ボクは閉じていた目を開く。
空には地上を睥睨する神の目。
エルハザードの大地を
その片方の全てを治め、残る片方をも統べようとするバグロム帝国。
その帝国の中心。とてつもなく強大な要塞。その大広間に響き渡り、通路まで届く声で高らかに笑うヤツがいた。
「ぬ〜わぁはっはっはっはっは〜〜〜っ! まさかあの
ボクはここ20年でさんざん聞かされた高笑いに、まだ慣れないなぁと眉を顰めた。
高笑いの主、陣内克彦。
威厳を少しでも出すためか、似合わない細めのカイザー髭に痩身の男は、世界を二分するバグロム帝国の王だ。
元はボクと同じ日本の高校生で、20年ほどまえにこちら……異世界エルハザードへと転移してきた。
以来、彼はその能力を活かして、バグロムの軍師、将軍を歴任し、ついにはバグロムの女王ディーバにみそめられて王となった。
乱世への適応力に満ちたやつだ。
古代兵器イフリータとして封印されていたボクは彼によって起動させられ、支配されて使われる身である。
だけど、そんなに嫌でもない。
なんだかんだ、この姑息で尊大でちょっと抜けてる陣内とは気が合う。
陣内の方もボクを便利に使いながら、ある程度の友情を感じているようで、無碍にしてくることもない。
なによりボクが、もともと日本人であることを知っているからね、彼は。
尊重しながら扱いに困りつつ、古代人造人間兵器イフリータであるボクをこき使う。
あ、陣内の高笑いが終わった。
見計らったように、玉座に座るバグロムの女王ディーバが声をあげた。
「神の目を一時的とはいえ、起動させるとは……いったい、何者であろうな? あなた」
「う〜む。いくつか思い当たる点があるが……どれでもなさそうだ。とりあえずイフリーナを調査に向かわせている。まずは報告待ちだな。……それよりも問題は、我がバグロムの新築要塞だ!」
先エルハザード文明は、ボクのような殲滅兵器イフリータと共に、大地のすべてを破壊しかねない「神の目」と呼ばれる物体をつくり空に浮かべている。
常にエルハザードの大地を睥睨するこの天の遺跡は、破壊以外にも様々な能力を持ち、とても危険な存在である。
それが何者かによって起動させられ、バグロム要塞の一つを機能不全にさせた。
半分ほどが黒い門に覆われ、なんとこの門がボクらのいた日本へと繋がってしまったのだ。
「地上侵攻の計画が狂ってしまった! ええい、忌々しい! しかもあのくだらん世界と繋がるなどっぉ、まったくもってこの陣内、業腹だっ!」
現代日本を、下らぬつまらぬと切り捨てた陣内だが、繋がってしまったものは仕方ないというスタンスをとっている。
「どうする? 日本に侵攻する」
「……いや、冗談でもいうな。二正面作戦など愚の骨頂。なにより、日本などとくだらぬ場所を支配してもこの陣内様には、なんの達成感などない」
日本を厭うわけではないが、決別した陣内。
複雑だろうが、冷静な判断を下す。
と、そこに陣内とディーバ女王の一人娘、ファラーシャが駆け込んできた。
「父上! ニホンに繋がったというなら、このファラーシャ! お父様の夢を継いで、シノノメ高校の生徒会長を目指すため、門の向こうへ旅立つことをお許しください!」
「おお、我が娘よ。なんという親孝行な。なーっはっはっはっ! しかし、しばし待て」
「なにゆえ! 善は急げと父上は仰るではないですか」
昔の陣内であれば、怒鳴り散らしてこちらの意思に従えと言っただろう。
しかし、王として振る舞ううちに、そして愛娘から嫌われないように、やんわりと説得するという術を得ている。
「真面目な話、この私のいた時代からだいぶ時間が経っている。新築の要塞が半分ほどそちらにでっぱっているが、そこがどこの地下かもわからん。なにより、向こうでの資金がない。見ろ!」
陣内はそういって、懐からボロボロの財布を出し、中身を開いて見せた。
「380円! これでは牛丼の並一杯が精一杯だ!」
「ボクの時代だとそれも無理だよ」
「なぬ! そうなのか! インフレが進行したか!」
陣内が納得したけど、それまでデフレが長く続いたことは説明しなかった。
「ち、父上……。父上はあちらではそんなに困窮されていたのですか?」
「待て、待ていぃ。そうではない」
父、陣内の威厳が、財政面によって失われる。
「姫、ボクからも擁護するよ。キミのお父さんは、支配下に置いた人間たちの貨幣を統一するため、日本での高額な貨幣はサンプルに使って摩耗しちゃったんだ」
バグロム帝国は陣内を王と拝してから、さらに版図を広げている。
虫の延長上であるバグロムという種族は、力で制覇はできても、支配も統治もできない。
なのである程度、占領した人たちを統治に動員せねばならず、当然そうなるとバグロムにはない経済活動を継続させる必要がある。
せめて貨幣の統一と発行権は必要だと陣内は判断し、彼は泣きながら諭吉を始めとした三人の肖像画が描かれた紙幣を国家に提供し、それを参考としてバグロム紙幣を作り出した。
このバグロム紙幣。紙幣というより西郷札みたいな紙と織物のハイブリッド幣だが、地球の建築物にも勝る高度な資材を作り出すバグロムにかかれば、丈夫で水も火にも耐える薄い織物幣を作り出すことができる。
人間側は水原誠が残した技術で印刷こそできるが、バグロムの生態からの産物であるこの織物を用意できないため偽造なんてできない。
「そうなの。さすが父上ですわ。国家のために、大切な故郷の品を……」
「そうなのだ。ぬわ〜〜はっはっはっはっ」
ファラーシャはお小遣いの紙幣を繁々と眺めてから尊敬する父を称賛し、陣内はどうだと胸を張って高笑い。
「よし。イフリーアクタス。貴様を日本国への親善大使に任命し、同時に日本への偵察部隊の指揮を取れ。これは、もしもの時の親書だ」
「ええっ! ボクが? なんでぇ! あとこの親書って、あれでしょ? 偵察が失敗して見つかったら、これをだして実はボク大使なんですってごまかすためでしょ?」
「なぁ〜にを言っておるか! 日本に帰れるのは、貴様もであり、日本をよく知るのはこの私をのぞいたら、イフリーアクタス。貴様だけだ! しかも親書を渡され、その正しい意図を理解できる貴様だからこそ適任なのだ。こんなこと、タマやイフリーナにできると思うか?」
「そ、それはそうだけど」
「そもそも私は、あのくだらぬ世界へと戻るつもりなどなかったのだ。それをあいつが私の意志を継ぐなど言い出したから、仕方なく、仕方なくだなぁ〜!」
「はいはい、わかりましたよ。キミぃ、ほんとあの子には甘すぎなんですけどぉ〜」
「やっかましい! とっとと仕度をせんかぁっ!」
「人使い荒すぎぃ」
「じゃあ、ファラーシャ様。お先に行ってまいります。……あ、陛下、陛下」
一回、飛び上がり王宮の窓から外に出たけど、すぐに戻って陣内に声をかける。
「なんだ」
「お金ちょうだい」
380円。
それでも貴重な軍資金である。