TSしたセフレとドロドロでぐちゃぐちゃな関係になっていくお話   作:きむちーず

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負けヒロイン

 

 白い天井。

 消毒液の匂い。機械の電子音が、一定のリズムで空気を刻む。

 ぼやけた視界の中で、蛍光灯の光がゆらりと滲んだ。

 

 ──ここは、どこ?

 

 ゆっくりと首を動かすと、見慣れない病室の白い壁が目に入る。

 腕には点滴の管、指先は冷たく乾いていた。

 

 「……律?」

 

 掠れた声が、静かな部屋に溶けていく。

 けれど、返事はない。

 カーテンの向こうから差し込む午後の光が、まるで無機質な世界を照らしているようだった。

 

 少し起き上がり、スマホを手に取る。開いてみるとたくさんの連絡が入っていた。頭がまだぼうっとしている。体が重い。

 

 

 看護師が来て、色々と説明を聞いた。どうやら一日ほど気を失っていたらしい。低血糖や寝不足等などで。

 「誰か来てましたか?」

 「ええ、昨日の夜までは――シェアハウスをしてるって方が。ずっと付き添ってましたよ」

 看護師の柔らかい声に、心臓が一度だけ大きく跳ねた。

 

 「……そうですか」

 そう答えながらも、胸の奥が妙にざわつく。

 ──昨日の夜まで。

 じゃあ、今は? どこにいるの?

 

 目線をスマホに戻す。

 着信履歴には、律からのメッセージが届いていた。

 《ごめん。今日は少し出かけてくる。目を覚ましたら連絡くれ》

 

 文面は優しいのに、どうしてだろう。

 “出かけてくる”の一言が、ひどく遠く感じた。

 

 

 (……もしかして一人じゃ、)

 

 ほんの一瞬、そんな言葉が浮かんで、すぐに打ち消した。

 「違う、そんなわけない」

 自分に言い聞かせるように呟く。

 律は優しい。自分を見捨てるような人じゃない。

 そう、信じていたい。

 

 いや――違う。

 

 私は律を愛している。

 

 でも律は?

 

 頭の奥に、どこかで見たような情景がよぎる。

 白い光の中、律が誰かと笑っている。

 女の子。明るい髪色。無邪気な笑顔。

 (……美咲、ちゃん?)

 

 心の奥で、なにかが小さく軋んだ。

 やがて、それは静かに、確実に音を立てて崩れ始める。

 

 ──愛してる。だから、怖い。

 ──怖い。だから、離したくない。

 

 カーテンの隙間から、夕陽の光が差し込む。

 その赤が、白いシーツをじわりと染めていった。

 まるで血のように。

 

 私は、握りしめたスマホを見つめながら小さく微笑んだ。

 「律……早く会いたいな」

 

 

 

 

 

 

 退院の許可が出たのは、思ったより早かった。目を覚ましてから丸一日。

 律もお見舞いに来てくれて、泣いてくれた。俺のせいだって。そんなことはない、これは私の落ち度。

 病院を出ると、秋の風が頬を撫でた。

 その冷たさが、どこか懐かしい。

 

 「……律」

 

 ポケットの中でスマホを握る。

 何度も迷って、結局、発信ボタンを押した。

 

 ――ツーツー。

 

 数回の呼び出し音のあと、少し間を置いて、ようやく声が返ってきた。

 

 『あ、麗奈……具合は?大丈夫?』

 

 その声を聞いただけで、胸がきゅっと締め付けられる。

 優しい。

 いつもと変わらない。

 なのに、どうしてこんなに遠く感じるんだろう。

 

 「うん……大丈夫。今退院したとこ。今から帰るから、待っててね」

 

 『そっか。よかった。無理すんなよ』

 

 柔らかい声。

 だけど、その後に続くはずの言葉が、少し遅れてこない。

 耳の奥で小さな雑音が混じった。

 

 (……外にいる?)

 

 「ねえ、今、どこにいるの?」

 

 『え? あー……ちょっと外に出ててさ』

 

 外。

 その言葉に、胸の奥がひどくざわついた。

 ふと、背景からかすかに聞こえた。

 笑い声。

 それは高くて、明るくて、女の子の声だった。

 

 「今の声……誰?」

 

 『あ、えっと……美咲ちゃんだよ。買い物手伝ってもらってて――』

 

 その瞬間、世界が音を失った。

 風の音も、人のざわめきも、遠ざかっていく。

 

 「……そうなんだ」

 

 言葉は笑っているのに、指先が震えているのがわかった。

 爪がスマホのケースを食い込ませる。

 

 『ごめん、あとでちゃんと――』

 

 「ううん、いいの。嬉しいよ、律が元気そうで」

 

 できるだけ穏やかな声を作った。

 けれど、唇の裏側で血の味がした。

 

 『麗奈? 本当に大丈夫?』

 

 「うん。大丈夫」

 

 笑ってみせた。

 でも、目の奥はもう何も見ていなかった。

 

 通話を切ったあと、画面に映る自分の顔が、どこか別人みたいに見えた。

 

 「……美咲、ちゃん」

 

 名前を口に出すと、喉が焼けるように痛んだ。

 その痛みが、なぜか心地よかった。

 

 スマホのホーム画面には、律の写真が映っている。

 隣で寝ていた時に撮った写真だ。可愛らしい。

 

 でも今、彼の隣に――もう一人、別の誰かの影が重なって見えた。

 

 「ねぇ、律……もしかして浮気?」

 

 

 

 





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