ゲートの世界 エルハザード   作:大体三恵

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戦慄の軍団旗 ☆

「だ〜〜〜はっはっはっはっはっ! 圧倒的ではないか、我が軍は」

 

 陣内ことバグロム王は、輿に乗って調子にノッていた。

 

 事実、バグロムの進軍を、侵略軍は抑えることができななかった。

 バグロム兵は通常の人間より数倍の力を持ち、外骨格は下手な矢など受け付けないほど頑丈でありながら、素早く反射神経も高い。

 ゴブリンが何人かかっても一蹴し、巨躯のオーガを持ってしても体重で有利という程度。

 

 侵略軍の重装歩兵も、盾と密集陣形という有利さはあれど、あまり効果的ではない。

 身体能力が優ってるバグロムに正面から押されるし、槍を取られればあっという間に陣形が崩される。

 

 そして一兵卒それぞれが優っている状態で、バグロム側は指揮に忠実というアドバンテージが大きい。

 もちろん敵の統制も素晴らしいものがあるけど、バグロムのように完璧とは言えない。

 

 なによりバグロム王の繰り出す作戦が狡い。

 

 侵略者もバグロムも、下水道や埋設電気地下道などがあることを知らない。

 

 一方で、かつてこの世界にいた陣内は、それらがそこらにあることを知っている。

 しかもバグロム兵は人間が通れないような狭い通路でも、引っかからず通行することができる。蟻なのだから、むしろ筒の中は普段の道路といっていい。

 

 迷路のようになっていても、陣内の地上の目と彼らの穴蔵生活数万年の蓄積があって、正確に目的のマンホール出口へ辿り着く。

 

 そこから躍り出た少数のバグロム兵が、侵略者の背中や側面を撃つ。

 

 少しくらい隊列が崩れても、意に介さずすぐ隊列を修復する勇壮勇猛な侵略軍も、このハラスメント攻撃には動揺を隠せない。

 

 地面に丸い蓋があると、進軍が止まったり、明らかに動揺する兵が出てきた。

 

『やつが指揮官だ! あのうるさい指揮官を狙え!』

 

 敵とて無能ではない。やたら目立つ陣内へ向け、矢を大量に放つ。

 しかし、控えていた股肱の臣。バグロム兵の中でも特に陣内と気の合うカツオの手によって払われ、矢は全て防がれてしまう。

 

「だーはっはっはっははっ! よくやったぞ、カツオ」

 

 カツオの防御を崩すことは難しい。

 そもそも矢が通じないので、払うだけでなくただ前に立つだけで十分だった。

 

 侵略軍の指揮官は、矢による攻撃は足止めにもならないと弓兵を下がらせる。

 

『飛龍部隊はどうした!』

 

 指揮官は偵察と援護にまわっていたワイバーンを見上げた。

 頼もしいはずのワイバーンは、空の上で対峙する存在の周囲を高速でまわっていた。

 一見、包囲しているようにも見えたが──。

 

「いやーーっ! だめーっ! こっちへ来ないでくださーい!」

 

 上空のワイバーンは、可愛らしい少女イフリーナの引き起こす風に巻き込まれ、ぐるぐると宙で弄ばれるばかりだった。

 

 地上でそれを見上げる指揮官は、指揮の手を止めて呆然とするしかなかった。

 

『な、なんと! あれほどの魔法使いがいるとは』

 

 指揮官は蛮族と侮る地で、見たこともない力をいくつも目撃した。

 放水車を水魔法と思い、催涙弾を燻煙魔法と思い、警官の拳銃発砲を一般的な攻撃魔法と捉えていた。

 

 それらを凌駕する威力の魔法が、頭上で放たれ、空の目と通達と攻撃の頼みの綱であるワイバーンが、風に弄ばれるボロキレのように翻弄されていた。

 なお、彼女が本気を出せば、人間どころかワイバーンなど地平の彼方に吹き飛ばせるのだが、そんなことをしたら銀座は壊滅する。

 

『ひ、退け! 一旦、進路を変えるのだ! このままでは全滅する!』

 

 撤退を一時撤退のように言い、亜人の兵を捨て駒に残して歩兵たちは引き下がっていく。

 

「どわーっはっはっはっ! いかん、いかんぞ。ここで撤退は。まあ、むっふっふ……狙い通りだがなぁ。わはっ! わはっ! ぬわーっはっはっはっはっはっ!」

 

 現在、皇居へ向けて侵略軍は主力を向けている。西に伸びた軍の脇腹に、味方の部隊が撤退してきた場合どうなるか?

