なろう系と呼ぶには、冒涜的すぎる   作:おさわHSM

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主人公が初戦闘で勝利したので最終回です


六話・虫は嫌い。それが本音

月光に照らされて姿を見た瞬間、俺は息を呑む。

鳩ほどの大きさのその生物は、半円状の翅を羽ばたかせ、5対の脚で不規則に床を這い回っている。

頭部には三つの口があり、薄暗い光の中でそれぞれがねじれた唸り声を漏らしていた。

顔全体は、まるで触手のような巻き髭に覆われ、視線を合わせるだけで胸の奥がざわつく。

 

――こんな生き物、存在していいわけがない。

 

翅の羽ばたきが埃を巻き上げ、異臭が鼻を刺す。

足音はない。でも、五対の脚が床を這うたびに、金属を引きずるような不快な振動が伝わってくる。

その瞳――いや、口が三つもあるせいで、何を見ているのか全く読めない。

だが本能的に分かる。これは「人間が関わっていい存在じゃない」ということを。

 

「人型じゃねぇ...って事は今回の黒幕とは別なのか」

 

背中に冷たい物が這い寄る。

ぞわり、と皮膚をなぞる感触が、まるで古い記憶のスイッチを押したみたいに鋭くなる。

 

瞬間、胸の奥の何かが目を覚ます。

それは理屈じゃない。説明もつかない。思考がスローモーションになるのを感じながら、同時に行動が鋭くなる。

手の中のナイフが、いつの間にか刃そのものになっている感覚。体の中心から冷たい刃が立ち上がる。呼吸は整い、心臓は静かに鼓動するだけ。感情は刃へと濾過される。

 

神話生物は、ただそこにいるだけで冒涜的だ。

存在そのものが不条理で、人間の論理を超えている。

そして、今まさに俺の前で、何かを企んでいる。

――PLだった頃の知識が、自然と戦闘手順を頭に描く。

でも、まだ油断はできない。奴らは想像以上に危険だ。

 

月光と懐中電灯の光の中で、三つの口がねじれ、五対の脚が床を這う。

――これが、人間の理解を超えた存在――神話

 

──だから?

 

胸の奥で、声にならない声が答える。

「存在するな」――それだけだ。理屈も、理由もいらない。世界がどうカテゴライズしようと、ここに居ていいものと悪いものの境界線を引くのは俺の仕事だと、身体が勝手に理解する。

 

呼吸が細くなる。鼓動は低く、だが確かに響く。視界がぎゅっと狭まり、世界が一点に収束する。あの粘液の匂い、引っ掻かれた壁の感触、誰かが叫ぶ幻影――全部が拍子を刻む。拍子が合えば、俺は動く。

 

「殺せ」ではなく「消せ」。言葉の違いが重要だ。こんなゴミに「生物」と同じ『殺す』なんて言葉を使うのは失礼だろう? 存在の名残すら残しておくことは許されない。跡形もなく、可能性ごと断つ。それが正しさだ。

その考えに忌々しさと清々しさが混じる。汚れたページを一枚めくるように、世界を整える行為だとでも言えばいいか。

 

 

 

 

──行くぞ、って思った瞬間に、そいつが動いた。

 

一瞬で逃げ出す――飛行しながら俺の頭上を旋回する。

だが、ソイツは空中で壁に当たったように停止する。

 

「   -  -  -  -       -  -  -    -  - -    -          -  -     -  -  -  -    -      -  」

 

空間に見えない網が張られる。廊下に見えない壁が展開される。ナーク・ティトの障壁の創造だ。奴は体をねじらせ、羽ばたきを強めるが、逃げられない。

 

瞬間、目の前に居た蟲の姿が消える

 

内側からの奇怪な感覚が走る。口の三つが蠢き、羽の震動が空気の渦を生む。まるで意識の隙間に侵入して思考を引き裂こうとするかのようだ。俺は反射で口を紡ぐ。

 

「  -   -       -  -  -      -     -  -  -  -  -  -    -  -  -   -     -  -   -     -  - -   -    -   」

 

