――エイが立ち上がる。普段は無垢そうに見えるそいつの顔が、今は別人のように引き攣っている。俺の視線がぶつかると、エイの口が勝手に動く。
老人がこちらをちらりと見て、次の指令を下す。視線が俺に向いた瞬間、空気が一層重くなる。術式の余波が俺の胸を押す──他人ならばぐにゃりと屈する圧力だ。脳を押さえつけられるような感覚が、一瞬、俺の思考をもたげる。
だが、俺は知っている。これが効くかどうかは、今の俺には関係ない。支配の魔術はPOW対抗。黄金の蜂蜜酒を飲みまくった俺の現在のPOWはおよそ30程度。悲しいかな余程低い出目じゃない限り対抗RLに負けることはないのだ。
周囲には「効いてる」ふりをする必要がある。ここで素を出したら、信者たちが一斉に襲いかかってくるだろう。別に今皆殺しにしても悪くはないが、ベストなタイミングとは言えない。俺は軽く首を傾け、ゆっくりと膝を曲げる。頷くふりをしてから、口を開いた。
「…あぁ、大いなるダゴン様」
声のトーンは少し平坦で、作り物くさい。だが演技は通る。自分の魔術に絶対の自身を持ってる奴なんてこんなもんだ。老人の顔に、微かな満足が走る。信者たちは合唱を続けつつ、僧衣のような手つきで俺らを押し立てる。
儀式は確かに場の人々を押し潰し、操っているように見える。だが、俺は知っている。これが儀式の全貌じゃない。老人の支配は強引だが、持続力と精度には限界がある。俺たちの方が準備している分だけ、有利だ。
合唱がクライマックスに差し掛かる。老人が腕を振り下ろして、最後の呪詛を投げるような仕草をしたとき、俺は内心で小さく舌打ちした──時間掛けすぎだろ、このジジイと。印が薄く浮かび上がる。後は魔力を込めるだけ。最後の詠唱が終わったら、こいつらを全部熱消毒してやる。
老人の声が最後の音節を吐き出した瞬間、空気がぶち抜かれるように裂けた。祭壇の紋様が微かに震え、石の床の亀裂に黒い潮が滲む――招来の一瞬だ。俺の体中の毛穴がピンと逆立ち、全神経が一点に収斂する。
ユウゴが合図を送る。本当に合図は音もなく、ただ瞳が一度だけ暗く光っただけだ。ロウドが壁の薄い箇所を示す触手を震わせ、ブレージュは祭壇周囲の魔力流を乱し始める。演技の時間は終わった。こっからだ。
ポケットの中で、ロウドに合図する。飯の時間を教えてやるんだ。味はかなり悪いがな。
「行け」って口には出さない。出す必要はない。俺の意志が、印の芯に流れ込む。刻んだ魔力は、簡潔に、容赦なく動き出した――印は、火を生むように設計してある。対象の「魔力」を媒介にして、焼却するための触媒だ。これで奴らは一斉に灰になる。環境美化、ってやつだ。冗談みたいな言葉でも、今は冗談抜きで必要な行為だ。
祭壇の中心で、老人の呪文が形を取り始める。漆黒の渦が口を開き、外側からは鈍い唸りが伝わる。――ダゴン、あるいはそっち系の何かが押し寄せてくる気配。生き物の匂いではない、深海の圧力と古い海草の腐った匂いが嗅覚を撫でる。
掌に流し込む魔力の感触は、甘くて苦い。温度が一気に上がり、胸の奥が熱くなる。印の表面に微細な紋様が浮かび上がり、俺の指先から黒い火が蠢いた。目の前のインスマスたちの胸元、額、手首に、かつて俺がこっそり付けておいた印が瞬時に反応する。あいつらが自ら捧げた「清め」の象徴が、今や焼却装置に変わる。
炎は人間の炎とは違う。色は黒っぽく、臭いは古い魚の皮を炙ったような匂い。だが効く。印が発動する寸前、信者たちの目が一斉に俺へと向いた。老人の顔に歓喜が広がる――招来が完了する、とでも言いたげだ。奴らは今、自分たちの運命を歌っている。