 怪我人の受け入れ、撤退させた未知の軍勢への備えと、情報収集。側面を守るべきかの問合せが、上に行く可能性もある。

 進軍が止まることは間違いない。

 

 

 東京のビル群は、近代以前の戦場に例えるならば脇道の多い深い谷のようなものだ。

 自然と長い隊列、長蛇の陣となる。

 長蛇の陣は、先陣、中陣、後陣が足並みが揃わないと、あっという間に先陣が瓦解する。見た目単純で、ありきたりだが、実のところ繊細なのだ。

 

 彼らの最適解は、損耗を覚悟で被害を抑えながら、ジリジリと撤退して陣内たちを釘付けにすることだ。 

 しっぽを巻いて逃げるということは、敵の部隊をフリーハンドにするという意味である。

 しかし知らぬ土地、知らぬ敵、そしてイレギュラー中のイレギュラーを相手にして、それを求めるのは酷である、

 

 ワイバーンを遠心力だけで、バラバラに引き裂いてしまったイフリーナが、そんなことをしたとは思えない弱々しい様子で、陣内の輿に着陸した。

 

「ふわ~。見たこともない大きなトカゲさん。怖かったですー」

「イフリーナ」

「は、はーい」

 

 憔悴しているが疲れてはいないイフリーナの様子を見抜き、陣内は次の指令を与える。

 

「貴様はやつらが撤退した先に行き、敵兵力が集まっているところに軽く、かーるくでいいぞ。一撃を与えてこい」

「やー。怖いんです〜」

「破壊兵器イフリータがなにを言っている」

「だ、だって、やりすぎたら殺しすぎちゃうますよ〜」

 

 陣内のツッコミに対し、イフリーナの心配は別の点にあった。

 

 イフリーナはちょっと抜けているが、能力は破格。以前は頼りなかったが、20年間、陣内の下でイフリーアクタスと働いているうちに、指揮下であれば十分に働けるようになっている。

 しかし、性格だけは変わらず、優しいというより気が小さいところは直ってなかった。

 

「だ〜か〜ら。殺さんでもいいんだ。軽く一撃と言っただろう!」

「軽く? 軽くって〜?」

 

「敵の兵士がいっぱい転んで、膝を擦りむいてイタタ〜ってなるくらいだ」

 

「あ、それなら大丈夫です〜。行ってきます!」

 

 具体的な手加減のほどを説明され、納得安心したイフリーナは飛んで行った。

 

「まったく。イフリーアクタスならば、この辺、すぐに察してくれるというのに……。まあいい。全軍、側面の防衛に出た部隊をこのまま叩くぞ」

 

 バグロム兵たちは隊列をすぐさま整え、イフリーナが一撃加えた敵に時間差で攻撃を仕掛けるため進軍を開始する。

 

「ぬははははっ! しかしなんだな。このつまらないと思っていた東京の風景の中、バグロムの精鋭たちを行進させるのも、なかなかにオツなものだっ! ぬわぁ〜っはっはっはっぁ〜!」

 

 バグロムがいかに強くても、本隊に突撃できるほど無謀ではない。

 だが、連戦に耐えられるバグロムは、終わらないハラスメント攻撃に最適だ。

 

 高笑いする陣内の肩に、大型の蜂のようなバグロムが止まった。

 蜂型バグロムは、その大きさから野外の偵察に最適である。

 