その瞬間、ハエは羽ばたきのまま退散させられ、強制的に外へ弾き飛ばされる。

だがここで終わらせない。俺は魔力を消費し、空中に見えない力場を生成する。ソレは空間を圧縮し、巨大な昆虫を叩き潰す。破裂音は小さいが、内部からは粘液と泡立つ音が響き渡る。

 

床に残るのは、黒い粉と、わずかに揺れる塊だけだ。星の精が掌に光の糸を絡め取り、温かさを伝えてくる。

 

 

 

 

「……くそ、魔力消費多すぎだろ、これだからシャン相手は」

独り言だ。誰もいないから声に出しても平気だ。

ナーク・ティトの障壁、シャンの退散、ヨグ=ソトースの拳――三つも同時に使ったせいで、魔力は半分以下に落ちている。具体的に言えば残り3ぐらい。

「せめて半分くらいで倒せりゃ楽なのにな。あんなクソデカハエ、毎回やる気にならねえわ」

 

戦闘後の小さな余韻に浸りながら、俺は懐中電灯を壁に立てかけ、膝をついて黄金の酒をもう一口。

「毎回思うけど未成年飲酒に入んないよな?これ」

 

戦いの手順、消費魔力、使った呪文――頭の中で整理する。まるで、学校の宿題のように淡々と。

でも、心のどこかで、微かに楽しんでいる自分もいる。勝利の余韻、掌の中で揺れる光、そして全てを一人で片付けた満足感。

「……まあ、俺も悪くないな」

 

死への恐怖は、無い。"ちょっとしたズル"をしてるとは言え、ゲームの主人公の様な感覚は嫌いじゃない

 

「次はもっと楽に倒せる奴が来るといいな」

そう思いながら、俺は一人、黄金に光る酒を静かに飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、おかしいだろ」

 

俺は小さく舌打ちしながら、頭の中で今回の流れを整理する。

家、という閉所探索。屋敷の廊下、2階、少し薄暗くて足音が響く。これは完全に、初心者向けのシナリオで使われる定番パターンだ。『閉ざされた空間で、恐怖と探索を体験させる』、そんなお約束。

 

なのに――

 

なんでいきなり、ファッキン昆虫が襲ってくるんだ?

初見殺しで有名なシャンだぞ? しかも、あれは屋敷の雰囲気とは明らかに釣り合ってない。普通に考えたら「怖いけど倒せる程度」の生物を出すところだろう。食屍鬼とか

 

ここで俺のPL時代の記憶がざわつく。あの頃なら――いや、今も、こういう状況での最適手順は頭にある。ナーク・ティトの障壁、シャンの退散、ヨグ=ソトースの拳――順番も魔力消費も完璧だ。

でも、普通のシナリオなら、そんな【魔術使用PC】を要求するか? いや、しない。てかそういうPCは嫌煙されがちな傾向にある。魔術持ってないとロストとかどんなクソシナリオだよ

 

……つまり、これは「初心者向けの導入」に見せかけた、初見殺し向けのトラップだ。

 

だから俺は思う。

――ああ、これがPLとしての知識の力か。導入は簡単そそうに見えるけど、実際には初見殺しが仕込まれていて、こちらの行動を監視している。手順通りにやらなきゃ消耗する――いや、最悪死ぬ。

 

「……やっぱり、俺の知識がないと無理ゲーじゃん」

 

俺がPLだった記憶を持っているからこそ、世界の不条理や神話生物の危険性、そして『この世界のルール』を、ひとりで噛み砕いて理解できる。

――これを知らない奴は、ただの餌だ。

 

クトゥルフ神話っぽくはある。冒涜と理不尽と宇宙的恐怖を題材にした作品通りの"人間の無力さ"ではある。だが、それまでだ

 

「...どうなってんだ」

 

そして、俺は懐中電灯を握り直す。次の部屋、次の影に備えて、心を再びセットする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

廊下に残る黒い粉と、消えたハエの痕跡を横目に、俺は居間に戻る。

家具は埃をかぶり、日の光が斜めに差し込む窓枠を淡く染めていた。だが、戦いの緊張感はまだ胸に残っている。星の精は掌で光を揺らし、そっと俺を見上げる。

 

