GATE 稲荷様 彼の地にて、斯く戦えり 作:名無しのペロリスト
私たちを招き入れてくれた帝国軍の隻眼の将軍は、デュランという名前のようだ。
もちろん呼ぶときは、さんを付けているが、取りあえず理性的な人で良かった。
流石に十名の護衛は外で待機だけど、それでも本陣には入れてくれたのでありがたい。
私と側仕えは、デュランさんたちの後を付いていく。
大きな布の幕をめくり、帝国軍司令部の中に入る。
他にも高齢や中年の騎士たちが同席するようだ。
まあ一対一での交渉でないと困るわけではないし、それは別に良い。
取りあえず座るように促されたので腰掛けようとしたら、デュランさんに止められる。
「奴隷ではない。椅子に座るのは獣人の主だ」
どういうことか困惑しつつ、側仕えを見つめる。
しかし、彼女も理由がわからないようだ。
慌てた様子で、デュランさんにあれこれ話しかけている。
「獣人奴隷を、主の身代わりにしているのではないのか?」
デュランさんの発言を通訳した側仕えの声は震え、さらに青筋を立てていた。
ちなみに万が一に備えて、通信機の電源は入れっぱなしだ。
私はそういうこともあると平静を装っているが、内心では冷や汗をかいていた。
何故なら、近衛も自衛隊もペロリストだからだ。
自国の神(偽)を奴隷と蔑まれて、ブチ切れないはずがなかった。
なので日本語は通じないのはわかってはいるが、私は慌てて大声で呼びかける。
「デュランさん! 本当に私が日本国の代表で、彼女は側仕えなんです!」
私の発言は、すぐに通訳して伝えられる。
側仕えは、それ以外にも鼻息荒く色々と話していた。
自分は勉強不足で、何を言い合っているのかわからない。
しかし、きっとまた稲荷神伝説に尾ひれどころか胸ひれとか、あることないこと捏造してるんだろうなと容易に察せてしまえた。
「獣人が日本国の神だと? 嘘ではないのか?」
「本当です! 嘘ではありません!」
まあ民意が退位に傾けば、いつでも辞める覚悟がある最高統治者でもあるけど、今言うべきことではないので黙っておく。
さらに特地に首を突っ込むのが面倒で、できれば実家に引き籠もっていたかった。
しかし、私が動かなければまた日本国民に被害が出るかも知れないし、スピード解決するにはこの手に限るので、仕方なく重い腰を上げたのだ。
けれど神であると告げたときに、信じてもらえないかも知れない。
その場合の対処法も考えてきたので、今度はこちらからデュランさんに話しかける。
「口だけでは信じられないでしょう。
今から証拠を見せます」
そう言った私は、横に置かれたデュランさんの兜を指差した。
「すみません。少しだけ兜を借りて良いですか?」
彼は自分の兜をじっと見つめて、次に私に尋ねてくる。
「構わぬが、一体何をする気だ?」
私はにっこりと微笑みながら、ゴツい兜を両手で受け取る。
そして、堂々と返事をした。
「手で、押し潰します!」
「「「なっ!?」」」
「あっ、でも、あとで弁償するのも大変ですね。大岩でも構いませんよ」
手頃な大きさの硬そうなモノを探したら、たまたま兜が目に入ったのだ。
人間離れした怪力を見せれば信じてくれると思ったのだが、良く考えれば人の物を壊すのは良くない。
「待て待て! 本当にできるかどうかはともかく!
兜を壊すのは止めてくれ! 大岩もここにはない!」
「……そうですか」
私は残念そうな表情で、デュランさんに兜を返却した。
だが代わりに、側仕えが懐に忍ばせていた大きな石を渡してくれた。
「こんなこともあろうかと、護衛に拾わせておきました」
「でかした!」
「ありがたき幸せに存じます」
しかし実際にやる前に、小細工をしたのではと疑われたら困る。
デュランさんたちに渡して、順番に確認してもらう。
けれど一個で十分なのに、一体いくつの石を持ち歩いていたやらだ。
でも良く考えれば、証拠は多いに越したことはない。
取りあえずチェックが終了した石を、順番に机の上に並べてもらう。
「何処からどう見ても、ただの石ころだな」
「某も、おかしな点は見当たらなかった」
「本当に、石ころですからね」
将軍だけでなく、護衛の騎士たちにも石を確認してもらった。
当たり前だが、ただの石ころだ。
タネも仕掛けもないとはこのことで、私は最後に大きく息を吸う。
別にやることは単純なので、気合を入れる必要はない。
しかし身分の高い人たちの前で披露するのは、ちょっと緊張するのだ。
とにかく置かれた石をむんずと掴んで、無造作に握り潰す。
細かい砂が机の上に散らばり、同じようなことを三回繰り返す。
回数に特に深い意味はなく、途中で腕力だけでは芸がないと考える。
なので、残りは一斉に発火させて塵も残らず焼き尽くした。
石だけ器用に燃やしたので、机は熱くもないし焦げてもいない。
自分でも、どうしてそんなことができるかわかっていなかった。
だが日本神話では魔法とは異なる呪いがあるし、多分その応用だろう。
なお何とかなれーと直感的に操作しているので、やっぱり詳しく説明はできない。
それはともかく、この場の面々に自分は神だという証明は完了した。
私は小さな胸を張って、ちょっとだけ得意気に彼らを見つめる。
「これでどうでしょうか?」
日本の神だということを信じてくれるかなと尋ねると、この場の全員が驚愕の表情で固まっている。完全に言葉を失っていた。
「その反応は、信じてくれたんですよね?