「なに? ふむ、そうか。城壁……扉のない城門? ああ、高架橋とガード下か。そこに透明の盾を持った人間? そうか。あちらに苦戦している警官隊がいるようだ。どれ。予定を変更して、ひとつ挨拶にいこうではないか! ぬわーはっはっはっはぁっ!」

 

 イフリーナが一撃与えた迎撃部隊は、再度の襲撃を恐れてその場に釘付けになるか、場所を下げるかするだろう。足止めはできている。

 日本社会に慣れていないバグロム兵の断片的な情報から、的確に状況を把握する陣内は、一糸乱れぬ兵団を指揮して進む。

 

 + + + + + + + + +

 

 一方、日本の警視庁機動隊は逼迫していた。

 機動隊一部隊を任され、国会通りに通じるガード下を守る指揮をしていた巡査部長坂田は、憔悴しきっている。

 

「催涙弾! 3つだけ撃て!」

 

 もう残弾が心許ない。当初より数を減らして撃っていることは、暴徒と思えない軍団にバレているだろう。

 

「放水! 30秒だけ放て!」

 

 虎の子の放水車も、そろそろ水の残量が怪しい。

 放水は撃つ時だけでなく、消火栓から補充するときも警察本部長に報告しないといけないのだが、そんなことも言ってられない。

 

「ここを抜かれたら帝国ホテル、そして霞ヶ関まで一直線だ! なんとしても押し返すぞ!」

 

 機動隊は殺傷能力の低い装備だが、近接武器で武装した相手には最適化されている。過去の左翼、学生運動への対策が今でも連綿と繋がっているからだ。

 

 幸い、これが暴徒、いや侵略軍対策へ合致した。

 

 ゴブリンなどの数に任せるが連携のない散発的な敵は、機動隊の盾と警棒でも対処できた。むしろもっとも組みやすかった相手だ。

 巨人(トロール)は催涙弾と放水で対処。

 催涙弾を受けた巨人は周囲のゴブリンを巻き込んで倒れたり、混乱して殴り殺してたりしていた。

 

 ゴブリンとトロールたちを退けたと思った時、催涙ガスの煙が晴れた向こうから現れた存在を見て機動隊に緊張が走る。 

 次に現れた重装歩兵には……、対応できるが限度がある。

 分類するならば、互いに兵科が合致した。合致しすぎていた。

 

「お、おい! 槍だぞ」

「それより、人間だ。あれ、人間じゃないか?」

 

 怪物を相手にするストレスとは違う人間を相手にするというストレス。

 機動隊はいつも人間相手にしているが、殺し合いで相対するストレスはまったくの別物だ。

 

 しかも、打ち鳴らされる音に合わせて整然と足並みを揃えて行進する様は、警官達に畏怖を抱かせる。

 

「やつら、練度がこちらより……」

 

 上かもしれないという言葉は飲み込んだ。

 長く左翼運動と衝突してなかった機動隊は、訓練は十分であっても実戦からは長く離れていた。

 対して相手の重装歩兵は、まさに古強者(ベテラン)の気配を放っていた。

 まるで全盛期の先輩たちを見るようだと、機動隊指揮官坂田は思った。

 

 打ち鳴らされる音の色が変わる。敵の行進が止まる。

 隊列の前方で、槍を構える兵達。

 

 前列の兵たちが、警官隊たちに向けて槍を投げた。

 

 咄嗟に、指揮官坂田は叫んだ。

 

「放水!」

 

 こことは別の場所で対応していた機動隊は、ローマ兵がまず槍を投げると知っていた。

 坂田は気が付かなかったが、槍が投げられた瞬間に正しく命令を下した。

 

 警視庁の機動隊は、学生運動時代の対策で、火炎瓶を宙で叩き落とす訓練を行なっている。

 火を消すことはできないが、水圧で落とすことができるからだ。

 放水という命令だけで、放水車担当はその訓練の成果が咄嗟に出た。

 

