なろう系と呼ぶには、冒涜的すぎる   作:おさわHSM

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主人公が怖すぎるので最終回です


九話・握力は27kgしかないです

目を開けると、暗くひんやりとした空間にいた。壁は湿っていて、どこか魚臭い。

――あ、ここは牢屋か。

 

頭を振ると、昨日のナンパは魔術師に騙されたギャグでは済まされなかったらしい。体は動くが、自由に歩ける感じではない。

 

「やっと目覚めたか、父なるダゴン様への生贄……」

 

低く、しかし澄んだ声が響く。見上げると、インスマスの混血種――顔は人間に近いが、目や口元に魚の影が残る少年が立っていた。彼の視線は真剣そのものだ。

 

「童貞を……探してたんだ。この街でね」

 

「何探してんねん」

 

その後ろには、長い髪を揺らす女性が控えている。目は敬愛と狂気の入り混じった光を帯びていた。

「私たちに逆らわなければ、痛い事はしないわ」

 

アインは、頭の中で冷静に状況を整理する。

──牢屋に閉じ込められた。しかも俺が童貞ってバレてるし、いや別にそれは良いんだけど。確か神話生物に捧げる生贄は初物の方がいいってブレージュが言ってた気がする。俺はそのターゲットにされてるって訳か。

 

女がこちらに近づいてきて、俺は反射的に手を伸ばした。何か渡そうとしているのか、あるいはただ覗き込んでいるだけなのか――距離が詰まる。彼女の息づかい、指先の震え、全てが近い。普通ならここで会話が続くはずだ。

 

でも、その一瞬、空気が変わった。

壁の向こう側で何かが軋むみたいに、世界の輪郭が微かに歪む。俺の目の色が、ごく短い時間だけ、常識の色を越えて光った。

 

 

 

──俺の中で、何かのスイッチが音もなく落ちるのがわかった。

 

 

 

瞬間、世界はスローモーションになった。呼吸の一本一本が太く、重くなる。痛覚も恐怖も、全部が遠景に追いやられて、目の前にある一本の線だけがはっきりと浮かび上がる──消す、という行為の線だ。

 

「死ね」なんて無粋な言葉は出ない。出るのはもっと古い命令、もっと単純な生理だ。

殺せ。存在を断て。

 

反射で掴む。女の腕は細く、驚きの温度がまだ手のひらに残る。だが驚きは一瞬だ。俺の腕が力を込めると、女の身体が空を描いて飛ぶ。牢屋の石壁へ――叩きつける。鈍い音が、世界を切り裂いたように鳴る。

 

躊躇いはない。拳が二度、三度と同じリズムで利いた。肉の軋み、骨の嫌な手応えが掌に返ってくるが、それは計算のうちでしかない。感覚は研ぎ澄まされ、動作は機械的に正確だ。女の目が、ほんの一瞬「人間」の光を取り戻す。だがその瞬間は短く、すぐに消える。

 

最後に床に落ちたとき、周囲の血の匂いが鼻腔を刺した。心の中の刃が、ざわついているのを感じる。殺した──という事実が軋みとなって胸の奥に沈み込む。だが同時に、冷たい満足が波打つ。余計なものを取り除いた清浄感だ。

 

星の精が膝の上で小さく鳴く。俺はゆっくりと手を離し、血のついた掌を見下ろす。自嘲混じりに、低く笑った。

「一人目」──吐き捨てるように言う。声は静かで、けれど確信に満ちていた。

 

神話が混ざると、俺はいつもこうなる。理性の枠が薄れて、刃だけが残る。自分でも気持ち悪いほど冷静だ。だが、これが現実だ。目の前に危険が現れたら、俺はそれを排す。

 

誰にだって、守るものはある──なんて建前は置いとけ。

 

こんなゴミ、生きてても害しかねぇ。環境美化って言っても過言じゃない。SDGsって奴だな

 

「おい、そこのインスマス。ビビってる暇あるならさっさとそのゴミ持ってけよ」

俺は血の匂いが漂う牢屋の中で、冷ややかに指を鳴らす。

 

「こ、こいつは……まだ手を出すな!」

仲間の一匹が必死に制止する。

 

「守るとか言ってるけど、正直何もできねぇだろ。いい加減現実見ろよ」

俺は肩をすくめ、軽く鼻で笑う。

 

「クソ...ダゴン様へと捧げる生贄じゃなければ...!」

「やってみれば?」

俺は両手を軽く広げ、挑発するように目を細める。

 

「ぐっ...!」

 

三下どもは顔を見合わせ、結局しょんぼりと元の位置に戻っていく。

見りゃ分かる。あいつら、何かをやろうにも脳内ロジックが足りない。儀式の段取りもろくに出来ないまま、気合と信仰心で乗り切ってるタイプだ。

 

牢屋の扉がギシリと閉まる音がして、薄暗さだけが残る。血と塩と湿り気が混ざった匂いが鼻を突く中、俺はゆっくりと視線を巡らせた。

そこに――いた。

 

木の台に背中を預けて座る、元人間のインスマスの混血種。顔つきはもう殆ど人間の面影を残していない。目は深く、鱗のような光沢が深くと襲いかかる。口元には潮の匂いと、わずかに魚の殻を削ったような味がする息が漏れていた。

 

服はぼろ切れで、腕には古い縛り痕。動作はゆっくりだが、目が合った瞬間、確かな知恵がそこにあるのを俺は感じた。人形じみた崇拝対象とは違う、ちゃんとした「個」がそこにあった。

 

「あ、あなたは...」

言葉は断片的で、舌足らずに砕ける。まるで誰かの真似をしているみたいな調子で、言葉の端々にまだ人間の学びかけの残滓が混じっている。だが、その中から確かな知恵がちらりと覗くのが余計に気味が悪い。

 

俺はゆっくり床に腰を下ろし、そいつをまっすぐ見据える。

「よく分かんねぇ状況だが、一回だけルールを言うぞ?」

言葉を選ばず、はっきりと口にする。牢屋の空気がびりりと引き締まった。

 

そいつはヒッと小さなな音を立て、首をかしげる。目の奥で何かが泳ぐ。

「余計なことをするな。人を騒がせるような真似をしたら、殺す」

声は冷たい。だが同時に、妙に年端の行った説得力がある。生かすか殺すかは俺の匙加減だと、はっきり示しめておく。

 

子供っぽい声が、ぽつりと落ちる。くぐもって、不鮮明だ。

「……わかった。やっちゃだめ、ね」

その言い回しは幼く、でも抑えきれない何かが滲む。俺はその声の不安定さを嫌というほど感じ取った。

 

「それでいい」

俺は肩をすくめ、半ば投げやりに言う。だが心のどこかで誓うように続けた。

「お前が俺に迷惑かけなければ、今は殺さない。余計なことさえしなけりゃいい」

 

そいつはゆっくりと俺を見返し、その目に一瞬だけ人間らしい色が戻る気がした。だがその光はすぐに暗くなり、また海の深みへと沈んでいく。言葉少なげに、ただ小さく頷くだけだった。

 

牢屋の外で、三下連中がまだもごもごと囁き合っている。だが今、そこにあるのは崇拝でも祝祭でもない。極めて合理的で、非人間的──俺によって殺された女の処理方法と代替案だった

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