横浜郊外のある邸宅で、
銀座では暴動が起きているとか、害獣だかが暴れていると報道されており、夫婦は気が気ではなかった。
「ねえ、あなた。まさかと思うけど、
「バカをいうな! あいつがいなくなったのは昨日だ。これに巻き込まれて連絡ができなかったわけではないだろう」
夫婦の娘が前日より帰宅しておらず、二人は捜索願いを午前中に出した。
そして帰宅した途端、テレビでは銀座の騒ぎが報道されている。
二人は銀座の事件がなにか関係があるのかないのかと、心配で仕方なかった。
妻は夫に食い下がる。
「でも、昨日の午後に家出して、今日は銀座にいたってこともあるでしょう?」
「それもそうだが……。そんなことはない!」
「騒ぎはもう収まってるみたいだし、今からでも銀座に……」
「まだ電車も止まっているし、道も封鎖されている。南来栖家の人間が警察や自衛隊の邪魔をするわけにはいかん。ここで連絡待ちをしたほうがいい! 携帯電話も繋がらないんだ、出掛ける方が連絡が取れなくなる!」
夫の言うことは間違いではない。
帯域が保たれたまま固定電話が廃れ個人の通信用の主流から外れた今、スマートフォンより有線電話の方が混雑に対して冗長性が担保されている。
夫婦はそれなりに裕福であり、一族は社会的立場が高い。
先祖には特命全権大使として、太平洋戦争直前の日米交渉に当たった外務省の怒れる男と呼ばれる人物もいる。……なお、彼は戦後はGHQによって公職追放された。
そのため民間企業に所属する夫も、官僚的な発想がついて出てくる。
南来栖夫妻の娘、星華も同じような気質を持っていた。
「あいつは……高祖父の書も、よく読んでいた。メモや走り書き、ハガキも読んで
「そんなのあんな人殺しの前じゃ役にたたないじゃない!」
「おちつくんだ!」
居ても立っても居られない状態の夫妻が、疲れ始めて言葉少なになって辺りも暗くなり始めたころ、邸宅を訪れる者がいた。
門扉のチャイムが鳴らされ、夫婦は娘が帰って来たのかと壁のテレビドアホンのボタンを押す。
画面には中年のスーツ姿の男性と警官が映った。
「外務省の儀典官室の不知火と申します。こちら、横浜重工業製作の南来栖様のお宅でしょうか?」
娘に関する情報ではなさそうだと落胆する夫婦に、外務省の人間だと名乗る不知火という男。
「は、はあ。そうですが。うちになにか?」
夫婦は双方首を傾げ見つめ合う。
高祖父は確かに外務省の人間だった。GHQによって公職追放され、のちに復帰が認められたとはいえ、以来、外務省に関わる一族はいない。
しかも儀典官となると、さらに馴染がない。
何の用なのか、警官がいるから娘のことなのか?
不安になりながら、言葉を待つ。
「東京がこのような事態につき、お約束もなく訪れて申し訳ありません。お嬢様の安全をこちらで確保しております。どうか、ご同行お願いできますか?」
「星華がっ! あなた星華が!」
「娘が無事なのか?」
「はい。娘さんからも言付けも言いつかっております。『ひいひいおじいちゃんを演じてもらうなら、ボクは十朱さんが一番だと思うね』と」
中年男性の棒読みの言付けだが、まちがいなくそれは娘の言葉に間違いないと確信した。
「す、すぐに仕度していきます!」
ドアホンを切り、慌てて上着を羽織って取るものもとりあえず、夫妻は自宅を飛び出した。
+ + + + + + + + +
「なんだ、その恰好は!」
「何があったの、星華!」
ボクとおとーさん、おかーさん、感動の再開!
