TSしたセフレとドロドロでぐちゃぐちゃな関係になっていくお話 作:きむちーず
朝日がカーテンの隙間から差し込み、部屋を淡く照らしていた。目を覚ました私は、ぼんやりと天井を見つめる。
……頭が重い。
原因は分かっている。昨日ははしゃぎすぎた。——色々と。
隣から聞こえる、小さな寝息。ゆっくりと視線を向ける。
そこには、小さく体を丸めて眠る律がいた。
肩まで伸びた黒髪。長いまつ毛。薄く開いた唇。布団から覗く華奢な肩は、昨夜見たままの女の子だった。
夢じゃ、なかった。
その事実を認識した瞬間、昨夜の記憶が一気に押し寄せる。律が怯えた顔。震える声。
必死に「やめて」と訴える姿。
そして――。そうは言いながらも、麗しい表情を浮かべる彼を。
「……っ」
胸の奥が締めつけられる。 私は思わず顔を覆った。
「最低だ……」
誰に聞かせるでもなく、掠れた声が零れる。 何をしているんだ、私は。律は助けを求めて私を呼んだだけだった。
不安で、混乱して、頼れる相手が私しかいなかったから。なのに私は、その信頼を踏みにじった。
一番やっちゃいけないことをした。 謝ったところで許されるはずがない。今日で縁を切られても、おかしくない。
……それでも。
視線は、また律へ向いてしまう。 眠っているだけなのに、胸が苦しくなるくらい可愛い。昨日までは、こんなふうに思ったことなんて一度もなかった。
ただのセフレ。
それだけの関係。
恋愛感情なんて、お互いにないと思っていた。なのに、今は違う。
触れたい。
抱きしめたい。
「…………違う」
私は小さく首を振る。
「違う、違うでしょ……」
そんなことを考える資格なんて、私にはない。まず謝らなきゃ。ちゃんと謝って、それで律が許してくれないのならもちろん関わるのをやめようと。
そう決めたはずなのに。
眠る律を見つめるたび、胸の奥で黒く小さな何かが、静かに息を吹き返していくのを感じてしまうのだった。
律の瞼がゆっくりと震える。私は思わず息を止めた。起きる。そう分かっているだけなのに、心臓が嫌なくらい速く脈を打つ。
昨日までは、こんなことはなかった。目が覚めれば軽口を叩いて、適当に朝を迎え、お互いの生活に戻る。それだけだった。
それなのに今日は違う。律の目が開くのが怖かった。
……いや。
正確には。律が私を見て、どんな顔をするのかが怖かった。
「……ん」
小さな寝息が途切れ、律がゆっくりと目を開ける。焦点の合わない瞳が天井を映し、やがて私を捉えた。
その瞬間。律の体が、ほんの少しだけ強張った。たったそれだけの変化だった。けれど、その小さな反応だけで十分だった。
ああ。
分かっていたのに、胸の奥に重たい石を落とされたような感覚が広がる。
「…………」
沈黙。何か言わなきゃ。そう思うのに、喉が張りついて声が出ない。
謝らなきゃ。
昨日から何度も頭の中で繰り返した言葉。
『ごめん』
たった三文字なのに、どうしてこんなに重いんだろう。 律は視線を逸らした。布団を握る指先に力が入る。
その白くなるほど握り締められた手を見て、胸が締めつけられる。
……怖いんだ。
私が。昨日までなら、何も考えずに触れていた手。
もう、その頃には戻れない。
全部。私が壊した。
「……律」
自分でも驚くほど小さな声だった。律の肩がびくりと震える。
その反応だけで、息が苦しくなる。反射なんだ。
私の声を聞いただけで、体が震えてしまうくらいには。
傷つけた。私が。
「……昨日は、ごめん」
やっとの思いで絞り出した。言ったところで許されるなんて思っていない。許される資格なんてない。
それでも、言わなきゃいけなかった。
「私、本当に最低だった」
