「皇居内に避難する許可が降りた! 慌てずに整列して進んでくれっ!」
門の前で皇宮警護官と交渉していた伊丹が戻ってきて、避難民たちにそう告げた。
「ファラーシャ。ちょっと待ってて」
「わかったわ」
葵ナオトはファラーシャに一言告げて、その場を離れると避難民に道を開けた伊丹に声をかける。
「おじさん、おじさん」
「誰がおじさんだ。伊丹お兄さんと呼べ!」
「伊丹おじさん!」
「心はガラスだぞ、割れるぞ、傷つくぞ!」
軽いコントのあと、ナオトは改めて自己紹介する。
「え? 僕のこと知らんのですか? 僕です、葵ナオトです」
「葵……まさか梨沙の……いや、弟はいなかったはずだが」
ナオトの顔を眺めつつ、妻である梨沙の面影がないようなあるような、と伊丹が思案顔をする。
「僕はその梨沙さんのいとこです」
「あー……そうか。たしかにそうなると俺はおじさんか。となると、あの時、結婚式にいた小学生!」
「そうです。その小学生です」
「いやー、大きくなったな! すまん、変わっててわからんかった」
「僕もすぐに気がつかず、すみません」
お互い、結婚式以来会っていないのだ。無理も無い。
打ち解けたところで、ナオトは疑問を伝える。
「あの、ファラーシャのことなんですが」
「おお、お前の彼女な」
「違います! いえ、そのファラーシャのことなんですけど、ここ入れるんですか?」
「あー、うん。どうなんだろう。あの虫の親分みたいのと一緒にしれーっと、紛れていけば大丈夫なんじゃない?」
無責任なことを言い出す伊丹。
「いかんでしょ。ファラーシャだけならともかく、供の人たち、とくにあの赤い侍みたいの刀もってますよ」
「それ言ったら俺も敵から奪った剣を持ってるけどな。さっき隠しておけと警官からも言われたが……」
不安に思っているナオトに対し、伊丹は終始なんとかなるという態度だ。
「しかし、彼女もいれんわけにはいかんだろ? なら押し通して入ってから考えるまでさ」
「だから、まず押し通せなかった場合を……」
「ナオト、案ずるな!」
避難民の集団が順次、皇居へと入って行き、やや流れが落ち着いてきたところでファラーシャそう言い放つ。
「もとよりこのファラーシャ。こそこそと紛れて入るつもりはない!」
「え? それじゃあ……」
ナオトはまさか皇居内へ、避難しないのか? そう問いかけようとした時。
ファラーシャは何を思ったか、人が途切れた橋の上を、バグロム兵6体を従えてまっすぐ整然と行進し始めた。
「なんだ、君たちは! 君たちが! この騒動を起こしたのか!」
警護官たちが一斉に飛び出してくる。
避難民に紛れていた異形。
皇宮警護官たちは、銀座で怪物が暴れていると伝え聞いている。
ファラーシャは見た目こそ女の子だが、他の者たちは完全に人間ではない。
警護官たちが警戒するのも当然だ。
ファラーシャが橋の中頃で止まると、タマと5体のバグロム兵が駆け寄り、その周囲を固めた。
一瞬、緊張が走る。
その時、タマが鞘に収めた刀を、儀礼的に眼前で立ててかざし、裏表を見せるかのような所作を見せる。
そしてうやうやしく両手で横に携え、低い姿勢となってすり足で警護官の前までいき差し出した。
警護官は剣道の経験者であり、それがどこかの流派での刀を預ける所作であることを知っていた。そのため静かにタマの接近を許してしまった。
警護官が恐る恐るその刀を取ると、タマは二歩ほど引き下がり、他のバグロム兵と一斉にひざまづく。
その光景は、ファラーシャに従えるまさに騎士たち。
中央にいるファラーシャは、ただの女の子ならざる気配を放つ。
「我が名はバグロム王国第一王女 陣内ファラーシャ! ここにバグロム王からの親書を携え、日本国へ参った!」
書簡をかざし、警護官たちに突きつける。
これが普通の警察官であれば、何様だと思ったことだろう。
しかし、儀典を一通り叩き込まれている警護官はそうではない。