 投げられた槍に向け、右から左に放水流し撃ちをし、槍の大部分を叩き落とした。

 

 続く放水を抜けた槍は……

 

「頭上、盾!」

 

 機動隊員も、頭上からくる火炎瓶やレンガ、石などの対策をしていた。

 なんとかしのぎ切る。

 

 機動隊の動きが完全に止まっていたころ、敵重装歩兵は槍を投げた兵と後方の兵が入れ替わり、進軍を始めた。

 警官たちは投げ槍を受け、隊列がやや乱れている。

 そこを狙われた形だ。

 

 だが機動隊もさる者。

 号令一下、隊列を持ち直し、ぎりぎり第一波の攻撃を受け止める。

 

 ほぼ同じ戦闘スタイルで、放水車と催涙弾のある機動隊が短期的に有利。

 実戦経験があり、味方の死をすぐ補える兵力では侵略軍が勝る。

 

 槍で牽制され、近づかれると短剣(グラディウス)で足元を狙われる。

 足を取られ、体勢が崩れれば、首を狙われる。

 

 少ないが、じわじわと機動隊に犠牲者が出始めた。

 

 長期戦では全滅する。そんな光景が指揮官坂田の脳裏に浮かんだ時──。

 

「放水! 持ってあと連続3分間です」

 

 限界だ。

 守るために使えるほどではない。

 催涙弾も心許ない。

 放水の残量が残っているうちに撤退すべきだと、指揮官坂田は結論を出す。

 

 撤退の許可を取るため、無線に手をかけた時。

 

 暴徒の重装歩兵の陣形が左右から崩れた。

 鉄の盾など何するものぞと、人間の身の丈を越える大きい虫が遅いかかり、のしかかり、敵歩兵を蹂躙していく。

 

 重装歩兵は前面と上に向けて槍を突き出しているため、真正面へは無類の攻撃力と防御力を誇る。

 一方で横は比較的弱い。比較的だ。

 それでも盾を構えて並ぶ歩兵は強靭であり、騎兵か大砲でもないと崩せない。

 

 だが、大きな虫たちは、圧倒的な膂力と防御の薄い足元に這って迫るという戦術で、これを蹂躙していく。

 

「な、なんだ? 仲間割れか?」

 

 機動隊は常識的な判断をした。

 異形の存在を使役してくる敵が、異形の存在に裏切られたように見えたのだ。

 

 しかし、つぎに現れた存在を見て、機動隊はゴブリンや飛龍を見た時より困惑した。

 

「おー、これはこれは日本の機動隊諸君! この偉大なる叡智を携えたバグロムの王、陣内克彦がきたからにはもぉう安心だ! 怪我人を収容して退がるがいい。わ〜〜〜はっはっはっはっはっはっ!」

 

 どこか滑稽な虫たちが輿(こし)を担ぎ、その上で高笑いをする若い日本人。

 若さが残る顔には似合わないカイザーヒゲなど、まるでつけ髭のようだ。

 

 損耗した機動隊は気が立っていた。

 だからこそ逆に、毒気を抜かれた。

 異様な虫の兵団から、敵意が全く感じられない。いや、好意も感じられない。

 

 まるでロボットだ。

 

 反して、その虫の兵士たちの輿に乗った日本人…………日本人? は機動隊を脱力させ、困惑させ、神経を逆なでする。

 

「け、警告する! ただちに武装解除して止まりなさい」

 

「ほう。バグロムの王、陣内克彦に止まれというか? いいだろう。止まってやろう!」

 

 陣内という男が、芝居がかったように、小さく手を上げてかざす。

 途端、瓦解して逃げる重装歩兵を追いかけていた虫の軍団たちが立ち止まり、一糸乱れぬ動きで陣内という男の輿の周囲に集まる。

 6足歩行から立ち上がるタイミングも同じ。左右の足の動きも同期している。並ぶ順番が揃っているのは当然で、中心から波状に気持ちいいくらい揃って踵を返し、敬礼をしつつ前を向いていく。

 

