「ただいまー」
「うむ、早かったな! どうだった? 報告せい」
偵察1日目を終えたボクは、バグロムの本拠地に飛んで帰った。
執務室の椅子に、あぐらをかいて座っている陣内に報告をする。
「すごいよ、ボク。ナンパ、3回されたよー」
「なんの報告をしておるぅっ!」
執務室のテーブルの天板を叩き、湯呑みが倒れてお茶がこぼれた。控えていたカツオが、ささっと片付けてささっと拭いてささっと二杯目をお出しする。
「えー、だって前は1日にナンパ3回もされることなんてなかったしー。よくて1回だったよ」
「くだらんこと言っとらんで、詳細を報告せんか!」
「はーい。とりあえず出現ポイントは、地下鉄大江戸線の築地市場駅のすぐ横のトンネル線路の壁だよ」
「築地市場駅? お、大江戸線んん〜?」
「ああ、陛下の時代にはなかったけど、今はそういう地下鉄があるんだよ」
持ち帰った東京観光の地図を出し、大江戸線のおおよその線とバグロム要塞出口出現場所を書き込む。
預かった軍資金が380円しかなかったので、残念ながらフリーペーパーの地図だ。
「ふむ。ということは時間が、私の主観と同期しているようだな。それで日本の状態は?」
「経済低迷で不況ってところ以外は平和だったよ」
「ぬわ~はっははは~っ! そうか。思った通りくだらんようだな。ぬにょーはははっ!」
「あと年号が変わったよ。平成から令和」
「……そうか。れいわ……。ほう、そう書くのか? 元号で令はなかったような……。ふむ、レイという言葉の響きは元号としてあまりなじみはないが、意味はおそらく正しく調和……か」
あの陣内が感慨深く、目を閉じている。
……………………?
あっ、まさか。
これ黙祷してない?
「なにか勘違いしているようだけど、先帝は上皇となられて、お隠れにはなってないからね」
「なぬっ! まずそれから言わんか!」
「ごめん、ごめん」
口には出してないけど、尊大な陣内も出身国の国家元首に敬意を払う心があったんだね。
「あと、ロシアがウクライナに侵攻して、首都への電撃作戦に失敗してそのまま数年ぐだぐだですごい損耗」
「なんて?」
陣内が素の反応を見せる。
これが他の国の戦争か、順当な結果だったら、「なぁんと愚かな! 私ならば数日で……いや、そんな愚行すら行わんわ! なぁ〜はっはっはっ」とか事後孔明するんだろうけど……。
あまりに意外すぎて、反応が面白かった。
「…………はっ! ぬわ〜はっはっはっ! ま、まあそんな遠い外国などどうでもよい。いや攻め側は隣国か。ええい、かまわん! 日本へファラーシャを送っても問題はなさそうだな?」
「うん。どうやって戸籍とか学歴を用意するかはまだ検討の余地ありだけど、デジタル化が進んでるからボクの力でなんとかできると思う」
「そうかそうか! ぬははっ! なんともいい具合ではないか!」
「ところで、そのファラーシャ姫は?」
「うむ。なにやら相談があると、マウジュのところへ出かけていったわ」
マウジュは水の神官に就いたばかりの女の子で、ファラーシャ姫の親友だ。
このマウジュ。先先代の水の神官ミーズと、日本から転移してきた
藤沢似の子で、ミーズのおっとりさを兼ね備え、まさに水の神官に相応しいといった女の子だ。
相談か……。
その時、ボクの脳裏に一つの可能性が浮かぶ。
マウジュの父親、藤沢は未だに日本とエルハザードを行き来してる。
日本の情報と、もしかしたら紙幣を手に入れようとしているのでは?
