なろう系と呼ぶには、冒涜的すぎる 作:おさわHSM
居酒屋の暖簾をくぐると、夕暮れの街の匂いが油と醤油の香りに変わる。
俺は制服姿でカウンターに立ち、手を洗いながら深呼吸。今日も普通にバイトだ。
「アイン、今日もよろしくな」
店長の声が厨房から聞こえる。
俺はうなずき、皿を拭き始める。手元のタオルが油で少し滑ったけど、気にしない。
客の女の子二人組が、カウンターでひそひそ話しているのが聞こえた。
「ねえ、あのバイトの兄ちゃん知ってる?」
「ああ、見たことある! すごい手際いいよね」
――俺の心が一瞬跳ねる。
「ふ...モテ期って奴か」
小声で呟く。普通に聞こえたらただの独り言だが、俺は知っている。俺はイケメンなのだ。
そして、少し視線を下げて厨房で皿を運びながら、俺は心の中で思う。
――実は俺、PLだった記憶があるんだよな。クトゥルフのルール、神話生物の動き、シナリオの作り方――全部覚えてる。
いや、これは見てるお前ら向けの説明だから、別に現実じゃない。俺だけの秘密でもあるけど、同時に読者にはバレてるやつ。だから俺は自分の、このアインってキャラシも作った覚えがある。APPは脅威の18。マイケル・ジャクソンもビックリの神話生物並のイケメンなのだ。
(サンキュー過去の俺。LobotomyCorporationにどハマりした時に作った悪ノリキャラに感謝するとは思わなかったぜ)
客の注文を受け取り、軽く皿を滑らせて出す。
「はい、○○セットでーす」
何事もない顔で動く。バイトの兄ちゃんとして普通にやってるけど、内心は知ってる。これはシナリオの導入。このあとどうせNPCに話しかけられる。
飛行するポリプが空中をふわりと舞い、皿を運んでくれる。
「バレんようにな」
心の中でつぶやく。奴らの手助けがあるから、こうやって普通に見せられる。
そして、客の二人組はまたひそひそ。
「やっぱり、あのバイトの兄ちゃん、ちょっと変だよね」
「そうそう。でもなんか見てて面白い」
――俺の評判は概ね悪くない。当然だ。やれやれなろう系主人公のNPCからの評判が悪くってたまるか。悪いのは読者からの評判だけだ
皿を片付け、次の注文を待ちながら、俺は軽く肩をすくめる。
カウンター越しに生ビールを差し出す。
「はい、お待ちどうさま」
客のおっさんがグラスを受け取り、軽く笑った。
(何本飲むんだこのおっさん)
思わず心の中で突っ込む。このオッサン、これで12杯目だ。ゲロった時に掃除すんのは俺だぞ?マジで吐くなよ?
グラスを置いたおっさんが、ふと視線を俺に向ける。
「なぁ兄ちゃん、この街にある廃墟の話、知ってるか?」
俺の耳がぴくっと反応する。
――廃墟の話? この瞬間、シナリオの匂いが鼻をくすぐる。
心の中で小さく呟く。
「...悪霊の館?」
クトゥルフ神話TRPGプレイヤーなら、誰しも聞いた事があるようなシナリオが頭に思い浮かぶ。
俺は生ビールをテーブルに滑らせつつ、客の目を見て、軽く笑う。
「えーなんスかそれ。気になるー!」
――そして、PLだった記憶が、頭の奥で小さくささやく。
ここから先の展開、どこまで知ってるかはお前ら(読者)も分かるだろう?
まあ、あまり深く考えなくていい。俺は今、ただのバイトの兄ちゃんとして、ちょっと面白がるだけだ。