 その光景は、先ほどまでの重装歩兵などより、自分たち機動隊などより、運動家や暴力団と対峙した時代の洗練された機動隊より、速く、完璧で、精悍で、隙がなく、無機的で、平均化されていて、なにより不気味なほど心が感じられなかった。

 

 それは機動隊の誰もが惚れ惚れする隊列だった。

 

 訓練度や実戦度がどうのというレベルではない。

 世界の警察が、軍が、指揮官が、兵が、目指して止まないパーフェクトソルジャーの一団が、機動隊の前に立ちはだかった。

 指揮官坂田は、より強大な相手を前にしてしまったと膝が震え始めた。

 

「……! ふ、ふは、ふはーっはっはっはっはっぁっ!」

 

 陣内という男の視線が指揮官坂田の震えを捉え、愉快そうに高笑いを始めた。

 

 屈辱とともに、憧れも湧いた。

 こんな精強な部下を率いることができたら、自分もどれほど気が高揚するか。

 

 幸いゴブリンや重装歩兵と違って、話が通じそうだ。いや、そもそも日本語が通じるだけで、だいぶ気が楽だ。

 指揮官坂田は、なけなしの自尊心を杖にして背筋を伸ばし、マイクを持って問いかける。

 放水車の拡声器から、坂田の声が飛ぶ。

 

「こちらは警視庁警備部第11機動隊、坂田晋警部だ! そちらの所属、氏名を伺いたい」

 

「そうか。紹介ありがとう。私はかつて、この日本、東雲高校にて生徒会長をしていた陣内克彦だ」

 

「さきほど、王と言ったが」

 

「ああ、私は彼らバグロムの王として、エルハザードを統べる支配者。偉大なる頭脳を持った征服王だ」

 

「征服、し、支配! きさまが軍勢を率いてきたのか!」

 

 陣内の発言に、機動隊から緊張が走る。

 

「おおっと。勘違いするな。こんなくだらん日本になど興味はない。銀座をあのようにした軍勢に心当たりはないし、私はなんら関与していないと誓おう。わーっはっはっはっ! このバグロムの王が誓うのだ。徒らなぬ公務員の諸君よ! 安心したまえ!」

 

 頭おかしいのか、と機動隊の何人かが思った。

 しかし、次に登場した存在によって、その考えが吹き飛ぶ。

 

「陛下、陛下ー。ちょっと偉そうな指揮官、捕まえたよー」

 

 空飛ぶ痴女……。

 ほぼ全裸で、大きな機械的杖を持った少女が、ローマ将軍のような格好した男の足首を持ち、片手にぶら下げて飛んできた。

 

 あっちの頭がおかしいのではなく、こっちの頭がおかしくなったのか?

 機動隊はぽかんと空飛ぶ少女を見送り、少女は陣内と名乗る男が乗る輿の上に舞い降りた。

 

「おお、イフリーアクタス。避難民はどうした?」

「皇居まで案内したよ。そのままボクに預けられた兵は、日比谷公園に待機させてる」

「うむ、よし。指示してなかったのに、的確だな。わーはっはっはっ! で、そのボロキレみたいのは?」

「で、帰り道、迂回したら偉そうなやつが馬の上から指揮してたから、捕まえた」

 

 なにか聞き慣れる外国語を喚く豪奢なマントを纏う将軍らしき男が、必死に空飛ぶ痴女に向かって喚き、機動隊へおそらく暴言などを放っている。

 

「何語なんだ?」

「うーん。ラテン語っぽいけど、発音がぜんぜん違うんだよね」

 

「お前の能力でなんとかならんか?」

「潰してかまわないなら」

 

 イフリーアクタスと名乗る少女の答えを聞いた陣内は、顎を撫でて考える。

 ちらりと機動隊を見て──。

 

「潰すのは後にするか」

 

 と呟く。

 そして咳払いをして、よく通り拡声器にも負けぬ大声で宣言する。

 

「あー、機動隊諸君。説明してもわからんだろう。しかし、上に一報を入れてくれ。我々バグロムは敵ではない。統制しているものは日本人で、この暴徒たちの行動を阻止していると」

 

 できるか! 余計に本部が混乱するわ!