ボクはこの推測を陣内に伝えようとした、その時。
「ギガガガ」
バグロム兵が慌ただしく報告のため、執務室に飛び込んできた。
「ギガ、ギガギ、ギガギ、ギガガ」
「な、なんだとぉ! ファラーシャがぁっ! ファラーシャが黒い門に興味本位で入っていっただと?」
「え? マウジュのところへ行くんじゃ? どういうことなの?」
「ギーガギガガ」
「なにぃ? イフリーアが行って、無事帰ってきたなら安全だろうだと、要塞に行ったら、急に門が現れた? 大変だ! おい、マウジュのやつはどうした?」
「ギー? ギガガ」
「マウジュが急用で帰ったから冒険だ、だとーっ! 困る! 困るぞ! 困った、困ったぞー」
陣内は額に汗をかき、爪をかじりながら執務室をうろうろし始める。
「いくら日本が安全でも、道も知らんところへ行ったら迷子は確実だ!」
「迷子は大丈夫だと思うけどなぁ」
バグロムの女王ディーバと地球人の陣内の血を引くファラーシャは、両方の特性を余すことなく受け継いでいる。
視覚一つをとっても、人間のもつ距離感と物体の奥行きを正確に見て取れる両目の深視力能力と、額と頬の上に二つづつある複眼で、広い視野と素早い動きを捉えることができる。
触覚もあり、漂う自分のフェロモンを辿って戻ってくることも可能だ。
体力だってバグロムの中では標準に達してる。
「バカもん! 要塞は地下鉄の駅近くにつながっているのだろう? 地下鉄に限らず乗り物に乗ったら、一発でどこまでいくかわからん! フェロモン追跡など意味はないわぁっ!」
「あ、あー……そうか」
ファラーシャ姫が素直に徒歩で移動してくれるとは限らない。
目の前にくる電車を珍しいと思い、乗ってしまう可能性がある。
ただでさえ複雑な路線、多数の停車駅、どこで降りたか乗り換えたか、本人もこっちもわからない。
ボクの方が浅はかだった。
「まったく! タマはなにをやっていた!」
「うーん。タマはなぁ……」
タマとはバグロムでもっとも優れた戦士で、ファラーシャの護衛についている。
武器を使うのも珍しいバグロムで、双剣の達人なんだけどあくまで武人。
ファラーシャによく従うが、意見することもない従順な性格だ。
戦時の
「ええい! ファラーシャに! ファラーシャになにかあったらぁ〜〜! おい、イフリーア! すぐにファラーシャを連れ戻してこいっ!」
「ええ〜またぁ。しょうがないなぁ」
追加の残業。
こうして偵察任務は、たった1日で中止となった。
+ + + + + + + + +
慌てて蜻蛉返りして、黒い門を通過。
わがままなファラーシャには困ったものだ。
こんなことをするような子じゃなかったと思うけど……。
日本そのものは安全だけど、もしも日本とお付き合いすることとなったら政治的にはマズいよなぁ。
あとで陣内と一緒にお説教しないと。
長い通路の先、突き当たりの壁の穴の前に、バグロムでもっとも優れた戦士、タマの姿があった。
タマはバグロム王陣内から直接名前を賜った側近中の側近。
武器を扱う高い技術があり、日本刀の二刀流で戦う戦士だ。
そのタマが、びしっと待機状態でいる。
「タマ。お前、なにしてるの?」
「ギガ」
「置いて行かれたのか。まあ、しょうがないよね。でも、ニャーラがついていったなら平気か」
王族の体に巻きつき生体鎧となるニャーラは、ボクの放った一撃も一回くらい余裕で耐えられる性能がある。
日本で起きるような事件事故なら、万全といって間違いないだろう。
でも、迷子だけはダメだ。
大江戸線の接続駅で路線乗り換えしたら、どこまで行ってしまうかわからない。
警察に保護されたらされたで、事態がどう転ぶかわからない。
陣内とボクのせいで、日本語ができるのがこれまたマズい。
言葉が通じなければ、不法入国扱いくらいで捨て置かれるけど、バグロム王国がどうのと言い出したら収集がつかない。
日本との交流を諦めて、ファラーシャを回収後に門を封印する必要がある。
「じゃあ、タマ。なにかあったらすぐ合流できるように待機してて」
「ギガ」
タマを出入り口に潜ませ、ボクは地下鉄線路につながる壁の穴を潜った。
「半日ぶりの日本か。なんか慌ただしいなぁ」
昨日の昼下がりに黒い門を通過、夜の街を飛んで調べて一晩あかし、今日の朝に帰ってきたばかりなのに。
ちょっと仮眠しただけだから、まだだるい。
もっともイフリータとなったボクは、さほど睡眠は意味ないんだけど、精神的に嫌なんだよね。連続勤務って。
おっと、先に着替えておかないと。
ボクは変身するように着替えて、築地駅駅構内に忍び込んだ。
相変わらず人が多いけど、みんなスマホを見てたりして無関心。突然、ホームの端に現れたボクに気が付く人はいない。
……まあ、これがほぼ全裸みたいな普段の格好だったら、異常すぎて気が付くんだろうけど。
「じゃあ、ワカメ。ファラーシャ様がどこにいるか、辿って」
「キー」
ボクの胸元に隠れていた小型のバグロムに、ファラーシャのフェロモンをたどるように頼んだ。
ワカメはちょっと大きなゴk……G型のバグロムで、潜入捜査や追跡に秀でている。
小型のわりに知能も高く、生存性が高いので、陣内の文字通り懐刀だ。
ワカメの誘導に従うと、ファラーシャは地上へ向かったようだ。
地下鉄に乗って移動しなかったのはよかった。
ボクはまたも階段とエスカレーターを駆使して、地上へ出る。
改札にでも引っかかってくれてればよかったんだけど、どうにかして突破してしまったようだ。
ファラーシャ姫もこれで疲れて、そこで休んでないかなぁと期待したが、残念。
体力のあるファラーシャは止まることなく、そのまま新橋方面に行ってしまったようだ。
新橋方面に歩きながら、ワカメの追跡に従っていると、すぐにボクは大変なことに気がついた。
「ぐ、ぐるぐる回ってる」
迷子になってはいないようだけど、ファラーシャのフェロモンは真っ直ぐどこかに向かっている動きじゃない。
完全にあちこちに気を取られて、右左行ったりきたりという軌道を描いている。
「キーカ」
「そろそろ近いの?」
胸元のワカメが安心するような報告を上げてくれた。
どうもフェロモンの経過時間が短く、おそらくたった10分前のものだという。
急げばすぐに追いつくだろう……ああっ、信号に引っかかった!
