なろう系と呼ぶには、冒涜的すぎる 作:おさわHSM
(先生にモモイ、ミドリ……ってことは、ここはパヴァーヌ編か?)
血の味がする。視界の端が赤い。
どこまで落ちたかも分からない。身体の感覚はもう、ほとんど残ってなかった。
“君! 大丈夫!?”
――その声を、俺はどこかで聞いた気がした。
画面の向こう、何百時間も眺めていた“あの人”の声だ。
……まさか、俺の頭が壊れたんじゃないよな。
“全身血だらけじゃないか……! 意識は? 返事できる?”
(あぁ。これが“先生”か)
焦るような声。優しい響き。
……やっぱり違う。画面越しじゃ伝わらなかった“生”の温度がある。
ピンク色の髪が揺れた。
モモイ。
だけど今の俺には、その髪色が赤く見えた。
血が目に入り、視界が滲んで、炎のようにちらついて見える。
「ちょっと! こっちの子は服着てないし!」
「わわっ、見ちゃダメですよ!」
(……あぁ。懐かしいな、このテンポ)
この声も、知ってる。服を着てないアリスを見つけて驚く二人だ。
“君、立てる?!どこを怪我してるの!?”
「……あ、ヴ……だいじょ……うぶ……ッゴフッ」
言葉にならなかった。
声帯が焦げてるみたいに痛い。肺に血が流れ込む。
息を吸うたびに視界がぶれる。
“無理して喋らないで! 止血を――”
俺の隣に横たわる、血だらけの少女。
皮膚の色が不自然に白い。微かに動くけど、呼吸が浅い。
(先にコイツ直すか……クッソ、血ぃ出しすぎた)
指先に魔力を集める。
焦点がぶれる。意識が少し遠のく。
それでも構わず、治療陣式を展開した。
「治癒」
淡い光が少女の体に染み込み、裂けた皮膚が閉じていく。
血の滲みが止まり、わずかに息が深くなった。
(よし、これで大丈……夫……)
あれ? ……視界が……
(結構ヤバくね? もしかして魔力切れ……)
あー、転送の時に結構持ってかれたか。
体が言う事を効かねぇ。
“先生! この子どうしよう!? もう一人の子は――”
“と、とりあえず止血を! 早く!”
(あー……なんか、声遠いな)
自分の体に治療をかけようと手を上げたけど、
指先が動かない。
魔力が……もう、出ない。
「……っ、あー……だ……め……」
そのまま、地面に倒れた。
赤い視界が滲んで、ゆっくり暗くなっていく。
“ちょ!? 君、大丈夫?! 意識が――”
(……あぁ、先生の声だ。……悪くねぇな……)
そして、完全に意識が途切れた
────────────────────────
扉の前で、アイン様は笑っていた。
「いやぁ〜ついに完成しちゃったよ。異世界への扉!」
ユウゴさんが苦笑して、「理論的には可能です。理論的には」と言ってた。
ブレージュさんは紅茶を飲みながら「旅行先に行くみたいですね」とか言ってたし、ベルゼブブさんは腰に手を当てて「楽しみですね!」と笑ってた。
その空気が好きだった。
なんだか遠足みたいで、怖くなくて、楽しくて。
私もつい笑ってしまって――。
「はよ行け」
ロウドさんに背中を押されて、扉の中に入った。
閉まらないスタートだけど、とっても楽しかった。
怖くない、と思った。
でも――
体が裂けた。
目に見えない刃で、内側から引き裂かれるみたいに。
血も涙も出ない。声も出ない。
ただ、アイン様の腕の中で、温かいものが全身を包んでいた。
息が詰まりそうなほど痛かったけど、その腕だけは離れなかった。
――そこまでが、最後の記憶だ。
気がつくと、知らない場所にいた。
空気が違う。湿っぽくもなく、冷たくもない。
だけど、どこか懐かしい香りがする。
身体を起こすと、目の前には――血だらけのアイン様が倒れていた。
呼吸はある。でもひどい。全身が傷だらけ。
そして、周囲には四人。
一人は、大人の男の人。
あとの二人は髪の色が違うけど、姉妹みたいな子供たち。
それから、裸の――白い肌の女の子が一人、座り込んでいた。
ただその肌は余りにも綺麗で、どこか機械みたいだと感じた
ここはどこ?
この人たちは誰?
……アイン様、大丈夫?
心臓が跳ねる。喉がひりつく。
声を出そうとしたけど、出ない。
何かを言いたいのに、息しか出なかった。
ただ、アイン様の指先がかすかに動くのを見て、私はそれだけで――
涙が出そうになった。
彼らが駆け寄る足音が、やけに近く聞こえた。
大人の人が、何かを叫んでる。
でも、言葉が頭に入ってこない。
目に映るのは――倒れたアイン様だけ。
"君達! 大丈夫?!"