と思ったら開口一番に、おとーさんとおかーさんにこの服装のことを問いただされた。
そうだよねー、一日だけとはいえ行方不明だった娘が下着どころか裸同然の恰好してたら、普通はそうだよねー。
「あうあー……、そのぉ、これには深くて長い面倒な事情がぁ」
ややこしくなるんで、ナオトくんとタマだけでなく、ファラーシャもいない別室で、ボクは両親と再会した。
そんでなんか服装にダメだしをされまくってる。
「おまえ、そんな恰好をする趣味が……」
「そう、だから帰れなかったのね……」
「うっそ、おとーさんは早とちり、おかーさんは勘違い! 理解ある両親って得難いけど、そうじゃないんだよ!」
そう。
実は偶然ではないと思うけど、バグロムの要塞と東京の地下が門で繋がった日は、ボクが行方不明になった当日。
つまりエルハザードへ転移してしまった日だった。
ぶっちゃけ、自分が行方不明になった日付なんて覚えてなかったから、警察にボクの捜索願が今日届けられたと聞いてびっくりした。
昨日のうちに連絡しておけば、おとーさんとおかーさんに無用な心配かけずに済んだはずだ。反省。
でも良かったな。
心配はかけたけど一晩分だ。
これが数か月、数年ずれてたりしたらと思うとゾッとする。
すごいラッキーだ。
偶然じゃないな、これ。
問題はボクの主観では寝てた時間が大半とはいえ幾千年も経っている。
記憶と感覚にズレがなければいいけど。
「と、いうわけで国籍離脱の手続きしてます」
一通り、問題のないボクの事情を説明して、両親は半信半疑の様子になっている。
「もしかして星華。私たちと会いたかったではなく、保護者として手続き承認させるため呼んだのか?」
おとーさん、さっきは早とちりしたけどやっぱり察しがいいな。
「そ、それもあるけど、全部じゃないよ、比重は再開したいからだよー」
必死にいい子アピールするボク。
疑うような目を向けるおとーさんに、おかーさんは呆れたという表情だ。
「と、とにかく。これはボクのわがままじゃないんだ。ボクが所属する世界と、日本……いや、地球全体に関わることだからさ」
「わかった。おまえのことだ。おおげさに言ってるわけではないだろうな」
おとーさんは仕方ないと飲み込む方向になってくれた。おかーさんはまだ受け入れ難いようだけど、説得できないってことはないと思う。
ここはおとーさんに事情を説明するのが先決だと、ボクは判断する。
「現行法だと日本国籍のまま他国の大使、公使ってできないんだよねぇ。領事なら名誉領事でギリできないこともないんだけど、ファラーシャ姫の補佐するには公使レベルじゃないとダメなんだ」
異世界に拉致されて、肉体は改造され一万年近く眠り、あっちの国の運営に携わって、門を潜って戻ってきた経緯を説明した。
納得はしてないが、銀座の騒動をすでに知っているおとーさんは、理解だけはしてくれた。
そして、日本国籍のままバグロム王国の公使にはなれないという説明をしたら、なぜかおとーさんはあやしく笑った。
「ふ……それに、手はそれだけではないだろう?」
「な、なに?」
「私たちが、『お前は娘ではない。別人だ』といえばそれでも通るだろう?」
「あー、うん。あ~」
幸いといってはなんだけど、ボクは捜索願を出されている。
別人だとお互い言い張れば、ボクは行方不明のまま戸籍は維持される。
そしてイフリーアクタルとして活動を続けるわけだ。
「でもダメ」
「国を騙すことになるからか?」
「それもあるんだけどね」
おとーさんには誤魔化したけど、まずボクは……イフリータは嘘をつけない。
真実を語らないという手で、誤魔化すには無理がある作戦だ。
「なので、国籍離脱、オネシャス! おにーちゃんに取り次いで!」
マジでマジで、二重国籍のまま日本からしたら未知の異世界の国の外交公使とか、問題ありありにしかならない。
日本は法治国家だから、信任状受理を拒否される可能性が高い。
まだ無国籍の方がマシだ。
いや、国家承認されてないから、確実に無国籍になる。
日本国籍の外国公使とか聞いたこと……いや、あるな。
別の国あったぞこれ。
でも、欧州が19世紀の混迷極まる時代だから、例外か。昨日あった国が明日は別の国、でも明後日にはオラの村だけ元の国ってころだし。
「それでしたら、提案があります」