もし違っていたら、プランBは考えてなかったのですが」
残念ながら時間がなかったので、あとはお土産を渡してご機嫌を取るぐらいしかない。
そして黙ったままでは交渉が進まない。
私は目的を果たすために、わざとらしくコホンと咳払いして気持ちを切り替えた。
「先程言った通り、私は日本国の代表です。
貴方たち帝国と、交渉をしに来ました」
先程のパフォーマンスで、少なくともこの場に居る者たちは、私には勝てないと理解してくれたようだ。
こういうのを圧迫外交というのかも知れない。
だが今は戦時下だ。互いに警戒して攻め込む隙を窺っている状況で、まともな交渉などできるはずはなかった。
日本は余裕があるけど、稲荷神様に喧嘩を売った帝国を許すなになっているため、この機会に何とか流れを変えたいとことだ。
皇帝や各関係者が戦犯として裁かれるのは確定として、何も知らずに利用された者たちまでもを、罪人扱いするのは如何なものかである。
そういうことで、この辺りで戦争は終わりにして、戦後交渉を始めようということだ。
だが、まずは話を聞いてもらわないといけない。
多少無理やりでも、椅子に座らせることが重要なのだ。
それができないようでは、講和など夢のまた夢である。
デュランさんたちは若干震えているが、この場から逃げたり、私や側仕えに剣を向けたりはしない。
内心は動揺していても、表面上は何とか平静を保っている。
「日本は帝国を滅ぼしたいとは、考えていません。……少なくとも私は」
国民は物騒な考えを持っている人は多いが、ある日突然一万人近く虐殺されたらそうなって当然である。
むしろこの場合は自分が異常まであるけど、異世界人のほうが遥かに大勢死んでいる。
だから帝国がもう戦争を止めましょうと言うなら、日本もこの辺で勘弁してやるよと自衛隊を撤収させる。
もちろん謝罪と賠償はきっちり支払ってもらう。
「銀座……ええと、帝国軍が我が国に侵略した結果、大勢の犠牲者がでました。
その結果、誠に遺憾ながら両国は戦争状態になっています」
私だって、できれば今すぐ戦争を止めたいが、無理やり抑え込んでも爆発するに決まっている。
だったら帝国には悪いけど、日本国に侵略してきた報いを受けてもらう。
銀座で失った命とは比べ物にならない人命を奪い、大勢の怪我人を出しているし、そろそろ日本国民の溜飲も下がっただろう。
停戦するには、良い頃合いだ。
少なくとも日本はそうだが、帝国がどうかはわからない。
まだまだ戦力に余裕があったり、士気が高い場合もあるが、今は考えないことにする。
「最高統治者の私は、帝国の滅亡は望みません。
然るべき賠償と、首謀者の断罪。遺族が納得できるよう、誠心誠意の謝罪を要求します。
詳しいことは、日本の外交官から聞いてください」
今の役目は、『この戦争を! 終わらせにきた!』である。
それ以上は、現時点で関わる気はない。あとは専門家に丸投げさせてもらう。
五百年近く経っても相変わらず素人丸出しの自分よりも、遥かに上手くやってくれるのは間違いない。
なるべく穏便に済ませるには、事件の首謀者や関係者を明るみに出して罪を裁き、遺族が納得できる落とし所を探すしかなかった。
「ちなみにですが、日本の総人口は約一億で、親日国も含めると数十億人を越えます。
帝国がどの程度の戦力を保有しているのかは知りませんが、戦争継続を望まれるのなら、それら全てを敵に回す覚悟をしてください」
復讐は何も生まないと良く言われるが、少なくとも復讐した本人はスッキリする。
私も目の前で、家族同然の日本国民が大勢殺されたのだ。
代わりに帝国の兵士をボコボコにしたことで溜飲を下げて、もうこれ以上は良いかなと気が晴れたが、家族や親しい者や失った遺族は暗い沼に沈んだままである。
今回の首謀者が皇帝だとしたら、たとえ国のトップでも断罪しなければ日本国民の怒りは静まらないし、重要な国際問題をいい加減に片付けるわけにはいかなかった。
だから責任を取らせる必要があったんですねという奴だ。
そのような内容を通訳の側仕えに説明してもらうと、デュランさんたちは真っ青な顔をして、慌てて話し合いを行った。