男の声。
その響きが、怖かった。
大丈夫じゃないのは分かってる。
でも、アイン様に近づくな――そう、喉の奥で何かが叫んだ。
気づけば、体が勝手に動いてた。
アイン様から離れた位置に落ちていた“それ”を拾い上げる。
木の棒の先に金属片を括りつけた、アイン様が気まぐれでくれた“槍”。
「ハンティングスピア作った。凄くね?!」って笑ってた。
その声を思い出した瞬間、少しだけ安心した。
でも今は、笑えなかった。
「……こないで……!」
血を飲んでしまったのか、声が掠れる。
でも、構えた槍の先は、しっかり震えていた。
先生の目が驚いて、ピンクの髪の子が後ろに下がった。
緑の髪の子が「待って、落ち着いて!」って叫んでたけど、頭の中はぐちゃぐちゃで、何も届かない。
(違う、違う……私は、ただ――)
守りたかった。
それだけだった。
血まみれのアイン様を、これ以上傷つけさせたくなかった。
息が荒い。腕が痛い。
それでも、構えを解けなかった。
ピピッ、ピピピッ。
突然、あたりの空気が震えた。
(……また、今度はなに?!)
「ちょ、今度はなんなの?!」
どこからともなく無機質な声が響く。
状態の変化、接触許可対象および”遥かなる世界の魔皇”を感知。休眠状態を解除します。
(魔帝……? 誰のこと……)
視線を向けると、無機質で冷たい椅子に座っていた女の子が動いている。――女の子? いや、違う。
目を開けたのは、私たちによく似た“何か”だった。
???『……』
「目を覚ました?」
???『……』
???『状況把握、困難。会話を試みます……説明をお願い出来ますか』
「え、えっ? せ、説明?なんのこと?」
「せ、説明が欲しいのはこっちの方!あなたは何者?ここは一体なんなの!?」
???『本機の自我、記憶、目的は消滅状態であることを確認。データがありません。訂正。眼前の存在のデータベースを発見。検索結果…“魔皇”と一致。消去を試みます』
スタ……スタ……スタ……
「ちょ、ちょっと!?めっちゃ物騒な事言ってるけど?!」
“止めないと!”
「ま、待って!」
「待て!」
ガシッ!
???『抵抗を確認。対象武装と現在の身体強度を確認……現時点でこの人数を撃破し魔帝の破壊は不可能と判定。対象の命令。“待って”を遂行します』
「と、止まってくれた?」
“よ、良かった……”
「で、でもこんなに私たちに似てるロボットなんて初めて」
「せ、先生。どうしましょう?」
“なんでこの子を襲ったの?”
“私たちに敵対する意識はないの”
???『本機は対象を”魔皇”として確認。深層意識に存在する事前命令から破壊を遂行しました。接触対象許可への遭遇時、本機の敵対意思は存在しません』
(……“魔皇”。アイン様のこと?)
大人が一瞬、私の方を見た。
その視線に、思わず胸がぎゅっと縮む。違う、私は――。
「うーん……」
「工場の地下、ほぼ全裸の女の子、おまけに記憶喪失、そして魔帝と言われる謎の少年……」
「ふふっ、良いこと思いついちゃった」
「いや……今の言葉の羅列からは、嫌な事しか思い当たらないんだけど……」
???『???』
(……何が起こってるのか、全然分からない。
でも――アイン様を守らなきゃ。それだけは、分かってる)
私はアイン様の前に立ち、ぎゅっと槍を握りしめた。
知らない人たち。知らない空気。知らない匂い。
全部が怖い。
先生と呼ばれた大人の人が、私を見ている。
その視線に、反射的に体が強張る。
(だめ、近づかないで……アイン様を守らなきゃ)
私は震える手で、槍の穂先を少し上げた。
息が苦しい。怖い。けど――引けない。
"……っ"
先生は、何かを言いかけて、少しだけ息を整えた。
そのあと、ゆっくりとしゃがみこんで、私と同じ目線に降りてくる。
“大丈夫。怖がらせてごめんね”
“君の後ろの、その子……血がたくさん出てるだろ?”
“お願いだ、その子の治療を、させてくれないか?”
先生は、両手を広げて、武器を持っていないことを見せる。
その動作が、あまりにも静かで――優しかった。
私は混乱していた。
どうして、この人は私に頭を下げるの?
どうして、知らないのに「お願い」なんて言えるの?
“君たちを傷つけるつもりはない。私は――先生だから”
先生が、ゆっくりと頭を下げた。
まるで、誰かに祈るように。
(先生……?)
胸の奥がざらついた。
アイン様以外の誰かにそんな優しい声を向けられたのは、どれくらいぶりだろう。
私は――ほんの少しだけ、槍を下げた。