言葉にした瞬間、自分がどれだけ取り返しのつかないことをしたのか、改めて突きつけられる。
頭が痛い。視界がどんどん滲んでくる。
できることなら昨日に戻りたい。あの瞬間の私の腕を掴んで、止めてしまいたい。
――なのに。
視界の端に映る律の寝癖のついた黒髪。少し乱れた前髪。華奢な肩。
その全部が、どうしようもなく愛おしいと思ってしまう自分がいる。
最低だ。本当に最低だ。
こんな状況でさえ、この感情を捨てきれない。
胸の奥で、黒く小さな何かが、静かに脈を打っていた。
返事は、すぐには返ってこなかった。部屋を満たす静寂だけが、じわじわと胸を締めつけていく。私は律の顔を見ることができなかった。
「……麗奈」
静かな声が耳に届く。恐る恐る顔を上げると、律は布団を胸まで引き寄せたまま、俯いていた。長い前髪が表情を隠している。
「俺さ」
一度言葉を切る。何かを飲み込むように、小さく息を吐いた。
「まだ、頭の中がぐちゃぐちゃなんだ」
その声は震えていた。
「一昨日まで普通に男だったのに、朝起きたら女になってて……」
自分の手を見つめる。細くなった指先を、ぎゅっと握りしめる。
「この手を見るたび、この体は俺のものなのか分かんなくなる」
「それなのに昨日は……あんなことになって」
律の肩が、小さく震えた。
「正直」
律はゆっくりと顔を上げる。その瞳は赤く、泣き腫らした跡がまだ残っていた。
「……怖い」
その一言が、胸に深く突き刺さる。
「麗奈のこと、怖いって思ってる」
分かっていた。分かっていたはずなのに。実際に言葉にされると、息が詰まる。胸の奥が、きりきりと痛んだ。
「……うん」
ようやく出た声は、自分でも驚くほど掠れていた。
「怖がられて当然だよ」
それ以外に返せる言葉なんてなかった。
「ごめん」
また謝る。何度謝っても足りない。謝罪なんかで消える傷じゃない。それでも、謝ることしかできなかった。
律はしばらく黙っていた。やがて、ぽつりと呟く。
「でもさ」
その二文字に、思わず顔を上げる。
「俺、一人じゃ何もできない」
律は視線を落としたまま続ける。
「病院に行くのも怖い」
「警察に相談したって、女になったなんて信じてもらえる気がしない」
「日常生活もうまくやっていける気がしない」
一つ、一つ。言葉を並べるたびに、自分が追い詰められている現実を確認するようだった。
「友達に相談しても、絶対に頭がおかしくなったって思われる」
苦しそうに笑う。
「親には……こんな姿、見せられない」
沈黙が落ちる。 私はただ、律の言葉を聞くことしかできなかった。
「だから」
律はぎゅっと唇を噛む。言いたくない。認めたくない。
そんな気持ちが痛いほど伝わってくる。
「……今は」
長い沈黙の末、律はゆっくりと私を見た。その瞳には恐怖も、迷いも、諦めも入り混じっていた。
「今は、麗奈しか頼れる人がいない」
その言葉は、許しではなかった。信頼でもなかった。
他に選択肢がないという、苦しい決断だった。
だからこそ。
胸の奥が熱くなる。嬉しいなんて思ってはいけない。喜ぶ資格なんて、私にはない。
それなのに。
『麗奈しか頼れない』
その言葉だけが、何度も頭の中で繰り返される。 胸の奥で蠢く黒い感情が、静かに囁く。
――ほら。
やっぱり。
律には、私が必要なんだ。
「……違う」
思わず声が漏れる。そんなふうに考えるな。それは律が追い詰められた末に選んだだけだ。都合よく受け取るな。そう自分に言い聞かせる。
けれど、どれだけ否定しても。
胸の奥に生まれた小さな熱は、消えてはくれなかった。
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