 機動隊の誰もが思った。

 

 坂田は心の中で毒つく。

 

 バケモノの軍団とバケモノの軍団。

 一方のバケモノが味方で、一方が敵のバケモノ。

 そんな報告をあげれば、指揮所も現場も混乱する。

 敵がまず明確に分かってない上に、別勢力などでてきたらどっちが敵がわからなくなって当然だ。

 神の目でも持ってすれば…………。

 

「ぬははっはーっ! 安心せい! 判別がつかんだろうから、何か旗を……うむ。日の丸を掲げる手という手もあったのだ」

 

 銀座では各通りで国旗を掲揚する風習が強く残っている。年末年始はもちろん、祝日やゴールデンウィーク。そして8月の最中もだ。

 イフリーアはバグロム王の国旗利用を聞いて、顔を(しか)めた。

 

「えー。普通、外国の軍隊が、その土地の国旗を下ろして取るって侵略行為そのものなんだけど」

 

「その通り。所属不明の軍団に、日本国の国旗をはためかされては警察も自衛隊も、善良な市民も業腹だろうし、なにより偽旗作戦かと思われる。だが、しかし!」

 

「だがしかし?」

 

「天才陣内様は、さらなる作戦を私は思いついたのだ! 見ろ! ぬわーっはっはっはっはっ!」

 

 陣内の号令の元、どこから取り出したのかバグロム兵たちが一斉に旗を、幟旗(のぼりばた)を掲げた。

 それは!

 

『ら〜めん』

  『ラーメン』

『冷やし中華 はじめました』

    『秘伝 みそら〜めん』

 『つけ麺』

『復活!女王ラーメン』

 

 多種多彩なラーメン屋ののぼり旗。

 それらを掲げる異形の兵たち。

 

「見ろ! 街のそこらじゅうにある統一性……は、ないな。一貫性のある旗の数々! 本数は十分! 侵略軍には理解できないが、日本人ならば皆、判別できる旗だ! ぬわ〜はっはっはっ!」

 

「……陛下、ほんと……ガチで、頭、その……すごいね」

 

 日本の街中ならば、どこでも同じような旗が道端から大量に集められるという意味で、まったく隙のないアイデアだ。

 イフリーアの忌憚のない意見は、オブラートに包まれた物ではなく、戸惑いによる言葉少なであった。

 

「そうだろう、そうだろう? こんなことを思いつくなど、この陣内、天才であろう! どぅわ〜〜〜はっはっはっ!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ラーメン幟旗による一撃で、機動隊に怒っていいのか笑っていいのか、得も言われぬ緊張が走ったその時、機動隊とバグロム兵団の間に影が落ちて通過していった。

 

 ワイバーンによる偵察だろうか。

 大きく弧を描き一旦遠ざかり、こっちの様子を伺っている。

 

 陣内は忌まわしいと、そのワイバーンを睨み──

 

「落とせ」

「ラジャった」

 

 短く命令し、痴女姿の少女が軽く従った。

 

 痴女姿の少女がステップを踏みながら、長い棒……(ゼンマイ)を遠くのワイバーンへ向けて突きつけた。

 杖の先から収束する光が瞬き、轟音を放って光の槍が撃ち放たれた。

 

 光の速さの槍に撃ち抜かれたワイバーンは、影も形も残らないほど弾け飛び、乗っていた兵士は真っ逆さまに落ちていった。

 

「へっ、きたねぇ〜花火だぜ」

「…………イフリーア。よせ」

「なに? 陛下? そこで『見ろ、人がゴミのようだ』とか言わないの?」

「みくびるな、イフリーアよ。このバグロム王! 敵国、敵将が慮外者の侵略者で、いかに愚かであろうと、戦いに殉じた将兵たちをゴミなどとは決して言わん! ましてや、『あえて言おう!クズである!』などともってのほか!」

