萩・津和野・山口殺人ライン   作:新庄雄太郎

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次の日、歩夢たちは萩へやってきた。




第2章 萩・城下町巡り

次の日、歩夢とシオン達は津和野を見物した後は萩を見物をすることになった。

 

 

 

「萩は山口の城下町なんだって。」

 

 

 

「へぇーっ。」

 

 

 

「早速、見物してみるか。」

 

 

 

「うん。」

 

 

 

分厚い白壁の重厚な武家屋敷、夏みかんが顔を出す土塀や鍵曲など、かつて城下町として栄えた町並みが色濃く残る萩城下町。高杉晋作や木戸孝允など幕末から明治維新に活躍した偉人の生家が現存し、その足跡をたどることもできる見どころ豊富な城下町です。町筋は碁盤目状に区画され、古民家カフェや雑貨屋、史跡などが点在。散策の楽しい町になっています。着物をレンタルして町を歩けば、まるで江戸時代にタイムスリップしたような気持ちに。萩の街をもっと詳しく知りたければ、ガイドウォークやガイド付き人力車のコースもあります。また、レンタサイクル、シェアサイクル、レンタル原付のほか、電動キックボードなどもあり、アクティブに楽しめそう!「明治日本の産業革命遺産」の構成要素の一つとして世界遺産にも登録されている町並みである。

 

 

 

菊屋横町

 

 

 

「まぁ、すごい街並みね。」

 

 

 

「うん。」

 

 

 

旧萩城の外堀から外側に広がる城下町は、町筋は碁盤目状に区画され、中・下級の武家屋敷が軒を連ねていました。現在でも町筋はそのままに残り、往時の面影をとどめています。

 

御成道に面して藩の豪商、江戸屋、伊勢屋、菊屋の商家が並んでいたため、城下町にある3本の横町にはそれぞれの名が残されています。菊屋横町には、藩の豪商・菊屋家をはじめ、幕末の風雲児・高杉晋作の誕生地、第26代総理大臣・田中義一の誕生地があります。晴れた日には、太陽の光が反射してまぶしいほどの白いなまこ壁の美しいこの横町は「日本の道100選」の一つに選ばれています。

 

 

 

高杉晋作誕生地

 

 

 

「これが、かの有名な高杉晋作だよ。」

 

 

 

「へぇー、これが高杉晋作か。」

 

 

 

と、侑は言った。

 

 

 

幕末の風雲児・高杉晋作の誕生地。もともとは500坪の敷地がありましたが、現在は建物の南側半分が公開されており、産湯に使ったと伝えられる井戸や自作の句碑などがあります。晋作は、天保10年(1839)に萩藩大組士、禄高200石 高杉小忠太の長男として生まれました。藩校明倫館に通う一方で松下村塾に通い、頭角を表し、久坂玄瑞と並んで「松門の双璧」と称されました。文久2年(1862)、外国に支配される清国(現:上海)を視察し危機感を抱いた晋作は、翌文久3年(1863)に身分を問わない我が国初の軍事組織“奇兵隊”を結成。討幕戦を勝利へと導きましたが、胸の病が悪化し、下関・吉田(現:東行庵)に隠居。慶応3年(1867) 結核のため、27歳と8ヶ月という若さでこの世を去りました。萩博物館に「高杉晋作資料室」があり、産着から最晩年の書まで晋作に関する資料が数多く展示されていますので、一緒に見学するのもおすすめです。




そして、長門へ行くと殺人が起きた。
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