「閣下さん的には、この世界をどのように見る?」
それは、純粋な軍人として作られた人工知能に対する、私なりの素朴な疑問だった。
私の知る宇宙世紀の常識から見ても、この世界の戦争のやり方はあまりに歪だ。それはどこか、かつての旧世紀における独ソ戦――互いの存在そのものを否定し合う『絶滅戦争』に近い。
「捕虜なんて必要ない」「青き清浄なる世界のために」などという言葉が平然と飛び交い、戦時条約が全く機能していないのは明白だ。
これはもはや政治的な交渉を目的とした戦争ではない。ナチュラルとコーディネイターという、異なる『種族同士の生存競争』。その言葉の方が、今の私にはしっくりときていた。
「ふぅむ……」
薄暗い管制室に、低く冷徹な声が響いた。
閣下は、メインモニターに映し出された遠い世界の映像を、ただ静かに見つめている。青く輝く地球と、それを包囲するように配置された砂時計型の宇宙植民地プラント――コズミック・イラ。
その美しい宇宙を切り裂くように、モニターの向こうで閃光が爆ぜていた。核の光。そして、すべてを焼き尽くす巨大な熱線。
「……愚かしいですな」
閣下はパイプを灰皿に置き、深く息を吐き出した。その横顔には、歴戦の軍人特有の、血の気の引いたような非情さが刻まれている。
「『戦争は政治の延長線上にある』。かつて旧世紀の思想家クラウゼヴィッツが遺したこの言葉は、裏を返せば、戦争とは『政治的な目的』を達成するための手段に過ぎんという意味だ。領土の割譲、あるいは体制の打倒。そこには常に、対話と妥協の落としどころが存在する」
レビルはゆっくりと立ち上がり、モニターの前に歩み出た。画面には、地球軍の指導者ムルタ・アズラエルと、プラントの最高評議会議長パトリック・ザラの顔が並んで映し出されている。
「だが、この世界の上層部はどうだ。彼らがやっているのは政治ではない。ただの種族の存亡を賭けた『絶滅戦争』だ。ジオンのギレン・ザビも『選民思想』を掲げてコロニーを落としたが、彼の本質はザビ家による人類支配という政治的野心だった。だからこそ、南極条約という対話の余地が辛うじて残されていたのだ。しかし、彼らにはそれがない。一方は核ミサイルで同胞の住処を焼き、もう一方はジェネシスで地球の全生命を消し去ろうとする。相手を根絶やしにせねば気が済まんという憎悪の連鎖は、もはや政治の手綱を完全に失っている」
閣下は拳を強く握りしめ、冷ややかな視線を画面に注いだ。
「そして何より……この世界には『戦場における霧』が多すぎると、私は思う」
その声は、静かだが部屋の空気を凍らせるほどの重みを含んでいた。
「クラウゼヴィッツは、戦争において情報が不確実であり、予期せぬ偶然や危険によって真実が見えなくなる状態を『戦場の霧』と呼んだ。指揮官の本質とは、その霧の向こうにある敵の意図を見極め、政治的目的に向かって正しく軍を導くことにある。だが、コズミック・イラの戦場を覆う霧は、あまりにも濃く、物質的で、精神的だ」
彼は画面に表示された『ニュートロンジャマー』の文字を指差した。
「物理的な霧――これはいかん。レーダーを遮断し、通信を途絶させ、戦場から『目』を奪ってしまった。互いの姿が見えぬまま、ただ恐怖と予測だけで引き金を引く。我が軍のミノフスキー粒子も戦場を目視の時代へと戻したが、彼らの霧はレーダーだけでなく、地球上の核エネルギーという文明の灯火まで奪い、憎悪の霧を世界中に伝染させてしまった。だが、真に恐ろしいのは、兵士や指導者たちの心を覆う『精神的な霧』ですな。差別、偏見、そして報復の連鎖。彼らは『コーディネイターだから』『ナチュラルだから』という盲信の霧に囚われ、目の前の敵が自分たちと同じ『人間』であることすら見失っている。政治的なビジョンという『灯台』がないまま、この濃霧の海を進めば、待っているのは凄惨な衝突と破滅だけだ」
レビルは振り返り、傍らに控える若い士官を見た。士官の目は、絶望に揺れている。
「軍人のトップとなる者達には、リアリストであり、非情でなければならないと私は思いますな」
レビルは静かに、しかし断固として告げた。
「一般の市民や、前線で命を散らす兵士たちがトップに求める『非情さ』とは、戦争をこれ以上泥沼化させないため、あるいは勝利というゴールへ最短で辿り着くために、あえて冷酷な決断を下す現実主義(リアリズム)だ。だが、この世界の上層部が持つ非情さは、ただの狂信と感情の暴走に過ぎん。勝つための計算ではなく、『あいつらが憎いから根絶やしにする』という私怨だ。アラスカでのサイクロプスによる自爆を見ろ。自軍の兵士をただの消耗品、プロパガンダの道具としか思っていない。彼らには、敵を全滅させた後に自分たちがどうやって生きていくかという、戦後のプランが完全に抜け落ちているのですな」
「……私に言わせれば、そんなものは軍隊の体をなしていない。軍人のトップとなる資格すらない、ただの恥知らずの集まりですな」
レビルが漏らした冷徹な怒りは、重く薄暗い管制室の空気を完全に支配していた。
「それなら尚更、私たちは大変かぁ……」
レビル将軍の烈しい怒りが残る管制室の片隅で、私は自嘲気味に、けれど不敵に笑ってみせた。
その声に、もはや先ほどまでの恐怖も諦めもなかった。あるのは、この世界の歪みの大きさに呆れ果て、それでもなお前を向く、確かな意志。
「狂信の霧に飲まれた暴徒どもに、あの『可能性の獣』を渡すわけにはいかない。ユニコーンの捕縛――その覚悟、ここで決めさせてもらうよ」
私は操縦桿を握る手に力を込めた。
大人が責任を放棄し、子どもに憎悪を肩代わりさせる世界。そんな歪んだ因果の引力に引かれて、ユニコーンガンダムはヘリオポリスに現れようとしている。ならば、宇宙世紀の物量と、まともなリアリズムを持つ私たちが、その因果ごとすべてをひっくり返してやるまでだ。
「閣下、全艦隊に通達。これより本国(ザフト)と大西洋連邦(地球軍)の双方に極秘増援と誤認させたまま、ヘリオポリスへ強行入港する。民間人の救助を最優先としつつ、コロニー内の『白い一角獣』を最速で確保するぞ!」
「フッ、よろしい。その決断を待っておりましたな、閣下」
AIレビルが不敵な笑みを浮かべ、再びパイプに火をつけた。
クラップ級を先頭とした25隻の大艦隊が、メインスラスターの光跡を宇宙に引きながら、運命のコロニーへと一斉に加速していく。
その頃、ヘリオポリスの内部では、何も知らないキラ・ヤマトが静かにプログラミングの世界へと没頭していた。迫り来るザフトの赤服たち。そして、暗闇の中で目覚めを待つ、一本角の白いモビルスーツであった。