「敵の亜人部隊が投入され始めた、だと!?」
遠征軍総指揮官であるドミトス・ファ・レルヌム将軍は、代将ロンギヌスの報告を聞いて言葉につまった。
門を抜け、蛮族と思って侮っていた街が思いの外発展してることを知って、その驚きが収まる頃に、この重要な報告が上がってきた。
状況には余裕があったため、たった今までこの街について談笑していた隣の愛人グローリア・オー・シャンに、レルヌム将軍は真剣なまなざしを向ける。
「わかってるわ。戦のことにはかかわらない約束でしょう」
「すまない、グローリア」
余裕のある段階ではなくなりつつある報告に、退席するグローリアにレルヌム将軍は申し訳ないと言葉だけ告げた。
「敵部隊の亜人投入は間違いないか?」
「はい。帰還してきた部隊と、飛竜隊からの報告が上がっており、間違いありません。送った確認の部隊からも同様の報告が」
「そうか。蛮族も亜人の部隊を持っていたか」
レルヌム将軍は唸った。
陣内がラーメンの旗を利用したことにより、帝国軍はバグロムの一隊をこの国の軍だと判断してしまったのだ。
現状はわかった。レルヌム将軍は視野を広げるため、いったん視点を変える。
「敵の拠点、居城は判明したか?」
「はっ! 門に扉のない城壁があり、その西に堀の巡らせた深い森が一角が敵の城かと」
彼らの常識からすれば、城壁に囲まれ、堀があり、石垣があれば城と判断する。
城は彼らからすれば王の住まいであり、行政区画である。
「平城か」
「そのように思われます」
「森を神聖視して、そこを王の宮としていうのか? とにかくそれだけあれば、当面の薪はなんとかなるな。く……水と薪の確保の目処がたった矢先に……」
井戸も川もない街と考えていたが、兵が百貨店のトイレで蛇口の使い方に気がつき、水は確保。
街路樹を見て薪が足らぬと考えていたが、最優先攻撃地点に十分な森があるとわかり展望が開けた。
そんな状況で、敵の亜人部隊とは、悩ましいと将軍は
「それで亜人の部隊は?」
「はっ! こちらとこちら、門の南方から、範囲を狭めるように散発的な攻撃を繰り返しており、我が軍は転進を余儀なくされてます」
盤上を指し示し、大隊長は押し返されていることを転進と表現したが、将軍たちはこれを咎めない。
「敵が亜人を投入してきたのであれば、正規軍が控えておるでしょうな」
代将ロンギヌスの意見に、レルヌムは小さく頷く。
これは陣内も預かり知らなかったことだが、彼らはゴブリンのような亜人を穢らわしいと考えて首都には入れない。
緊急事態に、彼らからすれば汚らわしい亜人という尖兵が投入されたということは、もうすぐ正規兵が送り込まれるという考えに至って当然である。
かつての古代ローマとて首都ローマから北、かの有名なルビコン川という小川を堺にして、軍団を内側に入れてはいけないという法律が厳としてあった。
それと同様である。
なお、その川を越えたカエサルの軍は、見事に権力の入れ替えに成功した。
帝国軍の戦訓からすれば、亜人の投入後、首都外縁部にいた軍団が進撃してくるという想定をしてしまう。
陣内の行動が、ぴたりとはまってしまった。
「追加の報告によれば、敵の亜人は各所からこちらに迫っているようです」
「ぬぬぬぅ」
バグロムの兵はマンホールを利用して神出鬼没。
門のある銀座4丁目交差点に向け、じわじわと包囲を進めているように
その実、この攻撃はハラスメント攻撃なのだが、そのような後年に概念化される戦術を彼らが知る由もない。
「城門の制圧は出来たのか?」
「敵の重装百人隊が守っております。敵城正面の要塞は、内部が迷路となっており、制圧に時間がかかっております」
正面の要塞とは東京駅のことである。
建て増しと商業的な動線と、鉄道という知り得ない施設の形状から、東京駅内部をロンギヌスは迷路と判断した。
実際、迷路だ。
新宿駅や梅田駅に迷い込んでいたら、一生彼らは出てこれなかっただろう。
城壁……鉄道高架のガード下を守る部隊の報告を聞き、またもレルヌム将軍は唸ることとなった。
「この一刻で千人の重装部隊を防衛に出せて、後方から亜人をぶつけてくるとは……。想像以上に敵はやるな」
「そのようです」
レルヌム将軍は素直に敵を高く評価した。
「よし、まずは防衛だ。全軍がまだ門を通過できていないのだ! それまでここを守れ!」
「ははっ!」
東京駅を占領後、南北の道を抑えるはずだった兵が、門の防衛に回される。
これによって一時的に帝国軍の足が止まり、高架下を守る警官隊の負担が大幅に軽減された。
陣内の行動が、またもぴたりとはまってしまった。
これは帝国軍が悪いわけではない。
ひとえにお互いが優秀すぎた結果である。
「戻した兵はここを死守。門を越えてきた本隊が集結しだい残りの部隊を合わせ全軍、敵城郭へ迎え! そして落とせ! 門を取られる前にだ!」
多少の犠牲を受け入れ、電撃的に攻め落とす判断を下す。
代将ロンギヌスは命令を復唱し、部下たちへと伝達していく。
レルヌム将軍がビルの上から見下ろすと、門から続々と直属部隊が到着する。
門を通過し配置が済んだ騎兵が先方を務め、順次門から出てくる遠征軍でも特に練度が高い重装歩兵たちが整列していく。
城を落とすに十分な兵が整列し終えた。
「これだけあれば平城など半刻、いやもっと早く落とせますな」
代将ロンギヌスの推察は間違いではない。4000に及ぶ軍ならば、多少水堀が広かろうと問題はない。
「よし! 敵の城を攻め落とすぞ! ……ん? なんだ? 飛龍隊が騒がしいが?」
ビルから降りて、じきじきに指揮を執るつもりとなったレルヌム将軍は異変に気が付いた。
レルヌム将軍とロンギヌスは、何事かとビルによって狭くなった上空を見上げる。
その頭上へ急降下し、門へ向けて飛んでいく少女の姿があった。
「やつを落とせ! ……なんか落ちてきた!」
レルヌム将軍は即座に空飛ぶ少女を落とせと命令したが、同時に飛龍の死骸が落ちてきて兵たちは慌てることとなった。
「な、なんだ! こちらの亜神か!」
神の寵愛を受け、神に近づき、神になるため千年の修行を行う亜神が、門の向こうの世界には存在する。
レルヌム将軍は空飛び、おそらく飛龍を落とした少女を、瞬時にそのように推測した。
所属と能力はまったく違うが、レルヌム将軍の当てずっぽうはほぼ正解である。
門を高速飛行で通過していった半裸の少女は、間違いなく鬼神なのだから。