今まで見守っていた外務省の儀典局の不知火さんが、ボクの国籍について提案を出してきた。
「南来栖 星華は銀座の騒動で死亡、もしくは行方不明として日本政府は確認した。リストにそう載せることも可能です」
「な、なんだと!」
「これならば、嘘をつくのは私ども日本国。
「そしてボクに大きな貸しを作れると?」
「なんのことでしょう」
とぼけやがった、この外務省局員。
「でもそれも難しいな。肉体こそ改造されてるけど、ボクの顔は可愛い可愛い美少女南来栖星華ちゃんのままだから、同一人物と疑う人が出てくると思うんだ。…………黙り込まないで」
「確かに可愛い可愛い美少女さんが──」
「やめて、それ触れないで」
自分で言ったけど、あらためて不知火さんに言われると恥ずかしくなった。
「同一人物と疑われても、政府がある意味で保証とお墨付きをするわけですが?」
「マスコミがあなたは星華さんですか? って聞いてきたら、違いますなんて言えないよ、ボク」
嘘が言えない外務担当なんて役立たずっぽいが、相手国からすれば付き合い安いだろう。
嘘は言えなくても
「では保留しますか?」
「保留してる間、ボクは日本国籍のまま。つまりバグロム王国を国家として承認していないという間接的証明になるけど」
「なんのことでしょうか? ただ一つのご提案を申しただけです」
「ふ〜ん」
とぼけて笑う不知火。
わかってるんだぞと睨むボク。
食えないな、こいつ。
バグロム王国は所詮異世界の未開国家と、
とにかく門……ゲートというやつは、日本国にとって厄介だ。
なにしろバグロム王国を国と認めてしまうと東京のど真ん中に、国境ができてしまったようなものだ。
地続きで隣国ができたなんてレベルじゃない。
首都のど真ん中に大軍事国家があるなんて、世界各地、長い歴史をみてもないだろう。
ローマだって、内部にあるのはバチカンくらいだ。マルタ騎士団は……領土がビル一個分だし、国民は国外に散らばってるから問題ない。
そして頑なに日本政府は侵略してきた帝国を、暴徒ということにしている。
国が攻めてきたのではない、あっちが帝国だと言っていてもそんなの知らんというスタンスだ。
たぶん……予想だけど、日本政府は門の向こう側を「今まで確認できていなかった日本国内」という解釈をする可能性がある。
新しい島が見つかった、そこに未承認の国家を自称する暴徒がいた。
こういう形に収める節がある。
このままだとバグロム王国とエルハザードの国々は、侵略してきた帝国と同様に、日本国内で国家ごっこをしていた集団という扱いを受けてしまう。
……ま、天皇陛下が国書を受け取ってくれたから、その可能性はだいぶ低いけどね。(バグロム王国を除くエルハザードの国々は除く)
ほんと、言い訳用にボク用とファラーシャ用の国書を、前もって書いておいた陣内は慧眼という他ないよ。
きっと陣内は自尊心から王様らしい振舞いをしたいだけで、王といったら親書だよなって気分でウキウキで書いたんだろうけど、その効果が絶大すぎてその子供っぽい動機を咎めることができない!
まあ、国籍離脱でなんとかなる範囲だし、ボクがおとーさんとおかーさんを説得すればいいだけだ。
巻き込まれるおにーちゃんは大変だろうけど……。ま、平気でしょ。
ここで、もう一つ、大切なことを思い出す。
「ああ、あとおとーさん。ひとつ頼みがあるんだ」
「なんだ?」
「おとーさんのツテで、金曜会に連絡がつく?」
当初の予定ではパラレルワールドで、星華と 世界が違う同一人物って設定でした。
再会を喜ぶ星華と両親を横目に、「彼女とボクが別人とわかりましたか?」と死んだ目でイフリーアが外務省官僚に言うシーンとか考えてたんですが……鬱クラッシュする手段がなかったのでやめました。
エルハザード組は、できるだけコメディ路線で行きたいので。
本来、未成年は単独で国籍離脱できません。親とかといっしょになります。
あと無国籍にもなれないので、基本イフリーアクタルは詰みです。
ですがゲートの世界でアメリカを巻き込むことになるので、とても危険。
なので本作品では、その手のリアル法律はちょっとみないことに
あ、陣内はたぶん普通失踪からそのまま失踪宣告されてると思います。
両親はどうかわかりませんが、あの菜々美ですから。