GATE 稲荷様 彼の地にて、斯く戦えり 作:名無しのペロリスト
ピニャコラーダさんとお話をして、帝国との講和交渉の一歩を踏み出した。
プロレスで言えば、最初は強く当たってあとは流れでお願いしますだ。
実際にそんなことを言ったわけではないが、裏で話を通していることには違いない。
そもそも私は政治や経済は素人なので、あとは日本政府の関係者に丸投げする。
餅は餅屋というやつだが、良くそんなので日本の最高統治者をやっているなと、自分でもそう思う。
とにかく、無駄に損失を出すよりはマシだと判断した。
以後は特地と関わる気はないし、あとは日本政府が良い感じに調整して帝国との戦争を終わらせて欲しい。
向こうが降伏したら講和交渉を進めてくれればOKなのでと、自衛隊のヘリに乗って帰路につくのだった。
なおその後、盗賊退治に呼び寄せた薔薇騎士団とちょっと揉める。
まーたすぐに剣を抜いて暴力に訴えようとして、一触即発の事態になったらしい。
と言うか、斬りかかられた。
間に入ってなだめすかしていた伊丹さんが、ぶん殴られて負傷した以外は全員無事だ。
自衛隊が反撃する前に、ピニャコラーダさんが大慌てで駆けつけて、何とか誤解を解いてくれたのは幸いだった。
取りあえず、外交問題だがもみ消せる範囲だ。
伊丹さんには悪いが、怒りを飲み込んでもらう。
両国関係の危機を救ってくれたから、あとはこっそり恩賞を与えるように進言しておく。
もしここで拗れたら、せっかく最初の一歩を踏み出した講和交渉が、またやり直しになってしまう。
時間を稼いでくれた彼の功績は大きい。
それはそれとして、私は東京の稲荷大社に帰ってきた。
ようやく片付いた特地の問題は綺麗さっぱり忘れ、狼たちと戯れながら平穏な暮らしを満喫する。
しかし何故か日本政府に泣きつかれて、私の休暇は僅か一日で終わりを迎えた。
「それで、今度はどんな問題が起きたんですか?」
稲荷大社の謁見の間の一段高い畳の上で、ちょっと不機嫌そうな表情を隠しもせずに、集まった政府関係者に率直に尋ねる。
「実は国会の参考人招致で、ある自衛官から特地の詳しい話を聞くことになったのですが」
「現場の声ですね。
私も報告は聞いていますが、いつも特地に居るわけではありません。良いと思いますよ。
それの何が問題なのですか?」
帝国との戦争が一段落したあとは、私は特地から離れてノータッチだ。
情報は毎日入ってくるけど、自分から関わることはなくなっていた。
なので現場の自衛官から詳しい話を聞くというのは、別におかしなことではない。
「実はその自衛官だけでなく、特地からピニャコラーダ殿下とその護衛が来日するのです」
「冗談、……ですよね?」
「本当です」
私は思いっきり頭を抱えたが、何とか平静を装って話を続ける。
「確かに帝国との講和交渉は進めてはいますが、まだ戦争状態なのですよ?