俺の指先の力を一段と高める。刹那、印から放たれた火線が空気を裂いてインスマスの胸を貫くはずだった。核に達した瞬間、熱が一斉に立ち上り、肉が焦げ、骨の音が出る。切っ先の静かな美。──それが、いつでも可能だった。
「さぁ...死ね!」
その瞬間、背後から手が俺の袖を強く掴んだ。あの混血種だ。子供が素体とは思えない程。力強く、必死で。
「にげて!」
くぐもった声、しかし震えと必死さが混じっている。俺を、俺を祭壇から引き離すつもりらしい。
一瞬、時間がぐにゃりと歪んだ。俺は印に魔力を流す。この邪魔な混血種諸共焼き魚パーティーを始める
始めるハズだったんだ。
「何やってんだ!?邪魔すんな!」俺は大声で罵る。だが声は震えている。熱さと、驚きと、そして……困惑の感情が混ざる。
インスマスの混血種は必死に俺の腕を引き、後ろへ走る。祭壇の周囲で信者たちが悲鳴を上げ、老人は怒号をあげる。召来の渦は歪み、何かが地鳴りのようにうなり声を上げるが、完全には張らない。俺は引きずられるように祭壇から離れ、足元の石が砕ける感触を感じる。
逃げる間際、俺は一瞬、インスマスの混血種の目を見た。潮に濡れたようなその瞳に、何か割り切れないものが渦巻いていた――恐怖か、敬愛か、それとも自分のための計らいか。腕を引かれる力は強く、また俺は抵抗をしない。掌には印がある。
「あなただけでもにげて!」くぐもったような不愉快な声で叫ぶ。声が震えている。廻りの空気が破裂音のように鳴り、蝋燭の炎が乱れる。怒り狂ったインスマス達と、招来されたダゴンが暴れている。
俺は引きずられながらも、片手で印を握りしめる。燃えかけた火線の余波が指先に残り、肌がじりじりと痛む。殺す寸前だったのに――なんで、逃げるんだよ、と心の中で叫ぶ。だが足は動く。インスマスの混血種の動きに従って、祭壇の光景は後ろへ後ろへと離れていった。
振り返ると、老人が絶叫している。黒い潮が跳ね、召来の余波が空間を引き裂く。だが、完全に形を得る前に、俺らは踊るように闇の中へと滑り込んだ。胸の中で何かがざらつく。
廊を曲がった先で、薄暗がりに数人のインスマスが立ち尽くしていた。祭壇に参加しなかった連中か?こいつらは俺たちに気づいていない。目が祈りの残滓で少し濁ってるから、俺たちの飛び出しを予期していないのかもしれない。チャンスだ。
「邪魔」
最初の奴には、ナーク・ティトの障壁を軽く放つ。見た目は地味な揺らぎだが、その場で奴の動きを縫い止めるように働く。次の瞬間、俺の掌から細い黒い糸のような光が走る。触れた瞬間、奴の表情が引き攣り、息が止まる。音は小さく、だが確実だ——鼓膜を押すような内側の断裂音。奴はそのまま床に崩れ落ち、動かなくなる。
走りながら、次々に魔術を繋ぐ。軌道補正は頭の中で自動計算されて、手は勝手に動く。ヨグ=ソトースの拳で見えない力場を作り、近接の脅威を叩きつぶす。黒い光線が何人かの胸を貫き、彼らの影が崩れる。血の匂いが鼻を刺すたびに、俺はただ一心不乱に走る。
(やっぱ心臓停止とヨグ=ソトースの拳。低燃費だし便利だな)
やがて出口の薄い光が見えた。鉄の重い扉が半開きで、外の朝の空気が差し込む。潮風とともに、外の騒音がほのかに聞こえる——侵入者の叫び、遠くで割れるガラス音。計画が誘発した混乱の断片だ。
インスマスの混血種が更に強く俺の手を引き、最後の勢いで扉を抜ける。外の光が裸眼を刺し、俺は一瞬視界を失いかけたが、目を擦って視界を確保する。外に出た瞬間、俺たちの背後で何かが轟音を上げ、廊が崩れるような痙攣が走った。