 

 どう聞いても悪役のセリフ。

 どう聞いても悪逆非道な印象。

 そんなアニメのセリフを言った痴女に対し、諌めるため別のアニメのセリフを使った自称バグロム王。

 

「う、ご、ごめんね」

「まあいい、これから気をつけろ。大量破壊攻撃を行う時など、バルスとかいうなよ」

「はーい」

 

 イフリーアはしゅんとしながらも、素直に陣内のお叱りを受けて返事をした。

 

「どぅわーはっはっはっ! では機動隊諸君、先ほどの協力の提案、どうだ?」

 

「……え?」

 

 陣内の提案を聞き、困惑する機動隊隊員たち。

 

「判断が遅い!」

 

 今度は悪役ではないが、厳しく優しいキャラクターのセリフ。

 

 機動隊は日本人。

 全てとは言わないが、ほぼ全員が大体を悟る。

 

(こいつら、絶対日本人だ!)

 

「け、警部! これ、絶対、あれですよ」

 

 要を得ないふわっとした機動隊部下の提言。

 だが指揮官坂田は、「そのとおりだ、ちくしょう」と罵りながらも、このラーメン旗掲揚作戦を受け入れた。

 

「ラーメン屋の旗は味方! らーめん屋ののぼりを掲げる異形の軍団は味方だ。繰り返す、ラーメンは味方だ!」

 

 通信機を取り、本部へ報告を端的に繰り返す坂田警部。

 今頃、本庁本部の通信係と本部長は「( ゚Д゚)ハァ?」となっていることだろう。

 

「よろしい! では行くぞ! 我が精鋭たちよ!」

 

 陣内は意識してなかったが、その号令は風雲なビートの人の城を攻める指揮官を想起させた。

 号令一下、バグロム兵たちはラーメンの旗をはためかせ、見事な行進を披露して進軍を開始した。

 機動隊はこれを呆然と見送る。

 助かったという安堵感より、ラーメンバグロム兵に唖然としていた。

 

 進撃するラーメンの旗をはためかせるバグロム軍。

 陣内側近バグロム兵のカツオが、ふわふわ浮かぶイフリーアのお尻を突く。

 

「きゃっ! ん? なにカツオ?」

「ギガ、ギガ」

 

 バグロム兵は性的にイフリーアや人間体のことをどうとも思っていない。ちょうどいい高さだったから、お尻とつついて呼んだのだ。

 カツオはラーメンの幟旗(のぼりばた)を、イフリーアに差し出す。

 

「え? 持てって? これを?」

「ギギ」

 

「え? マジ? え? ……ガチで? うそーっ!」

 

 半裸でも平気で空飛ぶイフリーアだったが、ラーメンの幟旗を掲げて飛ぶことは恥ずかしかった。




配慮ある普通の人「味方だとわかるようにアピールしないと!でももう別の国のトップになってるし、日の丸つかうと問題になるな……やめておこう」
唯我独尊陣内「そこでドン!(ラーメンのぼり旗!)
イフリーア「わかるけど! すごいけど! よく思いついたと思うけど! おばかぁっ!」(半裸でラーメンのぼり旗を掲げながら)

なかなかエルハザードらしいエピソードが出来たと思います。
悪役にありきたりの卑怯な作戦だけでなく、凡人からしたら馬鹿馬鹿しいけど、やられる側からしたら心胆寒からしめることを思いつき、実行するその才覚には驚かされます。特にテレビ版。

陣内を越える馬鹿馬鹿しいけど、成功したらシャレになんない作戦を考えつくのは クロダコブラザーズくらいしか作者は知りません…え? クロダコブラザーズを知らない?そんなぁ…。


作者は晴海通りにあったころの女王ラーメンしか知らないのですが、移転先では閉店してしまったのですね。残念です。

陣内が鬼滅を知っているわけがないので、素で「判断が遅い!」と言ってるだけです。
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