すぐさま直立傾注し、立つ位置をそっと変えた。
ファラーシャから見てまっすぐ先は、陛下の住まう御所。
警護官たちは、陛下とファラーシャの間を遮らぬように配慮したのだ。
これにより、儀典の上では直接対峙しているも同然という場となった。仮に間に避難民たちがいたとしても、だ。
その避難民たちも安心していたところで、この騒動である。
何事だと見るだけでなく、何か始まると直感して、スマートフォンのカメラを構える者も多かった。
ファラーシャは親書をうやうやしく開くと大きく息を吸い、声高らかに宣言する。
「神秘の地より、日いずる国の国主へ。
神の御加護のもと、陛下におかれましては、御身体健やかに、また御統治下の国土と人民が平穏と繁栄を享受されておられることと、余は深甚なる満足をもって拝察いたします。
まずはこのたびは意図せぬ偶発的な接触による非礼をお詫びするとともに、貴国のご拝察を願いもとみいたします。
余は、両国の間に未だ正式なる外交関係の結ばれておらざる現状に鑑み、しかれどもこの偶発的接触を、陛下の高明なる御判断にお訴え申し上げるべく、本書を認める次第にございます。
余の治めるバグロム王国は、両国の主権と尊厳を相互に尊重し、条約と誠信とによって秩序ある国際関係を構築、これを維持することを基本原則と考えております。
余は、陛下の御国においてもまた、同様の高邁なる制度と国民の精神が国政を導いておられるものと、固く信じて疑いません。
かかる信念のもと、余は、両国間において率直かつ慎重なる意見交換を開始することが、将来における相互理解と善隣の基礎を築く端緒となり得るものと考え、ここに余の信任厚き特命使節、陣内ファラーシャを、陛下の御前に差し向けることといたしました。
同使節には、余の意思を余すところなく伝達し、また陛下ならびに貴政府の御見解を謹んで承る権限を与えております。何卒、同使節に対し、陛下の御厚情と御配慮を賜りますよう、切にお願い申し上げます。
余は、陛下の御健康と御長久、ならびに日本国の安寧と繁栄が、永く神の恩寵のもとに保たれますことを、心より祈念しつつ、本書を終えるものであります。
余はここに、陛下に対し、余の最も高き敬意と変わらぬ友誼の情を表します。
バグロム王国国王
陣内克彦
以上! バグロム王国第一王女、陣内ファラーシャの代言である」
ファラーシャは一気に親書を読み上げると、親書を裏返す。そしてその文面が誰からも見えるように、そして一字一句間違いでないことを示すように、左右に翳しててから丸め、目の前にいた皇宮警護官へ手渡した。
「陛下にお代わりして、拝受いたします」
イレギュラーなことであるにも関わらず、警護官は儀典に則ってそれを受け取った。
「ついで、このバグロム王国第一王女ファラーシャが宣言する。今現在、この地で悪逆極まりない所業を繰り返す一団とは、一切関わりがないことをここに表明する。また同時に、その勢力がいかなるも知りえぬが、その経緯にいくばくかの心当たりある。それを貴国、貴殿らにお伝えしたい」
ファラーシャのその宣言が終わると、避難民たちがわっと声をあげた。
一緒に逃げてきたからこそ知っている。
バグロムという虫の兵隊は敵ではないと。
そして心のどこかで、心が通じない相手ではないかと恐れていた。
宣言の内容などわからないが、こんな立派なことを高らかに言うんだから、きっと話が通じる相手なんだろう。そんなイメージを与える。
これを近くで聞いていた伊丹は、気をつけの体勢を解くと、いつもの抜けた態度で頭を掻き出す。
「ほえ〜。君主親書かよ。西洋史のコマとった時、教授からの無駄話で聞いたなぁ」
「よく無駄話を覚えてましたね」
呆れるナオト。
「形式的にこれ、そちらの判断にまかすって投げ方だぞ。言質与えない上に、しっかりとこっちにボールを投げてる」