長いんだよ、東京の大通りの信号!
飛んで行っちゃおうかなぁ……って、ダメか。大騒ぎになるな。
「キー? キカカ」
「どうしたの? ワカメ?」
胸元のワカメが何か異変に気がついた。
ワカメが触覚で指し示す先から、大勢の人がこちらへ駆けてくるのが見えた。
歩道も車道も関係ない。
なんだか、みんな必死だけど……。
首を傾げると同時に、現代日本にはありえない存在が見えた。
「え? なにあれ? ゴブリン?」
小さな体躯に、小型の武器。体毛はなく小さなツノ。
多少はアニメとゲームの知識があるので、それっぽいなと思う。
今のボクは一応、異世界の出身だけど、エルハザードにあんな存在はいない。
事態に気がついてない人たちは、映画か? と戸惑っている。
ボクもだ。
でも、次の瞬間、血の気が引いた。
仮称ゴブリンは、無骨ともいう大型ナイフ? ハチェットを手に、逃げ惑う人々に襲いかかっていた。
「っ!」
判断が遅れたボクは、ボクを呪う!
今の一瞬で、ボクは何人を救えた!
倒れる五人の人たちに、どう謝ればいいのか!
「このやろぉうっ!」
この血の匂いは本物だ!
痛みと叫びが伝わってくる。
考えてみたら、ボクというエルハザードの存在があるんだ。他の異世界がこの日本と繋がった可能性だってある!
倒れた人に止めを刺そうとハチェットを振り上げたゴブリンに向けて、ボクは衝撃波を放った。
汚らしい声をあげ、ゴブリンのようなやつが吹き飛ぶ。
低空飛行で逃げる人たちの上を飛び越え、残ったゴブリンたちを風の衝撃波で吹き飛ばし、バスの側面へ叩きつけた。
めり込んで動かなくなる。
「大丈夫?」
「うう……たすけて」
「大丈夫だよ。傷は浅い」
いやほんと。この人は皮のショルダーバッグを肩掛けしてたおかげで、ハチェットの刃が振り抜けなかったようだ。
ざっくりと背中をやられているが、なまくらだったせいか傷は広いが浅い。でも感染症が危ないな。
だがナイフで刺されたほうが……ダメか。
殺意を持って体当たりの平突きを背中に受け、内臓に刺されば甚大なダメージが及ぶ。
「なんてことだ」
ボクはスカートのお尻側に待機させていた連絡用のてんとう虫型の甲虫を取り出し、命令を下す。
「ハナザワ! タマと待機してる近衛に連絡! タマをこっちに来させろ。陛下にも連絡繋げ」
「キー!」
握り拳ほどの甲虫ハナザワは、まっすぐに築地駅方面へと向かっていく。
銀座三越へつながる北東方面から、このゴブリンたちの群衆がやってくる。
「道いっぱいに並べて平押しか……」
つまりこの方面は、もう……。
なんだってこんなことに。
でもボクは今、ここにいる。
「みんな! 怪我人を連れていって」
「し、しかし君は」
隠れていた人たちに声をかける。
棒を持った女の子ひとりが、この広い道を覆い尽くすゴブリン相手に何もできないと思って当然。
数体のゴブリンを倒した衝撃波も、ボクが起こしたものだと思ってないのだろう。
だから、ボクは異常は存在であることを見せつける。
「君も早く逃げ…………るんば?」
ボクの手を引こうとした青年の手を払いのけ、ゆっくりと宙に舞い上がる。
無意味だが威圧がでるように、周囲には旋風を起こし、ゴブリンの兵団へ向けて放つ。
風に押され、軍勢が少し動きを弱めた。
ボクに注目が集まったその時、ボクは日常的な制服という変身を解き放ち、いつもの恥ずかしい姿へと戻る。
「さあ、こい。エルハザードのイフリータの本気。このボクが1万年ぶりに奮ってやるよ」
言ってから思ったけど、イフリーナと姉さんのイフリータが本気を奮っているから、三番目だ、ボク。