──ここに何かある。

直感では無い。経験則だ。PLだった時の知恵が、GMとしてシナリオを回していた時の経験が教えてくれる。家全体が、何かを隠している。

 

PLだった頃の記憶が、囁く。

人間の建築物探索系シナリオには、地下室が付き物だ。

 

居間の中央に目をやる。重い絨毯が少しずれているのが見える。動かしてみると、冷たい空気が下から立ち上る。

──ビンゴ

 

懐中電灯を握り直し、慎重に足を踏み出す。光が薄暗い階段を照らすたび、影が揺れ、埃が舞う。階段の下から、微かな匂い――湿った土と錆びた鉄の匂いが鼻をくすぐる。

 

胸の奥でざわつく何か。

──嫌な予感、ってやつだろうか。

でも、今の俺に迷いはない。戦った後で、あの初見殺しのハエを叩き潰した後で、怖いものなんてもうほとんどない...いや、結構あるかも。

 

階段を下りる。ひんやりした空気が肌に触れ、薄暗い地下室の輪郭が見えてくる。壁にかすかに浮かぶ古い文字、床に散らばる紙片。誰かのメモ書きか、手記か──人の記録が、ここに残されている。

 

埃をかぶった紙片を拾い、慎重に光を当てる。文字はかすれ、ところどころ水でにじんでいる。手書きの筆跡は、慌てて書かれたことを物語っていた。

 

──これは、誰かの記録だ。家に、何かが入り込んだ時のことを書き残している。

 

(図書館成功って感じかな。さてさて、内容は)

 

 

 

 

 

【最近、嫁の様子がおかしい──

最初は些細なことだった。夜中に小声で何かつぶやく、朝食を残す、窓の外をじっと見る。

でも、日が経つにつれ、その異変は顕著になっていった。

 

数日前の夜、化け物が家に入り込んだ。

前に見たのと同じ種類かは分からない──ただ、腕が異様にのびて、壁を這い、影が生き物のように動いた。

その瞬間、俺たちは声も出せず、ただ息を潜めていた。

 

翌朝、嫁は何事もなかったかのように振る舞った。

だが、その眼には微かに、恐怖の残像が宿っていた。

家の中に漂う不安は日に日に増していく。

誰かが見ている気配、空気の違和感、微かな音──すべてが、あの夜の影を思い起こさせる。

 

日が経つにつれ、ばけものの侵入は頻繁になった。

最初は夜中にだけ現れた影が、昼間でもちらつき、気配を残していく。

嫁はますます、何かを隠しているように見える──その恐怖は、俺だけが気づく、かすかな異常なのかも知れない】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──...マジか

 

手記を折りたたみ、ポケットにしまう。

心の中のざわつきは消えない──いや、むしろ増している。

 

最初はコービットかと思った。いや、空鬼かな、とも考えた。

だが、出てきたのは違った──シャン。あのハエみたいなクソッタレの化け物だ。

何より困るのは、あいつが明確に信仰している神話生物がいないことだ──普通なら、神話生物同士の法則とか弱点とか、多少は推測できる。

でもシャンは、星ぐるみでかの【魔皇】を信仰している──あんなの、神話生物の範疇で測れてたまるか。

 

「……どうすんだよこれ」

愚痴る相手は誰もいない。いや、星の精がいるけど、こいつは褒めるか光を揺らすかしかできない。

俺は独り言のように続ける──「在野の魔術師とかが一番楽だが」

 

少しの焦りが胸を締め付ける。

PL時代の知識があるから、手順や戦術は浮かぶ。だが、想定外の神話生物だとすると、頭の中で計算しても、心臓が少しだけ速くなる。

──いや、速くなる、じゃ済まないか。準備しても油断できない、そんな感覚だ。

 

地下室の暗がりを見渡し、奥に進む足に力を込める。

ここで立ち止まったら、何も分からないまま時間だけが過ぎてしまう。

焦りと疑問を抱えながらも、俺は光を握り直し、さらに奥へと進む──

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