「そうなんですか?」
伊丹の意見を聞き、ナオトは首を捻った。
ナオトは優秀ではあるが、国家間戦略などそこまでの知識はない。
「うん、そうなの。だから、ファラーシャちゃんについて行ってあげて」
「え?」
「判断を日本国に任すってことは、あの全権大使のお姫様も、日本に身柄が任されちゃうの」
「え? えええっ! 大変だ!」
「そう大変」
伊丹はこともなさげに言うと、ナオトの背を押した。
「うわっ、と!」
ナオトはタタラを踏んで、ファラーシャの前まで躍り出た。
奇しくも、皇宮警護官がファラーシャを保護しようと、近寄った時だった。
それは姫に手を出すな! と参上した騎士のようだった。
「ナオト! 私を守るつもりなのか?」
嬉しそうな声をあげるファラーシャ。
その声は先ほとまでの全権大使として決意ある声ではない。
恋する乙女のように浮ついていた。
ナオトは覚悟したわけではないが、それとなくうなずく。
「いえ、あ、うん」
「ナオト、ファラーシャを守る!」
映画のような光景。
わっ、と避難民たちが盛り上がる。
猫が喋ったことに驚いた者は警護官くらいである。なんなら「ファラーシャ守る」はナオトという少年が発したと勘違いしたほどだ。
「お待たせしました」
警護官たちを引き連れ、礼服姿の男性が現れた。
黒塗りの盆を持っており、警護官がファラーシャより一時預かった親書をその上に置く。
それを後ろの者に手渡してから、ファラーシャにお辞儀をした。
「わたくし、侍従をしております飛鳥井と申します。ようこそ、おいでくださいました。新たな国の新たなご友人の方々」
ごく自然に静かな声。
にもかからず、熱狂した空気の合間に注ぎ込まれ、熱意を覚まさせる雰囲気がその男性にあった。
ファラーシャは飛鳥井と名乗った男性が、天皇の側使えと悟り、儀礼の則った礼を示す。
「お出迎えお礼もうしあげます。バグロム王国の第一王女陣内ファラーシャ。お見知り置きを」
「はい。ファラーシャ殿下。御所にて陛下がお待ちしております」
「陛下がぁっ!」
伊丹が場をわきまえず大声を上げた。
急に現れたどこの誰かもわからない、親書だと言ってはいるがあるのかわからない国の女の子を、ちゃんと客人として扱う判断に驚いているようだ。
「こ、これが通じるなら、どっかの外国人が真似しかねないぞ」
伊丹は冷や汗をかいているが、これは例外中の例外である。
国内を襲う大事に、事情を知っているかもしれないものが親書を携てきたのだ。
無下にできない。それ以上にファラーシャの身柄が「必要」なのだ。
「ではお供の方とご一緒に、こちらへ」
警護官たちが周囲を固め、ファラーシャを皇居内へと案内していく。
その中にはナオトもいた。
「ちょ、ちょ、待って。僕もですか?」
飛竜と対峙したり、暴徒の前に出たり、警護官と相対するより、胃に穴が開きかねない面会がこの先で待っている。
「すまん、ナオト。姫様にお前のいいところを見せてやろうと思っただけなんだが……まさか、陛下の御前とは……ほんと、すまん!」
助けを求めるナオトに向かって、伊丹は両手を合わせて謝るほかなかった。
この最中、陣内は高笑いしながら、ラーメンの旗を掲げたバグロム兵を率いて暴れてます。
皇居内でのことは、作者がまったくわからないので描写はしないです。
リザルトだけになると思います。
なおナオトは精神が死ぬ。
補足
「意図せぬ偶発的な接触による非礼をお詫び」
これには明言していませんが、親善のための「不法入国」のことを指してます。
急に門が繋がったのだから、どうしたって許可は取れないので仕方ないのですが、しれっと混ぜてます陣内。
あとで不法入国のことを謝ったってことは、悪いと思ってんだろ!って言われても「書いてませんが?なにが?なーっはははは!」と誤魔化す意図もあり、
それでありながら謝ってないとは言わせない意図があります。