TSしたセフレとドロドロでぐちゃぐちゃな関係になっていくお話 作:きむちーず
壊れた心、春が来る
最近、麗奈の様子がおかしい。
寝不足なのか、いつもより目の下にクマができていて、笑うときの声も少し掠れていた。
俺が気づいて「大丈夫?」と聞いても、「うん、平気」とだけ笑って終わらせる。
その笑顔が、どこか無理しているように見えた。
「麗奈、ちゃんと食べてる?」
「大丈夫、食べてるよ」
そう言いながら出してきたのは、トースト半分とコーヒーだけ。
俺が皿を見つめると、彼女は少しだけ視線を逸らした。
──本当は、全然食べてないんじゃないか。
最近は夜中まで何か書き物をしているみたいで、朝になると机の上にはノートとペンが散らばっている。
尋ねても「ちょっと資格でも取ろうかなって」と曖昧に笑う。
けれど、ページの端には俺の名前が何度も書かれていた。
気のせいだと思いたかった。
でも、あのときの麗奈の目は──何かに取り憑かれたみたいに、俺だけを見ていた。
その日の朝も、妙に体が重そうだった。
顔色が悪い。けど、「今日は出かけよう」と言い出してきかない。
「気分転換に散歩でも」と言われれば、断る理由もなかった。
午前十時。秋の風が少し冷たくなり始めた頃。
駅前の坂道を歩いていると、麗奈が少しふらついた。
「麗奈? 大丈夫?」
「……ん、大丈夫。ちょっと立ちくらみしただけ」
そう言って笑った直後だった。
俺の足元の段差に気づかず、体がぐらりと傾く。
咄嗟に腕を伸ばしたけれど──逆に麗奈が俺を押しのけた。
「麗奈!」
そのまま、麗奈が地面に崩れ落ちる。
鈍い音がして、彼女の体が動かなくなった。
「だいじょ……れいな? おい、麗奈!!」
抱き起こしたとき、彼女の肌は氷みたいに冷たかった。
唇がかすかに震えて、何かを呟いた。
「ねぇ律…………」
その後の言葉は聞き取れなかった。そして、彼女はスッと消えるように意識を失った。
———
──病院の白い天井。
点滴の管につながれた麗奈は、静かに眠っていた。
医者の説明によれば、極度の疲労と貧血、ストレス。
しばらく入院が必要だという。
「無理、してたんだな……」
病室の窓から差し込む午後の日差しが、彼女の頬を淡く照らしている。
いつもなら俺を見て笑う唇は、今はただ静かに結ばれているだけだった。
眠っている麗奈の手をそっと握る。冷たい。
それでも、少しだけ力を込めた。
──俺のせいだ。
日頃から色んなことを麗奈に任せすぎた。生活面でのこと、経済面でのこと。彼女は大丈夫だと気丈に振る舞っていたが体が限界に来たのだろう。罪悪感で肺に穴が開きそうだ。
その夜。
俺は女になって初めて一人でベットに座っていた。まだ彼女は意識を取り戻していない。隣に彼女がいないということに心の寒さを感じた。
同時に、背中に刺すような視線の記憶がよぎる。
あの、倒れる直前の──微笑んだ麗奈の目。
あの目が、離れない。
優しくて、どこか狂おしいほどに真っ直ぐで──俺を見て、笑っていた。
あのとき、何を言おうとしたんだろう。
名前を呼んだあとに続いた言葉。
それを聞けなかったことが、どうしようもなく悔しい。
気づけば、部屋の時計の針が深夜を指していた。
外は静かで、カーテンの隙間から街灯の光が細く差し込んでいる。
あの日と同じ布団の上に、ひとり。
シーツの匂いが、まだかすかに麗奈のものを残していた。
「……麗奈」
思わず名前が漏れる。
誰もいない部屋に、自分の声だけが響いた。
胸の奥がきゅっと締めつけられて、息が詰まりそうになる。
どうして、もっと早く気づかなかったんだ。
スマホの画面を開くと、通知はひとつもなかった。
メッセージアプリのトーク欄に並ぶ、麗奈の名前を指でなぞる。
送信できない言葉が、喉の奥で溶けて消えた。
──俺は、彼女のことをどこまで知っていたんだろう。
あの優しさも、あの笑顔も。
全部俺のために……。
そう思った瞬間、胸の奥がざわついた。
ほんの一瞬、視線の端に何かが動いた気がして、顔を上げる。
誰もいない。
けれど、窓の外から吹き込む風がカーテンを揺らし、その隙間から病室の白い光景が一瞬、頭をよぎった。
「ごめんなさい………ごめんなさい、ごめんなさい」
⸻
翌朝。
昨夜、ほとんど眠れなかった。
ベッドの上で何度も寝返りを打って、気づけば外が白んでいた。
カーテンの隙間から差し込む朝の光が、やけに冷たく感じる。
顔を洗って外に出ようと思い、玄関のドアを開ける。
その瞬間、隣のドアが同時に開いた。
「あっ──律さん?」
美咲ちゃんが立っていた。
相変わらず明るい声。けれどその明るさが今の俺には眩しすぎた。
「おはようございます。……あの、大丈夫ですか?何かありましたか?」
少しだけ間を置いてから、俺は答える。
「麗奈が……倒れたんだ。昨日、急に。今は病院で…」
「えっ……うそ……!」
美咲の顔が真っ青になる。
手に持っていたスマホを落としそうになって、慌てて掴み直した。
「そんな……最近元気なさそうだったから、ちょっと気になってたんです。まさか……」
「疲れてただけだって。医者もそう言ってた。しばらく入院すれば大丈夫だってさ」
口にしてみると、自分の声が驚くほど軽く聞こえた。
本当は、全然“大丈夫”なんて思えていないのに。
美咲はじっと俺の顔を見た。
その視線が痛い。
何かを見透かされているようで、無意識に目を逸らす。
「律さん、顔色悪いですよ」
「……寝てないだけ」
「ほんとに? 麗奈さんのこと、ずっと気にしてるんでしょ」
図星だった。
否定しようとしたけれど、喉の奥から言葉が出てこない。
代わりに、ため息だけが漏れた。
美咲は少しだけ考えてから、ぱっと表情を明るくした。
「ねぇ、今日ちょっと外出ません? どこか、行きたいところとかありますか?」
「え?」
「このまま家にいたら、気が滅入っちゃうでしょ。気分転換。軽く、散歩とかでもいいですから」
その言葉が、不思議と胸の奥に響いた。
俺はほんの少しだけ迷ってから、静かに頷いた。
「……そうだな。外、出るのも悪くないかも」
「よしっ、じゃあ決まり。支度してきてください!」
美咲はそう言って笑った。
その笑顔はいつも通り明るくて、けれどどこかで俺を気遣う優しさを含んでいた。
扉が閉まったあと、俺はゆっくり息を吐く。
ほんの少しだけ、重かった胸の奥が軽くなった気がした。
──でも同時に、どこかで不安もあった。
麗奈がいない部屋に戻るのが、少し怖い。
そんな自分の心が、壊れかけているように思えた。
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