私は側仕えが翻訳してくれた会議の様子を、殆ど右から左に聞き流す。
五百年近く最高統治者を続けているが、相変わらず政治は苦手だ。
なので、過程は良いので結果だけ教えてもらうことにした。
彼らの結論が出るのを、のんびり待つ。
やがて終わったのか、デュランさんたちが視線を正して発言する。
「日本の神の要求は理解した。だが、他の者を説得するのは難しいだろう」
「別に稲荷殿を疑っているわけではないのだが、こればかりはどうしてものう」
デュランさんや他の将軍は渋い顔を浮かべている。
彼らは会議の結論を説明していく。
「日本は、全くの未知の国で情報がない。
ゆえに、いくら神に相応しい力を持っていても、それだけでは帝国軍は退けぬのだ」
この場の将軍や騎士たちは、戦っても勝てないと本能的に理解している。
しかし、その他大勢の兵士たちは違う。
もっと言えば帝国内地の人々は、私どころか日本の存在も全く知らない。
説明しても信じてくれるか怪しい人たちを、どうやって説得したものかだ。
だからと言って、デュランさんたちが何もせずに逃げ帰ったら、何らかの処罰を受けるのは避けられない。
彼らにも軍を率いる将軍の立場があるのだ。
「それに稲荷殿が強くても、帝国軍が総出でかかれば勝てぬ道理はなかろう」
「なるほど、私に勝てると思っていると?」
「……無理だな。帝国全軍でも、傷一つつけられずに負けるだろう」
流石は歴戦の将軍だけあって、戦力の分析は正確だ。
見た目は幼い狐っ娘でも、とんでもない力を持っているとすぐに気づく。
「それに日本は、帝国軍を退けている。
舐めてかかって良い国ではなかろう」
「賢明な判断です」
取りあえず、今この場では戦いは回避された。
だが、根本的な解決にはなっていない。
私はどうしたら穏便に済むのかなと悩み、少しだけ時間が経って結論を出す。
「では日本と帝国が十人ずつ選手を出して、一対一で試合を行うのはどうですか?
もしうちが負けたら、アルヌスの丘から撤退しても構いません。
あっ、命を奪うのはなしですよ。その場合は、問答無用で反則負けですからね」
ようは一騎打ちの十本勝負だ。
ちなみに十人というのは、護衛の人数で決めた。いつも通り思いつきなので、深い意味はない。
ただ、やり直しが効かない一発勝負だ。
万が一でも負けたら、約束を破るわけにはいかないし、本当に特地から撤退せざるを得なくなる。
なので保険の意味も込めて、十回戦えば半分以上は勝ってくれるだろうと考えた。
「その条件だと、我々に都合が良すぎると思うのだが、本当に良いのか?
勝負に負けたあとで、契約を破棄するのではないか?」
「もしこの提案を疑うのなら、日本に対しての侮辱と受け取ります。
そのまま全面戦争に突入しますが、よろしいでしょうか?」
これは別に、脅しているわけではない。
日本の最高統治者が、嘘ではないよと主張しているだけだ。
少しだけ言葉が強いけど、私は決して契約を違えるつもりはない。
この会話は外で待機している部隊に丸聞こえなので、うちの神様の言葉が信じられないのかと、ペロリストには勝手に脳内変換されてしまうのだ。
「それは困る! 今の発言は取り消させて欲しい!」
「わかりました。聞かなかったことにします」
日本の最高統治者は、感情のままに行動することが多々ある。
日本国民も稲荷様のやることならと、イエスマンが殆どを占めている。
そして私をコケにされた場合、高確率でブチ切れるから困る。
まあ自国の神様兼最高統治者をこき下ろされたら、瞬間湯沸かし器のように顔が真っ赤になるのも、納得はできる。
しかし五百年近く経った今も、未だに受け入れられてはいない。
逆にコッチが、チベットスナギツネの表情になるのも良くあった。
それはそれとして、今は特地との交渉だ。
(私としては一騎打ちさえできれば、それで良いんだけどね)
勝負の結果がどうなったとしても、帝国軍は私だけでなく日本の強さを目の当たりにする。
そのうえで、まともに戦っても犠牲が増えるだけで勝てないと、将軍だけでなく末端の兵士に至るまで自覚してくれれば、取りあえずの目的は達成したと言えた。
(でもこの場合、提案したのは私だし、負けたら責任を取って退位も可能?)