遺族や国民感情を逆撫でしたいのですか? 正気とは思えません」
向こうも相当の覚悟だろうが、敵国のお姫様が少数の護衛を連れてやって来るのだ。
帝国側からすれば美談として受けが良さそうだけど、やっていることは火薬庫に火種を投げ込むような危険な行為である。
何か問題が起きたら日本の責任になるし、間違いなく戦争の口実にされる。
現在の国民感情は少しは落ち着いてきたが、まだ帝国に対してあまりよく思っていない。
お姫様にとっては完全にアウェイである。
極端ではあるが、石どころか爆弾を投げつけられても不思議ではなかった。
犠牲者の何倍、何十倍の帝国民が殺された。
だがピニャコラーダさんが、銀座で一万人近くの命を奪った帝国の王女なのは変わらない。
恨んでいる人も大勢居るし、はっきり言って日本に来て欲しくはなかった。
「さらにレレーナさん、マーキュリーさん、テュカさんの三名も、一緒に来日するとのことです」
私は聞き間違いに違いないと思いながら、天井を見上げる。
たとえ流浪の民や異種族だとしても、特地の帝国領の出身であることに変わりはない。
そして日本国民の多くは、帝国民の見分けがつかない。
彼女たちも日本に来るのは危険だし、トラブルを引き起こす原因になるだろう。
「頭が痛くなってきました。帰ってもいいですか?」
「申し訳ありませんが──」
狐っ娘は頑丈なので頭が痛くはならないが、精神的に受け入れ難い状況だ。
ふて寝したくなってきたので、仮病を口にした。
だが残念ながら、帰っては駄目らしい。
そして私は無事だが、政府関係者の顔色が悪い。
ストレスが健康に悪影響を与えているのは間違いなさそうだ。
「よくもまあ、許可を出しましたね」
「日本政府も一枚岩ではありませんし、特地の情報を得る良い機会でもあります」
「それもそうですね。現地住民から直接話を聞ける機会は、そうはありませんし」
とにかく日本政府内でも派閥や権力争いなど色々あって、特地の人を出汁に使うつもりだ。
私はそんな面倒事に関わる気はないので、統治に影響が出ないなら好きにやってくれのスタンスである。
しかし今回は帝国のお姫様が来日するのは、流石にイカンでしょだ。
だが何処かが許可を出して門を通過中らしく、走り出した列車は途中下車できない状態である。
まあこうなったのは、私が家でゴロゴロして呼び出しを拒否したせいなのだが、日本政府が統治しているのだから、もっとちゃんと管理運営してくださいと言いたい。
だが残念ながら時間は巻き戻らないし、ピニャコラーダさんは帝国の第三皇女だ。
やんごとなき御方のお願いを断るのも、なかなかできないのはわかる。
それはそれとして、来日してしまったからには仕方ない。
放置するわけにもいかず、何らかの対処をしないと不味いことになる。
「とにかく急いでサクラを用意して、歓迎ムードを演出しましょう。
私も大本営発表を行い、ピニャコラーダさんたちを称賛するので。
ああ、警備の人員も手配しないと」
急に山程仕事ができたので、本当に大変である。
「ご迷惑をおかけします」
「済んだことはもういいです。でも、以後気をつけてくださいね」
同じやらかしは二度としないで欲しい。
ロシア帝国の重要人物が来日した時のことを思い出すが、その時の経験は無駄にはならない。
少なくとも地球に関しては、あの頃よりも世界情勢は安定している。
他国の工作員がやんちゃすることは、格段に減っていた。
ただし、日本に限るがつく。
それはそれだで、ゼロにはならない。
むしろ特地の人が来日しているので、絶好の機会だと一斉に動き始めるまである。
本当に面倒なことになったと呟きを漏らし、久しぶりの近衛と自衛隊の共同作戦を開始するのだった。
大本営発表で国民感情をなだめつつ、影から要人を警護する作戦は何事もなく終わった。
途中で大陸の工作員が乱入しようとしたが、速やかに駆除したので表向きは問題は起きていない。
ただし戦いの気配に敏感なマーキュリーさんが、ちょっとヤバいことになった。
人数は少ないので、何とか抑えてもらう。
国会での参考人招致も滞りなく終わり、ピニャコラーダさんたちは怪我一つなく特地に帰っていく。
取りあえず対処できたから良かったけど、今後は情勢が落ち着くまで日本に来ないで欲しい。
これは冗談でなくマジなのだった。
何が悲しくて、伊丹さんのプライベートを覗き見などしないといけないのやらだ。
元カノさんも含めて重度のオタクだとわかったのでシンパシーを感じるけど、別に彼のことを知りたいとは全く思っていない。
ついでに要人の入浴中は、女性の自衛官や側仕えに任せた。
やっぱりマーキュリーは気づいていたし、いつも以上に護衛の気苦労が絶えない。
だがまあ、何だかんだ色々あったが、終わり良ければ全て良しだ。
私もせっかくなのでと、前世だとたまに食べていた牛丼を注文したり、自販機でポタージュを購入し、さらには伊丹さんたちと同じ旅館の別室を取らせてもらう。
ただし滞在がバレないように姿を隠しつつ、夜中にこっそり温泉に入らせてもらう。
護衛任務中ではあるけど、ちょっとだけ特別な旅行気分を味わえたのだった。