惜しまれつつ退位できるかは少し怪しい。
しかし、現場でやらかした神皇の責任問題になるのは間違いない。
なので、それはそれで美味しいかもと、ちょっとだけ気分が上向きになる。
なお、もし契約を破って攻め込んできたら、仕方がないが交渉は諦めて屍の山を築くだけだ。
私は、やれるだけのことはやった。
あとできるのは、なるべく殺さずに無力化するぐらいである。
「申し出を受けよう。ただし相応しい騎士を選抜するのに、少々時間がかかる。
……そうだな。三日後の正午に、両陣営の間にある平野で行うのはどうか?」
「私は構いません」
そう言って、側仕えに契約書とペンを出させる。
だが私は特地の言語はわからないので、日本語と帝国語の両方を書き記してもらった。
最後に、自分だけでなくデュランさんたちにも確認してもらう。
相違ないとわかったあとに、しっかり印鑑を押す。
契約に関する知識がある側仕えも、問題ないと言ってくれたので大きく息を吐く。
「ではまた、三日後に会いましょう」
そう言って立ち上がろうとしたが、そもそも椅子には座っていなかった。
ずっと立ち話をしていたことを思い出し、こういう場合は『日本の最高統治者ですが、敵本陣の空気が最悪です』とか言うのだろうかと、呑気に考えながら外に歩き出した。
しかし、ここであることを思い出して足を止める。
「すみません。お土産を渡すのを忘れていました」
そう言って側仕えに目配せすると、彼女は静かに頷く。
そして背負っていた木箱の包装を解いて、机の上に置いた。
日本の職人が丹精込めて作った伝統工芸品なので、風呂敷や入れ物も見事なものだ。
それを見た将軍や護衛の騎士たちが、おおっと感嘆の声をあげる。
続いて蓋を開け、一つづつ丁寧に並べる。
側仕えは手慣れた様子で、品目の説明を読み上げていく。
私は特にすることもなく見ているだけだが、流石は優秀なだけあって、滞りなく進んでいった。
最後は皆さん満足そうな表情で、わざわざ帝国軍の人たちに絡まれても問題なく帰れるように、お付きの騎士をつけてくれた。
それだけお土産に喜んで、三日後の一騎打ちで決着をつけるという提案に乗り気なのだろう。
ただ、うちの側仕えを売ってくれないかと言われたのは困った。
自由意志を尊重しているが、今ここで離脱されては業務が滞る。
通訳が居なくなったら今後の交渉が難しくなるため、私は丁寧にお断りする。
幸い彼女は帝国に行く気は毛頭ないようで、はっきり断ってくれた。
とにかく帝国軍の第二陣とは戦争をすることなく、穏便に済みそうだ。
決着は三日後の一騎打ちに持ち越されたが、当然負ける気はない。
敗戦の責任を取って退位したい気持ちはあるが、今は失われる命を少しでも減らすほうが重要だ。
現在、日本は帝国と戦争をしている。
それは嘘偽りのない事実だが、周辺諸国や属国と接敵したのは今回が初めてだ。
まだ双方に犠牲者は出ていないし、国民感情としてもサーチアンドデストロイではない。
たとえ帝国の一部だとしても、命じられたり従わされているなら、話し合う余地はあるのだ。
銀座事件の犠牲者を遥かに越える命を奪っているのだから、もし帝国が無条件降伏するなら受け入れる所存だ。
被害者や他の日本国民は殲滅を望んでいても、私個人としては首謀者に唆されたり、何も知らない人々まで殺さなくてもという方針だ。
もちろん攻めてきたら反撃はするけど、正当防衛なので致し方なしで、心もそんなに傷まない。
とにかく、思いつきの即興の案なのは今さらだが、誰を出場させるかで、また揉めそうだ。
表情は取り繕ってはいるが、内心では大きな溜息を吐いて外の護衛と合流する。
帝国なのか連合軍なのか、実のところまだ良くわかっていない敵本陣をあとにしたのだった。